「それ、違うかも」
※ 改行抜けを修正しました。
怪物との戦いから三日後。
城下での観光を心行くまで楽しんだ晶子達が、今日は何処を回ろうかと話し合いながら朝食を食べ終わった頃、伝令役として執事長が訪れた。
彼から修繕完了の報を聞いた一行は急ぎ身支度を整えて城に向かい、再び集った王の間でヘリオ達と対面していた。
玉座に掛けるヘリオを中心にして、左隣にアメジアとダイアナ、スーフェとアイオラが、右隣にはアラゴとトパシオンが並ぶ。
(ああああああああああああぁ~!! スーフェちゃん一家が並んでるぅ!! 公式でも無かった次男三男皆揃ってる光景が目の間にぃ!! カメラがあったら集合写真撮ってるくらいには嬉しいんですけど~~~~~!!)
現実世界で夢にまで見た光景が広がっている事に、晶子は歓喜に震えて泣きそうになっていた。
「まずは此度の件、大変世話になった。こうして我々一家が揃う事が出来たのも、晶子と鑪殿のおかげである。家族一同を代表して、礼を言おう」
玉座に掛けるヘリオが目礼すれば、左右に並んだスーフェ達四兄妹とアイオラ、ダイアナもそれぞれにお辞儀やカテーシーをして見せる。王の間のあちこちで立っている護衛達も、玉座から少し離れた位置にいる執事長も、皇帝一家に倣い晶子達へ一斉に敬礼をした。
「俺様は!? 俺様も活躍しただろ!?」
「もちろんだ。其方達三人が居なければ、余は今ここにいなかっただろう。本当に感謝している」
柔和に笑うヘリオの言葉にさっきまでの不満気な態度は何処へやら、掌を返すようにご機嫌になったアルベートは、自信満々に胸を張った。
「だろ~? ま、俺様こう見えて有能だからな! 晶子と鑪も俺様の教えがあってこそあの動きしてんだから、もっと敬ってくれてもいいんだぜぇ~??」
「あ~っと手が滑りましたわぁ!!」
——ガゴンッ
「りょんげ!?」
調子に乗り始めたアルベートの頭部を、渾身の力で殴りつける晶子。ブリキ缶を叩いたような音が響き、彼は目を回してその場に倒れ込んだ。
(すぐ調子に乗るんだから……ん?)
ピクリともしないアルベートを呆れた目で見ていた晶子だが、周囲の視線が自身に集まっている事に気が付く。
(あっあっ、しまった何時ものノリでやっちゃった!!)
目を丸くして晶子の奇行に驚いている様子の皇帝一家と護衛達を見回し、一度わざとらしく咳払いをする。
「んん……そんな! あたし達はちょっとした手助けをしただけですので、お気になさらないでください!」
「晶子よ、流石に無理がある……」
「デスヨネ~」
眉間を押さえて首を振る鑪に指摘されてしまい、スンッと表情を落とす。
「すみません……でも、ホント大した事してないんで、お気になさらないでください」
「ふっ、気にする事は無い。それに、堅苦しいのも無しで構わぬぞ?」
(……もしかしてもしかしなくても、死ぬよって忠告した時のタメ口の事言ってるね??)
初めてヘリオと出会った日を思い出し、晶子はしょっぱい表情を浮かべた。
元々、私室に忍び込もうとした理由は、ヘリオへ命の危険を知らせる為である。それがあのような形になるとは露にも思っていなかったが、酒の勢いと言えど柔和な対応をするヘリオのおかげもあり、当初の目的を無事果たせたのは嬉しい誤算だった。
……が、それはそれとして、調子に乗って皇帝相手にタメ口を利いただけでなく、警護を欺いて私室に不法侵入したのは良くなかったと、今更ながら猛省している。
(いやそもそも、正式に招待されて御目通りが叶っているこの場で友達みたいに話しちゃ不味いでしょ……ヘリオさんの事だから、この場にいる護衛達とそこの執事長は信頼できる人なんだろうけど)
ちらりと周囲を見回しながら、晶子は曖昧に笑う。事が事なだけに、他の人のいない場所で話をしたかったのが本心だ。
しかし、頭のキレるヘリオがあえてこの場を選んだという事には、何かしらの意図があるのだろう。若干の不安を残しつつ、無理に自分をそう納得させた。
(てかめっちゃ今更なんですが、推し本人への推し語りってめっちゃ恥ずかしいことしてるね!? めちゃめちゃ愛してるって言いまくってるし、あたし誰彼構わず愛を囁く大分やばい奴になってんね!?)
(ほんっとに今更だなおい)
一人百面相している晶子にアルベートがツッコむ中、それを見ていたヘリオがにやぁっと含みのある笑みを浮かべた。
「晶子と余は、並々ならぬ関係よ。あの夜の事は僅かな時間なれど、実に有意義であった」
「なんでそんな含みがある言い方するの!? お子さんがいる身でそういうの良くない!! あとその日こそアルベートが一緒にいたから!!」
晶子が勢いに任せてそう抗議するも、ヘリオはニヤニヤと笑うだけ。両隣に並んでいる兄妹や周りの者達はと言えば、普段から彼のこういう所を知っているからか、苦笑したり頭を抱えたりと様々な反応をしていた。
(この人、こう言う事の常習犯なの?? くっ、完全に遊ばれてる……)
「……はぁー……後で文句言わないでよ?」
「もちろんだとも」
大きな溜息を吐いて、仕方なしに了承を返す。喜び頷くヘリオの余裕そうな態度に、実は初対面の時からずっと掌で転がされているのではと、少しゾッとする晶子だった。
「さて、雑談もこのくらいにしておこう」
一頻り晶子を弄って満足したのか、柔らかな面持ちは一変し、ヘリオは真剣な表情を浮かべる。
「晶子、かつて世界を支配した女神から選ばれた使者だと言ったな。例え、命の恩人であろうと、女神と関りがあるのならばそれ相応の対処をせねばならん。」
ヘリオの一言で張り詰め緊迫した空気に、それもそうだろうと心の中で独り言ちた。
この世界の全ての人を支配し、自らの管理下に置いていた女神。彼女は人々から自由を奪い、決められた生だけを与え、ただただ人形のように扱った。
やがて、それを良しとしない者達が現れ、彼らの先導の元に女神と戦い、人々は再び自由を手にする事が出来た。
(ってのが、この世界で知られてる女神の話だもんね)
晶子はプレイヤーとして、そして女神に選ばれた者として彼女の行動理由を知っている。しかし、それ以外のこの世界に住む人々は、女神が世界の均衡を整える為に起こした暴挙だとは知る由もないのだ。
仮に知っていたとしても、女神のやった事が正当化される訳では無いが、それでも世界を愛していたからこその行動である事に違いは無かった。
(そんな風に悪し様に語られてる女神の使者が来た。しゃーないとは思うけど、今後もこんな会話を繰り返さないといけないのは……ちょっと、面倒だなぁ)
古くからの認識を変えるのは、そう容易くはない。仕方のない事だと思いつつも、同じやり取りを繰り返すのかと今後の事を考えてうんざりする。
「だが、余はどうにも其方が我々ないし、世界に害を成そうとしているとは到底思えんのだ」
「え」
どう説明したものかと思案していた晶子は、ヘリオからの一言に驚き彼を見た。
「其方からは余や子供達、とりわけスーフェへの深い愛を感じる。それも、親が子を慈しむような心の底からの愛情を」
困惑に揺れる金色の瞳が、静かに晶子を見つめる。ヘリオの目には、赤の他人に無償の愛を注いでいるように見えるのだろう。事実、晶子は彼らを幸せにしたいと願っているし、その為にならどれだけ傷つこうとも止まらないという決意がある。
打算も邪心も無くどこまでも純粋に愛を謳う晶子が、なぜ出会って大した時間も立っていないヘリオ達の幸せを求めるのか。
「聞かせて欲しい、女神の使者……再編者を名乗る其方の目的はなんだ?」
皇帝として、救われた者として、そして何より——家族を想う父親として。晶子と、その後ろにいるだろう女神と、真摯に向き合おうとしているようだった。
「……もちろん。元々、そのつもりだったし」
いつの間にか立ち直り、心配そうにこちらを見上げるアルベートに笑いかけ、沈黙したままの鑪に目配せをする。
気付いた鑪が小さく首を縦に振ったのを見て頷き返した晶子は、女神から聞いた話と、これまでのあらましを一家に説明するのだった。
「————と、言う訳です」
「ぬぅ、そのような事になっているとは……」
ゲームと言う部分を抜きにして一通り話し終えると、ヘリオは難しい顔をして黙り込んでしまう。スーフェやアイオラ達も同様で、他の者達も顔を強張らせてざわついている。
(うん、まぁ、予想してたよね。さてはて、どうしよっかなぁ)
場に混乱が広まる中、突き刺さる視線にこの後どう話を進めるべきかと思考を巡らせていると。
「陛下、彼女の話に偽りはないと思います」
そんな晶子に助け舟を出したのは、ダイアナだった。
「アメジア様が目覚めなくなって以降、私は様々な書物を読み漁り、少しでも治癒の手掛かりになりそうなものは無いか、探し続けていました。あの日も、何冊もの医学書を読み解こうとしていて、明け方まで書庫に籠っていた時でした」
数にして二十はくだらない数の分厚い専門書に、半分も読み進める事が出来なかったと肩を落としていたダイアナだったが、そんな彼女に暗がりから声がかけられたという。
「何十人……いえ、何百人以上もの人間の声を混ぜ合わせたようなそれは、私にこう言ったんです。『アメジアを昏睡状態に陥らせたのは彼の家族だ、これは時期皇帝の座を奪う為に計画されていた。皇帝と兄妹達は、昏睡した長男を見捨てたのだ』と」
「誰だ!! そんなデタラメを!!「アラゴ」」
ダイアナの話にアラゴが声を荒げるも、それをアメジアが制止する。
「しかし兄上!!」
「今は、静かにダイアナの話を聞こう」
何か言いたげだったものの、敬愛する兄からの言葉にアラゴは渋々と口を噤んだ。
「アラゴ様の御怒りは御尤も。当時の私も、皆様がそんな事をするはずはない、誰がそんな戯言を言うのかと声の主を探しましたが……その姿を捉える事は出来ず、気が付けは気配も消えていました」
(ん? って事は、ダイアナさんはその場で洗脳されたんじゃないって事?)
てっきりその際に弱みに付け込まれたのかと思っていた晶子は、忍び寄る影がダイアナから一度手を引いていた事に驚く。
(待てよ。まさか……)
「ですが……それから間もなくして、一部の家臣達の様子が可笑しい事に気が付きました。アメジア様など最初からいなかったかのように振舞い、時には城の廊下で次期皇帝はアラゴ様が、トパシオン様の方が、と口にするメイドまでいて」
城のあちこちから消えていくアメジアの痕跡に、ダイアナの心は徐々に蝕まれていった。
「このままでは、アメジア様の何もかもが消えてしまうのではないか……滾々と沸き続ける恐怖と疑心に、何が正しいのか、誰が味方なのかも分からなくなっていました。アメジア様の側で手を握り、孤独に耐えていたそんな時です、あの声が再び現れたのは」
声はそれ見た事かとダイアナを一頻り嘲笑い、次いで慰めるように甘やかな誘惑を囁いたと言う。
「『宝石族の体の中で、もっともマナを溜め込んだ部位、核。それを己に取り込み、この力と合わせれば、お前の愛しき者を取り戻せるだろう』と、黒い蛇の魔物を託され……私は……アメジア様を言い訳に、声の甘言に唆されて……」
俯き震えているダイアナの手を、隣に並んでいたアメジアがそっと包みこむ。心配そうな目を向けるアメジアに、ダイアナは顔を上げて大丈夫だと弱々しく笑いかけた。
「今思えば、私を唆した声が淀みの精霊だったのでしょう。どこで知ったのかは知りませんが、アメジア様の件で影を落とす帝国に混乱を招こうと」
「それ、違うかも」
続けて言ったダイアナに、晶子は待ったをかけた。
「晶子様? 違うとはどういう……」
「淀みの精霊がアメジアさんの事を知って、帝国を滅ぼそうとしたって言おうとしたでしょ? 多分なんだけどさ、淀みの精霊は初めからこの国に目を付けてたんだと思う」
言い切った晶子に、部屋のざわめきが大きくなった。しばらく騒然としていた王の間は、ヘリオが片手を上げた事で瞬く間に静まり返る。
「続けてくれ」
「ヘリオさんの話を聞いた時から考えてたの。帝国で起きた各事件の全て、淀みの精霊が関わってるじゃないかって」
アメジアが昏倒した時の事を思い出したのか、スーフェの肩が一瞬跳ねた。
(ごめんよ……辛いだろうけど、ちょっと我慢してね)
「まずメイド長。長年一族に仕えてて、結構お年を召した方ですよね? そんな人が、剣に不慣れな幼子とは言え、戦いの基礎を知っているスーフェちゃんと拮抗出来るかな?」
「ふむ、その事に関しては、我も同じ事を考えていた」
英雄一の兵たる鑪が同意を示した事で、当時を知る者達が反応し始める。恐らく皆、思う所は一緒だったのだろう。
「その後のダイアナさんに話しかけたのも、あまりにもタイミングが良すぎると思う。最初の時点で不安の種を植え付けて、城の中に不穏分子をばら撒く事で付け入る隙を生み出す。……うん、この推察、案外間違ってないと思うんだけど」
「なぁ、その噂話してたメイドとかだけどよ、そもそもこの城に勤めてた人間だったのか?」
目のライトをチカチカさせたアルベートが、そんな疑問を口にした。一斉に集まる視線にも怯まず、アルベートは大げさな程の身振り手振りで己の考察を話す。
「晶子の話が当たってるって考えたらよ、ダイアナが言ってた噂話するメイドとか一部の家臣って奴等、やってる事がピンポイント過ぎるだろ?」
「アルベートの言う事に一理あるな。それに本来、その手の話は人に聞かれると不味い部類に入るものだ。それを誰が聞いているとも分からぬ廊下でしているなど、あからさま過ぎる」
言われてみれば、確かにその通りだと晶子も思った。家督争いなどのいざこざに、好き好んで巻き込まれたい人間はそうそういないだろう。
だが、少なくとも件の話に登場している名も知らぬメイド達は、わざわざ人目のありそうな廊下で、ごく普通の世間話をするようにその話題を口にしていたらしい。
「だから俺様、こいつ等は精霊の分身とか、《潜む者》みたいな眷属が変化したんじゃねぇかって考えたんだよ。それか操られてるとか、精霊の淀みに汚染されてたとかか?」
(なるほど、ダイアナさんを疑心暗鬼に陥らせる為の巧妙な罠だったって事か。精霊の息がかかった存在が裏工作をしてたってんなら、メイド達にも奇妙な行動にも辻褄が合うし、『タイミングの良さ』にも説明が付くしね)
アルベートの言葉に一人納得していると、不意に見たヘリオ達一家が渋い顔をしているのに気付いた。7人で顔を見合わせ、一歩下がった所にいた執事長も寄って話し込む様子に、何かあったのかと危惧する。
「どうしたの?」
「……言うべきか迷っていた事なのだが、実は其方達を城下に送り出してすぐ、アラゴとトパシオンの側で家督争いを助長させていた者達を処罰しようとしていたのだがな」
そう言えばそんな奴等がいたなと、今更その存在を思い出した晶子。散々城内を引っ掻き回したのだからさぞ重い罰を受けたのだろうと、同情する気も無かったのだが……。
「皆、無残な遺体となって発見された」
「……は?」
想定外の台詞に、晶子は唖然とするしかなかった。
彼らが根城にしていた部屋を訪れたアラゴとトパシオン曰く、それは酷いありさまであったという。
「壁から天井に至るまで、室内の全てが赤く染まり、人だったと思われる肉塊が散らばっていた!! おまけに臭いも酷く、連れていた兵士の何人かが吐いた程だ!!」
「僕も気分が悪くなりました……」
不気味な現象を思い出し気分が悪くなったのか、トパシオンは口元を覆う。弟の体調を気に掛けるアラゴを傍目に、話を聞いた晶子とアルベートは揃って同じ事を考えていた。
「なぁ~んかよぉ、メイド長の時と似てねぇか?」
「うん、あたしもそう思う」
アメジアがメイド長を斬った時、その体は風船のように膨張し破裂したという。今し方聞いた家臣達の体も、室内の状況や肉片の散らばりようからしてほぼ同様の事が起きたのだと推測出来た。
「つまりなんだぁ? 精霊は最初から、この国を滅茶苦茶にする為に準備してたってか?」
「そう言う事ね。唯一、アイツにとっての想定外は、旅に出てたスーフェちゃん達が、あたし達を連れ帰って来た事になるんじゃないかな」
実際、スーフェとアイオラが旅だった事自体は、大した問題にならなかったのだろう。ダイアナと敵対している際も、スーフェ達の出奔を責める言葉はあれど、それによって計画が狂った等といった発言は無かった。
つまるところ、そんな事を気にしなくても良い程度には順調に事が進んでいたという事だろう。
(もしあの時、スーフェちゃんとアイオラ君に出会わなければ……精霊が作り上げた最高の脚本(最悪の結末)は完遂され、世界から国家が一つ消えていたかもしれない)
そんな想像が容易に出来て、背筋が凍った。元々世界各地を巡る腹積もりはしていたが、ゲームの主人公のように旅をしていれば、間に合わなかったかもしれない。直感を信じて行動を起こして良かったと、晶子は自身の行動力を褒めた。
(それにしてもあの精霊、混乱に陥れた末に帝国を滅亡させる予定だったから、スーフェちゃんの行動は絶望を彩る為のスパイスにしか思ってなかった感じか? 足掻いて藻掻いて、希望の光すら潰して嘲笑うつもりで、わざと放っておいた? ……悪趣味すぎるのでは??)
眉間に皺を寄せていた晶子の表情が、精霊への怒りによってスンと消える。
何度も宣言しているように、晶子は強火のハッピーエンド至上主義者だ。ある程度の分別はあれど、最終的に皆が幸せになれなければ意味が無いと豪語するハピエン厨だ。
敵も味方も関係無く、好きな作品の登場キャラは何かしらの幸せを掴んで『めでたしめでたし』になれば良い。そんな風に考える晶子であっても、超えてはいけないラインという物が存在する。
(推し達の生活を脅かす奴は徹底的に排除せねば)
(こえーよ!!)
(いや、別にアルベート達に言ってる訳じゃ無いんだから、そこまで怯えなくても……)
どうあってもこの世界を破滅させよとしている精霊に対し、跡形もなく消してやると心に決めた晶子。強い決意に満ちた思いに、隣のアルベートが心身ともに震えあがるのが見えた。
次回更新は、9/6(金)予定です。




