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とあるアイオライトの感謝

 真正面から晶子の目を見たアイオラの感想は、『素直過ぎる人だな』だった。

 本人からすれば平静を保っているつもりなのだろうが、彼女の一挙手一投足からは何を考えているのか駄々洩れだ。何より体内を巡っているマナが忙しなく感情を伝えてくるので、晶子の喜びも悲しみも憤りもアイオラには全てお見通し状態なのである。

(僕達と晶子様、何処かで会ってたのかな?)

 スーフェと出会えた事をとても喜んでいる様子の晶子を観察しながら、これまでの旅路を思い出す。しかし、どれだけ記憶を遡っても、彼女らしき人物とすれ違った記憶さえない。

(そもそも、こんな濃い人と会った事あるなら、絶対に覚えてるはずだよな。って事は、相手が一方的に知ってるだけ……それにしては、なんか違和感があると言うか)

 末の娘と言えどスーフェも立派な皇族、そんな彼女が何故従者一人だけを連れて旅をしているのかと、ゴシップ好きな輩が近づいてくる事も当然あった。

 当然、その中には宝石族である自身を狙う者もいて、見知らぬ人と会話をする時には常に気を張っている。

 出会った当初、彼女もそう言った人々と同じかもしれないと思い、本音を引き出そうとして報酬の話を持ち出した。

 しかし、彼女から返されたのはアイオラも想像していない言葉だった。

(この人は、今まで出会った他の人間の誰とも違う……。それになんでだろう、晶子様と話していると、凄く安心するんだよなぁ)

 今日初めて出会った人であるはずなのに、晶子のマナを感じ取る度、アイオラの心が安息に包まれる。

 何故、見ず知らずの冒険者相手にそんな事を思うのか。残念ながら、アイオラには全く検討がつかなかった。

(でもきっと、この人は他の人間とは違う。僕やスーフェ様を、絶対に傷つけたりしない。何でか分からないけれど、そう断言できる自分がいる)

 だからアイオラは、晶子の事を『お姉様』と慕うスーフェに倣い、彼女の事を信じてみる事にした。

 何かを見極めるようにしていた鑪を口説き落とした晶子に連れられ、彼女の住まいで体勢を整えて帝都へと戻る事になった一同。

(まさか、こんな所でユニクラスフラワーを生で見れるなんて……!! それにワープも体験できたし、嬉しい誤算ってこういう事を言うのだろうか!?)

 古い文献に載っていた太古の転送装置に大興奮したが、ワープで辿り着いた村の現状を目にし、一気に現実に戻される。

 アメジアが昏睡状態になって早数年、その間に起きた殺戮は、この国に住まう宝石族の数を着実に減らしていた。

 その弊害が、刻々と国民の生活を脅かしてしまっている。

(僕達の最悪の未来が見えたと言う晶子様なら、アメジア様を目覚めさせる方法も分かるのかもしれない)

 村人達の治癒を早々に終わらせ、一縷の希望を抱いて帝都へ戻って来たアイオラ達。

 まさか、門番から王城への入城を拒否されたばかりか、隠された地下通路で猟奇事件の犯人を知ることになるとは夢にも思わなかった。

(そんな……ダイアナ……?)

 美しかった純白のマナはどす黒く濁り果て、体の宝石もくすんで輝きを失っている。スーフェに向けられる視線には、かつてのような慈しみでは無く、憎悪と悲嘆が込められていた。

 激高したダイアナと晶子達の戦いを見ている事しか出来なかったアイオラの記憶は、剣を折られて吹き飛ばされたスーフェを庇った所で途切れている。

 次に目を覚ました時には、いつの間にかハウスに戻ってきており、宛がわれていた部屋のベッドで寝かされた状態だった。

(スーフェ様を守れた、とは思うが……あの程度の刺激で気絶してしまうなんて、僕もまだまだだな……)

 天井の木目を暫しぼうっと見つめていたアイオラは、まだ若干の痛みが残る頭を押さえながら起き上がる。

 丁寧に巻かれた包帯が指先に触れ、晶子達にも迷惑をかけてしまったと、自身の不甲斐なさに溜息を吐いた。

 そんな中、隣室から感じ取った小さなマナと動揺するスーフェのマナに、急を要する事態が起きたのではと推察。慌ただしく動き始めるのを感じて、アイオラは彼女が何を考えているのか手に取るように分かった。

「僕はスーフェ様の従者です。貴女の歩む先なら、例え冥府の底だろうと煉獄の炎の中だろうとお供しますよ」

 頑固でお転婆で、努力家で、誰よりも家族を愛しているスーフェ。己の才能の無さに嘆き悩み、それでもひたむきに走り続ける少女。

 幼き頃から見ていた彼女の為なら、アイオラはどんな死地に赴く事になろうとも構わなかった。

(……あのダイアナと戦うには、僕の力では到底敵わない。けれど、スーフェ様やヘリオ様達の盾くらいにはなれるはず)

 密かな決意を胸に帝都の正門近くへと転移したアイオラは、スーフェの隣で崩れ行くユニクラスフラワーを眺める。

 花の成長を速める事が出来る晶子がいない以上、これが枯れてしまえば、いざという時の助けも得られない。

(例えそうだとしても、戦う事でしか明日を掴めない。覚悟は決まってるだろ)

 ほんの少し怖気づく心に発破をかけ、アイオラはスーフェと共に王城へと帰還を果たす。しかし、二人を出迎えたのは決して温かなものでは無かった。

「邪魔をする奴等は、皆等しく死ね!!」

 アイオラが手を伸ばす間もなく、無慈悲な攻撃が数多の命を消し去ってしまう。見知った顔も、知らぬ者も、全てを跡形も無く。

(何が、何が癒し手か、癒しの一族か! 僕はこんなにも無力だと言うのに!!)

 アイオラでは、複数のマナを取り込んで力が増しているダイアナには勝てない。死に物狂いで攻撃を往なす三兄妹の後ろで、皇帝の傷を癒す事しか出来ない自分が歯がゆくて仕方なかった。

(薙刀が飛んできた時は凄く驚いたけど……飛び込んで来た晶子様達を見た瞬間、泣いてしまいそうになったっけ。まさか、晶子様が女神の使いとは思ってもみなかったけれど)

 驚く反面、これまでの出来事を思い返せば自然と納得する部分もあった。

(なんて、真っ直ぐな人だろうか)

 女神に悪感情を抱く者も多いこの世界で、堂々と身の内を明かした晶子。アラゴとトパシオンから向けられた嫌悪に気付いていただろうに、それでも晶子は背筋をぴんと伸ばして怪物と対峙した。

 己の信念を、願望を貫き通そうとするその背中は何よりも真っすぐで、一寸の濁りも感じられない。そこに、彼女の強い決意の表れを垣間見たような気がした。

(死者を新しく編み直してしまうなんて……女神に選ばれた再編者の力のなんて凄まじい事か)

 鑪と共に行われた再編により、アメジアとダイアナは人と宝石が融和した姿へと変貌を遂げた。

 それぞれの名前の元になった宝石を分け合った二人の体は、互いを強く想い合う気持ちを反映しているようで、この世の何よりも美しいと密かに思う。

 長年バラバラになっていた家族は、晶子の再編によってまた一つに戻る事が出来たのだ。

(皮肉なものだな。大昔から忌々しい存在として語るのも避けられてた女神の力が、こうしてスーフェ様達を繋ぎ合わせてくれるだなんて)

 アメジアとダイアナに縋りつくスーフェを見ていたアイオラは、ようやく彼女が心から泣けるのだと安堵する。

(晶子様は不思議なお方だ)

 人の幸福を願い、命を懸けるのは容易い事では無い。そういったものには、何かしらの対価や代償が付き纏うもの。しかし、晶子はそれらを一切求めず、ただただ相手の幸せを願っているのだと言う。

 普通ならば見返りを求めない欲求など到底信じられないものなのだが、どうしてか彼女の言葉ならすんなりと受け止められる。

(思えば、出会った時からずっと僕達の幸福を願ってくれてた晶子様の言葉を、深く疑ったりもしなかったな……)

 見知らぬ人物を疑わない程アイオラは純真では無い。

 だが、晶子という人物に対して然程疑いの目を向けた事はないのに気付く。疑う気も起きないくらい、彼女の言葉にはアイオラ達を想う心が詰まっていたのだと思い知る。


——「あたしにとって一番大事なのは——貴方達が、笑顔で幸せになってくれる事よ」


(ほんと、最初から最後までそればっかりの人だったな)

 鑪を口説き落とした際の台詞を思い出し、アイオラは静かに微笑んだ。

 その横でアメジア達が王位継承の辞退と贖罪の旅に出る事を告げると、晶子は引き留めない代わりにとある条件を出した。

 それは、いざという時は、迷わず晶子を頼る事。

「あたしはいつだって、二人の味方だからね」

 晶子は深く考えず発言しただけかもしれないが、長く険しい旅をするだろう彼らにとって、それは女神から授けられた祝福と大差ないだろう。

 自分達を優しく抱きしめて笑う晶子に、ダイアナとアメジアは泣きそうなのを堪えながら抱擁を返した。どこまでも愛情深い晶子の姿は、子を慈しむ聖母のようだと錯覚する程だ。

(晶子様の言葉には、僕達を支えてくれる力がある。この人がいれば、僕達はこの先どんな困難が立ち塞がったとしても、何度だって立ち向かえるって確信があるくらいだもん)

 顔を真っ赤にした晶子がアルベートを小脇に抱えて走り去り、それを慌てふためきながら鑪が追いかけていく。

 遠ざかっていく三人を見送りながら、隣のスーフェが小さく吹き出した。

(これからの旅で、晶子様は女神の使者という肩書きに悩まされる日が来るかもしれない)

 それにつられるようにしてアメジア、ダイアナ、ヘリオと伝染していき、気が付けば王の間に明るい笑い声が響き渡っていた。

(もしそんな日が来てしまったら、今度は僕達で晶子様を支えよう)

 目元にほんの少しだけ涙を滲ませるスーフェの笑顔を見て、彼女がこうして悲しみ以外に涙を流せるのも、家族と笑い合う事が出来るのも全て晶子のおかげだと思う。

 だからアイオラは、晶子に対して強く感謝している。

(僕達が幸せである未来を諦めなかった晶子様に、少しでも恩を返えせるように)

 帝国を、スーフェとその家族を救ってくれた。アメジアとダイアナを編み直し、この世界に呼び戻してくれた『偉大な恩人』に、必ず報いろうと心に決めるのだった。

次回更新は、10/4(金)予定です。

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