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とある白色の返報

※ 一部文章の違和感を修正しました。

 淀みの精霊の助言に従い警戒していた相手を見て、『こんな少女が本当に脅威に成り得るのか?』と新は思っていた。

 神樹の外に只ならぬ気配が訪れたのを感じ、我先にと飛び出して行った戦士達。その後をひっそりと追いかけ誰にも見つからぬよう陰から事の成り行きを見守る事にした新は、かの英雄の小脇に抱えられている少女を見て、彼女が件の御使いかと首を傾げる。

 羊毛のような柔らかそうな金糸の髪と藍玉のように輝く瞳、背中に背負った身の丈以上の武器が異様に目立つ華奢な体格は、とてもでは無いが前線に参加して戦う者だとは思えなかった。

 しかし——。

(……これは、まぁなんと)

 自身よりも遥かに図体の立派な有翼族の戦士達が地に伏せているのを見下ろしながら、新は神樹にやって来た少女を改めて見る。

 軽々と巨大なバトルアックスを使いこなしたかと思えば、土属性魔法を巧みに扱い滞空していた戦士達を強制的に地上へ引き摺り落としたその手腕。

(無意識とは言え、見た目だけで相手を判断するべきじゃ無いな)

 少女——晶子への認識を改めた新だったが、戦士達に対して何度も挑発する態度やこちらを全く恐れない言動からは、先程感じた歴戦の猛者の風格は感じない。

 かと思えば、余計な事を言ったからとアルベートを拳で黙らせ、鑪すらも名を呼ぶだけで黙殺してしまえる威圧感を放ってみせる。

 また、弦を見た瞬間に一瞬だけ綻んだ表情は正しく少女のようであったし、しかしその後の戦士との会話では子供を守る大人らしさを見せつけ……と、あまりのチグハグさに新の脳内では若干の混乱が起きていた。

(こ、この人、何なんだ? 荒っぽいかと思えば礼儀正しいし、かと思えば全力でこっちに喧嘩を売って来るし……でも、弦を見る目だけは誰よりも優しかったな)

 戦士達を連れて先に上層へと飛び上がった新は、弦の頭を撫でていた晶子の姿を思い出す。この神樹において、弦にそんな事をしてやる大人は誰も居なかった。実の父親である族長ですら、最愛の妻を奪った忌み児だと嫌っている始末。

(……僕でも出来ない事を、あの人はあんなにもあっさりやってしまえるなんて……)

 立場上、あまり大々的に弦を贔屓する事は出来ず、心無い言葉の暴力に晒されている弦を遠回しにしか守ってやれない。そんな自分が、新は憎くて憎くてしかたなかった。

(力が無いから、僕が弱いから奪われた……だから今度は、僕が奪ってやる。ううん、奪い返すんだ)

 己の大切な半身を、慈悲も無く常世へと堕とした一族の大人達。淀みを纏った陰なる存在によって真実を知った日から、新の身の内にはずっと己を担ぎ上げる同族達への憤怒と嫌悪、そして怨嗟が積もり続けた。

 そうして溜めに溜められた積年の想いを、一族への復讐を果たす事が出来る。今までの努力が実を結ぶ時が来たのだと、新は戦士達を置いて自室に戻り一人ほくそ笑んだ。

(兎に角、上手くあの人だけ誘導してさっさと済ませてしまおう。鑪様やあの珍妙なミニゴーレムに勘付かれると厄介だ)

 目的を達成するために考えを巡らせていた新だったが、まさか族長が勝手な事をするとは露ほども思っていなかった。

(予定が狂ったな……でもまあ、彼女だけ瀕死状態に出来ただけでも——)

 周りをうろちょろして煩わしかった戦士達も、目障りな族長も消えた。後は晶子を贄に門を完全開門すれば——そう考えていた新の目の前で、半端に開いた門の中から伸びて来た影によって彼女は常世に引きずり込まれていった。

 後を追うようにして闇の中に飛び込んだ弦を慌てて追いかけようとした新だったが、僅か数センチの差で間に合わず、二人は黒い水溜まりのような淀みの中に消えていった。

 淀みの中に腕を突っ込もうとしたが、まるで新を拒絶するかのように弾かれてしまい、どうする事も出来なかった。

「くそっ、なんでこんなにも邪魔が入るんだ!!」

 計画通りにいかない怒りを拳に籠めて拳を叩きつけるも、返ってくるのは反動で飛び跳ねた淀みの汚泥と硬い物を殴ったような感触だけ。

 苛立ちを隠せないまま脳内で計画の練り直しをしようとしたその時、どういう訳か新の制御下にあったはずの淀みの魔物が暴走を始め、子供達に狙いをつけ始めたでは無いか。

「きゃぁあああ!!」

「っ……ひいな! ホリーアロー!!」

 叫び声の主が自分に良く懐いてくれていた少女であると気付いた新は、腕を伸ばしてくる魔物へ向けて咄嗟に光魔法を放つ。

 側頭部らしき場所に魔法が命中した魔物は悶え苦しみ、その場でうぞうぞとのたうち始める。

「今の内に避難を!!」

「行くぞガキンチョ共!!」

 鑪とアルベートの声に促されて、新は子供達と共に広間の外へと飛び出した。

「はぁ、はぁ、はぁー……けがは!?」

「だ、いじょうぶ」

「そっか……良かった……」

 抱き上げていた少女の言葉にホッと一息ついたのも束の間、広間の扉を打ち破って醜悪な魔物が追いかけてくる。

「な、なんだ!? 何が起きているんだ!?」

「ひっ、な、なによあの化け物!?」

「こ、こっちに来るなぁああああああ!!」

 激しい騒音に何事かと姿を見せた有翼族達の悲鳴が、神樹内に木霊する。その瞬間、魔物は急に方向を変えたかと思えば、まっすぐに逃げ惑う大人達の方へと向かって行った。

「あやつの相手は我がする。お主達はどこか身を隠せる場所に子供等を連れて行け」

「た、鑪様……!」

「言いたい事は山ほどあるが、事は急を要する。まずは目先の問題に対処してからだ」

 そう言って二対の手に刀を握った鑪が、魔物の後を追って物凄いスピードで駆けていってしまう。慌てて続こうとした新だが、不意に服を引かれて動きが止まった。

「あら、た、おに、ちゃ」

 今にも泣き出しそうな顔でこちらを見上げ、か細く新を呼ぶひいな。よほど恐ろしかったのか、目元には涙がいくつも浮かんでは血の気の失せた頬をポロポロと零れ落ちていく。

「……大丈夫。ひいなは皆と一緒に居るんだ。絶対に一人になっちゃ駄目だよ?」

「安心しな、俺様がちゃんと見といてやるからよ」

 腰に腕を当てて仁王立ちするアルベートにひいなを預け、感謝の言葉を告げた新が鑪を追う。そして——辿り着いた先に広がった光景に、新は言葉を失うしか無かった。

「いやあああああ!!」

「く、くるなっ、くるなぁあああああ!!」

 戦う力も無く逃げ惑う者。

「ギャッ!!」

「いだ、いだいいだいいだぃいいいいい!!」

 抵抗の甲斐なく《紛う者》に掴まり、生きたまま喰い殺される者……飛び散った血液すらも啜って笑う怪物の哄笑(こうしょう)が、同族達の悲鳴と混ざりあって神樹に響き渡っていく。

「あ、新様!!」

「っ!?」

 急に足元のローブを引かれて驚きと共に下を見れば、左翼と右腕を失い、大量の血を流して息も絶え絶えになりながら縋りつく同族の女がいた。

「新様、貴方様の御力であの怪物を殺してください! でないと私、怪物に喰い殺されてしまいます! 早く、はやく何とかして!! はやくはやくはやくはやくはやくはやく!!」

 正気を失って瞳孔が大きく開かれた目が新を見ている。

「……御婦人、いつも一緒の御友人は? それに旦那様も」

 ふと、いつも彼女の傍に侍るようにしている大人達を思い出し、なるべく落ち着いた声色で問いかける。しかし、その様子が癪に触ったのか、女は怒りで顔を顰めると勢いのまま罵倒と答えを返してきた。

「今はどうでも良いでしょう!? 私を助ける為に怪物を殺しなさいよ!! そもそも、こんな無様な姿になっているのも彼奴等が愚図で鈍間だからいけないのよ!! 大人しく私の肉壁になっていれば良いものを、最後まで抵抗しやがって!! あの男なんか私を置いて我先に逃げようとしたのよ!? それを喰われて、ざまあないのよ!!」

 最後に吐き捨てるように言い切った女を見て、新の心に再び暗い感情が沸き上がる。

(……あぁ。我が一族は、ここまで腐りきっていたのか……)

 友人も、己の伴侶すらも身代わりにして逃げて来たらしい女は、落胆した新の様子に気付く事無く尚も喚き続けている。

「ちょっと聞いてるの!? いいから早く私を助けな、さ、い……ぁえ??」

「……ぇ?」

 だが次の瞬間、一瞬だけ黒い影が視界の中を通り過ぎたかと思うと、女の頭部が右上から斜めに斬り落とされていた。

 間もなく崩れ落ちた亡骸は、いつの間にか足元に広がっていた泥のようなものの中に沈んでいく。

「っ、うぶっ」

 今しがた話していた相手が瞬きの間に肉塊へと化した光景に、新は膝をついて口元を押さえる。

(こ……れが、僕の望んだ光景……?)

 半身を奪った一族達へ、長年復讐心を燃やし続けていた。

 ついさっきまでは確かに皆殺しにしてやろうと思っていたのに、いざその瞬間を目の当たりにした新からはそんな気持ちは霧散していた。

 唯一出来るのは、せり上がって来る吐き気を必死に堪え、恐怖と絶望に蹲る事だけだった。

「新!」

 名を呼ばれて顔を上げれば、いつの間にか鑪が膝をついてこちらを覗き込んでくる。

「っ、ははっ……これが報いというやつなのでしょうか」

 何も言わずこちらを見る鑪に、新は自嘲的な笑みを浮かべて問いかけた。

(姉さんの為、自分の為って今まで我武者羅に飛び続けて……その結果があの怪物。その癖、喰い殺されていく大人達に安堵や嬉しさよりも恐れを抱いてる……結局、僕の復讐心なんてその程度だったんだ)

 復讐の為だけに生きて来たつもりだった。けれど、自身を心から慕ってくれる子供達との交流は少しずつ新の心の蟠りを解きほぐし、気付けば当初の計画を変更して女神の使徒たる晶子を生贄にする事を選んだ。

 ある意味その時点で、新の復讐は失敗していたようなものだろう。

「……この惨状が報いかどうかなど、我には分からぬ。だが一つだけ言えるとすれば、あの魔物を野放しにしてはならんという事である!」

 そう言って鑪が刀を振り被ったのと同時に、泥の中から淀みの魔物が飛び出した。魔物の叩きつけを防いだ鑪だったが、分が悪いと感じたのか新を抱えてその場から飛び退き、安定した足場を探して枝々を駆け回る。

 最終的に辿り着いたのは、一時的にアルベートと子供達が避難していた神座の部屋だった。入り口の狭さ故に魔物は進入してこれなかったようだが、それも時間の問題だった。

(絶体絶命の危機に陥った僕達を救ってくれたのは、常世から戻って来た晶子様だった)

 晶子が合流した事で、事態は急速に吹き荒れる強風のように進んでいく。

 《紛う者》と名付けられた魔物を討伐する為に『根の間』で迎え撃ち、倒したと思ったのも束の間、狡猾な手によって弦が殺された。

(弦の死に、僕は絶望した。子供達とは違う、僕が『僕』であれる止まり木。……あぁ、僕は弦が……)

 そう今更自分の気持ちに気付いた所で、相手は既にいない。己の罪に打ちひしがれる新を救い上げたのは、間違いなく晶子の言葉だった。

「心臓が止まらない限り、人生は続いて行く。心を壊し廃人になる事もあれば、目的も何もないままに惰性で生きていく事もあるかもしれない。それでも、命は進み続けるしかないの」

「新くんは、向き合うって選択をした。辛くても、しんどくても、逃げないって言ったんだ。それはとても凄い事で、誰にでも出来る事じゃないんだよ」

「君を逃がさないためだ!!」

 これまで一族の大人達からかけられてきた言葉は、上っ面だけの肯定と響かぬ賛辞ばかりだった。

 けれど、晶子は大人達とは違って新の非を指摘し、その上で突き放す事無く受け止めようとしてくれていた。

 裏の無い心からの言葉に、一体どれ程救われただろうか。

(怨霊の残滓に取り込まれかけたり、突然苦しみだした時はどうなる事かと思ったけど、晶子様のおかげで弦も……族長も戻って来た)

 途中、力を貸してくれていた黒い手の正体が弦の母であった事に驚いたが、魂の摩耗すらも恐れずに家族を強く想う得鳥に不覚にも涙が溢れそうだった。

(晶子様……沢山酷い事をしてしまったというのに、貴女は僕の大切なものを返してくれた……感謝してもし足りないくらいだ)

 失われたものは遥かに多く、新の罪が消える訳でも無い。しかし、それを差し引きしても、新には十分すぎる程の奇跡が起きた。

 敵対していた相手にすら優しさと慈しみを与える晶子に、この人こそ真に人々を導く者だと感銘を受ける。

「……神樹から、少し離れた林の中から何者か……ううん、未來様がこちらに攻撃を仕掛けようとしていたみたいです」

 だからこそ、弦だけが感じ取る事ができた敵の存在に、晶子が背負う責の重さを改めて突き付けられた気がした。

(……僕では貴女の責務を肩代わりして差し上げる事も、その一端を担ぐのすらも出来ません。ですが……光の力なら、晶子様の御役に立てるかもしれません)

 マナの完全開放と度重なる戦闘の疲労から気絶するように眠りについた横顔を眺め、新は一人誓いを立てる。

(神樹の有翼族が神子・新。僕は必ずや、貴女が御困りのさいには迷わず駆けつける事を誓いましょう。忍び寄る魔の手から、晶子様の安寧を少しでも守れるよう、全身全霊でこの力を振るうと約束します)

 大切な片割れ、大事な兄弟姉妹達、そして愛おしい人。理不尽に奪われていたものを取り返してくれた『偉大なる恩人』に必ず報いろうと、固く決意した新だった。

これにて《光闇の章》終了となります。


次章更新につきまして、お知らせがございます。

こちらの作品投稿後、なるべく早く活動報告の方にて上げさせていただきますので、お目通しの上ご理解くださいますようお願い申し上げます。


現時点での次章更新日時は未定です。

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