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「もしかして……その結果が、WtRsっていうゲーム?」

 ゆさゆさと体を揺らされる感覚に、晶子の意識が段々と覚醒していく。

「——こ、しょうこ……晶子!!」

「ッ!! あるべー……」

 同時に聞こえて来た自分を呼ぶ声に反応し、がばりと起き上がろうとし……頭上からこちらを覗き込んでいる人影を見て固まった。

「お、やぁ~っと起きたか、この寝坊助め! ま、この俺様が起こしてやったんだから当然だな!」

 そう言う声は、間違いなくアルベートのもの。しかし、その姿はあまりにも彼とかけ離れていた。

 晶子の膝丈までしかない赤銅で作られた体、目に当たる部分は黄色いライトが存在し、感情に合わせて形が変わる仕様らしい。今はにっこりと弓なりに表現されている。

 魔法と科学を合わせて生み出されたミニゴーレムと言われる存在は、腰に手を当てるような仕草をしながら自画自賛を繰り返す。

(みみみみ、ミニゴーレム!? クリア後のお楽しみ要素じゃねーか!! え、なんでここに!? ていうかこの体の装飾とか顔の髭みたいなパーツとか、どうみてもアルベートモチーフにしたゴーレムじゃん!! 仲間に出来るキャラ・ペット全部アルベートと会話させて、一部除いたクエスト全部ダリルと一緒に行動したら解放出来る難易度屈指のミニゴーレムさんじゃないですかやだぁあ~!!)

 そう、このミニゴーレムはWtRsのやり込み要素の一つとして知られ、ゲーム本編クリア後に利用できる存在だ。それぞれ見た目が仲間キャラをモチーフにしており、特定の条件を達成すると解禁されていくシステムをしてる。

 このアルベートをモデルにしたミニゴーレムは特に条件が面倒臭く、投げ出す人が多い事でも有名だ。

(はわわ……ここのパーツってこうなって、あっあっあっここ!! このエンブレムって明らかにダリルを意識してますよね~!! 仲良しかっ!! いや仲良しだわもう本当一生幸せに冒険しててくれ)

「おいこら、聞いてんのか晶子」

「へ?」

 驚きと興奮でそんな頓珍漢な事を考えていた晶子だったが、ミニゴーレムから聞こえてくる呆れた声に、間抜けな返事をしてしまう。

「だ~から……悪かったな、目の前で死んじまってよ」

 頬を掻くように顔パーツを指で擦るゴーレムの言葉に、晶子は一瞬なんの事か分からず困惑した。だがすぐに、アルベートの事だと合点がいく。

「……えっ!? アルベート!? 君アルベート!? うっそだぁ~!? てかちっちゃいね!!」

「ちっちゃいはよけーだわ!! てか気になるのはそこか!? もっと色々あるだろうがよ!!」

「だってめっちゃちっちゃい!! 想像してた以上にちっちゃいじゃんミニゴーレム!! てか何でゴーレム!? え、ホントにアルベート!?」

 ミニゴーレムはしきりに自分がアルベートだと言うが、いくら晶子でも流石に信じられなかった。


“……えっと、彼がアルベートなのは間違いないですよ……”


 アルベートを自称するミニゴーレムとぎゃいぎゃい言い合っていると、女神の声が聞こえて来る。どこからと天を見上げた晶子は、そこで初めて、今自分がいるのが現実では無いと自覚した。周り一面が黒に塗り潰されていたからだ。

「こ、ここって……夢の中?」

「お、流石は晶子。察しが良いな。まっ、厳密に言うのであれば、晶子の夢の中に作られた聖域だけどな」

 なぜか得意げに胸を張る自称アルベートのミニゴーレムに、晶子は生返事をする。

「……で、どういう状況なんです?」

 晶子が虚空に向かって尋ねると、女神はどう説明すれば良いのかと言い淀みながらこう言った。


“えぇっと……まず、アルベートを再編する為に力を使ったのは覚えていますよね?”


「まあ、当然。光でアルベートを包んで繭みたいにした」


“で、ですね……その際にですね、晶子はアルベートの命を救いたい一心だったよ思うんですが、なんと言うか……力を込め過ぎてですね……”


「煮え切らねぇな……要するに、必要以上に力を注ぎ込んだせいでオーバーロードを起こした結果、俺様は人間の姿ではなくミニゴーレムとして再編されたってこった」

「えぇ……そういう……? え、ガチでアルベートなの?? てか、なんでミニゴーレム??」

「だからガチだって……外見がミニゴーレムなのは、お前にとって一番頑丈で簡単に死ににくいってのが理由じゃねぇか?」

 呆れた表情をするミニゴーレム、もといアルベートに、晶子は頭を殴られたような衝撃を受けた。まさか、人では無い物に再編してしまうとは思わず、強いショックを受ける。

 まずは謝罪をしなければと瞬時に判断した晶子は、座り込んだままの状態から体勢を変えると、土下座で許しを請うた。

「……ご、めん。あたし、こんなつもりじゃなくて、ホントにごめん、ごめんなさい」

「お、おいおい、落ち着けって! 俺様は大丈夫だからよ。それともなんだ、このアルベート様がまさか命の恩人に文句を言うような奴だと思ってんのか?」

「ぇ、いや、でも」

「俺様としては、寧ろ感謝してるくらいなんだぜ? 晶子を庇ったのに後悔も不満も無いが、やっぱダリルの事は心配でよ。もう少しアイツの傍にいてやれるって嬉しく思ってんのさ」

 からからと笑うアルベートの言葉に、晶子は少しだけ救われた気がした。

「それにずっと俺達の事を愛してくれた奴が、一生懸命になって命を繋ごうとしてくれたんだ。憎んだり妬んだりするなんて、お門違いってもんだ」

 が、次にアルベートが発した言葉に、晶子は固まる事になる。なぜだか嫌な予感がして冷や汗が背中を流れる晶子には気付かず、アルベートはとんでもない事を話始めた。

「お前、ずっと画面の向こうから俺達に話しかけてただろ? おはようからお休みまで言ってくれてたし、何なら出会った奴等一人一人に対しても、どこが好き~とかここが良い所~とか滅茶苦茶言ってたもんな」

「ちょっとタンマ」

 まだまだ続けそうなアルベートを遮り、両手で顔を覆う。今彼が言った事全てに、心当たりがあったからだ。

 WtRsが好きすぎるあまり、晶子は画面にキャラが映る度に話しかけ、オタク特有の早口でそれはもうべた褒めしていたのである。

「ま、まさか、アレ……全部聞こえてたの……?」

「いやぁ、熱烈なラヴコールだったよな! 特に鑪になんかもうプロポーズしてんのかってくらいの」

「あああああぁああぁぁああああ!!」

 絶叫を上げて、晶子は蹲った。色々と言いたい事はあったが、盛大な独り言を把握されているというあまりにも恥ずかしい事実に居た堪れなさの方が勝る。


“そう、だからこそ……私は晶子を選んだのです”


 晶子が羞恥に悶えていると、ずっと黙り込んでいた女神がそう告げた。

「だからって、どういう意味?」


“私が晶子をこの世界へ喚んだ理由……それは、この世界が正に今、崩壊の危機に陥っているからなのです”


 女神の言葉の意味が分からず首を傾げた晶子に、女神は悲し気な声で世界の現状を語り始めた。


“かつて人間と私の間で起きた大戦……その陰には、人々を扇動(せんどう)し、私を封印するように誘導した存在がいるのです。その者は、私が世界を生み出す際に創り出した精霊の一人であり、世界に蓄積する淀みを管理する役割を担っていました”


「……は? え、何それ。そんな奴、知らない……」

 初めて耳にする登場人物に、晶子は困惑の表情を浮かべる。ゲーム中において、登場する神なる存在は最初から最後まで女神だけであった。

 世界創造神話が語られる際に、名前が一部出た事もあるが、それ以降の登場も無く、設定上存在しているだけに留まっていた。

「と言うか、淀みって?」


“貴女達に分かり易く言い換えるのなら、負の感情、と言う物でしょうか。その精霊は、地下深い場所でそういった淀みを管理し、世界に充満しないようマナへ変換して循環させる存在でした”


 つまるところ、現実世界でいう所のごみや下水の処理のようなものかと晶子は理解した。

「ん? 役割があるって事は、精霊って一体だけじゃないんだよね? 他にも何体かいるの?」


“……その者以外の精霊達は、魔力放流によって英雄達と一体化してしまっているのです。いえ、正確に言うならば、『魔力放流によって消滅しかけた英雄を存続させるために、自らの存在を賭した』のです”


 それは、ゲーム内でも語られていない歴史の真実だった。魔力放流については、英雄達と関わっていく中で何度も話題に上がっていた為、耳にする機会は多かった。

 だが、それはあくまで魔力放流によって英雄達が異種族になってしまったという話しかなく、まさかそんな重大な事実が隠されているとは微塵も思っていなかったのである。

(女神様が世界を創造した時に精霊を生み出してて、その精霊達が英雄達を生かす為に犠牲に? 何それしんどい……でも、そんな話、ゲームの中では……いや、違う)

 そこまで考えて、晶子は頭を振った。アルベートの死をもって、ここがゲームの世界では無いと自覚している。今更ゲームの事を引き合いに出したとして、ここではそれが意味をなさないのだと、晶子は嫌と言う程に味わっていた。


“かの精霊は、自身に割り振られた役割の中で淀みに蝕まれ、堕落しました。その結果、世界に満ちる光を憎み、全てを破壊しようとしているようなのです”


「ようなのですって……ちゃんと把握してる訳じゃないの?」


“……封神大戦が起きるより凡そ三千年前、私は精霊が堕落したのに気付き、と対話を試みました。しかし、かの者は話をするどころか世界中のマナを吸収し始め、女神である私と同等の力を手にして戦いを挑んできたのです。結果として、私と精霊との間で激しい争いになりました。何とか精霊を降した頃には、その戦いのせいで世界中のマナに異変が発生し、急激な環境変化が起きたのです”


(……それって、大昔にあったっていう大飢饉の事? 古い文献にもあんまり残ってないって言われてたやつだよね?)

 ゲーム中でも一瞬しか話題にならなかった古い話を思い出す。封神大戦よりも遥か昔、古代人類が生きていた時代にあった飢饉は、その大規模な荒廃によって数多の命が消え去り、後世にもほとんど詳しい事が残っていない。


“荒廃していく大地と飢えに苦しむ人々に、私は酷く後悔しました。私達の起こした争いのせいで、多くの命が苦しんでいる。更には貧しさに苦悩した人間達が、暴力や略奪を繰り返す姿を見て、このままでは世界が終わってしまうと考えました。だから私は、精霊を異空間に隔離した後、世界を安定させる為に人々を管理する事に決めたのです”


「!! そんな理由が……」


“しかし……私は重大な事に気が付いていなかったのです。淀みを管理していた者が封印されていたにも関わらず、世界に淀みが停滞するどころかなんの問題も無く循環している事に……まさか、精霊が淀みの力を使って空間の境目に綻びを作り、そこから人々に干渉して私を封じさせるとは……。流石に予想していませんでした”


「いやいやいやいや!! 予想してませんでした、じゃねーからね!? なんでそうなるまで気付かなかったの!?」

 どこか悲しみが滲んでいるような女神の呟きに、晶子は信じられないとツッコんだ。話を聞く限りでも明らかな異常であったにも関わらず、よりによってなぜ女神が気付けなかったのか。


“そ、その……戦争でボロボロになった世界を再編するのに必死で……そこまで気が回らなかったんですぅ……”


 聞こえて来た言い訳に、晶子は顔を覆って天を仰いだ。

「嘘だろおい、この女神一点集中型のポンコツかよ!?」

(それなぁ!!)

 隣にいたアルベートの唖然とした呟きに、内心全力で同意する。


“ぅうううっ……私が悪いですけど、悪いですけども!! と、とりあえずですね! 今、あの子の本体は未だ異空間に存在していますが……私が封印された影響で、隔離している空間の境界が曖昧になりつつあります。精霊は力を蓄える為に淀みを取り込みながら、それを操って人々に悪い影響を与え、そうして更なる淀みを生み出し続けているようです”


 強引に話をそらした女神に渋い顔をしてしまったが、ふいに晶子の脳裏に最悪の展開が過った。

「……ねぇ、女神様。もし……もしそいつが、異空間から出てきたら……どうなるの?」

 その問いかけに、女神はただ一言、簡潔に答えを返す。


“……今度こそ、世界は一つの命も残さずに滅亡するでしょう”


 あらゆる生物が死に絶えた世界、ゲームの時から大好きだった人々の命の灯が消えるのを想像し、晶子はゾッとした。

(駄目……そんなの駄目!! 彼等には幸せになってもらわなきゃいけないんだから!!)

 ぐっと拳を握りしめ、晶子はそんな未来を否定する。


“精霊を止めなければ、世界は滅んでしまう。しかし、今の私は封印された身。どうにかしなければと考えた末……私は世界を救ってくれる人材を求めて、外の世界——異世界へと情報を発信する事にしたのです”


「もしかして……その結果が、WtRsっていうゲーム?」

 まさかWtRsと言うゲームにそんな秘密があったなんてと、晶子は驚きを隠せなかった。


“ですが、精霊は私のやろうとしている事に気付き、妨害をしてきました。その結果、ゲームのシナリオが書き換わってしまったのです。……あの物語は、ある意味この世界の一つの未来でもあります。このまま精霊を野放しにしてしまえば、まず間違いなく、あの凄惨なシナリオが現実のものとなる。いえ、それ以上の悲劇だって起こりえます”


「そんな……で、でも、なんであたしなの? さっきも、あたしだからって言ってたけど」

 世界が危機に直面している事は分かった。しかし、晶子にはなぜ自分が選ばれたのかが分から無い。

 確かに、ゲームは何週も遊んでは自身でハッピーエンドを自家発電する程度には嵌りこんでいるが、晶子自身はあくまで一般人。

(チュートリアルの洞窟では戦闘が出来たけど、あれは多分、異世界召喚の特典だよね。じゃなきゃ、あたしは戦う為の技能も習い事もしてなかったし……)

 そんな事を考えていれば、黒い空間の中で女神が微笑んだ気がした。

次回更新は、2/9(金)予定です。

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