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「……や、やらかした感じ、かも?」

 心底愉快そうな鑪の声を聞いて、晶子は向かって来たモンスターに飛び掛かった。

 アルベールの剣は新品ながらも鈍らでは無かったようで、モンスターの頭が次々と飛んでいく。

 晶子の死角から現れたモノは鑪が容赦なく斬り伏せ、鑪の背後から奇襲をかけようとしたモノは晶子が紙屑のように斬り捨てる。

 剣豪と謳われるだけある鑪の動きは勿論だが、それを上回る程に、晶子のスピードはけた違いだった。鑪が一体を斬る度に、晶子はその倍を斬る。

(……チッ……どっから沸いて来てんだコレ)

 しかし、一体、二体と撃破しながらも、一向に数の減らない存在に思わず舌打ちが零れた。これらがどこからやって来るのか、晶子は目をこらして良く観察する。

 すると、カンテラに照らされていない暗闇の中から、ずるりと這い出てくるのが見えた。

「……鑪さん! 光石カンテラの光、もっと強くする事ってできます!?」

 モンスターを倒しながらそう叫ぶ晶子に、鑪の動きがわずかに止まる。そこを好機と仕掛ける個体もいたが、彼は難なくそれを(かわ)すとその体を真っ二つにした。

「ふむ、光属性を強めるのが本来一番手っ取り早い手段であろうが……光石はそもそも土の属性を含んだ石。土の属性を強く保有している我が力を込めれば、可能性はあるであろう」

「りょーかいっす!」

 鑪の答えを聞き、晶子は転がったままのカンテラの方へ走り出す。その動きに釣られ、モンスター達が一斉に晶子へと攻撃の矛先を変えた。

「我が技を見よ! 居合刀技・四閃!!」

 その背中に迫りくる個体を、太刀四本による同時居合によって鑪が倒す。

「ちょ、邪魔! ブラストラッシュ!!」

 四方八方から向かってくるモンスターに、ゲームで使われていた秘技の名前を思わず叫んだ。アルベートの片手剣が炎を纏い、繰り出される連撃が辺りを赤く照らしながらモンスターを焼き払っていく。

(やっば、片手剣の秘技じゃん……)

 少しの迷いもない自身の剣捌きに内心引きながらも、晶子の足は止まらない。あと少し、という所で何かを察した一匹の個体が、カンテラを破壊しようと近づき首を擡げ始める。

「ダメッ!!」

 反射的に叫んだ晶子は、手にしていた剣を思いっきり投げつけた。剣はモンスターの頭を貫くと、後ろの壁に縫い付ける。

「鑪さん!!」

 じたばたと身悶えながら抜け出そうとするモンスターを尻目に、ようやく手が届いたカンテラを、鑪へ向かって力の限り放り投げた。

 見事な放物線を描きながら、カンテラは黒いモンスター達の頭上を通り過ぎ、吸い込まれるようにして鑪の手の中へと落ちていく——かに見えた。

 バキッと音がしたと思い振り返れば、磔にされていた個体が剣を折って脱出し、晶子の真横を素早く通り過ぎていく。

「は、ぇ!?」

 モンスターはそのままカンテラの方へ飛び上がったかと思うと、変形した頭部を大きく振りかぶり、宙に浮かんでいたカンテラを粉々に砕いてしまった。

 ガチャガチャと地面に残骸が散らばったそのタイミングで光石のマナも尽きてしまったらしく、明かりは消え、周囲は一面の闇に包まれる。

(まずいまずいまずい!! こんな真っ暗な中じゃ、どこから攻撃が来るのか分かんないじゃん! 武器も壊れちゃったし……どうする、どうする……!?)

 周囲を警戒しながら考えを巡らせていると、突然目を焼くような光が空間を埋め尽くし、晶子は咄嗟に瞼を閉じる。

(なななな、なになになに!? これ以上不測の事態は起きないでいただきたいんですが!?)

 一体何が起きたのか分からず、焦りを感じる晶子。下手に動く訳にもいかず、大人しくその場で立ち尽くしていると。

「危機は去った」

 聞こえて来た鑪の声に、恐る恐る目を開ける。さっきまで何も見えなかった空間は優しい光によって照らされ、隅々まではっきりと目視出来るようになっていた。

 入って来た場所以外の壁には古代の物と思われる壁画が描かれ、その周りを複雑なレリーフが飾っている。

(……今の光、鑪さんだったのか)

 離れた場所にいる鑪を見れば、彼の手には攻撃によって壊されたと思っていた光石が握られていた。

 敵の追撃などでは無かった事にホッとしたものの、晶子はすぐにハッとしてアルベートの元へと駆け寄った。

「アルベート!!」

「ははっ……ゴホッ、晶子、おめぇ……めちゃくちゃつえーじゃねーか……ゴホッゴホッ」

 ダリルの腕に抱えられて、アルベートは笑う。だが、穴が開いた腹部からは絶えず血が流れ、足元に真っ赤な池を広げていた。

「アルベート、しっかり……すぐにここ出て、町で治療を」

「いゃ……もう、無理だ」

 喉から絞り出すように、下半身に感覚が無いのだとアルベートが言った。

「へへ……情け、ねーなー……かっこつける、だけ、かっこ、つけて……真っ、先に、やられちまう、とは、な……」

 今にも事切れてしまいそうなアルベートの手を取り、晶子はどうにか出来ないかと必死に考える。

(どうしたら、どうしたら……!! そ、そうだ、鑪さんなら何か知って……!)

 そう思って、一縷の望みをかけて鑪を見た。だが、その視線に気付いた鑪は何も言わず、首を横に振るだけ。それだけで、もうどうしようもないのだと、認めざるを得なかった。

 何より、自身の冷静な部分が『何をしようと手遅れだ』と告げている。救いたい存在を救えない現実に、晶子は唇を噛みしめる。

「ひゅー……ごぼっ……ダ、リル」

「っ、父さん、俺はここに居るよ。大丈夫、ちゃんといるから」

 焦点の合わなくなった目で見上げる父親に、ダリルが言葉をかけた。その声が震えている事に気付いたのか、アルベートがやっと持ち上げた手で頬に流れる雫を拭う。

 次から次へと溢れてくる涙を止める事が出来ないダリルは、無言でその手にすり寄った。

「……いきろよ」

 小さく呟いたアルベートの手が、滑り落ちる。苦し気な呼吸音も、聞こえなくなっていた。

「…………う、ううううううううぅぅうぅうぅっ……!!」

 閉じられた父親の顔を見て、呻き声を上げるダリル。服が血塗れになる事も厭わず、物言わぬ亡骸になったアルベートを強く抱きしめる姿は、小さな子供が縋りつくようだった。

(……ほんとうに、ゆめじゃない……)

 目の前で失われた命に、晶子は呆然とする。これが夢であればどれだけ良かったかと強く思うが、まだ少し温かい血の温度も、すすり泣く青年の声も、沈痛な面持ちでアルベートの傍らに膝をつく鑪の姿も、あらゆる物がこれが現実なのだと如実に物語っていた。

(どうして、こんな……かれは、しぬはずじゃなかった……だって、ゲームではいきてここをでて……それで、むすこにあとをたくして……あたし……あたしのせいで、しんだ?)

 自分を庇ったからアルベートが死んだ。己が殺したも同じ状況に、胃の中からせり上がって来る物を必死に抑え込んだ。


“……こ、しょう……しょ……こ”


「え?」

「どうされた」

 聞こえて来た自身を呼ぶ女性の声に、ばっと顔を上げた。しかし、周囲を見回しても、この空間に居るのは晶子達だけ。しかも、晶子以外には聞こえていない様だった。

「あ……ご、ごめんなさい、ちょっと、気が動転してて……」

「……無理もない」

 何とか誤魔化した言葉に、鑪が視線を落としてそう返す。彼もアルベートの死を悲しんでいるのが、良く分かった。

 その姿に胸を痛めつつ、一体どこから聞こえて来たのかこっそりと周りを確認していると、再びその声が飛びかけてくる。


“晶子、晶子……あぁ、良かった。ようやく、繋がりました”


(え、まさか……女神様!?)

 鮮明に聞こえて来た声の正体に、晶子は大声を上げそうになった。


 “話したい事は沢山ありますが、残念ながら時間はあまり多くありません。晶子、貴女は彼を……冒険家のアルベートを救いたいですか?”


(!!)

 脳内に直接語り掛けてくる女神の言葉に、晶子は息を呑む。女神の言った事をそのまま解釈するなら、それは今まさに、晶子が求めているものに他ならない。

(出来るの……彼を、アルベートを救う事が……!?)

 既に失われている命を救う、そんな事が可能なのかと問いかければ、声だけの女神が頷いたような気がした。


“晶子、今の貴女には、私の——女神の力が分け与えられています。その力を使い、アルベートを再編すれば……彼の死の運命を変える事が出来る筈です”


 口元を抑えていた手を、まじまじと見る。何の変哲もない掌に見えるが、女神の声色に嘘は感じられない。

(再編……それって、アルベートを作り直すって事? で、でもそんな事したら、彼が彼じゃなくなっちゃうんじゃ……!)


“私の力で行う再編は、あくまで魂を覆う形を形成し直すもの。アルベートが全くの別人になるような事はありません”


(ほんとうに? ちょっと頼りなくて、おちゃらけてて、息子の事が大事で、誰にでも分け隔てない、そんなアルベートのままでいてくれる? 彼が帰ってきてくれるの?)


“ええ、必ず”


 優しく包み込むような女神の返事に、晶子は黙り込んだ。見つめていた掌で顔を覆うと、深く深く呼吸を繰り返す。

(……女神様、どうすれば良い? あたしは、何をしたら良いの?)

 次に顔を上げた晶子の表情は、決意に満ちていた。


“アルベートの命が零れ出ている場所を塞ぐように、手を重ねてください。出来るだけ両手で、包み込むように”


 導かれるようにして、晶子はアルベートの傷口へ手を添える。

「晶子、さん? 何を……」

 晶子の行動の意図が分からないダリルが、泣きはらした目で問いかけてきた。鑪も無言ではあるが、黄金の双眸がこちらをじっと見つめているのが分かる。


“さあ、掌に意識を集中して、強くイメージしてください。アルベートの傷が癒えるように、彼の命が再びこの世界に根付くように”


(強く、イメージ……)

 女神の言葉に、晶子は掌から光が溢れてアルベートの体の穴を塞いでいく様子を思い浮かべる。

(……! 光が!)

 すると驚く事に、体の奥底から力が溢れ、金色に輝く光がアルベートの傷口を塞ぎ始めたのだ。

 蛍のような淡い明滅を繰り返しながら浸透していく輝きにより、徐々に損傷も再生されていく。

「きれー……」

 その幻想的な光景に、ダリルも釘付けになる。微笑ましくなる一方で、一言も言葉を発する事の無い鑪から向けられる厳しい視線に、当然ながら晶子は気付いていた。

(まぁ、鑪さん達からしたら、自分達の意思を無視して管理しようとしていた女神の力なんだから、そりゃ警戒するよね)

 少しの申し訳なさを抱くも、今はそんな場合では無いと黙殺する。改めてアルベートの方に意識を向けると、傷の治りが少し落ちてきている気がした。

(別の事に意識が向いて、イメージが弱まったからだ。もっと集中しないと……)

 一度深呼吸をして、晶子は目を閉じる。想像するのは、再編の光がアルベートを包み、金の繭となった姿。より緻密(ちみつ)に、より繊細に、失われた命を一片でも取りこぼさないように再生する為に。

 そうして晶子が強く想えば想う程に、手元の光が強く明るくなっていくのが瞼越しに感じられた。

「な、何が起きて……晶子さん、一体何をして」

 不安げなダリルの声が聞こえるも、晶子は返事を返さない。

(もっと集中して……もう二度と、ダリルが悲しまないように……絶対にアルベートが死んだりしないように)

 何度も何度も頭の中で繰り返しながら、魔力を込めていく。そうして、ドンドンと溢れてくる再編の力を注ぎ込み続けた晶子だが。


“あ、あああああぁちょっとま、待って晶子!! 待って待って!!”


(いやうるさっ、もう何さ女神様……こっちはアルベートを再編する為に集中してるんだけど!?)

 キーンと頭の中で耳鳴りがする程の女神の声に、思わず眉間に皺が寄る。声には出さずに反射的に噛みつけば、その際に意図せず力んでしまったらしい。

 恐ろしいまでの光が溢れ、晶子は驚きから目を開けた。

「え」


“いくら何でも力を込め過ぎです!! やり過ぎですぅうううう!!”


「……や、やらかした感じ、かも?」

 口元を引き攣らせながらそう呟いた晶子は、全てを埋め尽くす光に飲まれて気を失った。

次回更新は、2/2(金)予定です。

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