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「これ……もしかして、『黒黴病』の」

 少し浮遊した状態の子供達に手を引かれた晶子達が連れてこられたのは、魔法陣の部屋から離れた場所にある一軒の巣。

 神樹の中でも特に太い枝に何本ものロープで吊り下げられたそこは、ここに来るまでに見た一般的な住居と違いかなり巨大であった。。

「で、っかいねぇ……」

「ふふっ、私を含め二十人程が暮らしておりますので」

 ぽかんと口を開けながら邸宅と言っても差し支えない巣を見上げる晶子に、弦がクスクスと笑いながら言った。

「にしてもこの巣のタペストリー、随分とこう、素朴な感じのが多いんだな。他の所のは煌びやかで豪華って言うか、派手なやつばっかだったのに」

「他の住人の巣に飾られたタペストリーは大人達が作っていますが、ここの物は私達が少しずつ増やしているんです。上の子が率先して教え役に回ってくれるので、下の子達も大分上達してきてるんですよ!」

 大分濁した言い方をしたアルベートに対し、弦は特に気にした様子も無く、皆で頑張ったのだと笑う。

 周りの子供達もそれに便乗して、やれここをやったのは自分だ、ここは誰と一緒に織ったと口々に話始める、アルベートはまたも揉みくちゃにされた。

(あ~……子供がわちゃわちゃしてるの見るのって、なんでこうも癒されるかねぇ……)

「……待て」

 一人そんな事を思っていると、黙って話に耳を傾けていた鑪が子供に握られていない一対の腕を組んで問いかける。

「親はどうしたのだ?」

 言外に子供達が隔離されて生活している事を察したのだろう、低く怒りの籠ったような声色に、弦が困った笑みを浮かべた。

(……ぁ)

 その表情を見て、晶子も大方の事情を理解してしまった。つまるところ、ここに住む子供達は皆、『黒黴病』を発症した事により親から捨てられたのだ。

(有翼族は、翼の彩に異常なくらい固執してる。だから、鮮やかな色彩を汚すような病気は受け入れられないんだ……でも、病気になった自分の子供を捨てるなんて)

 大きな巣を見上げ、晶子は眉を顰めた。弦の話を聞いてそれだけ大人数が住んでいるのならばこの巨大さも納得だと思う一方、そんなにも沢山の子供達が病を理由に隔離されて暮らしているのかと悲しみが込み上げる。

「その、さっき弦の嬢ちゃんの母ちゃんも、内外……『黒黴病』の患者だって言ってたよな? で、こいつ等もそれを患ってるって」

「えぇ……それがどうかされました?」

「そのよ……体調とか、大丈夫なのか? あれは物凄い激痛が四六時中襲って来るて聞くし、こいつ等も相当辛いんじゃねぇかって思ってよ」

 ダリルと言う子を持つ親だからこそ、アルベートは息子よりも幼く見える子供達の事が心配でならないのだろう。

「それでしたら、きちんと処方された薬を飲んでいるので大丈夫ですよ」

「そっか……それなら良いんだがよ」

 元気に飛び回っている数人の子供達を見つめる目は、正しく親が子を案じるそれに違いなかった。

(……子供達を、ダリルくんに重ねちゃってるの?)

(けっ、そんなんじゃねぇやい。ただ、俺様はガキンチョ共が苦しい思いをしてるんじゃねぇかって、心配してやってるだけだよ)

(またそんな事言っちゃって)

 心の声に答えるアルベートは否定していたが、長年画面越しに彼の事を見ていた晶子には全てお見通しだった。

(まあ、アルベートもいちよ父親だもんね。子供を持つ身としては、他人事には思えないか)

(い・ち・よってなんだ、いちよって!! 俺様は立派で偉大な親父だろうが!!)

(ハイハイごめんごめん。あたしがわるぅござんした)

「さ、どうぞ中へ」

 意地になって反論するアルベートに苦笑しつつ、晶子達は促されるままに巣の中に足を踏み入れる。扉を潜ってすぐ視界に飛び込んで来た内装に、晶子は思わず感嘆の吐息を洩らした。

 凸の字型に形成されている室内は、カントリーハウス風の内装になっていた。家具は比較的落ち着いた色合いのオーク製で統一されており、比較的落ち着いた雰囲気を醸し出している。

(有翼族の巣の内装って、こんな風なカントリーハウスっぽいので統一されてるけど、仕草とか細々した所は日本っぽいんだよね……あ、このタペストリーはここの子が作ったやつかな?)

 東洋的な仕草の数々と西洋的な建築物、有翼族のちぐはぐな文化を不思議に思いつつ室内を見回していた晶子は、家具や壁に飾られたタペストリーに注目した。

 外装の装飾品にも劣らない程の鮮やかさで、多種多様な文様が編み込まれたタペストリーは、よくよく見れば作りの拙い物から精巧な品まで様々だった。

「このタペストリーは、皆で作ってるの?」

「そうだよー!」

 玄関付近の壁にあった紫と白の二色で織られたタペストリーを眺めていた晶子が尋ねれば、晶子の手をずっと握って離さない翡翠色の翼を持つ一人の少女が元気良く答えた。

「これは菖蒲お姉ちゃんと、三冬お兄ちゃんが作ったんだ! でね、こっちの赤いのが菊咲お兄ちゃんので……こっち! この緑色のがわたしのなの!!」

 そう言って少女が指差したのは、文様も全体の形も少々崩れてしまってはいるが、翡翠色が美しいタペストリーだった。

「これがそうなの? 凄いじゃん!! 文様は何にしたの?」

「んへへ……これはねぇ、弦お姉ちゃんと、神子様を織ったの!」

 目線が近くなるようにしゃがみ込んだ晶子は、少女の言葉を聞いて改めてタペストリーを見る。初めは何が描かれているのか分からなかったが、言われてみれば人の形が二人分、見えなくもない。

 他にも同様のタペストリーが飾られていて、他の子供達が鑪とアルベートにこれは自分が、あれは誰がと一生懸命説明しているのが聞こえて来た。

 ちらりとそちらを見やれば、時折相槌は返しているものの、二人とも子供達が作った文様が何を模ったものなのか、とんと見当が付いていないようだ。

(まぁ、この年頃の子供ってこう……絵柄が独特だよね。うん)

 などと自分の事を棚に上げていた晶子だったが、ふとこちらをじっと見つめる少女に気が付いて、慌ててフォローを入れる。

「凄いねぇ、ちゃんと弦ちゃんと神子様が分かるよ! ここの弦ちゃんの髪とか、神子様の雰囲気もしっかり織られて、もうホント、天才!!」

「えへへへへへ」

 自身の作った物を褒められるのが嬉しかったようで、少女は柔らかそうな頬をほんのりと染めながら笑った。

 その様子があまりにも可愛らしかったので、晶子はついつい天使の輪が輝く頭に手を伸ばして撫でる。

(あっ……つ、つい撫でちゃったけど、知らない人に頭を触られるの嫌って子だったらどうしよ……)

 最悪、手を振り払われるまで想像していたが、少女の反応は正反対な物だった。

 淡く色づいていた頬は興奮からもっと赤くなり、大きく開かれた目はキラキラと輝いている。

 極めつけに、もっと撫でてと言うようにぐりぐりと晶子の掌に頭を擦りつけてくる様は、まるで飼い主にじゃれつく子犬のようで。

「もきゃ~!! 可愛いが過ぎるわよお嬢ちゃんんんん!!」

「きゃぁ~!!」

 奇声を上げながら、もちもちの頬や翼と同じ色合いのさらさらとしたセミロングをこれでもかと撫でまわす。

 触れ合いが好きな様子の少女はそれに大喜びし、その勢いのまま晶子に抱き着いた。しっかりと受け止めた晶子がぎゅっと抱きしめると、まだまだ小さな両手が背中を抱きしめ返し、首筋に顔を埋めてくる。

(はぁ~ん……なんてかわゆいの……こんな子欲しぃ、いやもうここはあたしがママに)

(落ち着け)

 その仕草が愛おしくて仕方ないと少女の頭部に頬ずりしていれば、心の声を聞いていたアルベートに諫められる。

 それを無視していると、急に少女は顔を上げて、花が綻ぶような笑顔を浮かべて言った。

「お姉ちゃん、良い匂いがする~! ママみたーい!」

 無意識に口から飛び出したのだろう少女の言葉に、晶子の胸はきつく締め付けられるような心地になる。

 弦や他数人の年長者がいるものの、巣の中に大人の姿は見当たらない。それどころか、この巣に近づくまでの道すがらにすら誰もいなかった。

 辛うじて巣より離れた場所からマナの気配を感知出来たが、一定の場所から動かずじっとこちらを観察しているようだった。

(……『黒黴病』を発症した子供達に近づきたくも無いってか)

(ほんと、ふざけた話だぜ。自分の産んだ子供に対してする仕打ちじゃねぇだろ? 同じ親か疑っちまうぜ)

 美しい翼に拘るあまり、病に侵された子供をぞんざいに扱う有翼族のやり方に眉間に皺が寄ってしまう晶子。

(まぁ『内外マナ乖離症候群』は誰にでも発症する可能性がある上に完全な治療法が無い病気、しかも致死率も高いと来たら忌避するのは仕方ないとは思うけども)

(だとしてもだろ。普通に考えて、自分の子供を捨てるような事するべきじゃねぇ。例えどんな理由があろうと、最後まで子供の為に出来る事を考えて行動するのが親だろうが)

 なんだかんだ息子の事を大切に想っているアルベートも、病気の子供達に対する住人達の対応に、今にも蒸気を吹き出しそうな程怒り心頭のようだ。

「おにんじょうさん、おかおまっかよ?」

「どうしたの~?」

 段々と全身が赤く変色していくアルベートに気が付いた年少の子供達の声に、彼はハッとしたよう風な表情を浮かべる。

 しかし、それも一瞬の事で、すぐに顔色を戻したアルベートは、何でもないと首を振って見せた。

「ん、何でもねぇよ。ってか、俺様は勇敢で偉大で逞しいアルベート様だって何回言やぁ覚えるんだよ! いい加減人形って言うのはやめろって!」

 何度言っても名前を呼ばない幼い子供に叱りつけるように告げるものの、どうにも効果は無いらしい。

 むしろ喋る人形に構ってもらっているとしか思っていないのか、キャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいる。

「~っ!! だぁ~かぁ~らぁ~!!」

(だぁ~っはっはっはっ!! お人形さんで定着してやぁ~んの~!!)

 無邪気に喜ぶ幼子達にやきもきしながら、訂正の言葉を繰り返すアルベートを見ていた晶子は、内心笑いが止まらなかった。

(はぁ、はぁ……はぁ~笑った笑った……。それにしても、『内外マナ乖離症候群』って発症確率自体はかなり低かったはず。なのにどうして、有翼族の子供だけこんなに多いんだろ? 弦ちゃんとお母さんの事を踏まえると、この病気って遺伝性?)

 現実の資料集には、『内外マナ乖離症候群』の発症者は世界総人口の一万分の一にしか満たないとあった。

 にもかかわらず、神樹の有翼人には多数の、しかも子供にだけ発症が確認されている。

(感染性が無いってのだけは書かれてたのに、これだけの発症者がいるのはちょっと不自然な感じもするよね)

(ん? この病気、人に感染しないのか? それは初めて聞いたぜ)

 晶子の言葉に、アルベートが目のライトを何度も瞬かせながら驚く。どうやらこの世界では、『内外マナ乖離症候群』の研究はあまり進んでいないようだ。

(そうそう。『内外マナ乖離症候群』は先天性の病気だからね。少なくとも、あたしはこれが感染したって話は知らないなぁ)

 かつてのプレイ状況を思い返して見ても、『内外マナ乖離症候群』が感染したと言う話題に心当たりは無い。

(言われてみりゃ、『内外マナ乖離症候群』の奴の話は聞いても、それが誰それにうつった、うつされたみたいなのはねぇな)

(だったら猶の事、こんなに『内外マナ乖離症候群』の症状を抱えてる子が居るのはちょっと変だよ)

(ってなると、淀みの精霊が病気を蔓延させるって事になんのか?)

 アルベートの言葉も一理あるが、それにしては随分と回りくどい事をしている印象であった。

(王座の間でスーフェちゃん達と話をした時、帝国で起きた諸々は随分と前から入念に仕組まれてたんだって話になったけれども、結局はあたし達が憶測で言ってるだけじゃん)

(うっ……それは、そうかもだけどよ……)

 そう、『淀みの精霊が帝国を崩壊させるために何十年と時間をかけて計画していた』という話も、あくまで晶子達の推測に過ぎないのだ。

 十中八九そうだろうとは思っていても、それらを決定付ける決め手のような証拠は無く、操られていたであろう者達は皆悉く変死してしまった。

(と言うか、ここに来てあたしの知らない話が色々出て来てるのが怖すぎるんだけど……この間色々と問い詰めたのに、あの駄目神まだ言ってない事あるな?)

 帝国からハウスに帰還した際、晶子は時間帯を見計らって一人ユニクラスフラワーの部屋に向かうと、女神に呼びかけて帝国編攻略時に起きた様々な事象について問い詰めた。すると、女神はとてもバツが悪そうな声色で謝罪を口にし、叱られた子供が言い訳をするようにあれこれと弁明を始めたのだ。

 その話を要約すれば、精霊と一体化した英雄達が彼女に良い印象を持っていないせいで、彼等が司る属性に対応した自然現象そのものが女神のマナを嫌うようになり、同一マナを持つ晶子に反発したという事らしい。

(鑪さんとは良い関係を築けたから、土属性に関連するあれそれは反発せず普通に使えるらしいけど……あの話を聞く限りだと、あたし今後戦闘以外、下手したら戦闘でも魔法の使用が制限されるって事じゃない?? 大分縛りプレイが過ぎると思うんですが??)

(……なぁ、俺様怖い事に気が付いたんだが)

 子供にもみくちゃにされて、遠い目で体を投げ出しているアルベートが言う。

(これあいつ、再編者を探す為に集中し過ぎて、今この世界で起きてる諸々の問題がちゃんと分かってないって事無いか??)

(……い、いやぁ~流石にそれは……)

 無い、と言いかけた晶子だったが、あのポンコツ女神ならありえてしまうなと思ってしまったせいで、それ以上続ける事が出来なかった。

(……新くんの事と言い、弦ちゃんと未來さんの事と言い、想定外が多すぎるんよ……どうなってんの神樹編)

 なんだかこんがらがって来た事態に頭の痛む思いだった晶子が眉間を押さえていると、部屋の奥からティーセットを乗せた盆を持った弦が現れる。

「お待たせしました……あれ!? どうかされましたか!?」

「あ、あはは、何でもないよ。ほんと、ちょっとその……色々と考える事があってさ」

 盆を持ったまま慌てふためく弦を宥め、晶子は部屋の中央にある長机に置くように誘導した。

「本当に大丈夫ですか……?」

「ほんとほんと! それより、折角準備してくれたんだから有翼族のお茶、飲みたいな!」

 尚も不安気に聞いてくる弦にそう言えば、納得のいかない顔をしつつもカップを準備する彼女の素直さには心配になって来る。

「お姉ちゃんはこっち! ひいなのとなり!」

「お人形さんは花朝(かちょう)の横ね!」

「じゃあじゃあ! たたらおじちゃんは、おれとはてののあいだな!!」

「だから俺様は人形じゃ……はぁ、まあ、いいか」

 遂に諦めたアルベートの一言に、晶子と鑪は苦笑した。そんな三人の前に出されたのは、晶子が良く見知った色をした茶だった。

(緑茶だ!! やっぱこういう所、凄い日本文化っぽい!!)

「緑色の茶……? 大丈夫なのか?」

 久しく味わっていない祖国の味に感動している晶子の隣で、アルベートが怪訝そうな表情でカップの中の液体を眺める。

「あれ、アルベートって緑茶見た事無いの? 凄腕冒険者なのに?」

「そ、そんな訳ねぇだろ!? 見た事も飲んだ事もあるに決まってんだろ!?」

「必死過ぎて逆に嘘くさいわ……」

 どうやらこれまでの冒険の中でも、緑茶に出会った事は無かったようだ。分かり易く動揺する様子に、晶子は呆れ果てた目でアルベートを見た。

「これはゆう……天翼族が愛飲している茶で、市場には出回らない逸品である。帝国諸国で普及している茶葉とは味も色味も全く違うが、実に美味でな。そう警戒せず、一口飲んでみると良い」

 鑪に勧められ、アルベートは逡巡したのちに思い切ってカップを呷った。相変わらずどうやって体に吸収されているのか疑問になりつつ様子を窺っていれば、全て飲み切ったアルベートは開口一番。

「うめぇ!!」

 と叫んだ。巣どころか集落全てを揺らしたのではないかという大声に、隣の席に座っていた子供達はひっくり返り、少し離れた位置にいた晶子は驚きのあまり椅子から転がり落ちた。

 ちなみに鑪はと言うと、他の子供達と同じくひっくり返りそうになっていた年少の子数人を咄嗟に支えるなど、剣豪の反射神経を惜しみなく発揮していた。

「ちょ……っとアルベート!? くっそ五月蠅いんですけど!?」

「いやだってよ! この茶まじでうめぇんだって!!」

「そりゃあようござんしたね!? だからって空気を揺らす程に絶叫するか普通!? てかそんな大声出せたのね!?」

「俺様も初めて知った!!」

 と言い合いながらも暢気に弦へお代わりを催促するアルベートに、晶子は「こんの親父は……!!」と無意識に拳を握り締める。

「すまぬな、弦殿。子等に怪我は無いか?」

「は、はぃ……だいじょうぶそうです……あ、おかわりですね、少々お待ちください……」

 アルベートの代わりに頭を下げる鑪にそう返し、弦は半ば呆然とした表情で差し出されたカップに茶を注いだ。

「少し驚きましたけれども、それだけ気に入っていただけたという事でしょう? 私共としても、この樹で採れた物を好きになっていただけるのであれば嬉しい限りです」

 お代わりした緑茶を早速飲むアルベートを見ながら、弦は顔を綻ばせる。周りの子供達も概ね同意見なのか、皆ニコニコしながら頷き合っていた。

「俺様達は異種族なのに、それでも嬉しいのか?」

「種族の違いは関係ありませんよ。大事なのは互いを理解し、分かち合う事ですから」

 少々意地悪な質問をしたアルベートにも、弦はそう笑って答えた。異種族を嫌う大人を見ている筈なのに、種族の違いは些細な問題だと言う弦の姿は、どことなく神々しさすら感じさせる。

「なんて、新様の受け売りですけどね」

「……え、新くん?」

 照れたように頬を掻く弦の一言に、晶子はつい、元の世界で画面越しに呼びかけていたように新を『くん付け』してしまった。

 途端、一斉に向けられる目にやらかしたと気付き、慌てて弁解をする。

「ご、ごめん! まさか異種族嫌いの一族に崇拝されてる神子様がそんな事を言ってると思わなくて!! ホントに悪気は無いんです! ホントに!!」

「そ、そこまで慌てなくても良いですよ……?」

「いやいや、一気に注目されてビビらない奴はそうそういねぇって」

 冷や汗をかきながら全力で言い訳をする晶子だったが、幸いな事に弦達から向けられる視線に嫌なものは含まれていない。

 それぞれに驚愕に目を丸くしている子供達も、本当にただ純粋に驚いているだけのようだ。

「まあ、新様をそのように親密な呼び方をする者はこの樹にはおりませんし、皆がびっくりするのも仕方ないです」

「で、ですよねぇ……」

(うぅ……今後も失言には気を付けないと……)

 余計なトラブルを避ける為にもうっかり発言に注意しなければ、と決意を新たにする晶子。その時、不意に晶子の視界の端に、気になる光景が映った。

「……はい、どうぞ」

「ありがとう、露兄!」

 露兄と呼ばれた弦よりやや年下と思わしき青年が、年中さん位の少女に緑茶の入ったカップを手渡す。

 そこだけ抜き取れば、ただ年下の子に飲み物を渡している場面のようだが、晶子は青年が少女のカップに何かを入れているのを目撃していた。

「ねぇ、弦ちゃん。さっきそこの女の子のカップに入れてたのって、何なの?」

「え? ……あぁ、もしかして、これですかね?」

 そう言って弦は、一緒に盆に乗せられていたシュガーポットの中にあった物を取り出す。一見して普通の角砂糖のようだったが、マナの流れを読み解ける晶子の目には、それが全く違う物として映った。

「これ……もしかして、『黒黴病』の」

「そうです。これが、この子達の為に新様が作ってくださった特別な薬です」

 濃密なマナで形成された白い塊にハッとして問えば、弦はまた困ったように眉尻を下げて頷いた。

次回更新は、1/3(金)予定です。

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