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「いい加減……死ね!!」

※ いくつかの誤字を訂正しました。

  鑪の一部秘技の名前を変更しました。

  一部、読みづらいと感じた文章を加筆修正しました。

  本編に大きな変更はありません。

 さしたる速度でも無かった。横を通り抜けていった灰色を捉えるのに、晶子が追い付けない訳はない。

 だが、頭ではそれが分かっていても、咄嗟の事に驚いた晶子の足は地面に縫い付けられたように動かなかった。

「満様!!」

「きゃ!?」

「姉さん!!」

 駆けていく背中を見つめていた晶子がようやく動けるようになったのは、『彼女』が満の前に立って魔法陣の壁を展開し、《紛う者》の食らい付きを何とか抑えようとしている時だった。

「うっ、うううううううううう……!!」

「っ!! 弦ちゃん!! 満ちゃん!!」

 しかし、まともに戦った事の無い弦が敵うはずも無く、踏ん張る足は徐々に後ろに下がり始め、魔法陣にも罅が入り始める。

 歯を食いしばりながらも、今にも押し負けてしまいそうな弦を見て、晶子は全力で床を蹴った。

「あっ!」

 魔法陣が粉々に砕ける間際、間一髪の所で滑り込んだ黒い手が《紛う者》を抑えてくれたおかげで間に合った晶子は、片手を弦の腰に回し抱きこみながら、反対の手に握っているバトルアックスへと最大限のマナを流し込む。

「アトラスインパクト!!」

 駆け寄った勢いのままにバトルアックスを怪物の顔面に叩きつけると、刃が触れた瞬間に空間を揺らす程の大爆発を起こした。

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 至近距離で起こされた爆発に悶える《紛う者》を尻目に、素早く満も抱えて爆風に乗じ後退した晶子は、その様子に小さく舌打ちを零した。

(思ったよりダメージ与えられてない……やっぱ片手じゃ力が足りなかったか? それか、上手く刃筋を立てれなかったか?)

 アトラスインパクトという技は、『(武器の攻撃力+装備者の攻撃力)×50』という計算式でダメージが算出される設定の大技である。

 装備している武器が強ければ強い程、装備者のステータスが高ければ高い程、その威力は跳ね上がり、一部のボスすらワンパン出来るバトルアックス専用の最強秘技なのだ。

 自身がやり込んでいたWtRsの主人公の能力値等がそのまま適応されている晶子が使えば、例え《紛う者》であっても一撃で葬れても可笑しくは無いはずだが。片手で、更に弦と満を守りながら発動させたせいか、想定よりも威力が出ていないようである。

 そこそこのダメージを与えられている事だけが救いだが、それでも本来のアトラスインパクトには遠く及ばぬものとなっていた。

(くそ……この技、発動するのに大量のマナを消費する上に、一回使うとかなり長いクールタイム挟むんだよね……咄嗟とは言え、失敗したな)

 晶子の言うように、アトラスインパクトは全ての武技の中でも最強技に位置するのだが、反面デメリットが大きい。

 発動の為の消費マナの大きさもさる事ながら、圧倒的なのはそのクールタイムの長さ。なんと戦闘が終了しても、一定時間が経過しなければ再度使用出来ない制約を持っているのだ。

 このクールタイムだけは何をしても短縮する事が出来ず、不用意に使ってしまうと一シナリオ丸々発動不可になる、なんて事もざらにあった。

(貴重な召喚無し技だったけどしゃーない。さて……)

 誰にも聞こえないように気を付けていたつもりの溜息は、流石に弦には聞こえてしまったらしい。

 彼女はビクッと肩を震わせると、恐る恐る晶子の顔を見上げて来た。

「しょ、晶子様……」

「弦ちゃん、で合ってるよね? 黒羽と白雲は?」

 端的にそう尋ねれば、弦は少し気まずそうにしながらも代わって貰ったのだと言う。

「満様が怪物に食べられそうになっているのを見て、居てもたってもいられなくて……」

「だからって、考え無しに飛び込むのは危なすぎる。それで弦ちゃんが死んだら意味無いんだからね??」

「晶子様の仰られる通りでありんす」

 二人を抱えている晶子の代わりに、なぜかバトルアックスを握っている満が不満気な表情を隠しもせず告げる。

「危ない所を助けていただいた事には感謝いたしんす。でありんすが、あちきは誰かの命を踏み台にしてまで、生きながらえとうはありんせん」

「あ、ぅ……ご、ごめんなさい」

 満のきっぱりとした物言いに、弦は酷く落ち込んだ様子で謝罪の言葉を口にした。だが、どうして満がこんな事を言っているのか、根本的な所を理解しているのかどうかは定かではない。

 すると、そんな晶子達の足元、影の中から黒い手がにゅっと姿を現したかと思うと、手刀で弦の頭を軽く小突いた。

「あうっ」

「黒い手も怒ってるねぇ……あ、さっきはありがとう! おかげで技の発動も間に合ったよ」

 人差し指で何度も額を小突きながら弦に説教をしているような黒い手に礼を言えば、問題無いとサムズアップが返って来る。

(この黒い手、サムズアップ好きだな)

「にしても、満ちゃんを助けるためとはいえ、良くアイツの攻撃に反応できたね? あとめっちゃ速かったよね? あたしや鑪さんより速いってびっくりなんだけど?? 何したの??」

「あ、それはですね! 前に未來様に教えていただいた高威力の光を放つ魔法を応用して、『自身を光に変換する事で反射速度や瞬発力を高める方法』を試してみたんです!」

「なんて??」

 ほののんとした娘の口から流れるように紡ぎ出される言葉の羅列に、晶子は理解が出来ず間抜けずらを晒してしまった。

「ですから、未來様に」

「いや、うん……未來さんに魔法を教えて貰ったのは分かる。でもその……え? 自分を光に変換して? 反射速度や瞬発力を上げる??」

 弦の話を鸚鵡返しするように繰り返しても、やはり理解出来なかった。

「光魔法の応用でそんな事出来るの??」

「未來様に、光が伝達されるスピードはとても速いというお話をしていただく機会がありまして。当時はあまり理解が出来なかったのですが、ある時魔法の練習をしていた時に、ハッと天啓が降りまして!!」

「ソッカァ……」

 納得する風を装って相槌を打った晶子だが、内心は「そんなことあるぅ??」という気持ちでいっぱいだった。

(はっ! もしかしたら、有翼族ならではの発想と弦ちゃん自身の頭の良さが発揮されて……?)

 そう思ってちらっと満を見下ろせば、晶子の視線に気付いたらしい彼女が緩く首を振る。やれやれと言いたげな表情からして、恐らく満もちんぷんかんぷんなのだろう。

 ではと黒い手はどうかとそちらを見るも、なぜか弦の頭を撫でていて子供を褒める親のようだった。

 最後の頼みの綱とばかりに新に視線を向けるが、彼は彼で「そんな使い方が……」と興味津々である。

(種族特有とかでも無かった!! これもしかして、弦ちゃん感覚派か!? 理論的に理解するんじゃなくて、感覚でこういうもんって思っちゃうタイプか!?)

 こんな所で知りたくなかったと口元を引き攣らせていた晶子だが、次に続いた弦の言葉に頭を抱えたくなった。

「この方法なら、非力で役立たずな私でも出来る事があると思ったんです!!」

 ただでさえ、弦は父親とのいざこざで自己肯定感が低い。誰かの訳に立つ事が自分の存在価値だと本気で思っているせいで、自己犠牲すらも厭わないのだ。

 満を助けようとしたのも、無意識下に根付いている優先順位を考えた末の行動なのだろう。

「……弦ちゃん」

「晶子、すまぬが説教は後だ」

「Guoooooooooooooooooooooooo!!」

 弦を諭そうとした晶子の言葉は、淀みを使って腕を変形させながら突進してきた《紛う者》と、それを刀で受け止めた鑪によって遮られた。

 しばし鍔迫り合いをしていたかと思えば、互いに激しく刀と腕を打ち合い火花が散る。双方一歩も譲らぬ攻防が続いたが、戦況を動かしたのは鑪だった。

 鑪は四本ある内三本の刀を鞘に戻し、残した一本にマナを流し込みながら刃を上向きにした上段突の構えをとる。そのまま一気に踏み込むと、《紛う者》の顔面目掛けて突きを繰り出した。

白刃(はくじん)()・崩山、突きの如し!!」

 《紛う者》に触れた切っ先から土属性のマナエネルギーが放出され、床を削りながら怪物に襲い掛かる。

 変質した腕で何とか受け止めていた《紛う者》だったが完全に威力を消す事は出来ず、押し負けた怪物はエネルギーの斬撃により右腕を二本とも失う結果となった。

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

「きゃあああああああああ!! たったらさんかぁっくぃい!! 普段よく使ってる居合技も良いけど、抜き状態の時だけ使う白刃技も一撃が重くて迫力があるからとってもカッコいいのよねぇ~!! 正に鑪さんの為の技って感じィ!!」

 痛みに絶叫する《紛う者》に負けず劣らず、黄色い声援を上げる晶子。

 元々、鑪の戦闘スタイルはWtRs内でも少し変わった性質を持っている。刀を鞘に納めた状態から斬りかかる『居合刀技』、抜身の刀を振るって技を出す『白刃技』という、二種類の構えを切り替えて戦うというものだ。

 ゲームではそれぞれの技を使用すると構えが変わり、戦闘モーションも変化するという中々に凝った設計がなされていた。

「……白刃を見せたのは初めてだったと記憶しているが、良く知っておったな?」

「え!? ま、マアネ!! 鑪さんはあたしの最推しだからサ!! 鑪さんの事なら何でも知ってるのよ!! なんたって最推しだから!! 最推しなんだから鑪さんの技を知ってて当然だからね!! 常識よジョーシキ!!」

 鑪の指摘にギクリと肩が跳ねるが、散々言いつくして来た最推しを強調して誤魔化そうとしてみる。

「……そうか、最推しだから、か」

「!! そ、そうそう!! 最推しの鑪さんの事はあたしが一番知ってるんだから!!」

 焦った様子には気付いているのだろうが、早口で最推しを連呼する晶子を見て、鑪は一先ず納得はしてくれたようだ。

「ふぅ……って、クッサ!?」

 ホッと一息ついた瞬間、鼻が捥げそうになるほどの悪臭を感じて顔を顰める。どこからしているのかといやいや臭いを辿れば、そこには鑪の技によって腕を二本無くしたばかりの《紛う者》がいた。

 怪物の腕があった場所からは、血液とも淀みともとれるような赤黒い液体が噴出し、辺り一面を染め上げている。

「うぐっ、あ、改めて認識しちゃったせいで、一段ときつく感じる……」

 吐きそうになるのを堪えつつ、鼻を摘まんだ晶子。ちらりと弦の様子を窺えば、彼女もこの異臭を感じ取っているようで、酷い顔色を晒しながら両手で鼻を覆っていた。

「弦ちゃんも臭う?」

「も、もにょしゅごいにおいがしてましゅ……」

 元より色白だった肌を更に白くしていて、弦は今にも吐いてしまいそうだ。

「満ちゃん、随分余裕そうな感じだけど臭くないの?」

「この程度の臭い、常世でさんっざん嗅いできんしたからね。特に問題は無うござりんすよ」

「おっふ急な常世の闇な話はやめて胃が重くなるから」

 対してケロッとした表情で晶子に親指を立てる満に、それはそれで何とも言えない気持ちになった。

(うん、まあ……うん、満ちゃんの事は一旦おいとこ。えーっと、風魔法はまだ反発されるんだろけど、このままじゃ弦ちゃんが可愛そうだしね)

「ちょっとまってね」

 そう言って晶子は指先にマナを集めると、弦の額に軽く押しあてる。水が染み込むようにしてマナが弦の体に浸透すると、微量の風が吹いて二人の周りを翔けた。

 すると、さっきまで辛そうにしていた弦の顔色が幾分かマシになり、呼吸もしやすくなったようだった。

「わぁ……! 臭くない、それに大分楽になった気がします。何をしたんですか?」

「風属性の支援系魔法を使ったの。これをかければ、所謂ブレス系の攻撃はほぼ無効化出来るのよ!」

 魔法には大まかに分けて、攻撃型・支援型の二通りの系統が存在する。攻撃型は名の通り相手にダメージを与えるものだが、支援型は味方の能力値を上げたり回復を行ったりするものの総称だ。

 各属性には最低四つの支援型が含まれているのだが、今回晶子が使用したのは、その中でもゲーム序盤から終盤まで幅広く活躍してくれた風属性の魔法だった。

 なお、デバフ系に関しては攻撃型魔法が命中すると、相手の能力値を下げる、といったように一部の攻撃型に含まれている。閑話休題。

「もしかして、そよ風の祝福(ブレス・オブ・ブリーズ)の事でありんすか?」

「そうそう! まあ、あたしの場合、風が言う事聞いてくれない可能性があったから、ちゃんとかかるか不安だったけどね」

(うーん、最低限の所は特に反発も無い感じか? 違和感とかも無かったし、でも安全性を考えて、攻撃魔法は控えた方が良さげだね)

 なんて事を考えながら、晶子は弦と満をその場に降ろした。

「黒羽達に代わって貰っても、魔法陣の維持はちゃんと出来てるんだね」

「あ、はい。私は陣番ですし、ちょっと負担はかかってますけども、これくらいは何ともないです」

 とは言うものの、弦の顔には疲れの色が見え隠れしている。息の乱れ等は無いが、このままでは先に弦が倒れてしまうだろう。

(あんまり長引かせるのはまずいな……)

 魔法陣が消えて《紛う者》に付け入る隙を与える事になれば、ここまで誘い込んだ意味が無くなってしまう。

 もし逃げられてしまえば、淀みの怪物は消耗した体力を回復する為に神樹の外へ逃亡してしまう可能性もある。

(無辜の犠牲を生むわけにはいかない……アイツも大分弱って来てると思うし、サクッと終わらせないと)

「満ちゃん、いける?」

 端的に問いかければ、満は衣服の乱れを整えると指をぱちんと鳴らす。

「いつでもどうぞ」

 指先に灯った黒い炎を揺らしながら答えた満に、晶子はニッと笑って頷いた。

「弦ちゃんはここに。危なくなったら大声で叫んで、必ず助けにくるから。黒い手も、弦ちゃんをよろしくね」

 傍らに控える黒い手にそう願い出れば、心得たと言わんばかりに親指を立てて見せる。それに少しくすっとしながら、晶子は弦の目を真っ直ぐに見つめた。

「はい。どうか、お気を付けて」

 不安そうにする弦に笑い返した晶子は、満から返してもらったバトルアックスを肩に担ぎ直し、〈紛う者〉を見据える。

「Gururururururururururururu……」

「まるで人間を警戒する野犬やな」

 野生生物のような行動を起こす怪物に気味の悪さを感じつつ、両手で握ったバトルアックスを振り上げながら床を蹴った。

 一直線に《紛う者》に向かった晶子は、足元に広がる黒い血だまりが跳ねるのも気にせずツッコむと、容赦なく胴体の右側を殴りつけた。

 が、あと少しで刃が届くといった所で《紛う者》の左腕に防がれてしまい、動けなくなってしまう。

 しかし、そんな好機を鑪が逃すはずも無く、がら空きになった左側に連撃をお見舞いすると、追い打ちをかけるようにして上空に飛び上がっていた満が魔法を放った。

「ダークネスフレイム!!」

(おわあっつ!? だ、だいぶお怒りの御様子……気持ちは分かるけど)

 赤と黒が混ざったような色の魔法陣から凄まじい勢いの黒炎が噴き出し、《紛う者》を丸々焼き尽くさんとする。晶子にまで熱風が届く程の勢いに、満自身の相当腹に据えかねているのだなと思わず苦笑が零れた。

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

「鑪さん! いっちょバシッと決めちゃってください!!」

「承知!」

 鑪からの返事を合図に、晶子はバトルアックスの頭を真下に向けた構えを取る。


【明鏡に沈む煌々たる輝き、藍の帳の向こうにある一条の夢】

【現に迷い、夢幻に沈み、狭間を拒絶する】

【我が一太刀は邪念を払い、魔をも打ち滅ぼす白刃なり】


「居合刀技・帳藍魔塵斬(ちょうらんまじんざん)!!」

 短い詠唱の後、鑪が全ての刀を鞘に戻す。次の瞬間、圧倒的な風圧と共に姿が消え、鑪は一瞬の内に《紛う者》の懐に入り込むと、四本の刀を同時に抜刀し、目にも留まらぬ速さで斬撃を繰り出した。

 到底防ぎ切れるものでは無い攻撃を喰らったはずだが、《紛う者》はしぶとく駄々を捏ねるようにして腕を振り回す。

 そのせいで、『根の間』はまるで絵の具をぶちまけたみたいに床から壁に至るまで、赤黒い何かで汚れ、悪臭と穢れが充満していく。

 だがダメージ自体はかなり蓄積されていたらしく、ついに床に倒れ込んだ。

「いい加減……死ね!!」

 身悶えてのたうつ怪物の脳天に晶子が強烈な一撃を命中させれば、グチャリと不快な音を立てて頭部が潰れ、《紛う者》の体は溶けるようにして消え失せる。辺りには怪物の血であろう液体が広がるばかりであった。

(死体も残らない……本当に、終わった?)

「っ!? ホ、ホーリーア、ってうわぁ!!」

 そんな疑問に眉根を顰めていた晶子は、背後から聞こえてきた切羽詰まった声色に振り返る。視線の先いたのは、漆黒の血の(・・・)の中に立ち尽くす弦と、黒い手と共に吹き飛ばされた新。

 そして、弦の足元から大口を開いて出現し、彼女を喰らわんとしている《紛う者》だった。

「は!? ふ、ざけんなぁああああ!!」

「晶子!?」

 危機が迫っている弦に向かって、晶子は全速力で駆けだした。

(どうして!? だってこいつは今、確かに死んだはずでしょ!?)

 そう思ったが、晶子の頭は既にあの溶けるような消失は《紛う者》がこちらを騙す為の演出だったのだと理解していた。

 強力な攻撃を連続で受け今にも事切れそうだった怪物は晶子の最後の一撃を逆手にとり、この場にいる者の中で強い力を持ちながらも戦う術を持たない弦を標的にしたのだ。

(くそっ、くそくそくそっ!! 何で《紛う者》の偽装に気付かなかった!? さっきアイツが暴れた時に、アイツの血が『根の間』中に広がってた事も見てたはずだろ!?)

 弦を喰らおうとしている《紛う者》が床を赤黒く染めている液体から現れているところを見るに、恐らく影だけでは無く、淀みの中をも自在に行動する事が可能なのだろう。

 ゲームに登場しない未知のモンスターが故に、晶子は《紛う者》を正確に把握する事が出来ていなかった。結果、脳天への一撃で葬り去れたと油断し、怪物に隙を与える原因になってしまった。

(おねがい、お願い、間に合え!!)

 そこまで距離が離れていないはずなのに、晶子には弦の元までが酷く遠く感じていた。

 全力で走っているのに全く進んでいるように思えず、必死になって手を伸ばす晶子を、《紛う者》が嘲笑っている声すら聞こえる。

(あと、すこし……!!)

 それでも、もう少しで手が届く。まだ間に合う、救う事が出来る。

「晶子様」

 そう思った晶子に向かって、振り返った弦が微笑んだ。

「後の事、宜しくお願いします」

「つるちゃ」

 晶子の指先が弦の頬に僅かに触れた、その瞬間。物凄い力で後ろに引き戻され、目の前で弦が《紛う者》に捕食された。

「晶子!! お主まで喰われては元も子も無いであろう!?」

 怪物の口が閉じられる間際、寸での所で晶子を引き戻した鑪の言葉が耳を掠める。だが、晶子の目は、獲物を喰らう怪物に釘付けになっていた。


 ——バリッ、ガリッ、ゴリュッ


 不快な音を立てて咀嚼される度、口の隙間からあぶれている翼が揺れる。

「ぁ……」

 怪物が弦の翼を掴み、力任せに引き千切る。何枚もの羽が抜けては宙を舞い、晶子の視界に灰色が踊った。

「ぁぁ……」

 全身を喰らいつくした《紛う者》が徐に片翼を口に運ぶも、羽が邪魔だったのかお気に召さなかったらしい。口内にへばりつく羽を吐き出しながら、不愉快だと言いたげに翼を晶子達の方へ放り捨てた。

「ぁぁあ……」

 足元に滑り転がって来た斑に羽の抜け落ちた翼。骨は歪み、所々が赤く染まったそれを前に、晶子は力なく膝をつく。

「ぁぁぁあっ…………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「晶子! 晶子!! くっ、落ち着くのだ、晶子!!」

 鑪の声も掻き消す程の慟哭が、『根の間』の中に木霊した。

次回更新は、3/28(金)予定です。

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