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「げんかんぐちぃ……? あんた等以外、ここに入って来る人もおらんのに?」

 神子自らの歓迎により、無事に神樹の根元へと入り込む事に成功した晶子達。(あらた)と、彼を囲って守るように歩く戦士達を先頭にして、木の根の隙間から中に入り、内部に作られた長い螺旋階段を上に上にと昇っていく。

(あたしがチート級に強いばっかりに、前座戦のイベントバトルが早々に終わっちゃったけど……ゲーム通りに新くんが来て、彼自ら神樹の中へ迎え入れてくれた。ここまではシナリオ通りに進んでるみたい)

 しかし、帝国での事を考えれば、シナリオ通りに進み過ぎているのは逆に不気味にすら感じるところ。

(淀みの精霊からの妨害や、未來さんの襲撃があるかもしれない。シナリオ通りだからと言って、それが順調である事の証明にはならないんだから、気を引き締めておかないと)

 そう心に決めた晶子は、先頭を歩く新に目を向けた。ゲームで描かれていた通り、純白の翼と雪白のような髪、金で装飾が施された白い司祭服は上品ながらも神々しい輝きを持っている。

(顔もザ・王道イケメンって感じだったし、こんな状況じゃ無ければ、新刊製作の為に間近で観察したいくらい)

(ドン引きされるのがオチだからやめとけって)

(失礼過ぎない? 自分でもそう思うけど)

(思うのかよ!)

 アルベートと密かな漫談に興じて心を落ち着かせていると、不意に新の右隣に並んで歩いている梟の男と目が合った。

 未だ敵意の浮かぶ男の視線にムカついた晶子は、彼に向かって思い切り舌を出して見せる。

「~っ!?」

 まさかそんな事をされるとは思ってもいなかったようで、男は歯をむき出しにして怒りだそうとした。

「どうしたんだい?」

「っな、何でもありません……」

 だが、それに気付いた新の問いかけに、言葉が尻すぼみになって消えていく。神子の前で不躾な態度を取りたくないのだろうと何もしてこないのを良い事に、晶子はもう一度舌を出す。

「……晶子」

「ふんだ」

 流石にやり過ぎだと言いたげに鑪に名前を呼ばれたので、晶子は仕方なく相手を馬鹿にするのを止めた。

「子供か」

「最推し馬鹿にされて怒らん奴おらんやろ」

「それはそう」

 再編された影響か、最近のアルベートは晶子寄りの思想に染まりつつある。その為、何かと暴走しがちな晶子を注意するものの、時折その行動に乗って彼も馬鹿をする事が増えているのだ。

 今も、呆れたように肩を竦めはしたものの、晶子の言葉には全面的に同意しかないらしい。

「アルベート、お主は我の何なのだ……」

「何って、志を共にする仲間だろ? いや、もう家族って言っても過言じゃねぇな!!」

 にこりと笑ってくさい台詞をさも当たり前だと言わんばかりに口にするアルベートに、鑪は一言そうかと返して黙ってしまう。

 何でもないような風を装っているが、彼の触覚はゆらゆらと忙しなく動いている。

(この感じ……さては鑪さん、照れてるな??)

 最近になって、鑪の喜怒哀楽を少しずつ察せられるようになってきた晶子は、そんな彼の様子に口元のにやけが隠せなかった。

「……何を笑っておるのだ?」

「ナンデモナイヨ! アタシハイツモ笑顔ダヨ!!」

「確かにいっつも気持ち悪い笑い顔してるわギャッ!?」

 裏返ってしまった声にアルベートがツッコみを入れるが、その頭に拳骨を入れる事で黙らせる。

 思いのほか大きなゴンッという音が樹の洞内に響き、前を歩いていた新達が驚いた顔で振り返った。

 一斉に向けられる視線を気にする事なく、晶子は殴られた衝撃で倒れてしまったアルベートを小脇に抱えると、何事も無かったかのように足を進めようとする。

「え、っと……大丈夫ですか?」

「いつものどつき合いやから、気にせんでええですよ!」

「……貴様ら、仲間がどうのと言ってるわりに手が出るのは早いのか」

 男がそう馬鹿にしたように言うも、晶子は当然だろうと即答した。

「仲間やからくだらん冗談は言うし、全力でツコッミ返すもんやろ。そもそも、アルベートがいらん事言うたから拳骨落としただけやし」

「いや、アルベートはただ事実を……」

「た・た・ら・さ・ん?」

 それはそれはニッコリと笑いかければ、鑪はすっと目を逸らしてそれ以上言葉を続ける事は無かった。

「……その、随分と力関係がはっきりしてるんですね?」

「いややわぁ~、力関係とかそんなんちゃいますって! ただ……」

 台詞の途中で切った晶子は、いつの間にかポケットに忍ばせていた石ころを手に取る。掌の真ん中に置いた石が良く見えるよう手を伸ばしたかと思えば、次の瞬間には一気に握り締め、跡形も無く粉砕した。

「乙女を怒らせるとどうなんのか、鑪さんはよぉ~く分かっとるだけやで」

 驚愕に絶句している有翼族達に、貼りつけたような笑顔を向けながら晶子は言う。殺気までとはいかないが、出来るだけ圧をかけた有無を言わせぬ表情に、戦士の男達は表情を引き攣らせた。

(こんだけ威嚇しときゃ下手に絡んでこうへんやろ。にしても、こうもあっさり中に入れるとなると、ちょっと拍子抜け感が凄いな……)

 あの後、新の登場によって威勢を削がれる事になった男達は、異種族が住処に立ち入る事に嫌悪感を抱いているようだった。

 そんな彼等でも、指導者である神子の判断には従うしかない様子。否が応でも晶子達を住処に入れる事になり、渋々といった態度を見せつけるようにして引き下がった。

(神子の存在が絶対だから、新くんが快く歓迎するって言うならその通りにするしかないもんね。とは言え、喜んでばかりもいられないんだけど)

 当初の悩みである神樹への進入は、若干の違いはあったもののシナリオ通りに進んだ。問題はこの現実における新が、ゲームの新と同じ思惑で晶子達を受け入れたのか否かである。

(帝国での事を踏まえたら、絶対に淀みの精霊が介入してる筈なんよね。でもぱっと見、新くんにはダイアナさんの時みたいな淀みの残照も見当たらないし、かと言って正気を失ってる感じもしない……彼が持ってる光の力が強すぎて、傀儡化が出来なかった? でもその程度の事で、世界を滅ぼそうとしてる精霊が諦めたりするかな……?)

 順調に進み過ぎている現状と、目的が不明瞭な新。あまり良い予感はしないなと彼を盗み見れば、石を粉々にした晶子に純粋に驚いているようだった。

(なんなんだその反応は~!? もうちょっとこう、警戒するとかあるんちゃいますの!? なんでそんな、手品を見て驚く子供みたいな顔してるの~!?)

 純真な幼子を彷彿とさせる新の表情に、晶子は内心頭を抱えて掻き毟っていた。

(アルベートは何か感じる?)

(頭が痛くてそれどころじゃねぇよ……)

 沈黙したままのアルベートに語り掛けるも、まだ晶子の拳骨が響いているらしい。時折呻きながらそう答えた小脇のミニゴーレムに、少々申し訳なくなって顔を逸らした。

(ぐぅ……少なくとも、淀みは感じねぇよ……)

(うん、知ってる。でもそれなら猶更、今の新くんって不気味なんだよね。何て言うか……嵐の前の静けさってやつ? ……いや、ここで考えてても埒が明かない、か)

「さ、何時までも立ち話しとったら疲れて来たわ。はよ上行こうや」

 不安と疑心が募る一方であったが、とにかく前に進むしかないと新達を促す。戦士達は忌々し気に睨んでくるが、唯一人だけ、笑顔で同意する者がいた。

「おっと、お客人を立たせたままなのはいけませんね。さ、行きましょう」

 新は笑顔で頷き返すと、再び歩を進め始める。穏やかそうな雰囲気とは裏腹に、脅しの言葉が聞こえていなかったかのような反応には、不気味さを覚えずにはいられない。

(判断材料が無さすぎるんよねぇ……しばらくは相手の出方を見るしかないか)

(それが確実なんじゃねぇか? ただでさえ反抗的な態度を取っちまって戦士共からの第一印象は良くないからな。焦る気持ちも分かるがよ、ここは大人しく様子見しようぜ)

(うん……)

 アルベートに諭され、晶子は小さく溜息を吐く。そうこうしているうちに、樹の洞内に作られた階段の最上段が見えて来た。

「ここは……」

 そうして足を踏み入れたのは、物一つ置かれていない寂れた空間だった。階下へ繋がる階段以外に出入り口も無く、遥か上空から差し込んで来る日の光が周囲を僅かばかりに照らしているだけ。

(この広間、ゲームだと『根の間』ってエリア名が付いてた所だよね? ……実物って、こんな広いんだぁ……)

 グラフィックや容量などの関係もあって、WtRsで描かれる根の間は四等身で設定されているキャラ達が六人並べば少し手狭に感じる程度の広さしか無かった。

 それがまさか、数百人以上を収容してもあまりあるような広々とした空間なのだ、これには晶子もぽかんと口を開けてしまう。

「御三方に分かり易く説明するならば、こちらは玄関口になります。ここから更に上部へ上がった所に、僕達の暮らす集落があるのです」

「げんかんぐちぃ……? あんた等以外、ここに入って来る人もおらんのに?」

 思わずそんな事を口走れば、途端に男達から厳しい視線を向けられる。刺々しい眼差しに仕方ないじゃないかと肩を竦めて見せれば、晶子の歯に衣着せぬ物言いに苦笑を零す新が説明を続けた。

「この玄関口は、つい最近作ったばかりの空間なんです。いずれここに、多種多様なあらゆる人々が詰めかける事になる予定ですので」

「街で宣教してた話に繋がる感じなん?」

「おや、御存じでしたか」

 少々嫌味っぽく言った晶子の言葉に、新は怒るでも機嫌を損ねるでもなく、聖人のような笑みを浮かべる。

「又聞きやけどな。あんたを信奉する奴等が、街人に堂々と宣言しとったらしいやん。近々、新たな神が降臨して、有翼族を貶めた者達に報復するとかなんとか」

「我等は天より翼を頂きし種だ! 有翼などと軽薄な呼称で呼ぶな!」

 思わずいつもの癖で種族名を口にすれば、途端に戦士の男が噛み付いてきた。『天翼』を自称するだけあり、俗称を酷く忌み嫌っているのが窺える。

(こいつら絡んでくるのウザッ……次から気を付けよ)

「こらこら。この方達は僕が招いたお客様だよ?」

 己よりも背の高い男の肩に手を伸ばし、軽く浮き上がった新は、彼の耳元に顔を寄せた。

()()()()()()()()

「っ……!! し、失礼いたしました……」

 これまでの柔和な雰囲気から一変し、威圧的な口調で咎められた男は、さっと顔色を悪くして跪く。他の戦士達も同様に膝をつき、許しを請うようにして新に頭を下げた。

 敬服している神子からの叱責に慌てているように見えるが、どちらかと言えば、強大な力を持つ相手に畏怖を抱いているという印象が強く残る事になった。

(こんなシーンあったな……神樹編、メインのストーリーラインで大きく変わってる所無いけど、ここだけゲームと全く同じ展開になってる何て事あり得るのか……?)

 良く見知った場面に出くわし、晶子の心は不安と疑いで揺れる。神樹の内部に到達するまでのドン中で、ゲームとは違っていた部分と言えば街道での雑魚戦と、あっさり終わったイベントバトルのみ。

 帝国での出来事と比較しても、あまりにも『原作通り』に話が進み過ぎている。

(淀みの精霊と未來さんの存在がデカすぎるんよ……まだこのシナリオが序盤とは言え、この二人が関わってないとか、そんな事ある? でも何回探っても、新くんからは淀みの精霊に洗脳されてるって感じせんし……)

 結局の所、新が晶子達異種族を神樹に呼び入れた理由は未だ不明だ。復讐を手伝わせたいのか、他に何かあるのか。友好的に見える彼の態度からは、全く持って見当もつかない。

「うん、分かってくれたらいいよ。お客人、みっともないところを見せてしまって申し訳ない。彼らはちょっとばかり頭が固くてね、どうか許して欲しい」

 そう言って、新は困ったように眉尻を下げると、晶子達に向かって深々と頭を下げた。そんな神子の姿に、戦士達は動揺と困惑を露わにしている。

「……べっつに、気にしてへんよぉ」

 相手の意図が分からない以上、事を荒立てすぎても仕方が無いと思った晶子は、モブ達を一発ぶん殴りたいという本心を押さえて答えた。

「はい、寛大な御心、感謝いたします」

 だが、態度からしてバレバレだったのだろう。新は申し訳なさそうにしながら、ゆっくりと顔を上げるのだった。

「で、この上がおたくらの集落言うてたけど、どうやって行くん?」

「確かにな。俺様達はお前等みたいな翼もないし、ここには上にいく為の階段も道も無いみたいだしよ」

 肩を竦めながらアルベートと共に尋ねれば、新は安心するようにと告げてくる。

「この場所には、僕の力で特別な魔法陣を組み込んでいるんです」

「魔法陣、とな。しかし、何も感じ取る事は出来ぬが?」

「僕達の暮らしや魔法を知らない外界の人々にとって、いきなり足元に見知らぬ魔法陣がある部屋に連れてこられたら不安になるでしょう? だから、力を使う時以外は見えも感知も出来ないようにしているんです」

 鑪からの疑問に対し、新は隠す事無く部屋に仕掛けられたギミックを説明した。だが、その説明を聞いていて、晶子は更なる違和感を抱かずにはいられない。

(いや、結局は魔法陣を発動しちゃうんだったら、それはそれで怖いと思うんだけど……感知も出来ないようになってるって、何でそんな事を……これ、本当に有翼族以外を集落に運ぶ為の魔法か?)

 尽きぬ疑惑を延々と考えていると、上空から羽ばたく大きな音が響いてくる。誰が来たのかと顔を上げれば、焦った様子の娘が一人降りて来た。

「すみません、すみません!! 新様、遅くなってしまい申し訳ございません!!」

 軽くウェーブの掛かった灰色のミディアムヘアに少し釣り目になっている銀灰色の瞳、暗めの灰色をした翼を持った娘は、勢い良く着地したせいで若干よろめきながらも何度も謝罪した。

(つる)ちゃん来たああああああああああああああ!!)

(どぁうっるせぇ!?)

 先程までの不安は何処へやら、目の前に降り立った清楚系女子の姿を見て一気に晶子のテンションが天元突破した。

 新に必死に頭を下げている娘は有翼族の長老の一人娘にして、神樹編で唯一仲間になる存在。敬虔なる神子の信者だが、他の同族と違って異種族相手にも平等な態度を取る稀有な有翼族。灰の娘・弦、それが彼女の名前だった。

 彼女は仲間になるNPCの中でも攻撃魔法の使い手であり、英雄を除いてもかなり有能な人材だ。

 数あるシナリオの内、最初に神樹編の物語を進めたプレイヤーにとっては、貴重な戦力兼魔法使いキャラとして重宝される程度の能力を持っている。

 反面、能力の伸び、特に体力と防御面での成長が今一つなせいもあって、中盤以降の強化される敵との戦闘では戦力不足になりがちだった。

 愛故にパーティに採用し続ける人もいるにはいたが、如何せん打たれ弱いせいで終盤ダンジョンでは頻繁に倒され、更に上位互換にあたる攻撃魔法特化型英雄が加入するといった理由も重って、プレイヤー間では『序盤にしか使わない代表キャラ』と言う不名誉な称号を付けられてしまう程。

 おまけに、彼女はシナリオの性質上、新ルートを選択してしまうと二度と仲間に出来なくなると言ったやや面倒くさい条件持ちの為、少々扱いずらい仲間NPCなのだ。

(おかげであたしは一週目、気が付いたら有翼一族諸とも存在消滅してて呆然としたよねははは……)

 シナリオを通して新と満以外で唯一好きになった有翼族のキャラだった為、新ルートを完走した直後の事を思い出して苦笑した。

(そんな事より、俺様の心配を知ろよ!!)

(ごめんて。嬉しさが勝ってつい大声が)

(大声どころか大絶叫だったじゃねぇか! 耳が可笑しくなるかと思ったわ!!)

 前振りが全くなかったせいでもろに心の叫びを浴びてしまったアルベートが抗議するが、嬉しさが勝っている晶子には暖簾に腕押し状態で、全く反省する素振りも無い。

 繋がりが強い弊害でそんな晶子の気持ちも筒抜けなアルベートが更に文句を募ろうとするも、男の怒鳴り声によって遮られる事になった。

「おい、弦! 陣番(じんばん)を任されておきながら、神子様をお待たせするとは何事だ!! おまけに馴れ馴れしく御名前を呼ぶなど!!」

 そんな中、弦の言動が気に入らないのか、男が晶子達の時と同じような態度で怒鳴りつける。背幅もがっしりとした男の怒声に肩をビクつかせた弦を見て、晶子とアルベートは咄嗟に彼女と男達の間に割って入った。

「ぇ、あ」

「女の子に向かって怒鳴るとか、ほんまにダッサい奴やわ」

「そーだそーだ!! 男の風上にも置けねぇよ!!」

「なっ、にぃ……!?」

 自分よりもほんの少し小柄な弦を背に庇い、二人揃ってそう吐き捨てれば、男は顔を真っ赤に染めて口を引き攣らせる。

 今にも掴みかからんとする男を見て、次は新が呆れたように止めに入った。

「いい加減にしないか。名前については僕が直々に許可したんだから、何も問題は無いだろう? それに、彼女と英雄様、そしてミニゴーレム殿は僕のお客様だと言ったんだ。彼女達への無礼は、僕への反抗と捉えるよ」

 表情を無くして淡々と告げる新の言葉に、男はまたも真っ青になりながら引き下がった。

「全く……弦も、それほど待ってはいないから大丈夫だよ」

「す、すみません……あの」

 悔し気な男達に舌を出していた晶子は、おずおずと呼びかけられた声に振り返る。

「あ、あの、庇っていただいて、ありがとうございますっ」

「いえいえ、気にしなくていいよぉ」

(あ~、有翼族達がみんな、弦ちゃんみたいな人だったら良かったのにねぇ……)

 詮無き事だと思いつつ、晶子は無意識に眼前にあった弦の頭を撫でた。突然の事に完全にフリーズしてしまった弦を尻目に、晶子は新に集落へはどう行くのかと問う。

「……え、あ、あぁ、えと……魔法陣を発動させる権限は、弦に譲渡してます。なので皆様は、彼女と共に上へお越しください」

「ん、了解。よろしくね、弦ちゃん……で良かったかな?」

 ぽかんと呆けた顔をしていた新からの説明に頷きながら、晶子はまだ硬直している弦に向かって笑いかけた。

 名前を呼ばれた事でハッと意識が戻って来たらしい弦は、何故か顔を赤くしてこくこくと首を振るばかり。

「……落ちたな」

「で、あるな……」

「おい待て男共。その憐れむような視線を向けるな一体何なんだおぉん??」

 どうしたのかと首を傾げる晶子だったが、後ろ側にいた鑪の囁きと、それに同意を示すアルベートに思わずつっこまずにはいられなかった。

「で、では僕達は、先に上で出迎えの用意をしてきます。弦、頼んだよ」

「は、はい! お任せください!!」

 緊張気味に返事をした弦を残し、新は純白の翼を広げて飛び上がると、戦士達を引き連れて上へ上へと昇って行った。

「えぇと、では皆様、参りましょう」

「うん、よろしく!」

「頼むぜ!」

「よろしく頼む」

 一人ひとりの顔を見渡した弦は、晶子達の反応を確認して目を閉じる。両手を胸の前で合掌すると、鈴の鳴るような独特の音と共に赤紫色の魔法陣が現れ、洞の中を眩く照らした。

(転移魔法……じゃないみたい。って、え!?)

 一体何の魔法かと一人考察していれば、急に体が浮かび上がり、足が数センチ離れた所で静止した。

「お、おぉ!? これ浮遊魔法か!?」

「転移では無く浮遊の魔法とは、これまた、随分と珍しい手法を使うのだな」

(それなぁ!? ってか、ここの移動ゲームだと効果音の後に暗転入るだけのすっごいシンプルな奴だったからてっきり転移したと思ってたけど、実際はこんな風になってんのね!? 魔法の力すげぇー!! そして振り回される心配が無いってさいこー!!)

 驚きと感心に声を上げるアルベート達に内心強く同意すると共に、こんな形で安定した浮遊体験をするとは思わず、密かに感激する晶子だった。

「神樹の構造上、転移だと安定しないのです。なので、安定して、比較的安全な浮遊魔法を採用する事に」

 不思議そうな一堂の様子に苦笑しつつ、弦がそう答えた。

(あー……確かに、神樹は転移出来るような大部屋は無いし、浮遊魔法で一定の高さまで上がって足場に移る方が安全なのかも)

 脳裏に神樹のマップを思い起こしながら、弦の話を聞いて納得する晶子。

「それでは、上へ参ります」

 弦の一声で、グンと体が引き上げられる。急に浮き上がる体に慌てふためくアルベートを鑪が捕まえ、先導する弦と共にゆっくりと上昇していく。

(おぉ、振り回されたりせずに空飛ぶってこんな感じなのか。でも……はぁ~……この後の事考えると、せっかくの浮遊旅も楽しめないんだよなぁ……)

 皇帝の私室から逃げ出した時と違う、ゆったりとした空の旅。それに若干感動を覚えはしたものの、この先で起きるだろう住民達とのいざこざを思い出して、晶子は誰にも聞こえないように溜息を吐くのだった。

次回更新は、12/13(金)予定です。

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