「よし。はい」
「……あ゛ぁ゛~……つっかれた……」
長時間睨めっこしていた書籍から顔を上げ、霞む目を擦りながら呻き声を上げる晶子。ぱたんと閉じた本を傍らに積み上げていた山の一番上に乗せると、座り込んだまま大きく伸びをした。
(目ぼしい新情報は無かったなぁ……これだけの本の山、何かしらあると思ったんだけど)
本の山を改めて眺めながら、晶子は首の裏をかく。
ゲーム内では一部しか閲覧出来なかった蔵書を片っ端から読みふけっていたものの、結局WtRsで出た以上の情報を得る事が出来なかったのだ。
(研究レポートみたいなのは胸糞悪い事しか書いてないし、カルテみたいなやつなんかもっと悲惨……まーじでこの研究所終わってんなぁ?? でも多少文章の違いはあっても、ゲームで見た事あるやつと大差ないんよなぁ……)
近くに散らばったままの研究用紙を適当にまとめて束にすると、それもまた積み上がった本の頂に放り投げる。
今にも崩れそうになりながら絶妙なバランスで聳えるそれから視線を逸らし、晶子は再度伸びをしながら立ち上がった。
(ゼファーちゃんとハーミーズをこっち側に引き込めたのは良いものの、それで現状何かが変わる事も無く、今も淡々と魔道具達に教育を仕込む日々……)
ゼファー、ハーミーズと対話し女神との事を共有してから既に数日。しかし、協力
を取り付けたからといって事態が急変するなどという事はない。
穏やかな生活が当たり前になりつつある現状に気が緩んでいると思う気持ちはあるものの、この世界に来てからというもの落ち着いた日々を過ごす間もなかったのも事実。
使命や託されたものの事を忘れたりなどは絶対にしないと誓えるが、それはそうとずっと肩に力を入れたまま過ごしては疲れもする。
(特に、神樹では怒涛の勢いで物事が進んで行ったから、正直なところ疲労感半端なかったよね。結構無茶苦茶な事もしたし、そのせいで軟禁状態だったってのもある。と言うか、感情的になり過ぎたわなあたし)
やり過ぎたとは思うものの、目の前で推しの一人が喰い殺されたというあの状況下では、重度のWtRsオタクである晶子が発狂するのも致し方ない。
(だって推しだよ? 推し。大好きでもう本当に心の底から幸せになっておくれって思ってる子が殺された瞬間を直視して発狂しない人いなくない?? あたしはする。いやした。あんなん誰だって発狂するに決まってるって。ゲームのキャラとか現実の人物とか関係無く、大好きで大切にしたいって思ってる人だよ? しょうがなくない?? あたし悪くないよね??)
「……はぁ……誰に言い訳してんだか」
ひとしきり脳内で自己弁護を繰り広げた晶子は一つ大きな溜息を吐くと、書斎机の上に置かれた花瓶に生けられた花を見やる。
そこには一般的には雑草と揶揄されるような草花が綺麗に活けられており、瑞々しい葉を茂らせていた。
(ハーミーズ、ちゃんと鑪さん達に伝言伝えてくれたのかな……??)
花瓶の花から目を逸らし、晶子は書斎の窓から外を眺めながら己の伝言がきちんと届いたかを案じる。
中枢から少し離れた場所でハーミーズにラニアの事を共有し、動きがないうちは用心しつつ様子見をしようという結果に落ち着いた晶子達。
その後、飛び立とうとする彼に自信の無事と現在地等を鑪達への伝言として頼み見送ったのはいいものの、それきり一切の音沙汰がない。
元より気まぐれに来ては去って行くばかりと噂の彼の性格は十二分に知っているし、理解はしているつもりだが、如何せんそれらは全てゲームの中のハーミーズの事。実際の彼の何を知っているのかと問われれば、晶子は『知らない』と答えるほか無いのである。
(数日前に話してた感じ、大体の性格はゲームと同じっぽいよね。……時々、こっちをジッと見つめてくる時はあったけど、あれはあたしを警戒してたからなのか? それにしては、敵意も害意も感じなかったけど)
飄々とした笑顔の裏に隠された真意を推し量る術を、生憎と晶子は持ち合わせていない。あるのは、推しに対して正面からぶつかりにいく実直さと特大級の愛だけである。
(とりあえずは、ハーミーズ待ちかな。ゼファーちゃんにも教えなきゃいけない事はまだまだあるし……)
善は急げだと足を一歩踏み出そうとしたその時、運悪く足が当たり、近くに積んでいた別の本の塔を決壊させてしまう。
「うおっとと……あちゃぁ、まずはこの散らかった部屋片付けないと」
若干面倒臭いと思いながら、手早くぶちまけられた本達に手を伸ばす。
「……ん? なんこれ?」
ふと、本の中に一枚の古びた紙が紛れ込んでいるのを見つけ、そっと拾い上げた。
(ってうわ、想像以上に傷んでる。よくもまあこの状態で紙の形を保ってるもんだよ。こーれは……力入れすぎないよう、慎重に……)
時折パリパリと音がする程に傷んだ紙を粉々に砕いてしまわぬよう、細心の注意をはらってひっくり返す。
「これって……」
裏面にあったのは沢山の本やロボットのような物と一緒に描かれた大人と子供、そして女性型の人形ような存在が笑顔を浮かべて仲良く手を繋いでいる絵だった。
所々輪郭からはみ出た色や、やや乱雑なそれは何処からどう見ても子供が描いた物であり、恐らくは絵の中にいる子供が作者だろうと推測できる。
「こんなのが紛れてるなんて気付かなかったや。にしても良い笑顔……この絵を描いた子は、この隣の人達が大好きだったんだろうなぁ」
溢れんばかりの笑顔を浮かべる絵の中の二人に釣られて、晶子も自然と破顔した。しかしそれも束の間、ふいに描かれている存在に既視感を覚え無意識に眉を顰めてしまう。
(このロボット……いや、魔道具かな? どことなくラニアに似てるような? でも、細々としたパーツは違うし、こっちの魔道具が着てるドレスはシックなメイド服っぽい)
そして晶子の視線が、大人と魔道具に挟まれて笑う子供に留まる。手描きのため絶対的な自信は無かったが、晶子は琥珀色の癖っ毛を持つ子供にどうにも見覚えがあるような気がして仕方なかった。
(この子、だーれかに似てる気がするんやが……誰似だ?? いや多分、こんだけピンときて無いって事は、外見は全く似とらんのやと思うけど。それに、この漠然とした手描きの絵を見て、なんでそんな事分かるんやって聞かれたら答えられんけど)
うんうんと悩んでみるものの、結局答えは出ないまま。
(……うん、わからん。とりあえず先に片付けしよ)
一旦横に置いて作業に戻ろうと、絵を崩さないよう書斎机の上に移動させた丁度その時だった。
「晶子様」
「ぅおあ!?」
真後ろから聞こえて来た声に、晶子は体が数センチ浮く程驚いた。
ばっと勢いよく振り返れば、そこにはいつものように真紅のドレスに身を包んだラニアが立っていて全身から力が抜ける。
(ほんっとこの人はまーじでいい加減にしてくれませんかね!? 毎回気配無く忍び寄ってきやがってさぁ!! こないだのもあって警戒してる筈なのに気配も捕らえられないってどう言う事!?)
「ラ、ニア、そうやって音も無く後ろから近づくのやめてよ……」
わざとらしく溜息を吐いて文句を言う晶子だったが、どういう訳か相手からの返答が返ってこない。
「……? ラニア?」
可笑しいと思って顔を上げれば、ラニアは晶子を見ず、ずっとある一点を見つめていた。視線の先を辿っていけば、彼女の目は今しがた机上に置かれた手描きの絵に注がれている。
「あー、その絵。ここら辺にあった本の中に紛れてたみたいなんだけど、誰のか知ってる?」
「……」
持ち主の事を知っているか問いかけるも、ラニアは依然として絵から視線を外さない。まるで憑りつかれたかのように無反応で見続ける彼女の様子からして、どうにも晶子の声すら届いていないらしかった。
(うぅ~ん……? えらくジッと眺めてるけど、もしかしてラニアの私物? それがなんでこの部屋にって感じだけど、書斎を管理してたのはラニアだもんね。多少の物が残っていても可笑しくは無い、か……?)
いつもならきちんと返って来る応答がない事に不思議な感覚を覚えつつ、晶子は広げたままになっていた絵を改めてまじまじと見る。
(そう言えばこの絵、所々茶色く変色してたりはするけど、全体的な保存状況から見たらかなり綺麗に残ってるよね。まあ、正直さっき触ってた時からパリパリ音がしてたから、ホント辛うじて形を保ってるって感じだけども)
おそらく、今のこれを大切に保管している者がいるのだろう。晶子は横目にラニアの顔を覗き見ると、絵にそっと手を重ねた。
(なるべく元の色々を壊さないよう、あくまでも古くなったものを新しくするだけに)
必要以上に原型を崩さないよう意識し、晶子は再編の力を使う。青から金色に変わるマナはゆっくりと水が浸透していくように紙へ流れ込んでいき、古ぼけていた絵が当時の色鮮やかさを取り戻しつつあった。
「……これは、女神様の御力……」
(お、引きは上々って感じ?)
目を輝かせた子供のように再編に見入っているラニアに気を良くした晶子が更に力を込めれば、じわじわと染み込むような速度だった再編がほんの少し加速する。
加減を間違えないように注意しながら力を注ぎ続けて暫く。晶子がようやく手をどけた頃には、色褪せてボロボロだった落書きは、まるでたった今描き下ろされたばかりのような色鮮やかな一枚絵として生まれ変わっていた。
「よし。はい」
「……え?」
出来上がりに満足した晶子が絵を差し出せば、予想だにしていなかったのかラニアは困惑した声を上げる。
(おぉ、戸惑ってる。ラニアもこんな反応するんだ)
いつも他人と壁を作り一歩引いたところにいるラニアの新たな一面を垣間見て、晶子はほんのちょっぴり嬉しくなった。
「この絵、気になるんでしょ? さっきの状態だとちょっとボロボロ過ぎたからさ。簡単に再編してみたんだけど……」
「……ど、して、私に?」
思った事を口にしただけだったのだが、どうにも何かしらの琴線に触れているらしく、ラニアが動揺したように問いかけて来た。
これには晶子もおやと首を傾げるも、彼女がここまで心を乱す要因に全く心当たりが無く逆に困ってしまった。
(な、なぜにこんな動揺してんだ? この絵が何か関係してる?)
「えっと……ラニア? もしかしてあたし、余計なお世話だった?」
一先ず、彼女の態度の変化が手元にある絵であるという事だけは想像でき、修復するべきでは無かったかと恐る恐る尋ねる。
「ぃ、いえ……そういう訳では……」
「そう? だったら受け取ってくれると嬉しいんだけど」
晶子がなおも受け取ってもらおうと絵を差し出せば、ラニアは一瞬躊躇したものの、壊れ物を触るようにそれを受け取った。
「……ありがとう、ございます」
「どういたしまして。それ、誰が描いたのか知ってる?」
その問いに、ラニアは言葉を詰まらせた。
「これは…………」
(うーん?? こんなに出し渋る程の何かがこの絵にあるの?)
明らかに様子の可笑しいラニアに首を傾げるも、彼女が何故ここまで変わった反応を示すのか分からず無言で言葉の続きを待つ。ラニアは何度か口を開いては閉じを繰り返し、ついに意を決したとばかりの表情を浮かべた。
「これは……私が描いたもの、です」
「へぇ~ラニアが描いた……な、なんですとぉ!?」
まさかの告白に驚愕の声を上げる晶子とは対照的に、ラニアはそっと指先で絵をなぞると過去を懐かしむように語り始めた。
「ここに描かれているのは、私の大切な方達です。私の事を世界一愛してくれて、大事にしてくださった、最愛の二人。この世で最も尊く、誰にも渡したくないと思えるほどに愛おしい存在」
(……相当入れ込んでるみたいね)
普段の貼りつけたような笑みとは正反対の柔らかな微笑みに、彼女にも女神以外に大切に想う者がいるのだと安堵する。
「本当に大好きなのね」
「えぇ……でも、二人共死にました。私を置いて……もう随分と昔の事です」
悪気なく言った晶子の問いかけに、ラニアの顔からすっと感情が抜け落ちた。淡々と答えるラニアに、流石の晶子もしまったと思わざるを得ない。
「え、あ、えーっと……なんか、ごめん……」
「っ! いえ、晶子様が謝る事では!」
ばつが悪いと頬を掻きながら謝罪をした晶子に、ラニアはハッとして慌てたように首を振った。
「ただ……これ以上はあまり詮索しないでくださるとありがたいです。正直まだ、私はあの人達の死を受け入れれていないので……」
(大事な人の死を受け入れられない……こういっちゃなんだけど、ラニアって案外人情味に溢れてる? ていうか、ここにいる魔道具のどの子よりも人間っぽいよね)
礼儀作法もさることながら、大人達とのやりとり、果ては子供の相手などラニアの行動を観察していた晶子は、彼女が他の魔道具と比べても人間に一番近しいと感じていた。
(他の魔道具達と違って大人びてるっていうか、頼りになるって言うか。神出鬼没だし、何考えてるか分かんない時が大半だし、子供相手には真剣に向き合ってくれてるって言うか大人には対応が雑っていうかだけど)
この数日の間も、遊びをせがんでくる子供達にはわりと二つ返事で答えるのに、大人達からの誘いには決して乗らないのだ。
幸いな事に、研究所に暮らす人間達はそんなラニアの質を理解してくれており、そのおかげもあって大きな争いごとにはなっていない。
(子供達に向ける優しさを大人達にも分けてあげてくれたら、色々と助かるんだけどねぇ)
なんてことを考えつつ、少々思いつめたように俯いてしまったラニアに苦笑する。
「わかった。あ、でももし何か少しでも話したい事とかあったら相談してくれていいよ。ほら、他人に話す事で気が楽になる事もあると思うし、あたしこう見えて口は堅い方だから!」
「晶子様……ありがとう、ございます」
思った事を告げただけだったのだが、ラニアはそんな事を言われると思っていなかったようで目を丸くした。
(うーん、もしやこの反応、前にも似たような事があってそん時は根掘り葉掘り聞かれそうになったんだな??)
大切な存在について隠そうとするようなラニアの言動に、晶子はそのようにあたりをつける。彼女がここまでになる程に心を砕いている二人の人物に興味がないわけでは無かったが、ここで要らぬ詮索をした末に敵対されてしまってはシャレにならない。
故に晶子は後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、それ以上は聞かない事にしたのだ。
「にしても、上手いんじゃん。今も絵は描くの?」
「そんな大したものでは。偶にですかね、何も予定がない日にお気に入りの場所でひっそりと」
「へぇ! ラニアの他の絵、見てみたい!!」
純粋に彼女がどんな絵を描くのか興味を持った晶子がそう言うと、ラニアは逡巡ののちにこんな事を言いだした。
「では、この後お時間はありますか? 晶子様さえよければ、私お気に入りの場所へ案内いたしますよ」
「え!」
まさかラニアの方から誘いをかけてくるとは思わず、晶子はつい驚きの声を上げてしまった。咄嗟に口を押えて黙り込む晶子に、ラニアがクスクスと笑う。
(びっくりし過ぎてつい本音が……)
「ふふ、そんなに驚く事でしたか?」
晶子の素直な反応に、ラニアは楽し気だ。不快感を感じている様子もないようで、ほっと安心する。
「い、いやぁ~……あんまプライベートな所に踏み込んで欲しくなさそうだったから、ちょっと予想外だって思っちゃって……」
「たしかに、他者に踏み込まれる事に対しては嫌悪感しかありません。しかし、貴女は他ならぬ女神様の御使い。そんな方にお越しいただくだけでも光栄というものですわ」
(あぁそういう感じかぁ……)
根っこの部分はブレないなと、晶子は口元を引き攣らせて乾いた笑みを浮かべるしかない。
(ま、まあ、悪い気はしないけども……なんかいつものラニアに戻っちゃったなぁ)
「あはは……えっと、魔道具達の訓練も今日の分は終わってるし、この後は特に予定も無かった、はず……。せっかくだから、お呼ばれしようかな」
そう答えた晶子に、ラニアの表情がぱぁっと明るいものになる。
「では! 早速参りましょう!」
真新しく再編された絵を丸めて、ラニアは宝物のように胸に抱く。そのまま早くはやくと晶子の腕を引いて行動を促すそれは、まるで母親を急かす子供のよう。
(ラニアって、ときどき無垢な少女みたい。おかげで大人の女性の見た目とのギャップがあって、これはこれで好きよあたし。高頻度で淀みが纏わりついてるから、素直に喜べないのがなんとも言えない所だけど)
「あーはいはい、そんなに引っ張らなくてもちゃんとついて行くから」
淀みのせいで警戒せざるを得ないものの、知れば知る程憎めなくなっていくラニアに内心溜息を吐きながら、尚も手を引いてくる彼女の後に続いて散らばった書斎を後にする晶子だった。
次回更新は、2/6(金)予定です。




