「あっ、来た!!」
「はぁっ!!」
飛び掛かって来た兎の体に飛蝗の後ろ脚を持った魔物・グラスビットをバトルアックスで斬り払う。ひっくり返って動かなくなったのを見て、やっと終わったと晶子は一息ついた。
「ふぅ……こっちは終わったよ~」
「こちらも片が付いたところである」
後ろを振り返りながら声をかければ、四振りの刀を軽く振るって鞘に戻した鑪がゆっくりとした歩みで近づいてくる。
「……晶子が倒した奴で最後だったみたいだな。にしても、臆病で生き物を見ると直ぐに逃げるグラスビットが、なんでこんな街道のど真ん中を占拠し襲ってくんだよ……」
戦闘が一段落したのを確認して、道脇にあった樹の洞に身を隠していたアルベートが這い出てきた。彼は体に着いた砂埃や頭に乗っていた木屑を払うと、グラスビットが傷つけた地面の跡を見つめながら首を傾げる。
今、晶子達がいるのは針葉樹林の深い森にある、黒綾街道という場所だった。
黒綾街道は、ハウスから北方にある名もなき町から神樹のある白逢山脈へ続く唯一の道であり、道中には村すらも無い寂れた街道だ。
その昔は幾つかの村が点在していたが、度重なる有翼族による襲撃によって、いつしか誰にも使われる事の無い無人街道へと様変わりした。以降は他種族の移住を許さない有翼族達によって支配され、商人すらも通る事が出来ない場所となっている。
(ハウスからここまで三日……本来だったら、この辺りの地点まで来るのに一日半もしない筈なのに……)
晶子達の歩みが遅い理由は、彼女達の足元に転がる魔物達にあった。
グラスビットという魔物は、臆病で非好戦的な性格をしている。WtRs内でも戦闘になると一定確率で逃げてしまい、固有ドロップ素材の飛蝗の足を手に入れるのに苦労したと言う人もいる程。
そんな怯弱な種であるはずのグラスビットが、晶子達を見た途端集団で襲い掛かって来たのだ。
幸い、集団と言えどそこまで数が多くなかったので鑪と二人で対処は出来た。が、グラスビットの群れに襲われるなど、その習性や種の特徴を知っている者からすればありえない事だった。
「臆病で小心者なグラスビットによる集団襲撃……これも、淀みの精霊のせいなのかな?」
「だとしても、可笑しくないか? 帝国でアイツの悪事を一つ潰したってのに、何で魔物が狂暴化してんだよ」
アルベートの言い分は最もだろう。精霊の企み事を阻止する事が出来ず、そのせいで魔物が狂暴になったのならば淀みのせいだと言い切れるもの。
しかし、実際に精霊の企てた帝国陥落は成し遂げられず、一部の兵士の犠牲やアメジアとダイアナを再編する事となったが、皇帝一家は皆揃って生存している。
(アルベートの言う通り、帝国編の物語は大団円で終ってるのに、どうして魔物が暴れまわるようになってんだろ……? こうなってんのがグラスビットとかのゲームでいう序盤系モンスな分、まだマシなんだろうけど……)
訳が分からないと、晶子はグラスビットの死体を見下ろして頭をかいた。
「まあ、大した強さでも無いからお前等の敵じゃねぇし、ぼちぼち処理しながら進んでこうぜ!」
「んな他人任せな……」
(いやまぁ、戦えないアルベートがバトルに飛び込んで来るよりは良いんだけどね)
鑪の足をガツガツと叩きながら豪快に笑うミニゴーレムに、晶子は仕方ない人だなと呆れ交じりの溜息がでる。
そんな晶子の様子に気付かないアルベートに、鑪もやれやれと首を振って肩を竦めていた。
「にしても、この先もこんな風に絡まれ続けるって考えたら、神樹に着くの何日かかるか分かったもんじゃないよ……」
「しかし、この街道以外に神樹へと至る道は無い。あるとすれば、この森の中であるが」
そう言って視線を向ける鑪に釣られて、晶子も鬱蒼と茂る森を見る。
奥にいくにつれて暗く光の届かない地になっているそこは、森自体が人の侵入を拒んでいるようにも、立ち入る全てを飲み込もうとしているようにも見えた。
「さ、流石にここを突っ切るのは無理じゃねぇか……?」
「うむ……」
「ですよねぇ~」
全員が微妙な顔をしたので、この案は却下される。だが、このまま歩き続けていても、神樹に辿り着くまでにどれ程の日数を要するかも分からない。
その証拠に、今もなお街道の奥からはグラスビットの群れが次々と現れ、数を増やしながら晶子達の前に集まり始めていた。
(どうしよっかな……こんな事なら、手前の街で馬車でも手配してくれば……)
「あ、良い事思いついた!」
ぽんっと手を打った晶子は、揃ってこちらを見るアルベート達を尻目に、ハウスがある方角へ向き直る。そのまま背負っていた鞄の中から小さな笛を取り出すと、三拍子のリズムで息を吹き込んだ。
「それって、馬喚びの笛か?」
「御名答!」
馬喚びの笛とは、WtRs内のペットイベントで入手できる特殊アイテムである。街中などの一部マップを除いて使用できるこの笛は、使うとあらかじめ設定していた騎乗ペットを呼び出せるのだ。
WtRsと言うゲームは、ダンジョン内と街や村を除くフィールドは一定の地形を除いてどこにでも行けるようになっている。その為、ハウスから各ダンジョン・街に向かう際には広大な大地を進んでいく事になるのだ。
(まあ言うて、そこまでどちゃくそに広い訳じゃ無いけどね。世界の端っこはループする仕様だったし、中盤か終盤には空飛べるようになるし)
ちなみに空を飛ぶにはマナを使った飛行船か飛行可能ペットを所持している必要があるのだが、前者は中盤のメインイベント、後者は終盤に起きるサブイベントをクリアする事で手に入れる事が出来る。晶子の場合は愛が強すぎて、専らペットで空の旅をしていたが。
(ザ・中世ヨーロッパ風のスチームパンクっぽい飛行船もカッコいいけど、やっぱりうちの子達の愛らしさには敵わないよねぇ~!!)
(ほんっとお前って親馬鹿だよな……ハウス出てくる時にも、敷地の奥にあるペット牧場覗きに行って、留守番する奴等しこたま猫可愛がりしてたしよ……)
鼻息荒くドヤ顔していれば、脳内にアルベートの呆れ声が届いた。ヴィヴィの一件があってから、晶子はハウスにいる間はこまめに牧場に通っていたのである。
当然ながら牧場にいるペット達は、彼女がWtRsプレイ時代に仲間にしていた魔物達だ。植物系から動物系、果ては無機物系などの多種多様な種族が揃っている彼らは、晶子との長い冒険生活の甲斐もあって、熟練の冒険者にも引けを取らない実力派揃い。
実際、あまりにもガチになり過ぎた育成のせいで、仲間NPC最強の未來よりも格段にダメージを叩き出す者もいたりする。
(その筆頭がヴィヴィな訳なんですが、いくら味方の支援や妨害があるとはいえ、ラスボス相手に十万近いダメージ出すとは思わないじゃないですかやだぁ~)
画面に映ったダメージ数エフェクトに呆然としていたプレイ当時を思い出し、やり過ぎたなと苦笑いを浮かべた。
「てか馬喚びの笛持ってんなら、最初っから使えば良かったじゃねぇか」
「今思い出したんだもん、仕方ないでしょ。それに火山地帯行った時は、不気味なくらいモンスターと出会わなかったし」
WtRsの戦闘はランダムエンカウント式になっている。その為、通常ならば設定されている歩数以内にモンスターと出会うようになっている筈なのだ。
だからこそ、今になって魔物と全く遭遇しなかった道中の異様さが際立った。
(思い返してみれば、火山地帯への道もアルベート達と出会った時に潜った洞窟も、戦闘する所か魔物一匹の姿すら見えなかった……なんで気付かなかったんだろう)
今回、グラスビットとの戦闘が起きているのは正常に戻ったとも言えなくは無いだろうが、そんな簡単な話ではないと晶子の勘が告げている。
(そう言えばここだけの話、ハウスにいる間に能力チェックとかを改めてしたのね)
(能力チェック? お前のか?)
(そうそう。そしたらさ、あたしの能力値とか所持武器防具とか、アイテムとか。全部あたしがプレイしてたWtRsのデータを持ってきてるっぽい)
実は晶子、神樹へ向かう前日に自身の能力や所持アイテム等を一通りチェックしていた。
使える魔法や製作済みの武器、その他所持品や牧場のペット等々を隅々まで調べた結果、習得できる技能や素材・重要アイテムは全て揃っている事が判明した。
つまるところ、女神はWtRsというゲームを完全網羅する勢いでやりつくしていた晶子のゲームデータをそのまま使い、文字通り彼女を『主人公』に落とし込んだのである。
晶子は十年近くWtRsで遊んでいたガチ勢だ。何十週とゲームを繰り返し、その度に様々なプレイスタイルを模索しては、時に縛りをつけてやり込む程に熱中していた。
そんな彼女の『主人公』が弱い筈も無く……。
「あぁ、だからお前、グラスビット相手とはいえ大体ワンパンで伸してんのか……」
「ちょっと言い方が引っ掛かるけど、まあそう言う事になるかな。あと、何より武器が強い」
「自慢か」
何故か遠い目をして呟くアルベートの反応に、晶子は少々ムッとしながらも是と答えた。
「何の話であるか?」
「晶子が嫌に強いからなんでだって話だよ」
アルベートが鑪に今しがた二人で話していた内容を説明していると、遠くから馬の嘶きが響き渡った。
「ん? 今馬の声しなかったか?」
「む、この嘶きは」
「あっ、来た!!」
三者三様の反応をする晶子達の前にやって来たのは、二匹の馬型モンスターだった。
「スレイプニル!? 何でこんなとこにこんな魔物が居るんだよ!!」
死を連想させるような灰色の体毛に八本脚、鑪すらも乗せれる程に大きな体格。乗馬用の鞍などを装備した赤目のモンスターを見て、アルベートがギョッとした表情を見せる。
WtRsにおけるスレイプニルは、ラストダンジョンにのみ登場するモンスターだ。最終盤での登場なだけあって、その戦闘力はこれまでのどの魔物と比べても桁違いの強さを誇る。
そんなスレイプニルもペットにする事が可能であるが、条件が必要かつ、中々に面倒くさいものになっていた。
まずペットを獲得するには、各ダンジョン内を探索し、特殊モーションで出現するモンスターと遭遇しなければならない。この遭遇確率は一種のレアリティにもなっており、種族ごとにも出現率に違いがでる。
スレイプニルは全モンスターの中でもかなり出現率が低く設定されており、相当運が良く無ければペット化可能な個体に出会えないのだ。
(この子達をペットにするのに、リアルに一週間かかったって人もいたくらいだからねぇ)
仮に目的の個体に出会えたとしても、気を抜く事は出来ない。なぜならば、この戦闘では相手に一切の傷を負わせず勝利しなくてはならないからである。
攻撃行動を一切せず、画面上部に出るログに書かれた欲求項目を満たす事が出来れば、モンスター達は心を許し、ペットとなって頼れる仲間となるのだ。
この時、少しでもダメージを与えてしまうと失敗扱いになるので、間違えて攻撃してしまわないよう細心の注意が必要なのだが、モンスターの中には主人公達を操作不能の狂暴化状態にしてしまうものもおり……。
(SNSの同士が荒れてたの思い出すなぁ……かく言うあたしも、この子達と出会う為に延々と同じエリアに通ってたしね……マジにしんどかった)
ラストダンジョン中をひたすらに走り回り、出会ったモンスター達を蹴散らす事三日。あまりにも出現しなさすぎて発狂直前だった晶子は、ようやくお目見え出来た日には雄叫びを上げたのを思い出して苦笑を浮かべた。
尚その後、晶子はNPC達と遠乗りに行くという妄想を補完する為に、死に物狂いで二匹目のスレイプニルを探し回る事に。
そんな苦々しい記憶に遠い目をしていると、晶子の様子を気にしたのか一頭のスレイプニルが鼻先を擦りつけてくる。
禍々しさすら感じる赤い瞳からは、主人を心配するような色が見え、不安にさせてしまったかと内心反省した。
「ごめんね、あたしは大丈夫。何でも無いからね」
そう言いながら優しく顔を撫でてやれば、スレイプニルはもっとと強請るようにすり寄って来る。
更にはそれを見ていたもう一頭も、片割れだけずるいと言いたげに蹄で地面を蹴り、晶子の体に顔を擦りつけた。
「お? なんだなんだ? 嫉妬してくれてんのか~? 可愛いなぁおい~」
甘えてくる愛馬達に、飼い主として嬉しい晶子はデレデレが止まらない。綺麗に整えられた鬣をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、二頭の鼻先に何度もキスを落としては、また撫でてを繰り返した。
少々雑な手付きではあったが、スレイプニル達は晶子に撫でられているのが嬉しいらしく、彼女の動きに合わせて顔を舐めたり頬ずりしたりして喜んでいる。
「……知能が高く、勇猛果敢な者を好むスレイプニル達は、並みの者達では手懐ける所か、姿を見る事すら叶わぬと聞く。が、まさかこうも懐いている姿を見れるとは……」
「俺様もびっくりだぜ……牧場まで行った事無かったから知らなかったけどよ、まさかスレイプニルまでペットにしてるなんて……しかも二頭も」
和気藹々とじゃれ合っている晶子達とは裏腹に、スレイプニルの生態などを知っているアルベートと鑪は若干引き気味に傍観していた。彼等にそうさせるくらい、人にとても懐いているスレイプニル達は珍しいのだ。
「……ん? おい待て晶子、笛鳴らしてこいつら来たって事は……」
「それ以外に何があるの?」
アルベートの言葉ににこやかに返すと、晶子は軽やかな身のこなしで一頭のスレイプニルに跨った。
「いやいやいや!! こっから神樹までまだ距離があるからって、スレイプニルじゃ無くても良いだろ!? もっとこう、ほら、気性の穏やかなハニーバードとかよ!?」
ハニーバードとは、体が蜜蝋と蜂蜜で出来たダチョウ型のモンスターである。アルベートの言うように非常に穏やかなタイプの種族で、騎乗可能なモンスターの一種だ。
晶子は当たり前のように二羽ペットにしている為、こちらを呼び出しに設定しても良いのだが……この種族には唯一の欠点があった。
「確かに、ハニーバードは足もそこそこ速いし戦闘力もあるけど……べとべとするし、防御クソ雑魚なんだもん……」
晶子の言うように、ハニーバードは体の構造上とても脆いのである。育成を十分に済ませていたとしても、格下の相手でも五発耐えれればいい方。
急所攻撃を喰らった日には、一瞬で落とされてしまう程に耐久面で問題があった。
「何回もやられちゃったら、うちのかわゆいハニリンとみっちー、二羽の名前ね。が可愛そうでしょ? あと、お外で遊ばせた後は手入れが大変なのよあの子達。スレイプニルなら足も速いし攻防兼ね備えてるから、集団に絡まれても蹴散らしてくれるだろうしね!」
「い、言いたい事は分かるけどよぉ……」
じっと見下ろしてくるスレイプニルに怖気ずいたのか、アルベートが鑪の後ろに隠れる形で距離をとる。
よく見れば両目のライトもバツ印で点滅しており、足もガクガクガチャガチャと音を鳴らして震えていた。
(いやビビり過ぎじゃない??)
(しょーがねーだろ!? 俺様みたいな一流の冒険者であっても、スレイプニルはガチの激やばモンスターって知ってんだからな!? っていやいや違う! ここっこ、これはビビってるんじゃ無くて武者震いってやつだ!!)
心の中でも虚勢を張るアルベートに、晶子はやれやれと肩を竦める。そして鑪に目配せすれば、彼は何が言いたいのか理解してくれたようで、足元にいるアルベートをひょいっと持ち上げ、晶子に差し出した。
「でぇあ!? こ、こらおい鑪!! 俺様は絶対に乗らねぇーぞ!! 乗らねぇったら乗らねぇからな!!」
「はいはい、お姉さんと一緒にのりましょーね~」
「子供扱いすんじゃねぇー!!」
短い手足を振り回しながら文句を言い続けるアルベートだが、流石にスレイプニルから飛び降りる勇気は無いらしい。それが駄々を捏ねる子供にしか見えなくて、可愛く仕方がないと頭を撫で続ける晶子なのだった。
「鑪さんはそっちの子に乗って!」
「うむ……我はこんな身なり故、少々重荷になるやもしれぬが……よろしいか?」
傍で待機したままのスレイプニルの目を見て、鑪は問いかける。暫し見つめ合っていた両者だったが、先に動いたのはスレイプニルの方だった。
鑪の方へ歩み寄って行ったかと思えば、その鼻先で彼の体に何度も触れる。まるで感触を確かめるような動作をしていたスレイプニルは、満足したのか鑪が乗り上がり易いように体の向きを整えて静止した。
「……ふっ、では有難く」
それを無言の承認だと受け取ると、鑪はその巨体で軽々とスレイプニルの背に跨った。
「ところで、この者達の名は何というのだ?」
「あたしが乗ってる方が灰青で、鑪さんの方が絹鼠って言うの! 灰色の色の名前からとってみた!」
「お前……ハニリン達が手抜きっぽく聞こえるのは気のせいか??」
「ううぅううっさいわ!! 別にお酒に酔ってその時の勢いで決めたりなんかしてないから!! はい! よろしくね灰青と絹鼠! しゅっぱーつ!!」
痛い所をつかれてしまい動揺が隠しきれ無かった晶子は、向けられる生暖かい視線から全力で顔を背ける。そして、無理矢理に話題を戻す為に、灰青と名付けてたスレイプニルの首筋を軽く叩くと手綱を打った。
二頭のスレイプニル達は甲高い嘶きを上げて走り出し、その足の速さに比例して周囲の景色が激流のように過ぎていく。
(っか~!! はや~い!!)
生で感じる事になった風を切るという文字通りの感覚に、目を輝かせずにはいられない。
そんな中でも、一気に近づき始める巨大な樹木の存在感に、晶子はいつの間にかしがみ付いてくるアルベートを抱き留めている手に力を込めていた。
次回更新は、11/29(金)予定です。




