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「解 釈 違 い で す ! !」

(お前の表情がただただ怖いわ!! 見ろ!! 他の奴等もお前の顔と怒ってますってオーラにビビり散らかしてるじゃねぇーか!!)

「ぇ」

 勢い良く顔を上げれば、視界に入った全ての人の肩がビクッと跳ねた。真っ先に目が合ったスーフェなどは特に驚いていたようで、体が数センチ浮いていたようにも思う。

「ああああああちがちが、違うんです皆さんに怒ってるとかそう言う事ではなくてですねいや怒ってるのは本当なんですがこの怒りの矛先は皆さんの幸せをぶち壊して散々に引っ掻き回した精霊に向けているのであって決してヘリオさんやスーフェちゃんやここにいる護衛の皆さんや執事長さんにそんな気持ちを持ってるとかでは無いんです本当です信じてくださいほんとすいませんあばばばばばばば」

「落ち着け晶子」

「落ち着くのだ晶子」

 ぴゃっとアメジアの背中に隠れてしまったスーフェにショックを受け、弁明の言葉を連ねる晶子。しかし、若干混乱しているせいか、オタク特有の長文早口語りが始まってしまい、アルベートと鑪にどうどうと宥められる。

「……っぷ、ふふふ! お姉様ったら、私達の事、大好きなのね!」

「当然ですが?? なんならここにいる全員纏めて愛してるって断言できますが??」

 晶子の慌てようが面白かったのか、スーフェが顔を出して小さく噴き出す。が、それに間入れず晶子は即答した。

 あまりにも早い返事にスーフェが固まったのも露知らず、晶子はまるで弾幕の雨を降らせるようにつらつらと語り始める。

「まずスーフェちゃんは頑張り屋で努力家で何事にも一生懸命、それでいて家族想いの良い子で周りから蔑みの言葉を受けてもめげず折れずの強い心を持ってる凄い女の子な訳よ。もうこの時点で好感度爆上がりなんだけど、それに付け加えるなら一緒に行動してるアイオラ君とも仲良くていい感じの相棒同士と言うか、好バディだよねほんっと推せるありがとうございます。あそうそうアイオラ君と言えば、真面目でしっかり者でちょこちょこスーフェちゃんに振り回されつつも何だかんだお互いに信頼し合ってるのが分かるから、彼女へのフォローが上手くて何より賢い。あ、もちろんスーフェちゃんも賢いし、と言うか帝都の人達頭いいよね? だってヘリオさんもアラゴもトパシオンもそれぞれに家族や国の事を想ってて、それ故に今回のすれ違いが起きてたわけだし。で、そんな頭脳明晰で責任感もあって皇帝としても人間としても最高に出来てる人がトップの国の兵士と執事長が無能な訳が無いんだよなぁ。だってそうじゃ無かったらこんな短期間であの損傷いやむしろ損壊に近い奴を修復するとかも無理だろうし、連携が取れてないといつまでも終わらないと思うからつまりは皆さん超絶有能な訳でして」

「だぁ!! もういいからお前は一回止まれ!!」

「kyjfhdsv!?」

 延々と喋り続ける晶子に痺れを切らし、アルベートが力一杯に脛を殴った。あまりの痛さに悶絶し、晶子は言葉にならない絶叫を上げて、足を抱えながら床を転がり回る。

「……あ~、大丈夫か?」

「すまない、少し時間をくれ」

 呻く晶子を放置したアルベートの問いかけに、赤い顔を覆って天を仰ぐヘリオが苦し紛れに答えた。

「う、ぐぐ……後で覚えてろよアルベート……」

「お前が暴走してんのが悪い」

「うむ。反省せよ」

 鑪にまでそう言われてしまい、涙目になりながら膨れっ面を晒した晶子。が、この場にいる全員がヘリオと同じように、赤くした顔を手で覆い隠しているのに気付いて首を傾げる。

「え、なに皆どうしたの??」

「嘘だろお前、この状況で出てくる言葉がそれか?」

「おおん? 喧嘩売ってんのか??」

「なんでだよ!!」

 いつものノリで始まった口喧嘩に、鑪が溜息を吐くのが聞こえた。そんな晶子達に気が抜けたのか、緊迫していた空気はいつの間にか解けていて、王の間の雰囲気も幾分か明るくなっていた。

「んん、一先ず、先の件については我々の方でも改めて調べておく。新しく分かった事、また精霊や、それに連なる発見等があれば逐一其方達に伝書を飛ばすようにしよう。……それと、晶子」

 羞恥を誤魔化すような咳払いの後、ヘリオはおもむろに晶子の名前を呼ぶ。

「一族とそれに関わる者達総出で話し合い決めた事なのだが、我々ディグスター帝国一同は、この先其方に何か危機が迫る時、必ずや駆けつけ力になる事を約束しよう」

「……え!?」

 ヘリオから告げられた突然の宣言に、晶子の思考がほんの僅かな時間停止した。が、すぐにその意味を理解して驚愕し、一体いつの間にそんな話になったのかと目を丸くする。

「そう驚く事でも無いだろう? この場にいる全員が揃って一堂に会せているのも、全て其方達のおかげなのだ。恩に報いるのは当然の事であろう?」

「いやその、そこまでしてもらわなくても……」

 世界一の軍事帝国が後ろ盾になったとあれば、心強い事この上ない。世界を救うのにはいくらでも人手があっていいに決まっている。

(確かにあたしは、この世界を救いたいと思ってる。でもそれって、『推し達が幸せに暮らしていく為の最低条件』だからやるのであって、結局は自分の欲望を満たすの優先してるだけだから……)

 女神から世界の命運を託された身なれど、晶子は勇者や英雄と称されるような人格者ではない。どこにでもいる一般人であり、ただただ好きなゲームにのめり込んでいるオタク女子である。

 何の因果か好きなゲームによく似た異世界に召喚され、世界を救う事になってしまったが、元来の晶子はどちらかと言えば冷めた性格をしている方だ。

 自分に関りが無ければどうでも良いし、それなりに仲の良い人にならそれとなく手を貸す。けれど、特別深い関係を作ろうとも思わなかったし、これからもそうなるだろうと思っていた。

 一般人である彼女がこうして命がけの戦いに身を置くのは、女神から力を授かったため、と言う訳ではない。理由は単純、晶子が彼らを愛しているからである。

 だからこそ、晶子は全身全霊を賭けて彼らを救えど、それによって自身に対価が支払われるとは全く想定していなかったのだ。

 そんな『想定外の対価』にどう対応すべきか考えあぐねていた晶子に、鑪から助言がもたらされる。

「晶子、謙遜は美徳であるが、やり過ぎはただの嫌味にしかならぬ。ここは受け取るのが礼儀というものであろうぞ」

「そ、そう言うもんです……?」

「うむ」

 結局、半ば鑪の言葉に流されたような形にはなったが、いざという時は援助を頼むという事で話は決着した。

「お姉様の危機とあればこのスーフェ、どこへでも駆けつけて、この拳で敵をボッコボコにしてやりますわ!!」

「スーフェ様と共に、僕もいち早く駆けつけますから!!」

「ワートッテモタノモシイナァ。フタリトモ、アリガトー」

 スーフェもアイオラも眩しい笑顔で物騒な事を言い切るものだから、晶子は引き攣る口元を懸命に動かし感謝を述べる。が、あまりにも棒読み過ぎた為、アルベートあたりからの視線が微妙に痛かった。

「本当に、父や妹のみならず、危害を加えた我々まで救っていただいた事、感謝してもしきれません」

 スーフェ達と晶子のやり取りを微笑ましく見守っていたアメジアが、徐に言葉を紡ぐ。

「俺様にかかればこれ位、余裕だからな! 『英雄冒険者アルベートって崇め奉ってくれても良いんだぜ!!』

「なんでそんな偉そうなのよ……」

 ドヤ顔で胸を張るアルベートに、晶子は呆れたと苦笑しつつ溜息を吐いた。

「ま、長男のお前がこうして無事に目覚めたんだから、後継ぎ問題も無事解決だよな!」

「いえ、わたしは皇帝を継ぎません」

「はい!?」

 しかし、次の瞬間アメジアの口から発せられた台詞に、驚き上擦った声が出る。

「淀みの精霊に誑かされていたとは言え、ダイアナが多くの者達に手をかけたのは覆り様も無い事実です。その罪は重く、決して軽々しく許されるものでは無い。そして……彼女がそのような凶行に至ったのは、わたしを想っての事。ならば、彼女の罪はわたしの罪も同然です」

 城の修繕や諸々の後処理が終わった後、ダイアナは一人何も言わず姿を消そうとしていたらしい。しかし、それに目敏く勘付いたアメジアの説得と一家との話し合いにより、彼らは二人で帝国中を巡る旅に出る事になったのだとか。

「全てが許されるとは思いません。ですが、私が行った事で、帝国全土の村々では怪我や病気で命を失う人々が増えていると聞きました。今この国に残る宝石族は、私とアイオラだけ。ならば、混乱を起こした私が村々を回るべきだと考えました」

「……もう、決めた事なんですよね?」

 晶子の問いかけに、ダイアナは薄く微笑んで頷いた。

「晶子様から頂いた二度目の命、決して無駄にはしません。でもせめて、この命の続く限り、私に出来る精一杯の方法で贖いをしようと思います」

「そっか。アメジアさんは、ダイアナさんの護衛役も兼ねてるのね?」

「そういう意味もありますが……わたしが、彼女を一人にしたくないのです」

 そう言って、アメジアは隣に並ぶダイアナの手を優しく握る。ダイアナは驚いたようにアメジアを見上げたが、頬を赤らめながらおずおずと握り返した。

「……ん、二人が決めた事なら、あたしは何も言わない」

「そう言っていただけると「ただぁーし!」」

 突然声を張り上げた晶子に、アメジアとダイアナは目を丸くする。

 驚いて固まる二人に構わず近づいていくと、晶子は無言でアメジア達を抱き寄せた。そして、母親が子供にするように背中を軽く叩きながら、言い聞かせるように二人へ囁きかける。

「何回もしつこい位言ってる事だけど、あたしは貴方達、皆推しで、愛してる。皆が害される事無く、目一杯幸せになって欲しいって思ってる。だから、自分達ではどうにも出来ない事とかに出くわしたら、迷わず頼っといで。あたしはいつだって、二人の味方だからね」

 抱きしめている為、アメジア達の表情を見る事は出来ない。だが、アメジアとダイアナはほんのわずかに詰めた息を吐き出しながら、遠慮がちに晶子を抱きしめ返した。

「……ありがとう、晶子様」

「ありがとう、ございます」

 感謝を伝える声が震えている気がしたが、晶子は気付かないふりをする。その代わり、二人の体をより強く抱きしめた。

「さてと、帝国の問題も一段落したし、そろそろハウスに帰ろうぜ?」

「そだね」

 一件落着の空気を読んでか否か、アルベートが頭の後ろで手を組んで笑う。それに同意をして、アメジア達から身を離した。

「晶子お姉様……色々と助けていただいてありがとうございました。それに、手甲の事も」

「あぁ、良いの良いの。言ったでしょ? それは元々、スーフェちゃんの武器を鍛え直した物だって。お母さんも見守ってくれてる筈だから、大事に使いなよ?」

 最後に呟いた意味が分かったらしいスーフェが、花が綻ぶような笑みを浮かべて「はい!」と答える。

「アイオラ君」

「はい!」

「真っ直ぐすぎて時々暴走しがちなスーフェちゃんの手綱、頑張って握ってね」

「はい……」

「ちょっと!! お姉様!! アイオラも!!」

 期待の目で晶子を見ていたアイオラが、やる気を漲らせている様子のスーフェを見て顔を覆った。それに頬を膨らませて文句を言うスーフェに、周囲は微笑まし気だ。

「ふふっ、冗談よ。君は真面目でしっかり者だけど、根詰めすぎちゃ駄目だからね? 君の周りには頼りになる人が沢山いるんだから」

「っ……! はい!!」

(くぅ……なんか知らんがアイオラ君と、後スーフェちゃん、わんこっぽくなってない?? 懐き具合が半端なくて、おばちゃん心配なんやが??)

 希望に満ちた声色で明るい返事を返すアイオラの頭を、思わずこれでもかと撫でまわす。大人しくされるがままになっているアイオラが羨ましいのか、ジッと見つめて来たスーフェも一緒に。

「あ、アラゴとトパシオンはそのガッチガチに硬い頭を柔らかくしーや。じゃないと今度、あたしみたいのが来た時に、またどちゃくそに叱られるで」

「お前のような者が何人もいてたまるか!!」

「と言うか、僕達への対応が雑!! 悪いのは僕達ですけど!!」

「はいはいごめんやで~。でも、あたしが言った事、ちゃんと覚えときぃや?」

 おざなりな態度ながらも、晶子はアラゴ達に歩み寄り自身よりも十センチ以上高い二人の頭に手を伸ばす。意図を察したアラゴとトパシオンは、恥ずかしそうにしながらも頭を下げ、晶子からの少し乱暴な撫でまわしを素直に受け入れた。

「あら~、大人しくなっちゃってまぁ~……ん?」

 急な圧を感じて玉座を振り返れば、無言のヘリオと視線が交差した。互いの間に暫し沈黙が流れ、晶子はまさかとそんな訳と考えつつ、思っている事を口にする。

「へ、ヘリオさんも撫でられたいの~……な、なぁ~んて!」

「うむ」

 茶化して有耶無耶にしようとしたが、玉座に座ったまますっと差し出された頭に衝撃が走った。助けを求めるように兄妹達を見るが、彼らは諦めろと言わんばかりに首を横に振る。

 だったらとアルベート達に目配せをするも、彼は頑張れとサムズアップをし、鑪に至っては何かを考え込んでいるようで、こちらに気が付いていないようだった。

(嘘やん)

 誰からも助けてもらえない事を察して唇を噛みしめながら、緊張で手汗の滲む手を何度も拭って、恐る恐る美しい金糸が零れる頭を撫でた。

「……ふむ、これは中々……」

(何それどういう反応!? こっわ!!)

 戦々恐々としていた晶子は、ふいに向けられたヘリオの獲物を発見した捕食者のような目に飛び上がる。そのまま転がり落ちる勢いで彼から離れると、立ち尽くしたままの鑪に全力でしがみ付いた。

「ぬ!? ど、どうした晶子よ」

「こっわ!! 見たあのヘリオさんの目こっっっっっわ!?」

 現実においても向けられた事の無い類の視線に、失礼を承知で指を突き付ける。

「いや、すまぬ。そこまで驚くとは」

「父様……お姉様を怖がらせないでください」

 晶子の怯え様が面白かったようで、肘置きに頬杖を突きながら笑うヘリオ。そんな父に少し怒った様子でスーフェが注意をするも、暖簾に腕押し状態であまり効果は無いらしい。

「どれ、スーフェ。お前も懐いているようであるし、余も晶子の事は気に入っておる。ここは一つ、彼女を妻に向かえようかと考えるが、どうだろうか?」

「つまぁ!?」

 とんでも発言に、晶子は声を裏返して絶叫する。表情からしてただこちらを揶揄っているだけのようにも見えるが、残念ながら彼の本心を正確に判別する術を晶子は持っていない。

 何なら周囲の者達からは、肯定的な雰囲気が漂っている。幾度とアルベートに視線をやるも、現状を面白がっているのか笑顔を浮かべたまま何かをしてくれる気配も無し、鑪はまた思考の海に潜ってしまったようでうんともすんとも言わない。

 正しく四面楚歌、孤立無援の状態に内心動揺しまくりだった。

(こ、これは冗談、冗談だよね!? まっさかそんな、ねぇ~!? きっと皇帝陛下のお戯れってやつだよね~!?)

 誰に聞くでも無く、必死になって逃げ道を探す晶子。

「と・う・さ・ま・!!」

 これまで聞いた事の無いスーフェの低い声に、余裕の笑みを浮かべていたヘリオが表情を崩した。

「ス、スーフェ?」

「晶子お姉様を困らせる人は、いくら父様でも許しません!! お覚悟!!」

「ま、待て!! 揶揄い過ぎた事は謝罪するから、その拳をしまいなさい!」

「スーフェ様!? いつの間に手甲を装備してらしたんです!? さっきまでしてませんでしたよね!?」

 知らぬ間に手甲を身に着け、今にも秘技を放ちそうなスーフェを全力で押さえるアイオラと、娘の怒気に圧されて晶子に対しぺこぺこと頭を下げるヘリオ。護衛達も流石に止めるかと思いきや、その空気感は「またやってる」と言いたげなものだった。

(この家族間の力関係、何となく分かった気がするわ……末っ子は強し)

(おい晶子、このカオス空間どうにかしろよ)

(えぇあたしが悪いの……??)

「晶子よ、少し聞きたい事がある」

 何となく帰りづらい雰囲気にどうしようかとアルベートと顔を見合わせていると、頭上から鑪の控えめな問いかけが降って来る。

「どしました?」

「晶子が度々使う『推し』というものは、他者に愛を告げる文言に違いないか?」

 まさかの質問に、一瞬で王の間が静まり返った。

「急にそんな事聞くなんて、一体どうしたんだよ?」

「聞いた事のない表現故、前々から気になっておったのであるが、聞けず仕舞いでな。先程、アメジアらに同じ事を告げていたのが聞こえ、この機会に聞いてみようと考えた次第だ」

「それ今ここで聞く事だったか??」

(それな)

 アルベートの疑問に、晶子は内心激しく同意した。

「推しって言うのは、まぁ……周りに薦めたいくらい、好ましい人……って事かな?」

(ま、間違った事は言ってない筈!! 深く考えて使った事無いから説明求められてもとーっても困る!!)

 感覚でしか使ってこなかった言葉の意味を問われ、何と答えるか迷った晶子。無難な答えを出すも、内心これで伝わるのか不安で冷や汗を流していた。

「ふむ……そうか……」

(あれ? なんか、鑪さんちょっとがっかりしてない?)

 どこか触覚も力なく垂れさがっているようにも見え、どうしたのだろうかと晶子は首を傾げた。

「なんでい鑪、お前、晶子が他の奴にも推し推しってを言いまくってんのに嫉妬してんのか?」

 同じく鑪の異変に気付いたアルベートが、揶揄い交じりに聞く。

(何言ってんだこの親父)

「……そうかもしれぬ、な」

「ふぁ!?」

 冷めた目でアルベートを見ていた晶子だったが、鑪からの答えに間抜けな声が出てしまった。

「晶子は我と出会った時から、我を『さいおし』? だと言っていた。向けられる感情からも好意的なものであると予測していたが、晶子は以降、様々な者達にも推しと言っている。……なぜだか、それを無性に寂しく思っている己がいるのだ」

(さ、寂しい!? あの、堅物で真面目で超が付く程ストイックな鑪さんが!?)

 晶子よりも遥かに大きな体格をしている鑪の口から零れた言葉に、雷に打たれたような衝撃を受ける。

「いや、お前。何だかんだ言ってるけどよ、晶子の事好きなんじゃねぇのか?」

 何かに気付いたアルベートが、ニヤニヤしながら鑪にそう言った途端、静まり返っていた空間にソワソワとした空気が漂い、成り行きを見守っていた護衛やヘリオ達一家も、ひそひそと何かを囁き合い始める。

(……?? たたらさんが、あたしをすき……?? たたらさんが、すき? だれを? あたし、あたし? あたしをすき?? だれが??)

 アルベートの発言に思考が宇宙の彼方に飛んで行ってしまった晶子は、宙を見上げながら何度も言葉を繰り返す。

(鑪さんがあたしを好き)

 そうして何度も何度も、繰り返し繰り返し……ようやくその意味を理解した晶子は次の瞬間。

「……我は「なぁんて」」


「解 釈 違 い で す ! !」


 城全体を揺らしたのではないかという大音声が、響き渡った。

「無いっ! 無理!! 解釈違いも甚だしいわ!!」

「お、おぉ、落ち着けよ晶子。俺様がいらん事言ったのは謝るから……」

 頭を抱えてしゃがみ込んだ晶子に、アルベートはおろおろしながら近寄っていく。

「別に鑪さんが嫌いとかじゃないの! 分かる!? でもね!? 最推しは推しだから良いのであって、男女の関係とかはまた別問題なわけよ!? 推しへの愛は!! 敬愛とか尊敬であって!! ガチ恋は!! 違う!! お分かりになって!?」

「マジでごめんって!! 皆こっち見てるから落ち着け!?」

 アルベートの言葉にここが何処かを思い出して、はっとする晶子。数秒固まった後、晶子は無言でアルベートを捕まえるとすっと立ち上がり、ヘリオ達に向き直って一言。

「おっ騒がせしまっしたー!!」

 と、綺麗なお辞儀をして、返事も聞かずに城の入口目がけて全力疾走した。

「ぉおおおおお!? ま、またなお前らぁああああああ!!」

「……!? ま、待て晶子!! またんか!!」

 器用に手を振るアルベートと、遅れてついて来る鑪の声を気にする余裕も無く。

(あああああああああああ公開処刑かな!? 最推しに好きって思われてるって一瞬でも期待するとかもう本当恥ずかしいやっちゃなあたし!! 烏滸がましすぎるわ!!)

 顔どころか首まで真っ赤にしながら、晶子は脳内に未だ渦巻く単語を消し去ろうと、無我夢中で走り続けるのだった。


 余談だが、後先考えずに走り続けた結果、帝都の正門を出てすぐの山道で酸欠になり倒れていたのを鑪に回収される事になる。

次回更新は、9/13(金)予定です。

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