「そもそもその女神がポンコツのドアホの駄目神だからですが?」
眩い光の中、気が付けば晶子は真っ白な空間に座り込んでいた。二日酔いにも似た頭の痛さに顔を顰めつつ周囲を見渡すが、辺りに自身以外の気配を感じられず首を傾げるしか無かった。
(うぅ……何がどうなったの? 再編は? 成功したの?)
鈍い頭痛のする頭を押さえながら考えるも、答えは出ない。なにせ、晶子が最後に見たのは〈紛う者〉を包む繭から溢れ出した金色の光のみなのだから。
(まさか、あの一瞬でどこかに飛ばされたの? こんなところWtRsでも見た事ないし、とにかく辺りを探索して……)
未知の領域に居る事に困惑しつつ、一刻も早く元の場所へ戻らねばと立ち上がる晶子。淀みの精霊が接触して来たのを鑑み警戒しながら歩き出そうとしたその時、背後から鼻で笑う声がした。
「小心者の小娘め、お前のその目は節穴なのか?」
「あ゛ぁ゛ん? 喧嘩なら全力で買ってやらぁ!! ……って、族長!?」
腹の立つ言い方に目を吊り上げて振り返れば、そこには生前と一寸違わぬ姿をした族長が嫌味な笑みを浮かべて立っていた。
「あんた何でこんなとこ居るん!? てかここどこや!? 弦ちゃんは? みんなは? あの後何がどうなったん!?」
「えぇい、ぎゃあぎゃあ喧しい! 順に答えてやるから落ち着け!!」
(……ん?)
現状を知りたい晶子が肩を揺すって詰め寄れば、族長はそれを振り払って鬱陶しそうに言った。そんな彼の様子に、晶子はおやと首を傾げる。
彼がこちらを見る目には相変わらず嫌悪が宿り、異種族を嫌っているのがありありと見て取れたが、神樹上層で対峙していた時とは明らかに態度が違っていた。
(なんか、全体的に柔らかくなった?? あ、もちろん物理的にじゃなくてこう、精神的に?? 気持ちスッキリした表情してるような気がするよね? てか、なんかデカく見えるんだけど気のせい? あ、現世と比べて背筋も伸びててしゃんと立ってるからそう見えるんだわ。って、あたしは誰に対して言ってんだ……)
晶子自身も思っている以上に混乱しているのか、誰に言うでもない独り言に頭を抱えてしまう。
「なんだ頭なんぞ抱えよって。わしは何も言っとらんだろうに」
「いや別に、あんたに対してなんかある訳ちゃうわ。何でもかんでも自分に関わりがあるって思うて発言しよってからに、ちょーっと自意識過剰なんちゃう??」
「こ、んの、ああ言えばこう言いよって……『世界の隙間』に来ても口の減らん小娘め」
尚も腹立つ言い方をする族長に反射的に噛みつき返せば、彼は聞いた事のない単語を口にする。
「『世界の隙間』?? なにそれ?」
「なんだ、そんな事も知らんのか? 『世界の隙間』とは、現世でも常世でもない場所、丁度わし等が居るこの空間の事を指す。生き物は死ぬと常世に落ちるのが摂理だが、極稀に決められた道過ぎから逸れてここに迷い込んでしまう時があるのだ」
現世とも常世とも隔絶された、第三の空間。族長の話を聞く限りどうやら普段は誰にも認知されない特殊な場所らしく、こうして晶子達が居るのも本来はありえない事のようだ。
(女神と会話したあの真っ黒空間とはまた違うのね。まあそもそも、あそこは女神があたしの夢の中に作った聖域だってアルベートが言ってたし)
「全く、創世の女神は何故にこんな無知な娘を選んだのか……」
(カッチーン)
「そもそもその女神がポンコツのドアホの駄目神やからやが?」
族長の言葉にかちんと来た晶子はつい、女神の駄目っぷりを暴露してしまう。
「色々と説明不足でこの世界に放り投げだされた結果、大半の部分を手探りで進めていかなあかん上にあのアホの尻拭いまでする事になっとるんやで? なんか女神っぽく予言の真似事と言うかちょっとカッコつけた感じに夢の中で話しかけてきた思うたら召喚の儀に失敗したかで平原のど真ん中にほったらかしにされるわ淀みの魔物の事も何も教えられんわそもそも再編のやり方もなんも言われんで完全なる独学状態やで? で話を聞いてみたらやれ大昔に淀みの精霊とドンパチした結果世界の環境に異常が起きて大飢饉が発生。それ修正すんのに人間達を管理してそこを淀みの精霊に煽られた人間達と戦う羽目になってしまいには封印って……半分くらい自業自得やがな。てかこっち側の協力者とかはちゃんと通達せえってなんでこんな土壇場になってから言うてくんねん確かになあの時はあたしも結構危なかったし助かったで? でもなそれとこれとは話がちゃうやろ?? 女神の使者として召喚されて再編の力を付与されたけど『じゃああとよろしく~』みたいにほっぽり出されてもどないも出来んわけよ分かる?? いくらあたしが無敵で最強でチート級の能力持ってるっつっても限度があるし力を貸す言うてんのに何も知らされへんとかちょっと不公平やと思わへんか?? てかまじであの駄目神いい加減にせえよ報連相もっとちゃんとせぇよなんやねん『生命の狭間』ってそう言う大事そうな事はもっと先に言うとけやなぁそう思わんか?? おぉん??」
「お、おぉ……」
ほぼノンブレスで女神への文句を連ねる晶子に、流石の族長も口元を引き攣らせてドン引きしているようだ。
「お前……良くそれで女神に協力しようと思ったな」
「ポンコツ駄目神なだけで、根は悪い奴じゃないし……」
「いや、世界を救う壮大な計画に協力するにはあまりにも動機が弱すぎるだろう??」
憐憫交じりの視線を向けてくる族長に、晶子はそらそうだと苦い表情を浮かべる。正直、文句を言っていた晶子自身も、今の女神の話を第三者目線で聞いていたら絶対に協力しないだろうと思う位だ。
(そういう所も女神の良い所だと思うし、あたしにとっては十分理由に成り得るんだけどね)
なんだかんだ文句を連ねていても、晶子にとっては推しの一人に違いない。手助けをする理由などそれだけで十分なのだ。
(まぁ……こっちに来てあんまりにも酷いポンコツ具合を目の当たりにして、ちょっと、微妙に、若干好感度が下がった気がしなくも……いや、気のせいだ気のせい……)
「うおっほん!!」
そう思い込もうとして頭の中で何度も気のせいだと繰り返していると、ぼうっとしたまま動かなくなった晶子を見兼ねて族長がわざとらしく大きく咳き込んだ。
「わっざとらしい咳払いやなぁ……」
「やかましいわ!!」
あまりの言い草にいい加減イラッと来た晶子が溜め息交じりに言い返せば、族長も負けじと大声を上げた。
顔を真っ赤にして怒る様に幾分か溜飲が下がったおかげで少し心に余裕が出来た晶子は、舌を出して尚も煽りながら、自身の現状に思考を裂く事にする。
(にしても『世界の隙間』、ね……女神とは連絡つかないか……淀みの精霊の妨害を受けた事で回線が繋がりにくくなってる? それとも、女神自身が淀みの精霊と接触するのを避けてる? それとも、『世界の隙間』だから繋がらない?)
等と考え込む晶子を黙って見ていた族長が、苦々しく表情を歪めたかと思うと、急に両手で頭を掻き毟りだした。
「くっ、こんな野蛮な女に一族の命運を任せる事になるなど、何たる屈辱か」
(プライドだけいっちょ前に高いジジイってめんどくせー!!)
「おい本人の前で言うなよ。てか何、命運って」
晶子が何気なく放った言葉に、族長の手がぴたりと止まる。次いで大きく息を吐き出したかと思うと、彼は真っ直ぐに晶子を見つめ、丁寧に頭を下げた(・・・・・)。
(……んん!?)
そう、頭を下げたのである。エベレストも吃驚する程の誇りを持ち、己の復讐の為に自身の娘すら平気で贄にしようとしたあの族長がである。
「ちょ、いきなり何して」
「数々の無礼を働いて、都合の良い事を言っておるのは重々承知の上。しかし、もはや翼の一族にかつての栄光も栄華も無く、今や残っておるのはかの英雄の力を受け継ぎし双子と幼き子供達……そして、我が娘のみ」
仰々しい口上をつまりなく述べた男が、唯一迷いを見せたのは娘の事。恐らく当人としても色々と思う所があるのだろう。
「創世の女神の御使いよ、心より御頼み申し上げる。その冴えたる活眼で往くべき路を示し、秀でた辣腕で歩むべき先を切り開いてくださりませ。一族の業は全て、このわしが背負い逝きますゆえ、何卒寛大なる御慈悲を賜りますようお願い申し上げまs」
「絶対に嫌」
が、最後の一言を言い切るよりも早く拒否する。
「なっ、わしがこんなに心底丁寧に頼み込んでいると言うのに、何が不満だと言うのだ!?」
「何でもかんでも全部自分のせいにしてなかった事にしようとしてる所」
目尻を釣り上げて怒りを露わにする族長にそう言い返せば、彼はバツの悪そうな顔をして何も言い返さず黙り込んだ。
「なんか気持ちスッキリした顔しとる思うたら、自分が犠牲になって全部の罪おっ被るからあとよろしくとか、ふざけとんのか??」
「ふざけてなどおらんわ! ……わしは、わしを馬鹿にした奴等に復讐をする為に一族の全てを利用したのだ。闇を濃く身に宿した子供を常世に堕とし、強き光を持った幼子を神子として崇め、あまつさえ自分の子を殺そうとした。その末路があれとは、笑えるだろう」
己の最期を思い出しているのか、自嘲気味に笑う族長に晶子は眉を顰める。
「……せやな。あんたの身勝手のせいで、沢山の子供達が悲しい思いをした。心無い言葉に傷ついて、一体何度、涙を拭ったのか」
晶子はゆったりとした歩みで族長に近寄ると、その胸倉を掴んで引き寄せた。
身長差の関係でぐっと腰をかがめる事になった族長が苦し気にするのも無視して、至近距離にある男を睨みつける。
「それでもあんたに手を伸ばそうとした子がおる」
「!!」
名前を出していないのにも関わらず、彼は誰の事かすぐに察しがついたのだろう。晶子から視線を外さないまま、小さく息を呑んだ音がした。
「どれだけ理不尽を強いられようと、あんたの傍にいた子がおつ。どれだけ嫌われようと、それでもいつか分かり合えると信じ続けた子がおる。そんな健気な娘があんたを現世に引き戻したいって言っとんねんから、あたしはそれを全力で叶えてあげたいって思うたんや」
「っ……は、赤の他人の願いに、なぜそこまで心を砕くのだ?」
心底意味が分からないと言いたげな族長の言葉に、晶子はニヒルに笑って見せた。
「そんなもん、あたしがあの娘(弦ちゃん)達の事を愛してるからに決まってるやろ」
晶子の即答に、族長はぽかんと口を開けて間抜け面を晒す。それを愉快だと感じながらぱっと手を離せば、彼は反動で勢いよく尻もちを着いた。
「あ、ごっめ~ん! 御老体にはちょっと酷だったぁ? 骨とか折れて無い?」
「……何故貴様のようなガサツで野蛮で、おまけに口の悪い女が御使いに選ばれたのか、心の底から不思議で仕方ないわい」
「愛故に、ってやつよ。あたしは誰よりもこの世界を愛しとるから、そう言う所が女神の御眼鏡に叶ったってわけや」
(実際、女神もそう言ってたし)
夢中の聖域で言われた事を思い出してドヤ顔で胸を張る晶子に、族長は呆気にとられて二の句が継げないようだった。
「流石は晶子様! 女神様が見込んだだけあって、我々へ向ける愛の深さに溺れてしまいそうです!」
「これだけ真正面から愛を伝えられると、ちょっと照れますね」
「へへっ、いやぁ~それほどでもぉ……ちょっと待て」
純真な誉め言葉に喜んだ晶子だったが、一寸遅れでその声に聞き覚えのある気がして振り向いた。
そこにはいつの間にか満と新によく似た、けれども明らかに二人とは違うと分かる人物達が立っていて、共に穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ま、まさか……」
「改めて自己紹介を。わたくしは黒羽。そしてこちらが」
「弟の白雲です。こうして目を合わせて……いえ、翼を重ねて御挨拶出来て、僕ら姉弟とても嬉しく思います」
「く、黒羽に白雲!? ナンデ!? ナンデコンナトコロニ!?」
活発そうにはきはきと話す黒い翼の娘・黒羽と、おっとりした雰囲気の白い翼の青年・白雲の生の姿を目の当たりにして、晶子はあまりの衝撃に声を裏返して驚いた。
「なんでそこまで驚いておるのだ……わしが居るのだから、こやつらが現れても可笑しくは無いだろうに」
「いやいやいや!? その考え方は可笑しいから!! 正直あんたの事もそうだし、あたし自身なんでこんな所にいるんってずっと思ってるから!!」
驚愕と困惑によってついぽろっと本音が出てしまったが仕方が無い。族長に女神に対する文句を延々と言いまくっていた晶子だが、未だになぜこんな所にいるのか、そもそもどういう要因で『世界の隙間』に来る事になったのかも理解していないのだ。
「ちょっ……と整理させて?? えっと、まず〈紛う者〉を倒して再編をしようとしたのは間違い無いでしょ。で、順調に事が進んでると思えば、いきなり淀みの精霊が出て来て妨害されて……」
晶子の記憶は、視界の全てが光に覆われた所で途切れている。強制解放時と同等量のマナを放出したのを覚えている晶子は、少なくとも淀みの精霊は撃退できたのではと考えた。しかし、肝心の再編が完遂できたのか、重要な部分が何も分からない状態だ。
「え、再編は無事に終えられたの??」
「えぇ。一寸の狂いなく、完璧に成し遂げられています」
首を傾げる晶子の疑問に答えたのは、恍惚とした笑みを浮かべる黒羽だった。
「一族の者達が行った数々の無礼にも関わらず、貴女は我々を見捨てなかった。それどころか、消えゆく運命だった娘を呼び戻し、その存在を編み直してくださった」
「晶子様のおかげで、滅びゆく筈だった翼の一族はこの先数百、数千……いえ、もっともっと長い年月、何にも縛られる事無く自由に空へ羽ばたける未來を掴み取れたのです」
「黒羽……? 白雲……?」
まるで、最後の別れの前に語らうような二人の英雄達に、晶子は戸惑いを隠せない。
「これからの神樹は、正しく神の樹に相応しい場所となるでしょう。貴女と、貴女が救ってくれた翼達を筆頭にして、きっと賑やかで鮮やかな花を咲かせ続けるでしょう」
「だから、お別れです。僕達は本来、既にここに在るべきでは無い存在(者)。過去の栄華の名残り……枯れて腐りかけた切り株は、新芽が芽吹く大地にいるべきではない」
酷く満足そうに笑う二人の体が、だんだんと透き通っていく。真っ白の空間に溶けていくように、手足が、髪の先が消えてなくなっていく。
「っ!! 待って、待ってよ!! まだ話したい事がたくさんあるの。鑪さんの事とか、元の世界の事とか、黒羽達の事とか!! 色々、お喋りしようよ。一緒に冒険に行こうよ!!」
(そうだ、マナを送れば!!)
そう思った晶子が両手を黒羽達に翳すが、どういう訳かマナが操作できない。正確に言えば、マナ自体がまるで存在しないように感じ取れないのだ。
「どうして、マナが出せないの……?」
「……言ったはずだ。『世界の隙間』は、現世からも常世からも隔絶された空間だと。あちらの法則が通用しない場で、マナが使える訳が無かろう」
嫌味っぽく言った族長に腹が立って彼を見れば、どこか落胆したように俯いている。それが晶子へ対するものなのか、はたまた自身の無力さへのものなのか。
残念ながら、晶子には彼の心を伺い知る事は出来なかった。
「……っ、やだ。やだやだやだ!! ねぇ、一緒に現世に帰ろ? あたし頑張るから、頑張って二人の事も再編するから!! だからそんなっ…」
気が付けば、晶子の頬を雫が滑り落ちていった。みっともない姿を見られたくないと手の甲で何度も目元を拭うが、涙は次から次へと沸いて出てくる。
「可笑しいじゃん。二人はずっと、弦ちゃんを守ってきてくれたんでしょ? 子供達の事見守ってくれてたんでしょ?」
弦の中にいたという事は、彼女の目を通してずっと神樹で起きた出来事を見ていた筈。一族の大人達が起こす横暴も、無念に失われていく命も、何もかもを見て来たに違いない。
「途方もない月日の中を満足に動く事も出来ずに過ごしてきて、最期がこんな……あんまりじゃん。神樹の事も一段落ついたんだから、もう黒羽も白雲も自由になって良いでしょ?」
自分の意思で止める事が出来ない涙を流し続けながら、晶子は英雄の自由を願う。常世で試された際に色々と言ったが、なんだかんだ彼女達の事は嫌いになれないでいた。
「どうして、二人だけ」
「泣かないで、晶子様」
顔を覆って立ち尽くす晶子の体を、温度の無い腕が抱きしめる。辛うじて感じる感触はあるが吹けば飛んでしまいそうな程希薄であり、優しく言葉をかける声すら音の輪郭がぼやけ始めていた。
「ありがとう。わたくし達の為に泣いてくれて。わたくし達を想ってくれて。それで十分です」
「でも!!」
「僕達は満足してるんです。次代を担う子供達の未来を守れて……こうして、忘れられていくだけの僕達を愛してくれて」
感謝を述べる黒羽と語り掛ける白雲の声色は、あまりにも愛で満ちていた。
幼子を言い聞かせる母のような、温かく慈悲深い愛。晶子がキャラクター(推し)達に向けるようなそれに、何も言えなくなってしまった。
「晶子様。女神の御使い、世界を織りなおす者。貴女様が、希望を繋いでくれた。神の樹はきっと、これから雄大で鮮やかな色を咲かせるでしょう」
「もう思い残す事は何もありません……けれど、一つだけ。たった一つだけ、お願いがあるんです」
嗚咽を零すまいと唇を噛みしめていた晶子は、返事をする代わりに頷きを返す。
「わたくし達の事、忘れないでください」
「僕達の事、忘れないでください」
ささやかで、けれども彼女達にとってとても大きな意味を持つ言葉に、堪えきれ無くなった晶子が二人を抱きしめ返す。
「っ、っ!! わっずれるわげ、ないでじょ!! ずっとずっと、おぼえでるがら!!」
「ふふっ……絶対ですからね!!」
「あはは! 約束ですよ、晶子様!」
誰からともなく腕の力を弱めた三人は、互いの額を合わせて笑い合う。一人は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、二人は幸せそうに頬を染めながら。
「族長」
「はっ、ここに」
一頻り笑ったあと、黒羽の呼びかけに族長が即座に返答する。
「お前は現世に戻りなさい。そして、子供達を助けてあげなさいな」
「で、すが、わしは」
「罪の意識があるのならば、猶の事あの子達を手伝ってあげなよ」
まだ言いたい事はありそうだったが、黒羽達には逆らえないのか族長は観念したように現世へ戻る事を約束した。
(傲慢な族長も、黒羽達には逆らえないのね)
「さ、晶子様。族長を連れて御帰り下さい」
大人しい族長の姿を不思議に見ていれば、黒羽がそう言った。次いで白雲と共に手を翳されたかと思うと、視界がだんだんとぼやけてくる。
「くろは、しらくも」
「はぁい」
「なんですか?」
「おや、すみ」
うつらうつらと眠気のようなものに誘われている中、晶子は端的に問いかける。一瞬きょとんと目を瞬かせながら顔を見合わせる黒羽達だったが、すぐに言葉の意味を理解したようでふっと微笑みを浮かべた。
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみなさい。晶子様の旅路に、幸多からん事を」
黒羽達からの別れの挨拶を聞き届け、ついに晶子は眠りにつく。
瞼を閉じる間際、薄れゆく双子の瞳から一粒の雫が溢れ落ちたのには気付かないふりをして。
次回更新は、5/23(金)予定です。