(まっ、あたしは当然ながら知ってるんですけどもね!!)
癖強三銃士とラニアに連れられて、晶子は研究所内を歩いていた。時折すれ違う魔道具達から花冠や石を数珠繋ぎにして作られた首飾り、スチール製のピンバッチ等を山のように押しつけられ、晶子は色んなアクセサリーでちぐはぐな見た目になっていた。
(バランス感覚バグってんのかってレベルのごちゃ混ぜ感……でも魔道具達は良かれと思ってくれてるから、断れないんだよねぇ……)
「ミツカイサマ! ミツカイサマ! カンゲイ!! カンゲイ!!」
「あ、はいはい。ありがとうゴザイマス」
意志を持つバスタブのような魔道具の淵に乗った鸚鵡型の魔道具が繰り返す言葉を聞いて、晶子は屈んで頭を下げる。
すると、鸚鵡はバスタブの中から小さな王冠を摘まみ上げ、そのまま晶子の頭の上へ。
(ちょぉおおおおい!! なんつー高価なもんっ……って、なんだ折り紙か……)
キラキラと金色に輝くのが見えて一瞬ギョッとした晶子だったが、戴冠させられた物に殆ど重さがない事からすぐ紙製だと気付き、密かに息を吐く。
(ま、こんな寂れた研究所の中に純金みたいなもんある訳無いか……いや、それは言い過ぎか? 廃研究所差別になるか??)
なんてどうでも良い事を考えながらバスタブと鸚鵡に手を振って歩いていくと、然程いかぬ内に先頭を歩いていたシュトゥルム卿が立ち止まった。考え込んでいる間に、目的の部屋へ辿り着いていたらしい。
「こ~ちらに、こんの城の城主にして全てを治める我等が女王がおられま~す!!」
「ここ、が……??」
そう言いつつシュトゥルム卿の体越しに前を見るも、あるのは無機質な金属製の壁のみ。幾何学的な模様や基盤の配線のような物が時折光ってはいるものの、ぱっと見ではそこがこの研究所の中核へ通じる入口であるとは到底思えなかった。
(まっ、あたしは当然ながら知ってるんですけどもね!!)
WtRの製作陣スタッフは、業界でもかなりの凝り性だと噂されている。それが顕著に表れているのが、この廃研究所中枢へ至る扉だ。
オラージュが手を翳しながら何事かを呟くと「ピッ、ガガガッ、ピコンッ」と軽快な音が鳴り響き、壁の金属板が一枚、また一枚と溶けるように消えていく。
然程の時間をかける事無く壁は消え去り、代わりに晶子達の前に更に奥へと続く廊下が現れたのだった。
(うぉおおおおおおお!! ここマジで作り込み半端なくてちょっとワクワクしてたんよ!! た~のしぃ~!!)
顔には出さないが、SFチックな扉の開閉に晶子のテンションは一気に跳ね上がった。
「Hona、Ikimasse!!」
「御足下が少々悪くなっておりますので、御気を付けて」
「さぁ~!! 参りましょ~う!!」
「あ、あはは……」
やけにテンションの高い三体に急かされ、晶子は苦笑いしながら廊下の奥へと歩きはじめる。
だがふと、最後尾にいたラニアが気になってひっそりと足を止めて振り返れば、彼女はこちらに背を向けた状態で入り口の方を向いていた。
(ん~? 何するんだろ?)
興味深く様子を観察していると、ラニアは人差し指を立てて宙に円を描き、それに合わせて入口が逆再生を受けたかのように閉じていく。
数秒程度、入口が開いた時よりもスムーズな動きで閉じられたそこは、やがて完全な壁へと戻っていった。
(はぇ~……まとめ役って言われてるだけあって、こう言う事には慣れてるっぽいね。オラージュみたいに呪文? 合言葉? を呟かずに指先だけで扉を元に戻すなんて。しかもなんか知らんが閉じるスピードが速い。でもま~じでこの方存じ上げないんですがナニモンなんです?? 怪しさ満点過ぎて逆に安心すると言うかなんと言うか……)
謎多き存在のラニアに首を傾げていると、徐に彼女と目が合った。見過ぎたと誤魔化し笑いを浮かべる晶子に対し、ラニアはただ笑みを深くするだけだった。
(うぅ……この人、やっぱ苦手かも……)
鳥肌の立った腕を擦りながら、晶子は小さく溜息を吐く。
(にしてもやっぱ、このマップは他と比べても近未来感あって楽しいよね~)
意識を切り替えようと廊下の造形に視線を移した晶子は、足を進めながら内心わくわくと高揚する気持ちを押さえられなかった。
研究機関という設定基盤が故か、このマップの所々にはSF要素がふんだんに盛り込まれていた。
アクラニャー元魔道具研究所は、全五階建てになっている。上下階の移動に特殊なエレベーターが設置されており、階段もついているが効率の違いからほとんどのプレイヤーが前者を利用していた。
(そうやって利便性に胡坐をかいてると、のちのち後悔するとも知らずにね……)
釣られて思い出した苦い記憶に、晶子は何とも言えない表情を浮かべてしまう。
(そもそもこの物語、誘拐された主人公が施設内を探索してたら、五階……だっけ? に沢山の人が暮らしてるのに気付いて、そこで漸く地上で多発してる誘拐事件と結びつくんだったよね)
元魔道具研究所編のシナリオは、強制的に連れてこられた主人公が同じく誘拐されて来た様々な人々の話を聞き、家に帰りたいという願いを叶える為に奔走するところから本格的な始まりを見せる。
そうして行動していく中で、誘拐を行っているのが研究所の魔道具達であり、彼らは過去にプログラムされた行動を数百年経った今も忠実に守っているだけだったのだと判明するのだ。
(『誰も頼る者がおらず一人孤独に苦しむ人、貧しさに喘ぐ家族、その他居場所が無いと思っている寂しい人を見つけて連れてきてあげて』……初代所長が孤児院を設立した時、最初に作った魔道具に設定したプログラムだっけ)
人格者であったと言われている創設者の院長は、孤児だけでなく、様々な理由で行く当てのない人々を迎え入れた。それだけでなく、自身で魔道具を設計・製作し、彼らに身寄りのない者を施設まで導いてあげて欲しいと世界中に解き放ったのだ。
誰にでも平等で慈しみ深い人柄と施しに人々は感涙し、同士が増え、そうして孤児院は大きくなっていったと資料集の中に記載があったのを晶子は覚えている。
(で、それを十三代目所長のアクラニャーが改変して、人体実験の検体確保用に改造した。おまけに、初代が作った魔道具達の一部は被験者と掛け合わせて再利用したりするっていう鬼畜っぶり……ほんと、何してくれとるん??)
前者は晶子を攫った二体魔道具、後者はミスオラージュとシュトゥルム卿がこれに該当する。が、当人達には人間だった頃の記憶も純粋な案内人であった時の記録も残っていないらしい。
(余計な混乱や反抗を防ぐ為なのか……まあ、アクラニャー所長って五月蠅いのはごめんだっつって検体の喉を潰してから実験してたみたいだし、そっちの方が都合が良かったんだろうな……)
笑いと幸福が溢れる日の当たる場所を、アクラニャーは悲鳴と涙に沈む悲劇の舞台に変えてしまった。数えきれないほどの命を弄び、悲運の中に没していった者達をアクラニャーは『必要な犠牲だった』と嘲笑ったと言う。
(比較的正常な判断が出来る研究員の日記に書いてあったみたいだけど……あれ最後まで読むと、血の滲んだ書きかけのページに辿り着くんだよね……。あたしもだけど、他のプレイヤーもみんな察しちゃったよね……)
邪魔になると分かれば、自身を慕っていた部下すらも容赦なく実験素材にする。アクラニャーと言う人物は、研究員や被験者の日記などから見てもどこか人間的にもズレているようだった。
(おまけに魔道具達から行動の意義を聞かれて、『人々を苦しみから救済せよ、と女神から命じられている。これは女神からの天命であり、我々とお前達だけしか出来ない神聖な御役目なのだ』ってありもしない事言ってたみたいだし)
ストーリーの進行上、必ず閲覧する事になる報告書の記録によると、人体実験を率先して行っている者のものとは思えない心身深い発言をしていたという。
(人格破綻者、倫理観の死んだ天才、命に仇なす者……同僚からの評価もひっどいもんだったみたいだけど、当人は全く歯牙にも掛けてなかったらしいね)
アクラニャー所長にとって、周囲からの評判も口さがない誹謗中傷も聞く価値の無い雑音でしか無かったのだろう。
ハーミーズとその仲間達によって倒されるまで自身の研究に傾倒していたとされているも、その後のアクラニャーの行方を知る者は誰もいない。
設定資料にもゲーム内にも一切の言及がされておらず、おまけに名前だけが有名になっていて性別も年齢も不明な謎多き存在なのだ。
(ハーミーズもずっとアイツってしか言わなかったし、他の英雄達は全く話題に上げないからマジでなんも分からんのよねこの人。唯一公式が出した答えも『無垢故、純粋故に狂気に堕ちた憐れな子供』ってしか言ってなかったし)
公式が出した情報に様々な考察が上げられた結果、プレイヤー間では『アクラニャーは愛情という感情を持つ事が出来ない子供であった』と結論付けられた。
しかし、結局はそれだけであり、それ以上にアクラニャーを深堀する情報もデータも出なかった為に何時しかシナリオの闇深さを彩るキーワードの一つとなってしまっていた。
(折角だし、自由時間にでも色々と資料を探してみるか……誘拐されてる人達の様子も見に行きたいし、此奴の事も調べたいし)
背中に感じる全身を舐るような視線に嫌悪を抱きながら、早々にこの謎の正体不明の魔道具について詳細を知らなければと心に決める。
(……研究者が居なくなって尚、魔道具達は彼らの体に刻まれた命令を遂行しようと行動してる。結果、それが地上の人々の誘拐になってしまってるけども……)
魔道具達に攫って来た人々に危害を加えるつもりは微塵もない。むしろ、彼らは己の行動が人々を救うものだと信じているのだ。
そのため、ゲーム中でも基本的に誘拐されていたのは身寄りのない人か、家族や友人知人と疎遠になった人、人間関係が上手くいっていない人が中心だった。
(まあ、一部何不自由なく暮らしてる人を勘違いで攫っちゃってたりもしてたけど、大体は初代の願い通りだから……ちょっと、いやだいぶメンドイ人連れて来てたけど……)
居場所をくれた事、明日生きる活力をくれた事を感謝する者達に交じって、周囲に当たり散らす横暴なモブがいたのを思い出して何とも言えなくなる。
南方の港町に暮らす富豪の息子という設定だったが、他者を思いやれず自己中心的なその性格を、魔道具達は心の貧しい子だと認定したらしかった。
(最終的に、選んだ選択肢によって誘拐された人達の生死も変わるんだけども……この子、全員死亡ルートでのみ改心してこれから頑張るってなっちゃうんだよね……改心したのに結果死亡するっていう、物語を悲劇的にする要素の一人なんよなぁ……)
尚この選択肢、『人体実験施設という負の遺産とその付属物達をどうするか』という主題が盛り込まれている。
魔道具達に罪は無いと選択すると全員生存ルートへと舵がきられる事になり、友好的な関係を築いて完結する。
が、逆に魔道具を『悪しき物』と判断する選択肢を選んだ場合、主人公がそう働きかけたのかは不明だが、段々と人間達の魔道具達に対する態度が悪いモノへと変化していく。
それにより、友好的だった魔道具達は人間との軋轢によって心が壊れていき、最終的に自壊する者、危害を加えようとする者まで現れるようになるのだ。
(WtRsじゃあ珍しいボス戦しなくても良いシナリオ!! って感動を返して欲しい……しかも、ハーミーズの加入条件が『過去の清算を果たす』ってのだから、後者を選ぶしかないんだよ……)
ハーミーズにとって、アクラニャー元魔道具研究所は忌々しい過去を象徴する場所。よって加入条件にある過去の清算とは研究所を完全に破壊し、跡形も無く消し去る事なのだ。
例えどれだけ魔道具達の本質が善性によっているのだとしても、元被害者のハーミーズから見たそれらは、どれも悪辣な研究員が生み出した悍ましい装置に過ぎないのだと。WtRs本編内で崩れ落ちる研究所を目に焼き付けながら、彼はそう呟きを残していた。
(あんな結末、やっぱ納得出来ない。彼等のやり方は駄目だったけど、だからって過去の罪を彼等にも背負わせるのは違うと思うし。なにより……本当はハーミーズ、彼等を救いたかったんじゃないかな)
研究所が辿る悲惨な末路には、ハーミーズの過去に関わっている部分が大きい。彼の心の安寧を得る為にも、あの終わりは必然で会ったのだろう。
だが同時に、外の乱気流を抑え、最小限の風の流れだけが研究所に吹くようになっているのも彼が力を尽くしているからだ。
どこにも行けず、停滞している現状に疑問すらも抱けない魔道具達を憐れみ、また実験に利用されて合成された人間達を悼んでいるが故、彼は研究所が嵐に脅かされないようにして束の間か、はたまた永遠に続くかも知れない安寧を守っているのだ。
(人攫ってる事に関しても、危害を加えないって分かってるっぽいから見逃してるみたいだし……も~さ!! 対話しよ!? んで和解してくれマジで!! あ、お前は別なアクラニャー)
当然の事ながら、晶子はハーミーズと魔道具達の和解ハッピーエンドIf(アクラニャー抜き)を妄想、製本済みである。
(……どれだけ幸せな結末を望もうと、一介のプレイヤーでしか無かったあたしにはそれを変える力は無かった。でも……今は違う!)
今、晶子が居るのはゲームと似ているが、現実としてそこに命が根付いている異世界だ。そこへ再編者として召喚された晶子ならば、死にゆく定めを持つ者達を救う道を自らの手で創り出す事ができるはず。
(絶対に回避してやる……! 何が何でも和解ハッピーエンドを実現させてやるからな!!)
メインシナリオ系の中でも最多の死者数を誇るこの元魔道具研究所編を幸福な結末にするべく、晶子は一人気合を入れ直すのだった。
「にしても、意外と長いねここの廊下」
「大事な所へと繋がっている道でございますからね。長い方が良いのです」
「微妙に意味深っぽく聞こえる言い方やめない??」
ミスオラージュの独特な言い回しに呆れつつも廊下を進む足を止めずにいた一行だったが、遂に突き当りに辿り着く。
入口の時と同じく壁があるだけの行き止まりに見えたが、右壁に小さなモニターのような物が設置されていた。シュトゥルム卿がそこに手を置くと、読み取りをするように光の線が往復し、壁が自動ドアのように開閉した。
「おぉ……」
「あ! 目が覚めたんですね!」
また少し違った開き方をする扉に感動していると、鈴の鳴るような声が耳に届いた。
「! 君は」
玉座のような形状をした装置に繋がれているのは、艶やかな桜色の長髪を持つ少女。
毛先は装置の端子部分へと接続され、下半身は装置と一体化してまるで機械から生えているようにも見える。
上半身の節々に見られる球体関節の隙間からは鮮やかな薄紅色の光が漏れ出し、柔らかく明滅を繰り返していた。
(きゃあああああああああ!! ゼファーちゃんだぁああああああ!! ピンクの髪がか~わぁい~い~!!)
彼女こそ、アクラニャー元魔道具研究所の動力源を担い、あらゆる事象の決定権を持つ重要人物・ゼファーであった。
(やぁん、ほんっとに可愛い~! お目目もキラキラで、全然人形っぽくないし!! マジ眼福ですありがとうございます!!)
「良かった、中々起きてこないんで心配してたんですよ! しんじゅ、という場所で何か良からぬ事をされ、心身ともに傷ついているのでは、って!」
「……ンン??」
晴れやかな笑顔でされた突拍子もない発言に、彼女の可愛らしさにメロメロだった晶子は何のことだか分からず困惑する。
そんな様子の晶子を見て何を勘違いしたのか、ゼファーはハッとしたように口元を押さえ、泣きそうなのを堪えるように話し出した。
「ご、ごめんなさい! 無神経な事を聞いてしまいましたよね。狭い部屋の中に捕らわれて自由を失っていたのだから、十分にお辛い状況だったはずだもの」
「え、いやあの、えぇ……?」
本当に心底同情しているというようなゼファーの様子に、晶子は真実を話そうにも躊躇してしまう。
「い、いやぁ……別に捕まってたとかそういう訳じゃ無くて、単にあたしの体を想ってくれた人達が過保護だったと言うか、心配性だったと言うか……」
「そんな! 貴女を閉じ込めた人達を庇う必要なんてないんですよ!! 辛ければ辛いと、怖ければ怖いと言っても大丈夫! ここには貴女を脅かす人も物も何も無いんですから!!」
だが、誤解されたままはいけないだろうと意を決して否定をしてみたものの、返って来たのは斜めにズレた反応だ。
「待って待ってマジで話を聞け!?」
そう晶子が声を荒げても、目の前の少女には全く届いていないようだ。
「お↑~ぃおぃおぃ! なんっと、なんと酷い話であ↑~り↓ましょうか!!」
「ぐすっ、柔らかな御身体にそんな御無体な……あんまりですわ」
「Honnmani Hidoi Hanashiyade! Nanndesonaini Mugoikoto Dekirunnya!!
それどころか、ゼファーに感化されたのかミスオラージュやまいどポクプン、シュトゥルム卿すら泣くのを堪えるような仕草をしだす始末。
唯一変わらないのは、無言でニコニコと楽しそうに笑い続けているラニアぐらいであった。
(な、何がどうしてそんな話になってる訳……!?)
訳が分からないと混乱する中、晶子はミスオラージュ達によってゼファーのすぐ近くへと押しやられる。
そうしてゼファーはそっと晶子の手を取ると、大事な物を守るように両手で包み込んだ。
「あの……」
「安心してください。同じ女神様から御役目をいただいた者同士、ゼファー達は貴女の味方です! 人々の豊かな生活の為、共に力を合わせ、悪い人達をやっつけましょ!」
眩く輝くような笑顔で笑いかけてくるゼファーに、晶子は痛む頭を抱えたくて仕方無かった。
次回更新は、10/31(金)予定です。




