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「それは、ちょっと極論過ぎない?」

「め、がみに会うって、どういう……?」

 強烈な悪臭に眉を顰めながら晶子が問えば、ラニアは前向きな返事だと受け取ったのか嬉々として語りだす。

「あの運命の邂逅を果たした日、私は女神様へこの身も心も全てを捧げると誓ったのです。ありとあらゆる術を使い、あの御方が望む事を成そうとし、世界中から集めた同志達と様々な手を尽くしましたが……終ぞ、女神様が我等の前に降臨される事はありませんでした」

 笑みを浮かべる表情はそのままに、女神との再会が叶わなかったと言うラニアからは、寂しさや悲しみといった感情がみてとれた。

(うっそ、感情の変化とかほとんど分かんない感じだったのに、女神の影響力凄過ぎん?? てか、あの駄目神に信者なんて実在したんだ……いや、そらそもそも創世神だし、いても可笑しくは無いんだろうけどね? 今この時代において、こんなにも一途に慕ってくれてる感じの人ってかなり貴重だと思うし)

 この世界に来てから女神の駄目な所ばかり見てきている弊害か、ここまで信仰してくれている存在がいる事に晶子は一種の感動すら覚える。

 が、それはそれとして逃げ道を塞がれた、かと思えば突然された頼み事の内容に想像以上に混乱しているらしい。

(……って、あたしは誰に向かってこんな言い訳してるんだ?? あれか、突然のお願いに実はめちゃめちゃ動揺してるのか??)

 あれこれと脳内で言い訳を繰り返し、そもそもなぜこんなにも困惑しているのかと自問自答していれば、ラニアは悲し気な表情から一変。良い考えがあると言わんばかりに晶子を見つめてきた。

「しかし、天は我等を見捨てていなかった。晶子様という新たな希望を私達の前に遣わしてくださったんですもの、きっとそう遠くない未来に女神様と再びお会いできる筈ですわ!!」

「ま、待て待て待て!! 急展開過ぎて晶子さんついて行けてねぇよ!? 何つまりどう言う事!?」

「先程から申しているではありませんか」

 まだ整理のつかない頭を働かせる晶子の目と鼻の先に、ラニアが急接近する。

「貴女様には、我々が女神様と再会できるよう手助けしていただきたいのです」

「っ……女神が、封印されてるって事は分かってんだよね?」

「えぇ、もちろん存じ上げておりますよ」

 光の無い紫紺色の瞳が、晶子をジッと見つめて離さない。

「五百年前のあの大戦の折、女神様は英雄と持て囃される者達の手によって封じられてしまいました。我々があの御方とお会い出来ないのも、そのせいに違いありません。ですが、貴女というイレギュラーが現れた」

(えらく回りくどい言い方だな……要するに、女神に直接選ばれた使いが現世に来れたんだから、封印を解いて会わせる事も出来るよなって言いたいんでしょうが)

 分かりにくいながらもラニアの願いを何とか理解した晶子は、女神の事を語る度にきつくなる悪臭に吐き気を我慢しながら冷静に頭を回転させる。

(まさかラニアさんが女神信者のガチ勢ヲタクだったとは……ガチ過ぎて目がイッちゃってるのがまた恐怖を煽るな……とはいえ、仮にこの願いを受けたとしてそれだけで済むのか?)

 今しがたの説明を簡潔に言い表すのならば、『一目惚れした至高の相手にもう一度会いたい』という事だろう。その為に、ラニアは女神から力を授かった晶子を利用し、目的を果たそうとしているのだ。

 一見すれば、ただただ待ち望んでいる相手と再会したいが為の行動に見えなくはないが、それにしてはラニアから放出される淀みの量が可笑しい。

(淀みは世界に沈殿する負の感情のはず。でもどういう訳か、ラニアさんからは常にこの淀みが垂れ流しになってる。こっちに悪意を向けてる訳でも、人間達に害意を齎そうをしてる訳でも無いのに、なんでだろう?)

「あの御方のやり方は少々過激だったかもしれませんが、それは我々人間を想ってこその事。憐れで愚かな人間達が間違った道へと進まぬよう、正しき方へ導く為に仕方のない事だったのです」

(女神について語ってる時が一番淀みが強いってどう言う事?? マジで意味分からん!!)

 うっとりと女神について熱弁する姿からは、女神の使者である晶子を害そうと言う魂胆は微塵も感じられない。

 それなのに淀みは留まる事を知らず、むしろどんどんと酷くなっていっているようにすら感じられた。

「ですので、私達は決してあの御方のやった事は間違っていないと思っているのです。ましてや封印などと、烏滸がましいにも程がありますわ」

「烏滸がましい?」

 その反面、ラニアは女神と対立し封じ込めた人類に対して、いやに攻撃的な態度を見せる。

「言ったでしょう、人間は哀れで愚かだと。身分だ地位だと目に見えないものに縛られ、金に目が眩み、己の利益の為ならば例え実子や実の親であろうと手にかける。そんな事が当たり前に横行する世界に暮らす人間達など、本来なら救うに値しない。寧ろ滅ぼされてしかるべき存在のはずなのです。なのに、女神様は……あの御方は自らの手で人間達を導こうとしてくださった。あぁ、なんて、なんて慈悲深いのか!!」

 両手で頬を包んで身を捩るラニアは、何も知らない人から見れば恋をする乙女のよう。

(実際は、人間どうでも良い宣言しちゃってる激ヤバ魔道具なんですけども……こいつよくもまあここで暮らしててこんな事あたしに言えたな、マジで空恐ろしいんだけど……居住区の人達とは、仲良さげに感じたんだけどなぁ)

 魔道具達に指導している間、一部の人間達の世話を焼いていたのは他でもないラニア達だ。彼女達は誰よりも人間達の必要としている事を理解していたようで、何かする度に礼を言われたり、談笑している姿を度々見る事が出来た。

 ラニアも数人の子供達に周りを囲まれ、和気藹々と楽しそうにしていたのを晶子は覚えている。

(なのに、実際は人間なんて救いようがないって思ってるなんて。いくら女神の信者だからって……)

「それは、ちょっと極論過ぎない?」

 人間を貶める発言をするラニアに、晶子は反論する為に口を開いた。

「確かに人間は平気で嘘を吐くし、簡単に他人を騙して利益を得ようとする。けれど、余の中そんな奴等ばかりじゃない。他者の事を思いやって行動する人も、貧しい人の為に全財産をつぎ込む人だっている」

 世の中悪人ばかりではない事を晶子は知っている。誰かの為に、家族の為に、大切な人達の為に行動する者がいる事を。

「地位があるからこそ、伴う責任がある。それを果たそうとする立派な人だって多い。人間が滅ぼされてしかるべきなんて」

「それでも、何時だって得をするのは悪しき道を歩む者達です」

 静かに晶子の言葉を聞いていたラニアが、表情を削ぎ落した顔で告げる。これまで浮かべられていた微笑みは消え失せ、あるのは虚無のような真顔のみ。

「っ……」

(いつも笑っている奴から笑顔がなくなると怖いって聞いた事はあったけど、あれガチだったんだなぁ……)

 なんて現実逃避のような事を考えていたが、晶子の体は未知の存在と相対した時のように緊張で強張っていた。

「善き行いをする優しい者が損をして、悪しき行いをする馬鹿が得をする。それがこの世の理なのです。だからあの人は……」

(あの、人?)

 燦燦と輝かせていた瞳に陰を落として俯いたラニアの呟きに、晶子は首を傾げる。

「誰よりもお人よしでいて、それでいて誰よりも優しかったあの人も、最後は欲深い者達によって理不尽に命を散らしてしまいました。散々あの人に恩を受けておきながら、あれらはいとも簡単に裏切ったんです」

 感情があまり読み取れない瞳の奥に、憎悪と嫌悪が燻っているのが見えた。晶子にはその燻りが、ほんの些細なきっかけで再び燃え上がり、周囲を焼き焦がしてしまいそうにすら感じられた。

「……そいつらはどうなったの?」

「殺しましたよ」

 当然だろうというようにあっさりと答えたラニアに、晶子は息を呑む。

「恩を仇で返すような者達、生きている価値などないでしょう? 奴等はあの人の死体の上で、下劣に笑っていたのです。助けられ、散々施しを受けていたにも関わらず」

「それは……」

 一瞬、晶子の脳裏に親しい者達の顔が思い浮かぶ。もし、彼らが理不尽な理由により命を奪われてしまったら、そうなれば晶子は迷わず相手の命を刈り取る自信があった。

 現に神樹での戦いで弦を失った時、鑪達の声も届かず暴走状態となりあわや大惨事寸前にまで至ったのだ。

 そんな経験があるからこそ、晶子はラニアの言葉を否定する事が出来なかった。

「私にとって、あの人の存在は何にも代えられない。その他の有象無象など、邪魔な塵芥も同等なのです」

「有象無象とか塵芥とか、じゃあ居住区の人達と仲良くしてたのはなんで?」

「そんなもの、致し方なく接しているだけの事。そこに特別な感情は何もありませんわ」

 平坦とした声色から、彼女が本当に居住区の人々をどうとも思っていないと分かる。ここまでの言動からしてもおそらく、ラニアは目的を果たす為ならば彼らを犠牲にする事も厭わないだろう。

(むしろ率先して生贄にしそう……それだけ、『あの人』が大切な人だったって事なのかも知れないけど、あの人って一体誰の事を言ってるんだろう?)

 ラニアの言う『あの人』がそれ程の人格者であるのならば、WtRsの中に登場していても可笑しくはない。それならば晶子が覚えていても良さそうなのだが、生憎と元研究所編において該当しそうな人物に思い至らなかった。

(最近元の世界の記憶が薄れはじめてるってのもあるんだと思うけども、ちょっとこれは不味いかも……後で人気のない時にWtRsの情報を整理しとかないと)

 そんな事を思いつつ視線をラニアに向ければ、彼女は虚ろな目を部屋に唯一ついている窓に向けていた。

 書斎机の真後ろにある大きな窓からは外の景色が良く見えるようで、晶子のいる位置からも研究所を覆う巨大竜巻の片鱗がしっかりと目に映っている。

(どこを見てるんだろ……てかこれ、下手な返事すると元のシナリオ以上に最悪な状況を作りかねないな……)

 一先ずは情報が欲しいと『あの人』の事を尋ねようとした晶子だったが、それよりも早くラニアはいつもの調子を取り戻したように表情を取り繕った。

「とにかく、晶子様には否が応でも協力していただく所存ですので、どうぞ良しなにお願い致しますね」

「え、あってうわぁ!?」

 晶子の返答を聞く事も無く、ラニアは部屋のロックを解除する。ラニアから遠ざかる為に完全に体を預けていた晶子は、あっさりと開いた扉にバランスを崩し、部屋の外へ転がり出てしまった。

「いったたた……」

「あら、ごめんなさい」

(こいつ……絶対悪いと思ってないだろ)

 わざとらしく謝罪するラニアを思わず睨みつけるも、本気で怒っている訳では無い事を分かっているからか大した効果は無いらしい。

「御手をどうぞ」

「……ありがと」

 優雅に差し出された手を握り返せば、細身の腕から出たとは思えない力で立ち上がらされる。少々勢いがあった為たたらを踏んでしまったものの、再び倒れ込むような事は無かった。

 むしろラニアが正面から支えてくれたおかげで、ほとんどよろけずに済んだと言っても良い。

(いや、感謝はしたけど元はと言えばラニアさんがいきなり扉のロックを解除したのが悪いんだけど……)

「さて、私は見回りの仕事が残っておりますので一度退席させていただきますわ。夕食時に呼びに来ますので、それまで晶子様はここで、気の済むまでお過ごし下さいませ」

「え、いや、まだ魔道具達に色々と教えないといけないし」

 自身と魔道具達のキャパシティーを鑑みて休息を取っているだけのつもりだった晶子は、当然この後も教育を続ける気満々であった。

 しかし、ラニアはそんな晶子の肩に手を置くと、くるりと回転させて書斎の中へ再び押し込み始める。

「えあ!? ちょ、ラニアさん!?」

「本日は午前中からずっと魔道具達にかかりきりでまともな休息もとれていないでしょう? どの道、あの屑鉄達に人間の常識を叩きこむには一日、二日でどうにかなるわけがないのですから」

(は? ねぇこいつ魔道具達を屑鉄って言ったんですけどふざけてんのか??)

 放たれた蔑称ともとれる単語に、晶子は耳を疑った。この研究所にいる魔道具達は、生み出された経緯に大なり小なりの差はあれど、皆同じ志を共にする仲間だったはず。

「あちこちにガタが来て、何時停止しても可笑しくないような屑鉄相手に晶子様の御手を煩わせたくは無かったのですが……今のままでは計画の邪魔になってしまう可能性がありますので。最低限、人間達に正しく対応できる所までにはなって貰わなければ」

 それなのにラニアは彼らを屑鉄と呼び、言外に目障りな存在だと主張する。

「ただでさえ、最近は一部の人間達がこちらを警戒していてやり辛くなっているのに、これ以上屑鉄達のせいで身動きを封じられるのは不愉快極まりないですから」

 どうやら、ラニアが毛嫌いしているのは人間だけではなさそうだ。

(……この言い方、居住区の人達の中にこいつらを警戒してるのがいるって事ね。それは魔道具達の暴走故に目を付けられてんのか、それともそれなりに怪しい行動をしていたからなのか。とりあえず——)

「ねぇ、ラニアって呼んでいい?」

(お前は呼び捨てで十分じゃい!!)

 なんだかんだキツイ物言いをしつつも、晶子は魔道具達の事が嫌いにはなれないでいた。だからこそ厳しい言い方をしてしまうというのもあるが、少なくとも彼らを邪魔だの鬱陶しいだのと思った事は一度足りと無い。

 そんな魔道具達を貶すラニアは晶子の大切な存在を見下す者であるので、敬称などつけてやるものか、と八つ当たりのような心持で提案した訳だ。

「っ!! えぇ、えぇ!! もちろんですわ!!」

 だが、ラニアから返ってきた反応は予想外に良いもので、女神の事を延々と語っていた時のようにうっとりと微笑んでいる程だった。

「嬉しいですわ……貴女様に認められて、こんなにも親し気にしていただけるなんて!!」

(あ、これあれだわ。呼び捨て=親密な関係って脳内方程式が立ってるんだわマジかよちょっとめんどくせぇ事になったじゃねーか!!)

 以後、ラニアの名を呼ぶ際は時と場所に気を付けなければいけないと瞬時に悟った晶子が乾いた笑いで場を誤魔化していると、書斎の入口付近に設置されている柱時計がゴーンと鐘を鳴らした。

「あ、そろそろ行かなくては。では晶子様、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」

 そう言って見事なカテーシーを披露すると、ラニアは書斎の扉に手をかける。

「期待、していますからね」

 去り際、ラニアはそう晶子に言い残して振り返る事無く退出した。

 淀みの気配と悪臭が遠ざかっていき、完全に感じ取れなくなったタイミングで、緊張やら色々な圧力から解放された晶子はその場にへたり込んだ。

「あ~……しんど……なんでこんな事に」

 軽くなった室内の空気にほんの少し安堵しつつ、想定外の展開になったと晶子は首の裏を擦る。

(ラニアの目的が女神と会う事ってのは分かったけど、正直まだ何か隠してるって言うか、こっちに言ってない事はあるよね。あの人ってのが誰かも聞けなかったし)

 元研究所へと拉致されてまだ数日、その大半が眠りについていただけであり、実働時間で言えば実質一日にも満たない。にも関わらず、すでに手にした情報はあまりにも多すぎて、もはや頭を抱えるしかない。

(黒幕も姿を見せないし、ラニアの真意も良く分からん。おまけにこの後、ハーミーズとのいざこざも待ってるって……忙し過ぎじゃない?? 魔道具達の教育的指導もあるんやで??)

 何が一番大変かと問われれば、これら全てを一人でこなさなければいけない、という事だろう。

 今この場所に鑪もアルベートもいない、いつもなら晶子を手助けし支えてくれる心強い味方はいないのだ。まだまだこちらの世界の常識を完全に把握したとは言えない晶子には、これまでで一番孤独で心細い状態だった。

(そうは言っても、ここで泣き言漏らしてても何も解決しない。今はあたしに出来る事を、少しづつやっていこう。……きっと、二人は来てくれるはず)

 信じて彼等を待つ以外、今の晶子には出来ないのだから。

「はぁ……仕方ない。あの感じだと、戻ってもまたここに連れてこられる気しかしないし、しゃーなし待機しますか」

 頬を叩いて気合を入れ直した晶子は、何とか足に力を入れて立ち上がると壁を埋め尽くす本棚を見上げた。

 色とりどり、大きさも厚さもバラバラな本の山は背表紙の文字を見る限り、大半が専門的な物だろう。だがその莫大な蔵書の中に、幾つもの重要な情報が紛れ込んでいる事を晶子は知っている。

(あたしが覚えてる設定や情報(データ)との比較もしたいし、丁度良い機会だったのかも。まあ、この蔵書量の中を探すのは一苦労だと思うけど……何事も情報収集は基本だからね)

 膨大な数の中からそれらを見つける事は大変な作業になるだろうが、半ば軟禁状態と言っても良い現状、やるしかないのも事実。

 少しげんなりするも、これも幸福な結末の為だと、とりあえず一番近くにあった書斎机の上に積み上がっていた一冊に手を伸ばしたのだった。

次回更新は、12/12(金)予定です。

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