「はっ! しまった、ブチ切りしちゃ……うっ」
有翼族とは、背中に一対の翼を持った種族である。
ほとんど人間と変わらぬ姿形を持つ彼等だが、顔に羽毛のようなものが生えていたり、足が鳥のようになっている者がいたりする、といったように体に鳥類的特徴を持っている者が多い。
また、背中の翼で空を自在に駆けては敵対者に上空から急襲を仕掛けるなど、身体能力・戦闘力共に高いのが特徴だ。
そんな有翼族は、色鮮やかな翼の羽毛目当てに宝石族と同様乱獲されていた時期がある。
(有翼族の羽を使って編まれた衣服は、丈夫で長持ちな上、見た目も美しい。宝石族には劣るけど、そこそこなマナを保有してるのもあって、ちょっとしたお守りにも使えるから、それ目当てに狙われる事が多かったんだもんね……)
後に帝国によって保護された宝石族と違い、有翼族は長らく他種族と争いを続け、最終的にマナに恵まれた大地で育まれた巨樹に身を隠したという来歴を持つのだ。
そう言った過去から、有翼族達は人間を含む他種族にあまり良い感情を抱いていない。不用意に神樹に近づこうものなら、有翼族の戦士達に嬲り殺しにされるのも珍しくないのだ。
(この経緯があるせいで、ゲームでも最初に神樹に行った時問答無用で強制的に戦闘になったからマジでビビったな……しかもこの戦士がバチボコに強くて、セーブするの忘れて進めてたから、泣きながらプレイしてたもんな……)
尚、イベント戦だった為、全滅寸前にストーリーが進んで泣く程安心した晶子がいたとかなんとか。閑話休題。
「北の神樹っていやぁ、自分達を神の末裔だって自称してる奴等のとこか」
「その自称には、やや語弊があるがな。かつて我等と共に戦った戦友、その中に有翼族の者が二人いたのだ」
(味方支援に特化した光の司祭・白雲と、強力な範囲攻撃を得意とする闇の司祭・黒羽だね)
そしてこの二人こそ、神樹編の物語の問題、その中核を担っている存在といっても過言ではない。
(神樹編は、大人の勝手によって常世に落とされた双子の姉を、全てを恨み憎んだ弟が取り戻そうとするお話。で、この姉弟がかつて鑪さんと一緒に戦った光と闇の英雄の子孫で、そのせいで余計に拗れてるんだよね……)
二人で一つである彼らは、何時しか有翼族達の中で『二つの力を扱える一人の有翼族』と誤って伝わっていき。
結果、禍々しい闇の力だけを濃く受け継いだ事で、髪も瞳も、種族の誇りである翼すら漆黒に染まって生まれた姉は常世へと捨てられた。
(そんな姉である満ちゃんとは対照的に、弟の新くんは歴代の有翼族達の中でも特に強く光の力を受け継いでいて、翼も髪も瞳すら真っ白な子。その神々しすぎる見た目と力のせいで、新たな神として奉られるようになった……で、ゲームの……百年前だっけ? に満ちゃんと引き離された真実を知って、大切な片割れを奪った一族に復讐しようと計画してる。……このシナリオもエンディングが二つに分岐するけど、どっちも切ないんだよなぁ……)
ゲームの主人公は神樹に辿り着いた瞬間の強制バトルイベント後、妙に友好的な新から一族の中にいる裏切者探しに手を貸して欲しいと望まれる。
彼の願いを聞き入れたルートを進むと、幾つかのお使いと戦闘を経て、新は神樹ごと自身を含んだ有翼族を滅ぼしてしまうのだ。
新を拒否した場合はというと、計画を乱す不穏分子だとして駆り立てられた信者によって、主人公は常世に突き落とされてしまう。
そこで出会った双子の姉である満から新の計画を聞かされた主人公は、彼女と協力して現世に戻り、怨恨と復讐心から魔物になった新を倒す事で物語は収束。この場合、有翼族は現存する形になるが、その代償とでもいうように新と満の二人は消失する。
(どう頑張ってもバッドエンドもしくはメリバエンドですね有難く無いです。……製作段階だと二周目以降の隠しEDがあったって噂が出たけど、資料集のインタビューでは否定されてるんだよね……これってもしかして、淀みの精霊が介入したせいで改変された?)
以前、夢の聖域で女神から聞かされた話を回想し、こんな所にも影響が出ているのかと眉を顰めた。
(……ん? でも何で噂が立ってんの? 精霊が干渉してんのって製作陣の方っしょ?)
(あ~……あれじゃねぇか? 晶子程じゃねぇけど、お前と同類の奴等だからっていう)
(おっけなるほど理解した。つまりは愛の強いオタクのおかげで女神の電波を受信してたって感じか)
降って沸いた疑問に首を傾げていた晶子だったが、言葉に困りながら言ったアルベートにそう結論付ける。
「だが、長い年月をかけていつしか『二人』は『一人』となって語り継がれ、英雄が神に置き換わっていった。結果として、彼の者達は自らを『天翼族』と名乗るようになり、他種族を下等生物だと見下しては、神樹に引きこもっておるのだ」
「あぁ、だから彼らの情報が、古い書物の中にしか残ってないんですね」
同じく悠久の時を生きる鑪からの説明を受け、少しスッキリとした表情をダリルは浮かべていた。
恐らく、あまりにも少ない有翼族達の情報に、内心モヤモヤとした不完全燃焼感を抱いていたのだろう。
「どっからそんな情報仕入れたんだ?」
「僕がその街に立ち寄る数日前に、有翼族が数人下りて来てたんだって。彼らは街の広場を一時的に占拠して演説してたらしいんだけど……えっと、『間もなく、この世界に真の神が降臨する。雪白のように美しい我等が神子が、その御身を神へと作り変えるのだ。忌々しい人間共、そして下賤な異種族共よ。貴様らの栄光も最早ここまで。泣き喚いて許しを請い、我等に下ると良い。さもなくば永劫に続く苦しみの中で、一人残さず死に絶える事になるだろう』って」
(うわぁ……演説と言うか、もはや宣戦布告では?)
ダリルが街頭演説の内容に、晶子はうげぇと言う声を堪えられなかった。
「で、その自称天翼族様方の言う神ってのは何なんだ?」
「……まさか、淀みの精霊か?」
アルベートの発声器官から発せられた言葉に、鑪がそう零す。途端、嫌な沈黙が一同の間に流れ、互いに顔を見合わせた。
「……うん、こういうのは女神に聞いた方が早い」
「えっ!?」
「むっ!?」
「あっおい!」
呟きに驚く周囲を放置して、晶子は意識を集中させる。スーフェの武器を打ち直す際に鍛冶場で女神と念話した時の感覚を思い浮かべながら、姿の見えない協力者に応答を試みた。
(もしもし……聞こえますか……?)
“こ、こいつ……脳内に直接……!?”
(このネタ知ってんのかい!)
やけにノリの良い女神の声に、晶子は頭を抱えで項垂れる。
“いやぁ~! この台詞知った時から一回言ってみたかったんです!!”
(あ、さいですか。と言うか、この場合その台詞言うのって逆じゃない? ……ってそんなこたぁどうでも良くて! 今のあたし達の話聞いてた?)
危うく呼びかけた目的を忘れる所だったと女神に問いかければ、彼女から是と答えが返ってきた。
“有翼族が言う神とは、精霊の事で無いと思います。淀みが漏れているとは言え、封印自体に大きな変化は起きていないようですし。それに、前に未來が言っていた事を覚えていますよね?”
(黒羽と白雲の子孫を見に行ったってやつだよね?)
“えぇ。彼女はそのあと、『女神の次に神に成り上がろうだなんて』と言っていました。恐らくは、有翼族達が『神子』と崇める子供を神にしようとしているのだと思います”
(あ、あぁ~そっか、そうだわこのシナリオ……なんでさっきの街頭演説で思い出さなかったんだあたし……)
女神の考察を聞いて、晶子は作中一番嫌いな有翼族のモブ達を思い出した。
有翼族の大人達は皆、過去の人間とのいざこざが原因で他種族を忌避している。その為か、いずれ自分達を神樹に追いやった報復をし、有翼族を頂点とした世界を作ろうと計画しているのだ。
(迫害やら乱獲、時に奴隷にされたりやらで人間を忌み嫌ったりするのはまぁ、分からんでも無い。でも、報復の為に無垢な子供を家族から引き離して、成りたくも無いものに仕立て上げて……その結果があの結末だなんて、あんまりじゃない)
報復の手段として大人達が考案したのは、光の力を強く持って生まれた新を『新たな神』として作り変える事であった。
一族のあらゆる知識と技術を詰め込まれ、英才教育を施された結果、新は有翼族を束ねる者として相応しい人物へと成長を遂げる。
そうした中で、姉が常世に捨てられた真実を知り、己が身をも使って一族を滅亡させようと決意するのだ。
かつての大人達の行いが巡り巡って有翼族全ての首を絞める事になった結末に、当時初見で新ルートを進んでしまった晶子は滂沱の涙を流して号泣しながら「ざまぁびどぉおおおおおおおああああああ!!」とテレビ画面に向かって絶叫した。
(このゲームプレイしてて、あんな事言ったのあの一回きりだもんなぁ。にしても、皮肉なもんだよねぇ。自分達を傷付けて来た奴等に対抗する為に育てた子によって、逆に滅ぼされる事になるなんてね……ん? 待てよ?)
“どうしました?”
(これもしかしてだけど……新くんに真実吹き込んだの、ワンチャン淀みの精霊じゃね??)
よくよくこれまでの話を総括してみれば、ダイアナが唆された時と似たような流れが生まれているのに気付く。そう、あまりにも似通い過ぎている。
(ダイアナさんから話を聞いてた時、見てた?)
“えぇ、なので貴女の言いたい事は分かりますよ。もしその推察が正しいのならば、淀みの精霊は神子をダイアナ達と同じように魔物化させて、厄災を振りまこうとしているのかもしれませんね”
(有翼族の言う神は、その魔物化した新くんの事を指してるのかもしれない……)
“……であるならば、急ぎ神樹へ向かった方が良いでしょう。北の方から感じ取れるマナが、やや強い淀みを帯びているように感じm”
そう苦々し気に告げられた言葉に、晶子は思わず女神との回線をぶち切りしてしまった。
「はっ! しまった、ブチ切りしちゃ……うっ」
「おいおい、大丈夫か?」
回線を無理矢理切った関係か、一瞬視界が揺れ吐き気を催す。声をかけてくるアルベートに大丈夫だと返し、晶子は女神との会話の内容を共有した。
「……てことは、今回の有翼族の件も精霊絡みって事なのは間違いなさそうだな」
「うむ。注意すべきは、精霊に操られている可能性のある新、と言ったか? そやつがどのような行動を取るかであるな」
「それと……未來さんもね」
精霊が関与している場所に憎き女神の使いである晶子が向かうのだから、未來は必ず現れるだろう。下手をすれば関係無い人を巻き込む可能性もあり、彼女と対峙した際には色々と気を付けなければいけない。
アルベートと鑪も同じ事を考えたのか、晶子の言葉に揃って頷いた。
(説得できれば良いんだけど、まあ、無理だよね。一声かけただけで攻撃が飛んでくるんだもん……)
地下通路で傷を受けた頬に、そっと手を滑らせる。
一度目のハウス帰還時に手早く処置をしたので、傷跡も残らずすっかり綺麗になっていたが、時折その部分がつきりと痛んだ。頻度自体は多くないものの、幻肢痛のようなものに度々襲われては溜息を吐く。
(誰にも言ってないけど……アルベートは女神経由で聞いてるかもなぁ)
ハウスで過ごす数日の間、彼は常に晶子の側に寄り添い、偶に心配そうな顔でこちらを見上げているのには気付いていた。あえて何も聞いてこないのは、アルベートの優しさか、それとも晶子から話してもらえるのを待っているのか。
どちらにせよ、見守ってくれている事には変わりないと、アルベートの気遣いには感謝していた。
(……あたし、未來さんに攻撃されて相当ショックなんだなぁ)
何度も傷のあった場所を撫でながら、一際大きく息を吐き出した晶子。憧れと敬愛を抱いていた人物から向けられた悪意は、彼女の心に暗い影を落としていた。
(体の中に汚染が入り込んでる感じは無いし、そんなのあったら女神が何か言ってくるだろうしな……心因性ストレスで痛いと感じてんのかな……)
晶子の中に淀みが紛れ込んでいれば、即女神が反応するはず。今の所それについて言及されないという事は、この疼痛に淀みは関係無いと証明しているようなものだろう。
これが後々に悪い影響を及ぼさなければ良いがと考えつつ、晶子は何度目かも分からない溜息を吐いた。
「ところでよ、お前いつの間に女神と自由に交信できるようになってたんだよ?」
「え? 今さっきだけど」
「今さっき!? おい待て今すぐ説明しろ!!」
呆気らかんと答えると、アルベートは驚愕のままにテーブルへと飛び上がり、晶子の胸倉を掴んで前後に揺さぶった。
「ちょ、まっ待って、気持ちわるっ……」
「お、落ち着いて父さん! あと、テーブルの上には乗らない! お行儀悪い!!」
説明させる気が無いのではと疑いたくなる勢いで揺すり続けるアルベートを、ダリルが落ち着かせながら窘め、晶子は胃の中の物が逆流してきそうになったのを慌てて紅茶を飲んで何とか押し戻した。
「……道具や儀式を介さぬ交信まで可能にするとは、余程、お主と女神の間には深いつながりがあるのだな」
ほっと一息ついた晶子を見て、鑪がそう呟く。その表情からは嫌悪などは感じられず、ただただ純粋に感心しているだけのようだ。
ひとまず有翼人達の言う神が淀みの精霊では無い、と女神が言い切った部分には安堵したが、それを差し引いてもあまり良いとは言えない状況に室内が沈黙に包まれる。
「であるならば、我等が次に行くべき先は決まったも同然であるな」
「おう! 目指すは神樹だ!」
アルベートは意気揚々と宣言すると、勢いよくテーブルから飛び降りて自室へと駆け上がって行く。
「え!? ちょ、父さん!?」
止める間もなく走り去った父に呆気にとられているダリルに、晶子はそんな反応にもなるだろうと苦笑した。
「あ、そうだ。ダリルくん、今回は一緒に行かない?」
今後の行動指針の為に情報は大事だが、ダリルが集めてくれていた噂話のおかげで、神樹以外の目ぼしい場所に当たりは付いている。
今回に限っては別行動をする必要は無いのではと思い、ダリルに共に神樹へ向かおうと声をかけたのだが。
「……いえ、今回も僕は別行動させてもらいます」
「そ、そう?」
一瞬だけ考える素振りを見せたものの、ダリルは晶子からの提案を断った。
(こっ、これはもしや……避けられてる!? いやまあ、あたしは君のお父さんを、命を繋ぐためとはいえ異形の姿にしてしまった訳でむしろ恨まれててもしょうがないんだけどね!? でもそんな風にあからさまにされるとお姉さん泣いちゃうよ!? あたしに複雑な気持ち持ってるのは知ってるけどそれでも泣いちゃうよ!?)
素っ気ないダリルの返答に、やはりアルベートをミニゴーレムに再編したのを怒っているのではと、落ち込んでしまう。
「あ! えっと、晶子さんと行動を共にするのが嫌とかじゃ無いんです!! ただ……」
明らかに肩を落とす晶子の様子に気付いたダリルが、初めて心の内を口にした。
「晶子さんは女神から力を授かってて、鑪さんは英雄として戦いを心得てる。父さんは腕っぷしはいまいちだけど、ああ見えて物知りだし、いざという時は必ず何かしら力になってくれる。でも、僕は?」
「ダリルくん?」
「父さんよりは戦えるかもしれないけれど、結局のところ、冒険者としては半人前。鑪さんのような剣の腕も無ければ、晶子さんみたいな不思議な力も持ってない。こんな僕が一緒にいても、足を引っ張るだけだと思うんです」
初めて出会ったあの日から、ずっと考えていたのだろう。俯き淡々と述べる口調とは裏腹に、グローブをはめた手がギチギチと音を立てて握り締められる。
「だから、僕にしか出来ない事を探そうと思って。確かに最初は、父さんの姿に思う所があったのは事実です。それでも、大切な人の幸せの為に手を伸ばし続ける晶子さんを見て、少しでも貴女の力になれたらって」
握りこぶしから力が抜け、ダリルは力なく、けれどもどこか晴れやかに笑った。その笑顔に、晶子は何も言えなくなる。
きっと、情報収集の傍らずっと苦悩したのだろう。それでも、自分の中で落としどころを見つけたからこそ、こうしてダリルは笑う事が出来たのだ。
「……分かった。情報収集は任せたよ」
「っ! はい! 早速準備して出発します!」
仕方ないと困った笑い顔で晶子が腕を叩けば、彼は嬉しそうに返事をして、父親と同じように階上の部屋へと駆けて行った。
(うわ、そっくりじゃん)
「やれ、親子揃って似た者同士よ」
その姿があまりにもアルベートに似ていてほっこりしていれば、同じ事を思っていたらしい鑪も微笑まし気に見送っていた。
「うふふ、まあ、親子ですからね」
「で、あるな。さて、我もいつでも出れるよう、出立の準備をしてこよう」
鑪はそう言うと、ダリルが放置していった物と己が使用してたカップを手にとりキッチンの流し台へ。
「わわっ、置いてて良いですよ! あたしが片付けるんで!」
「む……そうであるな。この調理場は、我には些か小さすぎる。すまないが、後は頼む」
「了解っす!」
お茶目に敬礼して見せれば、鑪はまたふっと笑みを零すと、晶子の頭をポンポンと撫でて二階へと上がっていく。
鑪からのまさかの行動に一瞬何が起きたのか分からなかった晶子だったが、脳が処理を終えた瞬間、顔から火が出る思いをすることになった。
(かっこよすぎぃいいいいいいいいいい!! 何そのふって! ふって!! 大人の色気駄々洩れな上に最後の頭ポンポンは駄目だろはあああああああああん!? 惚れてまうやろ!!)
何とか自分のカップをシンクに置けた晶子だったが、最推しからの急なファンサに全身を真っ赤にして悶える。
結局、出発の準備を済ませたダリルが降りてくるまで、晶子はキッチンで蹲ったまま一歩も動けなかったのだった。
次回更新は、11/22(金)予定です。




