「っ~~~~~~~!! 人の技パクってんじゃねーぞクソったれ!!」
眼前に飛び込んで来た獲物を捕まえようと《紛う者》が大振りな動作で手を叩きつけるも、晶子はそれをあっさりと躱す。
そのまま腕を駆け上がって《紛う者》を踏み台にすると、上空でバトルアックスにマナを流し始めた。
「大破地烈撃!!」
バトルアックスの刃が一際強く金色に輝いた瞬間を見逃さず、晶子は狙いを定めた怪物の脳天に向かって、重力任せの一撃をお見舞いする。
が相手もそう易々とやられてくれるわけは無く、《紛う者》は片手だけで晶子の攻撃を防いでしまった。
技を受け止められて無防備な状態になった晶子に、《紛う者》の手が忍び寄る。
「居合刀技・白閃時雨!!」
しかし、晶子に意識を集中していた事で近づく鑪に気付いていなかったようで、《紛う者》の胴体に無数の鋭い斬りつけが直撃した。
「Gugyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
「うっるせぇ!! 耳元で騒ぐな!!」
痛みに悶える怪物の絶叫に顔を顰めつつ、晶子はさっと後ろに飛びのいて体勢を整える。
「晶子様!」
その右隣に新が並んだかと思えば、彼は無詠唱で魔法を発動させると晶子の前に魔法陣を展開させた。
次の瞬間、投げつけられた何かが魔法陣にぶつかり、直後ジュッと焼けるような音と共に消滅する。
(うっげ、くっっっっっっっさ!! これ淀みの塊か!? こんなもん投げてくるとか正気かコイツ!!)
余りの臭さに何を投げつけられたのか理解し、鼻を抑えた晶子。何気なく隣を見れば、新も同じ臭いを感じ取っているのか不快感を露わにしていた。
「くっ、魔法を放つ前に相殺された……」
「淀みが魔法陣にぶち当たってたけど、体に違和感とか無い? 大丈夫?」
「はい、特に異常はっ! 次が来ます!!」
新の言葉に怪物へ目を向ければ、そこには四つの掌から懇々と湧き出す淀みを塊状に形成している《紛う者》が。
「でっすよね~!! 淀みの魔物なんだから、淀みをある程度自由に生み出せても可笑しくないよね~!! クソが!!」
悪態を吐き捨てたと同時に、《紛う者》が淀みの塊を投げつけてくる。先程の物よりも大きく更に淀みが濃く詰まっているそれに、並みの魔法では対処できないと早々に思い至った晶子。
バトルアックスを縦に構えると、再びマナを流し込み。
「ダイナミックガイア!!」
石突を強く床に突き付けた。マナが巡る事によって出現した土の手は、迫って来る淀みの塊を全て叩き潰すと、《紛う者》の顔面に強烈な拳を叩きこんだ。
「Guoooooooooooooooo!?」
「はーっはっはっはっ!! ざまあみ晒せコノヤロー!!」
「口が悪くなっておるぞ晶子」
怪物が叩きのめされる瞬間にこちらへ戻ってきていた鑪が、呆れたように晶子を諫める。が、今の晶子には残念ながら届かなかった。
「大体動きが単調なんだよナード野郎が! そんな大振りでデタラメに腕振り回すだけの攻撃に最強のあ・た・し、がやられるとでも思ってんのかおぉん?? そこだ!! も一発!! ていうかお前そのきったねぇ泥水を新くんに投げてくるとかマジふざけてんのか?? 新くんはなぁ目的の為なら手段を選ばないしなんなら自分すらも犠牲にしちゃう子だけどホントはお姉ちゃん大好きで懐いて来てる子供達も可愛くて仕方なくて大事な物を失わないために必死になれる良い子なんやぞ?? おっしゃそのままボコせいけー!! そんな子にそんなくっさいもん投げつけるとかマジでふざけんなよ!! お前なんかが可愛くて良い子の新くんに傷つけようとか百億万年早いんじゃ!!」
「晶子様、落ち着いておくんなし」
土の手が《紛う者》をタコ殴りにしているのに歓声を上げながら、ほぼノンブレスで言い切った晶子の口を、いつの間にか新とは反対の左隣に来ていた満が覆う。何をすると抗議しようとした晶子だったが、ふと新を横目で見て「あっ」と心の声が漏れてしまった。
新は、それはもう熱でもあるのかという程に顔を真っ赤にしていたからである。
「……あーっと、大丈夫?」
「だいじょうぶではないです……」
蚊の鳴くような声量で辛うじてそう返してきた新だったが、返事をしてすぐ顔を覆ってその場にへたり込んでしまった。
「……褒め殺しによる一時的な心の乱れでありんすね。再度、魔法を行使するのは難しいかと……」
「……晶子」
「「晶子様……」」
「いやあのホンット申し訳ないと思いますけどこればっかりは性分と言うか仕方ないと言いますか!!」
魔法はぱっと唱えてはい発動、等という単純なものではない。体内に巡る潤沢なマナとそれを魔法へと変換する冷静な精神力が必要だ。
そのため、魔法を使う者は精神攻撃に弱い。心を乱されると安定した魔法が放てないだけでなく、下手をすれば暴発する恐れもあるからだ。
(まあ、ダイアナさんとかみたいにほぼ発狂状態でも難なく魔法を扱えるイレギュラーな存在はいるけどね。元々、ゲームのボス達も精神感応系の魔法は無効になってたし)
残念ながら、新は晶子の褒め殺しに耐性が全く無かった為、暫くの間使い物にならなくなってしまった。
「まあ、光魔法については白雲がいるし」
「「あ、それは無理です」」
大丈夫だろうと高を括っていた晶子に、黒羽達が即答する。
「え!? なんで!? 白雲ならこう、ババーンッドカーンッみたいなすっごい光属性の攻撃魔法使えるっしょ!?」
「「えぇ……そんな大雑把な……。そもそも、我々は今この部屋の魔法陣を常時発動させている状態なんですよ? その上に攻撃魔法を使うなんて、いくらなんでも無理ですよ」」
そう、現在の黒羽達は晶子達が戦う後ろで、半永続的に魔法陣へマナを流し込み続けていた。
ただでさえ大小様々な規模の魔法陣を複数起動しているせいで消耗が激しいのに、それに加えて戦闘に参加してしまえば、まず間違いなく黒羽達はマナの枯渇に陥るだろう。
「そ、そっか……そこまで頭回ってなかった……」
「「まあ、晶子様の褒め殺しを真正面から受けて、顔色一つ変えない人なんている訳無いですから。そんな人、いるなら是非とも会ってみたいですね」」
なんて事を言った黒羽達に、晶子は思わず無言で鑪を見る。
(……ある意味、顔色が全く変わらない人物に当てはまるかもしれない)
「むっ」
ジッと己を見つめる晶子の意図を理解したのか、鑪は誠に遺憾だと言いたげに触角を揺らした。
(いや、この人の場合は触覚がめっちゃ動くからそうでも無いわ)
忙しなく動く鑪の触覚に、晶子は一人ドヤ顔で納得した。
だが、声に出していた訳では無いのになぜか鑪には伝わってしまったようで、手にしていた刀を一本床に刺すと空いた手で額を小突かれてしまった。
「うぼぁっ!?」
「お主は考えておる事が全て顔に出ておる。少しは静かにする事を覚えた方が良いぞ」
「うううう……って、それってあたしが顔だけでも五月蠅いって言ってる?? ねぇ??」
あまりにもさらっとした言い方に一瞬スルーしそうになりながら聞き返すも、鑪から答えは返ってこなかった。
ドンッと強い振動が『根の間』の空間を揺らし、次いで何かが崩れ落ちるような音が響く。驚いて〈紛う者〉の方を見れば、土の手が跡形も無く崩壊していた。
「んん!? 目を離してる隙に何があったの!?」
「土の手を形成していたマナを淀みの泥で汚染し、無力化したようである。更に厄介な事に」
鑪はそこで言葉を切ると、機敏な動きで晶子達全員を小脇に抱えてその場を飛び退く。突然の事に驚き声も出せなかった晶子だが、次の瞬間、つい今しがたまで自分達がいた場所に攻撃を仕掛けて来たものを見て顔を引き攣らせた。
「……まじ?」
そこにあったのは、黒く悪臭漂うヘドロで出来た巨大な手。どこから溢れ出ているのか不明だが、指先や手の甲から流れ落ちるヘドロは途切れる様子もなく、どんどん『根の間』の床を侵食していく。
よもやと思ってよく目を凝らして見てみれば、案の定ヘドロの奥底にほんの僅かな晶子のマナが検知できた。
「これ、まさか……ダイナミックガイアの土の手を利用された!?」
「恐らく、であるがな」
後方へと下がった鑪に降ろしてもらいながら、晶子は呆然と呟く。鑪からの同意を得られてしまった事で、本格的に土の手が乗っ取られてしまったのだと理解してしまった。
「はは……で、親玉はどこ?」
「……あちらに」
そう言って、鑪に抱えられたままだった満と音も無く隣に姿を見せた黒い手が指差した先。
土の手ならぬ淀みの手の甲部分がブクブクと泡だったかと思えば、そこから《紛う者》が出現した。
「Gehyahyahyahyahyahyahyahyahya!!」
「っ~~~~~~~!! 人の技パクってんじゃねーぞクソったれ!!」
「晶子! 安い挑発に乗ってはならん!!」
戸惑う晶子を嘲笑うように下品な笑い声を上げる《紛う者》に、ついつい口調が荒くなる。今にも武器を担いで突っ込んでいきそうな晶子を抑えながら、鑪が落ち着くように声をかけた。
「晶子の秘技を取り込み、己の物として行使するとはな……。厄介な事に、此度の魔物は悪知恵が回るようであるな」
「これあれですよね、召喚物を呼び出すような魔法とか秘技だとアレみたいになるって事ですよね?」
「そうなるな」
となれば、晶子が使える技類がかなり削られる事になる。
WtRsの主人公が扱える秘技や魔法の大半は、ダイナミックガイアのように何かしらの召喚物が現れ相手を攻撃するなどが多い。
淀みによるマナの上書きに然程時間をかけていない所を見るに、《紛う者》にとって主導権の上書きは雑作も無い事なのだろう。
(まじかぁ……これはちょっと、いや、だいぶめんどい特性やぞ? てか、なんやそのチートみたいな能力!! そんなんゲーム内でも見た事無いわ!!)
またも立ち塞がるイレギュラーに、晶子は内心頭を抱えるほか無かった。
そうこうしている間も、《紛う者》によって操られる淀みの手は晶子達を叩き潰そうと、握りしめられた拳を振り上げ始める。
それほど早い動きでも無かったので回避する事自体は難しい事では無く、晶子達は一斉に散らばって拳を避けた。
しかし、ドンッと拳がぶつかった床は黒いヘドロが飛び散り、そこから更なる悪臭が広がっていく。また、良く見れば床板も腐食したように変色しており、これはまずいと自身の勘が警鐘を鳴らしていた。
「と、とにかく、こいつは最優先で処理しないと! 新くん、満ちゃん! 援護お願いね!」
「っ、はい!」
「任せておくんなし」
幾分か調子を取り戻せたらしい新と満の返事に頼もしさを感じた晶子は、にぃっと笑ってバトルアックスを頭上に掲げた。
(土属性の効きはいまひとつだった。だったら、光魔法ならどうだ!)
「光輪疾斬!!」
マナを注入したバトルアックスをプロペラよろしく回転させた晶子は、それを勢いよく〈紛う者〉へ投げつけた。
眩い光を纏いながら高速回転するバトルアックスは、身を守ろうとした《紛う者》が動かす淀みの手に命中。薬指と小指の間を抜けて貫通し、掌の一部を斬り落とすに至った。
ヨーヨーのような軌道で晶子の手元にバトルアックスが戻って来ると同時に、斬り落とされた部位がぐしゃりと音を立てて床に落ちる。すると、痛覚があるのか《紛う者》が驚愕と憤怒を込めた咆哮を上げた。
「Gyaaaaaaaa!? Guoooooooooooooooooooooooo!!」
「おーこわこわ。てか、いい加減そのキモイ叫びやめろ。鬱陶しい」
が、晶子はそれに対して辛辣に言い捨て、かわりニヒルに笑って見せる。
「それに、よそ見してて良いの?」
そう言った瞬間、《紛う者》の背後にわざとらしく羽音を立てた満が降り立った。
「ダークアロー!!」
満が腕を横に振るって魔法を発動させると、空中に一本の黒い線が引かれ、そこから無数の矢が放たれる。
「Guuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!」
しかし、あまりダメージを与えられていないようで、《紛う者》は苛立たし気に魔法で生み出された矢を払いのけ、忌々しさを隠しもせず満を睨んだ。
(うーん……分かってはいたけど)
「やはり効果はいまいちでありんすか……まあ、主さんの相手はあちきじゃ無うござりんすけどね」
晶子の心の声を継ぐように、満が呟く。その瞬間、これまで一度も動かなかった満の表情が僅かに変化した。その表情は正に、謀が上手くいった事を喜ぶ策士のもの。
《紛う者》がそれを理解したのかは不明だが、少なくとも何かを察知したらしい。怪物が晶子達へ視線を戻した時、新は既に最終準備段階に入っていた。
【悠久の光、無限の輝き、夜明けの地平線、研ぎ澄まされる刃、遍くを照らす鐘】
【我全ての灯りを抱く者、我全ての暗がりを阻む者】
【ここに呼び覚ましたるは世を覆う災いを打ち払う祈り】
【闇すら呑み込む災禍を退ける願い】
【我は混沌たる禍根を絶ち世に導きを与える一条の星なり】
つらつらと流れるように紡がれるのは、この世界でも新にしか扱う事の出来ない特殊な光魔法の詠唱である。
WtRsのNPCには、それぞれ固有秘技および固有魔法が一つ設定されていた。秘技や魔法と言っても、攻撃系のみならず補助や回復といった味方をサポートするものから、敵の防御を一時的に下げたり異常状態を付与するなど、様々な効果が存在する。
発動するには些か面倒な条件が付いている物ばかりだが、それを抜きにしても『発動し甲斐がある』、『エフェクトもカッコよかったり綺麗で何度も見たくなる』と評判が良かった。
本来、新はルートの分岐で協力の有無はあれど共に戦闘する場面が無い為、ゲーム本編でこの魔法を拝む事は出来ない。
つまり——。
(念願の新くん専用魔法キタァーーーーーーー!! もうこれほんと、設定資料集で知った時からマジで見たくて見たくて夜しか眠れなかったのよねぇ~!! 何が良いってエフェクトとか魔法そのものがカッコいいのもあるんだけど、なによりこの呪文よじゅ・も・ん!! 個人的厨二心を擽る言い回しと長さ……くぅ~、たまらん!!)
WtRsオタク、大興奮なのである。
(欲を言えば、お姫ちゃんの固有も見たかったぁ……でもあの時はそんな余裕も無かったし、あれそう言えばそもそも適正武器に変わった事で固有秘技も変わる感じ??)
あれこれと考え事をしているが、こう見えて新に向かって仕掛けられる〈紛う者〉の攻撃を、鑪と共にいなしながらという器用な事をこなしていた。
なぜなら身の危険を感じた《紛う者》が、新を止めようとなりふり構わず攻勢に打って出てきたからだ。
(流石にあれは不味いって本能的に思ってんのかね? でもまあ)
「もう遅いけどね!」
特に大きな淀みの塊を真っ二つにした晶子が、そう言ったのと。
【永劫を望まず、刹那の煌めきに魂を捧げ、昇る天上の陽に奉りまする!!】
新が呪文の最後の一節を口遊むのが重なった。
「天光浄楽陽光照来!!」
止めとばかりに魔法の名を口にすると、《紛う者》の頭上に室内を照らしている物とは作りも文様も違う魔法陣が浮かび上がり、そこから怪物目掛けて目を焼く程の光が照射された。
ほんのりとした温かさを伴っていたが、そう感じるのは晶子が光からやや離れた所に居るからだろう。
「Giiiiyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
現に、太い光の柱を全身で受け止めるハメになっている《紛う者》は。全身から肉の焼けるような音を出しながら悶え苦しんでいた。
「うわぁ……肉の焼ける嫌な音が聞こえてくるとか、どんだけ高火力で焼いてるんだか」
「どれ程の時が経とうと、やはりこの臭いには慣れそうに無いな」
「慣れなくていいと思いますけどね」
漂ってくるようになった悪臭に鼻を摘まみつつ鑪にそう返していれば、上空に留まりっぱなしだった満が戻って来る。
「お疲れ様! 満ちゃんのおかげで作戦は上手くいったよ!」
実を言うと、晶子は下に降りてくる前に予備と内容かさまし用のプランを考えていたのだ。
ゲームの中と違って現実である以上、事がスムーズにいかないのは仕方が無い。だからこそ、備えあれば憂いなし精神であれもこれもと色々とプランを練っていた。
それが役に立って一安心していると、怪物を見つめていた満が《紛う者》を見つめて呟きを零す。
「……随分とあっさりしてやすね。なんだか肩透かしを食らった気分でありんす」
不安そうな、ともすれば解せぬとでも言いたげな表情で、満は沈黙している〈紛い物〉の元へ近づいていく。
「あ、ちょ! 危ないよ!」
(確かに、すんなり行き過ぎて……待てよ……こんな事、帝国での戦いの時も無かったか?)
どこか身に覚えのあるデジャヴを感じ、晶子はハッと息を呑む。
鑪の方を見れば、彼も同様に思っているのか何かに対して警戒を続けている様子。嫌な予感がする、と思った晶子は武器を構えて慌てて満の後を追った。
そうして、満の手が《紛う者》の死体に触れるか触れないかの距離に迫った、正にその時。
「っ!! 危ない!!」
「、あ」
ぴくりともしていなかった《紛う者》が急に動き出し、最も手近にいる満目掛け、大口を開いて襲い掛かった。
「姉さん!!」
「満!!」
突然の事に立ち竦んで動けずにいる満の危機に、新も、鑪も、晶子も彼女を救おうと手を伸ばす。が、どれだけ急いでも、あと一歩が届かない。
(このままじゃ……!)
打開策は無いかと、脳をフル回転させて必死に考える晶子。
「……ぁ、え?」
その視界の端を、灰色の髪が過ぎていくのが見えた。
次回更新は、3/21(金)予定です。




