「あんた、醜いなぁ」
二頭のスレイプニル達のおかげで、道中のモンスター達を文字通り蹴散らしながら街道を駆け抜けて行った晶子一行は、ここ三日間の苦労が嘘のような速さで神樹にほど近い林に辿り着いた。
「他種族を警戒して哨戒や監視をしている可能性を考え、ここで降りた方がよいであろう」
「そうですね。一度この辺りで様子を見ましょうか」
鑪からの提案に賛同して、それぞれにスレイプニルから降りた晶子達。まだ少し神樹まで距離はあるが、ここまでくればグラスビット等の妨害も無い筈だと判断する。
逆に考えれば、鑪の言ったように有翼族の戦士による哨戒で、樹に近づく魔物は一匹残らず始末されているであろう。
「それにしても、聞きしに勝る足の速さ。さっすがうちの子!! ありがとねぇ~!!」
(なにより生でスレイプニルに乗れて超うれし~!! やっぱこの世界最高やで!!)
わしゃわしゃと首筋をかいてやれば褒められたと分かったらしい灰青が、満足げに首を振る。それを見ていた鑪を乗せていた絹鼠も近寄って来たので同様に撫でると、喜びの声を上げた。
「うむ。実に良き走りであった。許されるのであれば、是非にまた、背に乗せてもらいたいものだ!」
「鑪、お前もそんな風に嬉しそうな顔すんだな……うっぷ……俺様は勘弁したいぜ……」
やや興奮気味に晶子の言葉に同意した鑪に対して、げんなりした様子のアルベートはふらふらする頭と口元を押さえながらえずく。
「なにアルベート、あんた乗り物酔いする方なの?」
「頭からグラスビットの肉片かぶる事になったら誰でもこうなるわ!!」
頭部を真っ赤にして煙を吹き出しながら、アルベートが怒鳴った。よく見れば彼の体は所々に赤黒い物体がこびりついており、若干ながら異臭も漂わせている。
実はここへ辿り着く十分程前、アルベートは不運にも前方を走っていた絹鼠によってバラバラになったグラスビットの残骸を顔面から浴びてしまったのであった。
「声にならない悲鳴が上がっていたな」
「嫌なら避ければ良いのに」
あくまで二頭の前に飛び出して来た個体を蹴散らしただけであり、そもそもの飛び散った残骸自体も多くは無い。頭上から降ってくる肉片に対し、晶子は自身の武器を払い残骸のシャワーを浴びずに済んだのだが……。
「お前に抱えられてんのに避けれるか!!」
(それはそう)
我ながら理不尽な事を言ったなと、アルベートの怒りようを見てほんの少し反省をする晶子。
「っと、ここまでありがとね」
「誠に忝い。深く感謝申し上げる」
晶子が鼻先を順に撫で、鑪が丁寧に礼をする。一方で、まだ馬上に座らされたままのアルベートが、居心地悪そうにしながら一つの疑問を投げかけた。
「……こいつら、連れてくのか?」
「ううん、今回は近くで待機しててもらう」
晶子がそう答えた瞬間、二頭のスレイプニル達は衝撃を受けたような表情を浮かべた。てっきりこのまま同行させてもらえると思っていたらしく、なんでどうしてと晶子の服の裾を噛んで破れない程度の力で振り回し始める。
問いかけた当人のアルベートはと言えば、暴れる灰青に振り落とされる形で地面に落ちた。が、痛みを感じるよりも、あまりにもあっさりした晶子の回答に驚きが先行してしまって目のライトを何度も瞬かせていた。
「い、意外だな……お前の事だから、てっきり連れてくつもりなのかと思ったぜ」
「まあ、自慢になるけどこの子達は滅茶苦茶強いし、この後の事を考えたら連れて行きたい気持ちもあったけど」
「ほんっとに自慢だな」
さらっとペット達の自慢をする晶子に、アルベートがジト目になりながら呆れたように言う。が、そんな彼の反応はいつもの事だと軽く流した晶子は、続けて説明した。
「事実だし。話戻すけど、確かに強いんだけど、正直この世界は色々と未知な事が多いから、不用意に連れて行って不測の事態に陥ったとしても、あたしはこの子達を守れるか分からない。それが命を落としてしまうような事だったら猶更ね」
決められたシナリオと結末が用意されているゲームと違い、この世界はあくまで現実。それも、淀みの精霊と言う未知な存在による計略付きである。
(下手にシナリオ知ってるせいで、あたし自身もちょくちょく混乱して動きが遅くなるし、判断に困る時もある。そんな所にこの子達を放り込んで、万が一の事態に陥ったら……あたしは耐えられない)
この世界のキャラクター達を愛している晶子は、もちろん手塩にかけて育てたペット達の事も愛している。
だからこそ、この先どう転がっていくかも分からない先行き不透明な戦いに、彼らを巻き込みたくなかったのだ。
「だから、ごめんね。あたしは君達の事が大切で、本当の家族だと思ってるからこその判断なの。心配性な飼い主のわがまま、お願いだから理解してね」
(そもそも、ゲームの中だとペットの騎乗が出来るのはフィールドだけだし、騎乗用に登録してると隊列に組めないのよね。この辺のシステムがここでどんな風に作用するかも分かんないし、消失バグみたいなのが起きたら怖いから試そうとも思わないけど……)
裾を食んだままじっと見つめてくる二頭の額に、優しく口付けを落とす。しばらくは何か言いたそうに足で地面をかいていたが、やがて渋々といった様子で裾を離した。
「ん、ありがとね。色々落ち着いてから、何処かにピクニックでもしに行こうね」
不服そうにしている灰青と絹鼠を宥める為に、パタパタと忙しなく動く耳の後ろをかいてやる。たちまちうっとりと目を閉じて晶子の手を甘受する二頭に、思わず笑みが零れた。
ピクニックの言葉に反応したのかは分からないが、少なくとも理解はしてくれたらしい。灰青と絹鼠は交互に晶子の頬に顔を擦りつけると、くるりと後ろを振り返って森の中へ姿を消していった。
「お、おい、大丈夫なのか? 誰かを襲ったりとかよ……」
「失礼な。うちの子はそんなに野蛮じゃないわよ……多分ね」
「余計不安になるわ!!」
「これ、晶子。あまりアルベートを揶揄うでない。アルベートも、そう案ずる事も無かろう。スレイプニルは人より遥かに聡いモンスターであるのだから、主人である晶子の迷惑になるような事はしないであろう」
あっと言う間に姿が見えなくなった二頭に対し、ようやく立ち上がったアルベートが強力な魔物を野放しにしても良いのかと不安を口にする。
抗議半分、揶揄い半分で答えた晶子を軽く叱りながら、鑪は心配そうな彼を安心させる為に、傍で膝をついて頭を撫でながら言った。
が、その手付きから子供扱いされているのだとすぐに気が付いたアルベートは、顔を真っ赤にしながら、リーチの短い腕を振り回して払いのけようとする。
「いい加減本気で怒るぞ!!」
「くくっ、そうかっかするでない」
「誰のせいでかっかしてると思ってんだ!!」
掴みかかろうと足に手を伸ばしてきたアルベートを、頭に置いた手でそのまま抑える鑪。しばらくは両腕を振り回して反抗していたが、数秒も持たずにバテてそのまま地面に倒れ込んだ。
「ぜぇ……ぜぇ……くっそ……、この、腕が、短い、ばかりに……!!」
「うーん、ミニゴーレム故の腕の短さが勝敗の分かれ目だったかぁ」
「うるへー……」
ぴくりとも動かなくなったアルベートに近寄った晶子は、背負っていた鞄からハンカチを取り出して体の肉片を少し拭ってやる。
「……来る」
「え?」
突然、鑪がそんな事を言いだしたかと思えば、彼は晶子と転がっているアルベートを抱き上げその場から飛び退いた。
その瞬間、空から無数の槍が降り注ぎ、今まで晶子達が立っていた場所に突き刺さる。
空気を圧縮して槍型に造形したそれらによって針山のようになってしまった地面と、飛び退く際に手から離れていったハンカチだった物の成れ果てを見て、ついに神樹編の開幕だと宙を見上げた。
いつの間にか有翼族の戦士が数人滞空しており、手には新たな風の槍が握られている。
(羽ばたく音がしなかった。それにあの翼の形は……梟かな?)
有翼族の翼は既存の鳥のものを参考に製作されている、というのは設定資料集でも明言されている為、WtRs界隈では有名な話だ。
晶子はけっして鳥類の体構造に詳しい訳では無いが、資料に載せられていた情報などから推察し、彼らが音も無く忍び寄れたのにも納得だと感嘆の吐息を漏らす。
「誰かと思えば、かつての英雄の一角が供を連れての来訪とは。連絡も伝達も無しに、失礼ではないか?」
沈黙を保っていた有翼族の一団の中でも、最も体格の良い男が嘲笑交じりに言った。その態度から見て、例え鑪相手であろうとも、彼らにとっては等しく下等な異種族なのだろう。
あまりにも鑪を馬鹿にした態度が透けて見えてイラっとしてしまうものの、下手に事を荒立てない方が良いと、奥歯を噛みしめて文句が出そうなのを我慢する。
「突然の来訪、申し訳なく思う。先日、貴殿等の領地に神が降臨すると聞き及び、是非に御目通りしたく馳せ参じた次第である。気が急いたが故の無礼、どうかご容赦いただきたく」
かなり失礼な事を言われているのは分かっているだろうに、鑪は物腰柔らかな態度で丁寧に謝罪した。
(あああああああああこんっな失礼極まりない不遜な態度の大馬鹿野郎共にも礼儀正しい鑪さんのカッコよさよ最高過ぎじゃない?? そんな鑪さんを見下してるみたいだがふざけてんのかぶち殺すぞ?? てかここ神樹からまあまあ離れてるやんけ哨戒と鉢合わせするにしてもタイミング最悪かぶっ殺すぞ??)
内心腸が煮えくり返って仕方が無い晶子だったが、気にする素振りも見せずに鑪が答えを返したのを無駄にしてはいけないと、今度は拳も握り締めて怒りを堪える。
(分かる、分かるぜ晶子。鑪は堅物だが、こんなのに馬鹿にされて良い奴じゃねぇ)
(それなぁ!! でも、鑪さんが穏便に事を済まそうとしてくれてるから……)
(それなぁ……)
同じように抱えられているアルベートも怒りを抑えているらしく、晶子の心の声にうんうんと頷いていた。
「ほぅ……? 予告なき訪問はさておき、我等が神の元に一早く駆けつけ自ら下りにくるとは流石は英雄。そこらの下等種共とは賢さが違うようだな」
(うわっこいつ、鑪さんが自分達の下僕になりに来たと思ってんの? マジ無いわ)
(それな)
有翼族の戦士が放ったあまりにも上から目線の言葉に、怒りを通り越して感情が抜け落ちたようになってしまう晶子とアルベート。
急に脱力した二人に鑪が一瞬身動ぎするも、すぐに何もなかったようにそれは違うと戦士へ向かって否定の意思を見せた。
「否、我等の目的は貴殿等の神とやらに、御面会願い対話する事。決して、貴殿等の下につくという訳では無く」
「何?」
途端、嫌味な笑みを浮かべていた顔が、嫌悪に染まる。
「下等種の分際で、我等の慈悲を無下にするとは……これだから羽無しは嫌いなのだ」
羽無しとは、有翼族達が使う蔑称であり、異種族に対して使われる言葉だ。
「他の種族と違って美しい翼と温かな羽毛を持つ我等が一族は、正に神へと至る存在なのだ! そんな神聖かつ高貴な我々だからこそ、異種族共はそれを妬み、翼と羽毛を奪おうと躍起になった。そのせいで我々がどれ程の同胞を失い、苦しみ、憎しみに苛まれた事か!」
(……資料を何回も読み込んで、ゲームを何回も周回してるから、彼が言いたい事は分かる。でも……)
長い長い迫害生活に、一体どれ程の苦痛が伴っていたか。生憎、そういった経験の無い晶子には、彼らの心を完全に理解する事は叶わない。
「愚かで矮小な異種族は、見捨てられた者達なのだ。そんな者共を、神の一族たる我々が管理するのは至極当然な事なのだ!! 我々の言葉は天命であり、行動は導きである!! そんな我々に反抗するという事は、神を否定し、天からの施しを拒否するも同義なのだ!!」
良く響く声で高らかに宣言する男を見上げ、晶子は何となく、近くの街に宣誓をしに行ったのは此奴だろうと察する。
(まあ、これだけ声が良かったら、宣伝大使に抜擢されるのも納得か。それはそれとして、言ってる内容に同意とか全くもって出来ないんですけどね?)
想像を絶する過去があると分かってはいても、その報復をするように他種族を見下し、隷属を勧めるやり方を晶子が認める筈も無い。
「……他の種族を憎む気持ち、理解は出来ずとも仕方のない事だとは思う。しかし、だからと言って貴殿等が同じ事をして良い理由にはならぬぞ。そのような事をすれば、貴殿等の格を下げてしまうと分かっておるはずだ」
「黙れ!」
激高して叫んだ男の手から、風の槍が放たれる。
「鑪さっ!」
怒声に顔を上げた晶子が咄嗟に鑪の名を呼べば、彼は動じる事無く首を傾げるだけでその一撃を躱した。
が、ほんの僅かに掠ってしまったらしく、彼の硬く輝く甲殻に彫刻刀で削られたような線が刻まれてしまう。
「鑪、大丈夫か!?」
「かすり傷である。大事ない」
拘束を抜け出して体をよじ登って行ったアルベートの心配の声に、なんてことないと鑪は答えた。
「喋って動く魔導人形、だと? しかもあの様子、自我があるのか? なんて面妖な……」
今の今まで小脇に抱えられているだけだったミニゴーレムが急に動き出した事に驚いているらしく、男と他の有翼族達がどよめく。
動揺する男達の事など無視して一頻り鑪の傷を見ていたアルベートだが、本当に何ともない様子に安心したのか、ホッと息を吐き出した。
だが次の瞬間、全身を真っ赤に染め上げて沸騰する薬缶のように頭部から白い煙を吐き出すと、上空に留まっている男達に向かって大声を上げ始めた。
「やいやい!! 正論ぶっこまれて逆ギレしやがって! なぁ~にが神の一族だふざけんな!! ただただ過去の因縁にケチ付けて、今度は自分達が好き勝手したいだけだろうが!!」
「な、んだと……! 人形風情が、知った口を!!」
男がアルベートの発言を受けて怒りを露わにした途端、勢いよく両手を広げてみせる。すると、晶子達の頭上に無数の風の槍が生み出され、唸りを上げながら上空に留まった。
「地に頭を擦りつけ、許しを請うなら助けてやろう」
「やなこった!! お前らにそんな事するくらいなら、このまま貫かれて死ぬ方がマシだぜ!!」
「アルベートッ!!」
中指を立てて挑発をし始めるアルベートを鑪が諫めるも、後の祭り。
「っ~!! ならば、死ねぇ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた男がそう叫ぶのと同時に、頭上で静止していた風の槍が雨のように降り注ぐ。
攻撃から晶子達を庇おうと動き出した鑪だったが、その腕の隙をするりと抜け出した影があった。
「なっ、晶子!?」
鑪が目の前で仁王立ちする晶子に咄嗟に手を伸ばすも、後少しという所で届かず空を切る。そして、晶子は沈黙を保ったままバトルアックスを胸の前で握り直すと。
「ダイナミックガイア」
秘技名を唱えて、地面を石突で力強く打った。
バトルアックスを通して大地に流れ込んだ晶子のマナが血管に流れる血のように染み渡り、土で出来た巨大な右手が出現する。かと思うと、風の槍から守る為に晶子達をその大きな拳でそっと包み込んだ。
その直後に槍の雨が降りしきり、土の手の甲に次々と突き刺さっていく。土埃によって周囲が白く染まる中、上空から男の嘲笑が聞こえて来た。
「ふん、たかが土くれ如き、守る以外に何が出来ると言うのか」
男が放つ風の槍に対して、晶子が発動した秘技は土属性を帯びたもの。属性の相性だけを見て判断するのであれば、圧倒的に晶子の方が不利である。
が、あくまでもそれは単純な属性相性の話。
「なっ!?」
体感にして五分もしていない頃に槍の雨を止めた男は、土埃が晴れた先にあった『それ』に驚愕の声を漏らす。
あれだけ風の槍を浴びせられたにも関わらず、土で出来た手の甲に一切の傷は無く、晶子達にすら到達していなかった。
「な、なぜだ、相性は我等の方が有利である筈! なのに無傷だと……!? い、否! 例え我等の攻撃を防げたとしても、守る事しか能の無い下民の技など、削り殺して見せる!!」
「ほぉ……んなら、これならどうや」
晶子はそう言うと、再びバトルアックスで地を叩く。少し地面が揺れたかと思えば、急に空から「ぎゃっ!?」という短い悲鳴が響き、次いでドサドサと何かが地に落ちた音がした。
「なんだ……?」
「土属性魔法のマッドボムとクレイショットを組み合わせて、疑似トリモチにしたの」
煙と土の手のせいで何が起きているのか分からず困惑する鑪に簡潔に説明しながら、晶子はバトルアックスで足元を二度叩く。
土の手がゆっくりと持ち上がっていき、ようやく開けた視界に映ったのは、泥と粘土によって翼と腕を地面に貼り付けられている有翼族達の姿だった。
「ぐっ、女ぁ……よくも我等の翼を汚したな!! 異種族の分際でこんな事が許されるとでも」
「黙れドあほうが」
地に転がされて尚も強気に晶子を睨みつける男に、冷たく言い放つ。先程まで鑪の腕の中に抱えられていた晶子しか知らない男達は、異様なまでに強い晶子の重圧に何かを察したのか、大人しく口を噤んだ。
「あんたらの来歴は重々知っとる。当時起きた事に関して、別に加害者共を許せとかも言わん。復讐も報復も、正直勝手にせえやって話や。けどなぁ……」
晶子は梟の男に歩み寄ると、その傍で膝をつく。そして、ガタガタと震えている男を見て、冷々たる口調で告げた。
「それが鑪さんに武器を向けて良い理由にはならん。なぁ、あの人、間違った事言っとったか? ん? なぁーんも間違っとらんやろ? それに、アルベートが言いよった事も、全部当たってたんとちゃうんか?」
淡々と問いかけてくる晶子に、男ははくはくと口から空気を吐き出す事しか出来ない。それを気にする事無く黙っていれば、ようやく言葉を絞りだした男が叫ぶように言った。
「っ……! そうだ!! 我等の歴史は悲鳴と怨嗟に塗れている!! 惨めで、凄惨で、この世の何よりも不幸な我等が縋れるのは、一族から生まれた英雄と、その子孫たる神子様のみ! その神子様が、ようやく神と成られるのだ!! それはつまり、我等が世界を掌握する時が来たという事に他ならないのだ!!」
目を血走らせながら吐き捨てるそれは、まるで自分に言い聞かせるような響きを含んでいた。ちらっと男の後方に目をやれば、悲壮な表情をする者、歯を食いしばる者、怒りの形相で晶子を睨みつける者など様々だ。
表情の違いはあれど、彼らの心はきっと男と同じ想いを抱えているのだろう。
「……はぁあ~」
自分達が酷い扱いを受けて来たのだから、他所も同じ目に合えば良い。それが至極当然なのだと言いたげな思想に、晶子はわざとらしく大きな溜息を吐いて見せた。
「自分から話を振っておきながら、なんだその態度は……!」
「あんた、醜いなぁ」
それが気に食わないと男が噛み付くも、立ち上がった晶子が冷たく突き放す。醜いなどと言葉をかけられた事が無いのか、男は一瞬呆けてしまうも、すぐに意味を理解して目尻を釣り上げた。
「ふ、ふざけるなぁ!! この俺が醜いだと!? 俺は今代の一族の中でも上位に入る程の美しさを誇る翼を持っているんだぞ!!」
「べっつに、あんた翼の話はしとらんわ。あたしが言っとんのは、あんたの性根の話やわ」
激怒して顔を赤くする男を見下ろして、晶子は淡々と続ける。
「自分がされたから相手にもする、ほんまに安直で浅慮、しょーもない考え方やわ。賢いかつ心の強い人は、自分がされて嫌な事はな、絶対に他人にせえへんの。分かる? でも、あんたはちゃう。相手を苦しめて、それを見て喜ぼうとしてる心の醜い奴や」
それにと一言区切った後、晶子はおもむろに男の耳元にしゃがむと、絶対零度の声色で言った。
「あんた、過去の禍根を言い訳にしとるだけちゃうんか? やれ神がどうたら一族がどうやと言うてるけど、自分はこの世で一番不幸な男って部分に酔っとるだけやろ」
「ち、違う……俺、オレは……」
目を見開きながら違うと繰り返すだけになった男に、晶子は興味を無くす。ふんっと鼻を鳴らして踵を返すと、武器を放り投げて鑪の側に駆け寄って行った。
「だだらざん!!」
「いや今更泣くんかよ」
滝のように涙を流して鑪の顔に触れる晶子に、アルベートが呆れ顔で言う。
「だっで!! だだらざんのがおにぎずが!!」
「うんまあ、お前めっちゃキレてたもんな。その反動が今来た感じなんだな」
「……案ずるな、かすり傷である」
あまりにも号泣する晶子の姿に、さっきまでの緊迫した空気が一瞬で霧散したのを感じ、アルベートと鑪は苦笑を零した。
そんな二人の気持ちも知らず、晶子は包み込むように鑪の傷にそっと手を重ねる。すると、意識したわけでも無いのにマナがゆっくり流れ込んでいき、傷口を瘡蓋のように覆いつくした。
暫し金色の輝きが灯り、間もなくして穏やかな明滅を繰り返しながら失われていく。光が完全に消えたと同時に晶子が手を離せば、そこには傷の一つもない美しいダイアモンドの肌が輝いていた。
「傷が……」
「回復魔法要らずとか、ほんっとお前の力ってなんでも出来るんだな」
「いや、ごめん。これは自分でもびっくりしてる」
「無意識なんかよ!!」
意図せず発現した現象に驚き、涙も引っ込んでしまった晶子。思わずアルベートがツッコんでしまうのも、仕方のない事だろう。
(回復って言うか、今の金色の光……これ最早、再編じゃない?)
(……言い得て妙かもしんねぇな)
なんてアルベートと二人だけの会話をしていた晶子だったが、突如何処からともなく手を叩く音が聞こえ、瞬時に振り返る。
「いやぁ、実にお見事。まさか一族自慢の戦士達が、こうもあっさりと拘束されるなんてね」
そこにいたのは、髪も瞳も翼も、身に着けている衣服すら白い有翼族の青年。穏やかな笑みを口元に浮かべているが、その表情から真意を読み解く事は出来ない。
「み、神子様!? なぜこのような所に……!?」
「哨戒の者がいつまでも帰ってこないと聞いて、様子を見に来たんだよ」
男の問いかけに答えると、神子と呼ばれた青年は地面に貼りつけられている有翼族達に手を翳した。掌から白い光が溢れたかと思えば、有翼族達を拘束している泥と粘土がみるみる消えていく。
(マッドボムとクレイショットは下級の土属性魔法だし、この拘束も小手先のテクニックではあったけど……こうもあっさり解除されるとは……)
あっという間に自由を取り戻した戦士達に、晶子は青年を見つめながら、何時でも武器を取りに行けるよう構えを取る。
そんな晶子の様子を察したのか、青年は放り出されているバトルアックスを見つけると、魔法を使って持ち主の方へと移動させた。
「え」
返されると思っていなかった晶子が戸惑いつつもそれ受け取ると、青年は笑みを深くして、晶子達の方へ歩いてくる。
静止しようとする戦士達を押しとどめて三人の目の前まで来た青年は、エスコートするようにして晶子に手を差し出すとこう言った。
「ようこそ、我等が止まり木、神なる樹へ。偉大な英雄と勇敢な旅人を、神子・新の名において歓迎いたしましょう」
次回更新は、12/6(金)予定です。




