「きっっっっっしょい!! めっちゃ気持ち悪!! ホーリーサザンクロス!!」
※ いくつかの誤字・脱字を修正しました。
一部、文章や会話に違和感を覚えた箇所があったので、加筆・修正をおこないました。
物語の大筋に変更はありません。
あれから常世の揺れは治まる気配を見せず、寧ろどんどんと悪化していく。壁に亀裂が走り、天井からは石片や砂埃のような物が降ってきて、いつどこが崩れ落ちても可笑しくない状態であった。
そんな危険な中を、晶子達は全速力で駆けて行く。現世へと戻る為、先導の黒い手に続いて走りながら、常世側にある黄泉の門を目指して。
「ねぇ! 結局あの、得鳥擬きってなんなの!?」
走る足を止める事無く、晶子は誰にともなく問いかけた。WtRsのプレイ中にも、例のモンスターは登場しなかった。
帝国で戦った〈潜む者〉同様に淀みの精霊が生み出した存在なのだろうが、それにしては一瞬だけ見えたマナが異常な程に入り混じっていたように思う。
(怪物化したアメジアさんの時も色んなマナが混ざってたけど、擬きはそれ以上にぐちゃぐちゃでやばかった。混ざり合ってるマナのエグさと言ったらもう……)
思い出した瞬間、門が開いた時に嗅いだ腐敗臭がまた漂って来た気がして、無意識にしかめっ面になってしまう。そんな晶子の疑問に答えたのは、姿無き女神だった。
“あれは淀みの魔物と、常世に封じ込められていた怨霊達が結び付いて生まれてしまったものです”
「より正確に言うのであれば、黄泉の門が開くと同時に外から入り込んだ淀みの魔物に吸収された怨霊達の成れの果てでありんしょうか。怨霊達は門が開くのをあちきよりも早うに感じ取っていたようで、門前で待っておりんしたようでありんす。相当な数が吸収されていると思われんす」
器用に速度を調整し、晶子の真横に並走する形で飛ぶ満が続けて言った。その言葉に、あの魔物がかなり厄介な存在になっているのだと直感する。
(厄介な淀みの魔物と、クソだるい怨霊がくっついちまったかー……め、めんどくせー!!)
「あれってなんで弦ちゃんのお母さんの姿してんの? ……ま、まさか、吸収された怨霊の中に、得鳥さんがいるとか……??」
ふと頭の中に浮かんだ嫌な想像に、晶子の全身から血の気が引いた。もしそんな事になっているのならば、あの中から得鳥を再編するのは難しいかもしれない。大切な推しの母親を救うには、混ざり合った魂が多すぎるのだ。
(あるかどうかわかんないけど、魂同士が癒着して、分離できないとかもあり得そうだし……もし、そうなんだったら……)
万全な状態では無い魂を核にして下手な再編をしてしまえば、原形も留めぬ別の何かを生み出しかねない。そんな不安が顔に出ていたのだろう、横に並ぶ満が安心させるように笑った。
「それについては安心しておくんなんし。あの怪物の中に、弦の母親は紛れてやせんから」
「え!? あ、そ、そう!? 本当のホントに!?」
満の言葉に安堵しつつも何度も念入りに確認する晶子に、彼女は少し呆れたように笑う。
「まことのほんに、でありんす。そもそも、彼女は怨霊にはなっておりんせんから」
「あ、そうなんだ」
怨霊化していないという事は、彼女が無事に洗礼を済ませ、輪廻の流れに溶けていった事を示している。
(いや、ワンチャン黒い手になってるとか? でも黒い手への契約は、怨霊に変質する前でも可能なのかな……? まあとりあえず、得鳥さんとは戦いたくなかったし、良かったと言うべきなんだろうけど……ちょっと悔しいと言うか、残念と言う)
再編は文字通り『何かを再び編み直す技』である。アルベートやアメジア達を再編出来たのも、死亡してから時間がそこまで経っていなかったおかげで核になりうる魂が残っていたからだ。
(得鳥さんの事、蘇らせてあげれればと思ったけど……あたしの力じゃ、ゼロから生み出す事は不可能。魂さえ無事なんだったら、弦ちゃんに協力してもらって再編出来ただろうけど、何も無ければ……何も、戻せない)
女神が持つ創世の力ならば、失われた魂すら創造し、新しい得鳥を作り出せるだろう。だが、そうして生み出された者は果たして得鳥だと言い得るのか。
(かもしれない、じゃダメなんだ。確実に、得鳥さんをこの世界に戻せるんじゃないなら、意味が無い)
直接的な繋がりは無いかもしれないが、得鳥は弦の大切な実母。弦を幸せにする為に、一つでも多くの事をしてあげたいと願う晶子だからこそ、不確定要素を孕んだまま事に及ぶ訳にはいかなかった。
(はぁ……出来ないものをうだうだ言い続けても仕方ない。他の方法を考えよ)
晶子が小さく溜息を吐くのとほぼ同時に、先導していた黒い手が突然立ち止る。あまりにも急な事だったので晶子はブレーキをかけるのが間に合わず、黒い手の中に沈み込むようにしてぶつかった。
(めっちゃ沈むぅうう!? 思ったよりもふわっふわで柔らかいんやが!?)
「うぶっ、ぷはぁ! いきなりどうし」
想像以上の沈み込みに驚きつつ、晶子は何とか顔を上げる。が謎行動に疑問を投げかけようとした瞬間、正に今進んで行こうとしていた通路の天井が崩れ落ちたのだった。
どうやら一早く危険を察知し、晶子達を守ってくれたらしい。
「あっぶなかったのね……ありがとう」
冷や汗を拭いながら黒い手にそう笑いかければ、彼——彼女かもしれない——は親指を立てて返事をした。
“このままでは、常世が崩壊してしまいます! 急ぎ現世へ戻らなければ!!”
「それは分かってんのよ。満ちゃん、ここ以外に、門の所に行ける道は?」
「少々回り道にはなりんすが、誤差の範囲内でありんすね。こっちでありんす」
そう言って、満が左脇の壁に手を翳す。すると、壁はうごうごと蠢きながら動き始め、大した時間もかけずに一本の道が現れた。
(あ! これ常世マップに点在するショートカットか!)
実はWtRsの常世には、幾つかの隠し道が存在する。特定の条件下で発見出来る仕様になっており、その大半は満がPTメンバーに加わっている時のみ通行可というもの。
尚、常世マップ自体神樹編でしか訪れる事が出来ず、且つシナリオが終わると進入不可になってしまうため必然的に満が仲間になった状態で探索する事になる。
(常世って似たような見た目のフロアが多いし、このショトカには何度もお世話になったよね。作ってくれてホントにありがとう運営様、けどどうせならもっと分かり易いデザインにしてくれても良かったんやで??)
余談だが、一時期WtRsを全く知らない友人知人にプレイさせ、ショートカットについて一切教えずに常世を脱出させるRTAが流行した。ちなみに四十二分七三秒が最短記録として公式発表されていたりする。閑話休題。
満に促され、人一人がギリギリ通れる道幅のショートカットを進み始める晶子達。先頭は依然として黒い手が務め、その後ろに満、晶子、そして弦の体を使う黒羽達という隊列になっている。
「にしても擬き、か……仮称として《紛う者》とでも呼ぼうか」
「「突然どうされましたか?」」
得鳥擬きが見せた本性を思い返し、思わずそう口に出す。急に魔物に名づけを行った事に首を傾げる黒羽達に、晶子は単純に呼びにくいからだと答えた。
「いつまでも怪物とか魔物だと、他の奴等と混同しそうだなって思って。でも、こんなとこで言う事でも無かったね、場違いでごめん」
「「いえ! 未知の魔物を分類するのは悪い事ではありません! それに、例の怪物を一目でも見ればすぐに分かる名称だと感じました!!」」
「あ、はは、ありがと」
彼女達の試し行動に合格してからというもの、黒羽達は驚く速さで晶子に心を開いた。
まともに顔を合わせてまだ数時間も経っていないのにすっかり懐かれてしまった晶子は、力強く肯定してくる彼女達を振り返り苦笑する。
「そうだ、族長って嫌われ者だったのに、どうやってあの地位に上り詰めたの?」
「「彼の者が族長となったのは、弦が生まれた後でした。得鳥が死んでからというもの、彼は何かに憑りつかれたように様々な書物を読み漁り、気が付けば神樹一の知恵者として君臨するように。敵への奇襲作戦は勿論、神樹の生活環境を整えたのも彼の功績なのです」」
(なるほど……あいつもアイツで有翼族に恨み募らせてたっぽいし、その為に成りあがったんかね)
元々、弱さを理由に嘲笑われ、戦場に捨て置かれた事を根に持っていたのだろう。得鳥と番になった後も、内心ではずっと機会を狙っていたのかもしれない。
「そうなるとさ、多分接触してるよね。淀みの精霊」
しかし、例えどれだけ頭が良かったとしても、後ろ盾のない青年が出来る事には限りがある。ならば、陰から力を貸している者がいた筈。
その場合、そういった存在で真っ先に思い至るのは、言わずもがな淀みの精霊しかいない。
“仮にそうであったとしても、それを問い質す相手は既にいません。真相を知る事は出来ませんね……”
晶子の言葉に同意を示した女神だが、彼女の言う事はもっともだった。族長に聞こうにも、彼は既に《紛う者》に食い殺されてしまっている。
「常世では族長はんの魂を確認できてやせんから、おそらく魂ごと《紛う者》に喰われたんでありんせか?」
「そっかぁ……はぁ。仕方ない、そこらの問題はまたおいおい考えよう」
頭を掻きながら晶子が言ったのとほぼ同時に、一同はようやく隠し道を抜ける事が出来た。
眼前には禍々しいとも神々しいとも感じられる重厚な巨大扉が鎮座し、部屋の中からは激しい風音が聞こえてくる。
(おぉ、黄泉の門がある部屋の扉ってゲームの時からカッコいいと思ってたけど、実物は数百倍はおしゃれなのね。黒曜石? で出来てるのも雰囲気あっていいし、細かい装飾とか白い百合のレリーフも……って、悠長な感想言ってる場合じゃないわ……)
ゲームで見た光景を生で目に出来たと感動を覚えた晶子だが、扉越しに感じる圧に少々げんなりした。とんでもない量のマナが、延々と放出されているのを感じ取ったからだ。
(こりゃ、まじで早く門閉めないとやべぇわ……)
常世は満が管理してはいるが、死という淀みが必然と沈殿する場所である。黄泉の門が開いた事によりそれが現世に流れ出しているというのは、早急に対処しなければ世界に多大な被害を及ぼしかねない。
神樹どころか、下手すれば他の国や地域をも巻き込んでしまうかも知れないのだ。
(早く上に戻らないと。鑪さん達の事もだけど、なにより心配なのは子供達だよ)
弦と共に隔離されていた子供達は、恐らく戦う力を持たない。仮に魔法等の攻撃手段が使えたとしても、《紛う者》のような強力な魔物相手には手も足も出ないであろう。
「てなわけで、さくっと戻ってちょちょいっと解決しに行きますか!」
「待っておくんなんし」
意気揚々と両開きになっている扉の取っ手に触れた晶子に、満がストップをかけた。どうしたのかと振り返ると、満は聞き取れない言語で何かの呪文を呟く。すると、彼女の周りに梵字を崩したような文字が幾つか浮かび上がり、晶子と黒羽達に向かって勢いよく飛んできた。
「おわ!?」
突然の事に反応する隙も無かった晶子はつい大きな声を上げて驚いてしまったが、文字が体に触れた瞬間、強いフラッシュが起きて視界が白く染まった。
「服が変わってる……」
あまりの眩しさに瞑った目をゆっくりと開くと、晶子はすぐ自身に起きた変化に気付いて驚く。
晶子が普段着用しているのは『冒険者のドレス』と言う、名前の通り女性冒険者が身に着けるエプロンドレス型の衣服だ。
WtRsの女主人公仕様に魔改造されたドレスは、戦闘中にどれだけ激しく動いても服装が乱れる事無く、また着用者の動きも阻害しない優れ物。
ハウスのドレッサーには何着か衣装や装備はあるのだが、なんだかんだ女主人公と言えばこれ、と晶子はこの服ばかり着ていた。
それが、満の未知の呪文により、全くの別物に変化したのだ。
普段着のエプロンドレス型とは違い、今着ているのは黒を基調とした生地を使った和洋折衷風のロングワンピースだった。
少し膨らみと長さのある袖と、交差するように合わせられた襟元。裾の方には金や赤の蝶が飛び、朱色と金色で縫い込まれた小鞠が跳ね、幾つもの彼岸花が揺れている。そう、言葉の通りに飛んで動いているのである。
(こ、これは……!? 幻の防具、『常世のドレス』!? これこんな所で回収できるの!?)
『常世のドレス』は、高い魔法防御力と即死攻撃を無効化できるスキルを持った、常世でしか手に入れる事の出来ないとてつもなく珍しい防具……らしい。
なぜらしいのかと言えば、内部データで存在は確認されているものの、実際にどれだけ時間をかけようとも手に入れたプレイヤーは誰もいないからである。
(結局、製作陣から開発途中で削除したってコメントが出て、ちょっと荒れたんだよね)
無論、晶子もこの防具を手に入れる為に、常世を何時間、何日間も彷徨い続けた一人であった。
「急ごしらえで申し訳無うござりんすが、いざという時に役立つはずでありんす」
「「たしかに、闇の力を扱う魔物は、高確率で相手を即死させる攻撃手段を持っていますからね」」
満の行動によくやったと言いたげな黒羽達も晶子のようなロングスカートに代わっていたが、彼女達の方は弦に合わせられている為か、少し濃い灰色の生地をしてる。
淡い色合いの糸で織られた菊の花と雲取りの文様が風に揺られるように動いており、弦の見た目にも良く似合っていた。
「うん、弦ちゃんにぴったりだね!」
「数回程度しか持たねえでありんしょうが、無いよりはましかと思いんす。さ、準備も出来んしたし、いざ参りんしょうか」
晶子と弦の見た目に満足したのか、ドヤ顔で胸を張った満が扉を開けるように促してくる。
言われるままに扉を開いた晶子だが、中の様子を目の当たりにして固まった。扉の先には黒い靄が充満しており、一寸先すら見えない闇が詰まっている。
時折生き物の唸り声のような音まで聞こえてくるので、流石の晶子もドン引きした。
「……え、この中入るの?」
「さあさあ、止まらねえで進んでおくんなんし」
「えちょ、あ、うわぁ!?」
流石に躊躇する晶子の背を、満が思いっきり突き飛ばす。完全に油断していた晶子は抵抗する事も出来ず、とぷんと靄の中へと呑み込まれてしまった。
(どゆこと!? 満ちゃんなんで押した、の、ってうわああああああ!?)
周囲を暗闇に包まれてしまって冷や汗を流したが、不思議な浮遊感によって体が浮かび上がり、次の瞬間には激流に押し流されるようにして上昇を始めた。
帝国で皇帝の私室から飛び降りた時の事を思い出させるような速さに目を回しかけながら藻掻いていた晶子は、段々と近づいてくる頭上の光に気付き、藁にも縋う思い出で手を伸ばす。
「ぶはっ!?」
バシャンッ、という水音と共に浮上した晶子。まともに吸えるようになった息を整えようと、何度も深呼吸を繰り返す。
「はぁ、はぁ……ここ、どこ……え!? 神樹!?」
ぐるりと周りを見渡して自分がどこにいるのかを把握した晶子は、驚愕して大声を上げた。黄泉の門が開かれてしまった神樹の広間、そのど真ん中に出たのだから驚きもひとしおである。
(ゲームだと扉が開く演出だけの簡潔な表現だったけど、現実だとこんななのね……)
いくらなんでも予想外だと、水面のようになっている黄泉の門の中で口元を引き攣らせた晶子。
その横を、とんでもなく大きな水柱を上げて満と黒羽達が飛び出してくる。空高く舞い上がる二人の姿が日の光に照らされて、煌めく髪や翼にボヤッと見惚れていた晶子だが、おかげで頭から水柱のしぶきを受ける結果に。
「ぶえっ、べっ、ぺっ……く、口に入った……」
「「だ、大丈夫ですか晶子様?」」
「あら、まだそんな所にいらしたのでありんすか?」
「満ちゃんが冷たい……」
心配げに手を差し出してくれる黒羽達の助けを得て、なんとか門の中から上がる事が出来た晶子。さっぱりした対応の満にほんの少し落ち込んでいると、ここからそう離れていないところから爆発音が届いた。
「「!! 広間の下の方からです!!」」
黒羽と白雲の言葉を聞いて真っ先に駆けだした晶子は、然程入り組んでもいない樹上の道を進んで行く。
徐々に大きくなっていく音を頼りに降りていくと、丁度広間の真下辺りに位置する樹の幹に巨大な肉塊が張り付いていた。
(!! 《紛う者》!! って事はあそこにみんなが!?)
瞬時に察した晶子が武器を掴もうと背中に手を回すが、掴めたは空気だけだ。
「しまった、武器が無いの忘れてた! えぇいままよ!!」
怪物の真後ろにまで近づいておきながら今更その事に気が付いた晶子は、一か八かだと魔法を発動させる。
(前に女神との会話からして、英雄と友好関係を結べてる属性はまともに扱えるはず。なら!!)
「シャインレーザー!!」
右掌を《紛う者》向けて翳せば、白く輝く魔法陣が出現し、そこから無数の光線が発射された。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
いくつもの光線が直撃した事で肉の焼ける不快な臭いが漂う中、《紛う者》が咆哮とも悲鳴とも聞き取れる叫びを上げる。
背後からの攻撃に矛先を変えた《紛う者》が振り返ると、その顔を見た晶子の全身に鳥肌がたった。
巨大な胴体部分からは四対の腕と二本の足が生え、頭部と思わしき大きな瘤状の肉塊には、数えきれないほどの目と鼻、耳が乱雑に敷き詰められている。
それぞれが独立して動くらしく、四方八方に向けられていた視線が一斉に晶子へと集まった。
「きっっっっっしょい!! めっちゃ気持ち悪!! ホーリーサザンクロス!!」
悍ましいという単語がしっくりくるほどに醜悪な怪物と目が合い、晶子は全力で拒絶の言葉を吐き捨てる。それと同時に手を天上へ向けて最上位光魔法を唱えれば、空から十字の光が降り注ぎ、《紛う者》の全身を焼き尽くさん勢いで焦がしていく。
「Gugyaaaaaaaaaaaaa!?」
しばらく痛みに悶えていた怪物は、いやいやと駄々を捏ねるように頭を震わせると、その巨体に見合わぬ速さで太い枝の影に消えて行った。
「あ、しまったクソっ……! でもそっちより、こっちが大事!!」
咄嗟に追いかけようとしてしまったが、それよりも鑪達の安否が心配だと、《紛う者》の体で隠れていた扉を蹴破る勢いで開いた。
「ふん!」
「おわあぶな!?」
中に入った途端に鼻先を白刃が掠め、晶子は反射的に後ろへ飛び退いて尻もちをつく。
「んん!? おま、晶子か!?」
「む!? すまぬ、怪我は無いか!?」
「あ、いや大丈夫! それよりも、皆の方は?」
怪物が侵入してきたと思ったのだろう、刀に手をかけたままだった鑪と奥で様子見していたアルベートが慌てて駆け寄って来るので、大事無いと笑って見せた。
「おう。子供達は皆無事だし、新の坊主もいるぞ」
そう言って部屋の奥を見たアルベートに釣られて、晶子もそちらに目を向ける。広間程広くも無い室内の最奥には鳥籠のような吊り椅子が転がっており、その後ろに隠れるようにして不安げな子供達がこちらを見つめていた。
「……うん、誰も欠けて無いみたいで何より」
「でもお前、あの状態で良く無事だったな?」
「あぁ、実は超超超協力な助っ人が現れてさ」
「「晶子様!!」」
常世での事を話しだそうとしたタイミングで、黒羽達が空から降りて来る。
「「我々の翼を持ってしても追い付けないとは……晶子様ってば、いくらなんでも早すぎますよ……」」
「い、いやぁ、鑪さんやアルベート、それに他の皆も危ないかもって考えたら体が勝手に」
鑪が強い事は知っているが、それはそれとして推しに危機が迫っているのならば、後先考えずに走り出してしまうのが晶子の悪い所だ。
それを最近になってアルベート達の小言などからとうやく自覚し始めた晶子は、明後日の方向を見ながら言い訳をする。
「「だからと言って、武器も持たない身一つではいくら何でも危険です!! 貴方様は確かにお強いのでしょうが、もう少し危機感を持ってください!! ちょっと聞いてますか!? 我々は怒ってるんですよ!?」」
(ぐっ、中身が違うのに体は弦ちゃんだから、怒った顔がとってもキュートなのよ)
「うんうんごめんねぇ~」
弦の体にいるせいか、黒羽達が怒っていても可愛らしく見える。場違いだとは分かっていたが、ほんわかしてついつい表情が緩んでしまう。
「ねぇ、さん?」
そこに不意に聞こえてきた掠れた声に、晶子達は皆一斉に新へと視線を向けた。彼は呆然と、しかしどこか喜びを滲ませたような声色でもう一度「姉さん」と呟くと、ゆっくりと満へと近づいて行った。
「ほんとに、本当に、姉さんなの?」
縋りつくように満の服の裾を掴んだ新に、彼の姉は眉尻を下げながらも困ったように笑った。
「大きゅうなりんしたね」
「っ~~~~~~~!!」
たった一言、姉からの言葉を受けた新は、声も無く満を抱き締める。急な抱擁にほんの僅かに動揺を見せたものの、すぐにしょうの無い子だと言いたげな顔で、満は新を抱きしめ返した。
「……あれ満ちゃんも服装が真っ黒ローブから変わってる!?」
「雰囲気ぶち壊しでありんすよ、晶子様……」
姉弟の感動の再会にご満悦だった晶子だが、満の変化に気が付いてしまったせいで大声を上げてしまい、折角の雰囲気はぶち壊しになってしまうのだった。
次回更新は、2/28(金)予定です。




