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「なんでそんなにかっこいぃのぉ……」

※ 誤字・脱字を修正しました。

  一部の文章・台詞を加筆修正しました。話の本筋自体に変更はありません。

「ん~!! モンモンルーのお肉美味しぃ~!!」

 肉厚で程良い歯ごたえと塩コショウのみのシンプルな味付けながら甘みすら感じるモンモンルーの肉に舌鼓(したつづみ)を鳴らしながら、晶子は昼時の市場近くにあるベンチに腰掛けていた。

「こりゃうめぇな!! 長年色んな所旅して来たけど、こんなにうめぇモンモンルーは初めてだぜ!!」

「うむ、実に美味である」

 同じベンチに横並びになって座っているアルベートと鑪も、同じくモンモンルーの串焼きを頬張りながら人々の喧騒を眺めている。

 余談だが、ベンチは三人がギリギリ座れる程度のサイズで、そこに晶子、アルベート、鑪の順で並び、四十本程購入された串焼きを食べている最中だ。閑話休題。

(うーん、狭いベンチに大人が三人……三人? がぎゅうぎゅうに座ってる光景……目立つだろうなぁ)

 傍から見た自分達の状況を想像し、晶子は何とも言えない表情で齧り付いた。ふと、何気なくアルベートを見下ろして、彼の口元をじっと見る。

(……アルベート普通に食べてるけど大丈夫なの? そもそもそこ口なの? どうやって食べてんの?? てかゴーレムってモノ食べて大丈夫なの?)

(問題ないぜ! どうやって食べてるのかは……企業秘密だ★)

(いやうざぁ……)

 無駄にテンションの高いアルベートと脳内でそんなやり取りを繰り広げながら、黙々と串焼きを食べ続ける晶子達。

 なぜこんな場所でモンモンルーの串焼きに齧り付いているのか、答えは怪物との戦いで、大損壊を出した王城を修復している最中だからである。

(一度ハウスに帰ろうと思ったけど、スーフェちゃんとヘリオさんに引き留められちゃったし、城の修復が終わるまで城下を観光すればって皇帝陛下直々に勧められたら……ねぇ?)

 ポーションも使い切り、戦闘の疲れもあるので帰宅を考えていた晶子に待ったをかけたのは、諸々の説明を求めるヘリオ達一家だった。

 彼らは「修繕を数日で終わらせる」と宣言すると、城への滞在の代わりにと宿を手配し、城下を観光してはと提案したのだ。そうして押し切られるまま王城を後にし、宿に宿泊したのがつい昨日の事である。

(まあ……いずれはちゃんと説明しないといけなかったしね。それに、帝都観光はしたいと思ってたから、丁度良かったかも)

 慌ただしく行き交う人の波を眺めながら、晶子は苦笑いを浮かべた。

「って、アルベートあんた、それ何本目よ……」

「さぁな! ところでよ、コレ食い終わったら次は何処に行く?」

 両手に串を握るアルベートに呆れた声を漏らすも、彼は特段気にした様子もなく問いかける。

(でもそうだな……せっかく帝都を観光できるってんなら、特産品関連のお店は行きたいよね~。ってなると、やっぱり宝石とか鉱石関係? あ、例の光石カンテラを自宅用で買うのも良いかも!!)

 そんな事を一人考えていると、静かに食事を続けていた鑪が、思いついたように言った。

「……ならば、市場の奥にある工房が良いのではないか? 数ある工房の中でも、工芸品の『(えにし)(いし)』作りに最も注力している店があったはずだ」

 縁石とは、元々一つだった宝石等を半分に割り、それぞれをペアで持つ帝国独自のお守りのような物だ。

「確か、対の石をそれぞれ持っていれば、どんなに離れていても『必ず片割れの元に辿り着ける』って言われてるアクセサリーですよね? ダリル君に渡すのに、丁度良いんじゃない?」

「へ、へんっ! そんなもんなくても俺様達は平気だっての!! ……ま、まあ、晶子が興味あるってんなら、見に行っても良いぜ?」

 興味無さそうな風を装いながらも、目線はちらちらと晶子を窺っている。明らかに気になっているのを誤魔化しているアルベートに、そんな事しなくても良いのにと晶子は呆れ笑いが零れた。

「元がオッサンだって分かってるからか、その仕草はちょっとキモイよ」

「キモイとはなんだ!! 俺様は可愛いだろうが!!」

「うわうるさっ、はいはいごめんて。でも、あたしも手作り以外のアクセサリーとかあんまり見た事無いし、ちょっと気になるから行ってみようよ」

「ったく、しょうがねーなぁ。んじゃ……残りの串は俺様が頂いた!!」

 不満気ながらそう言うなり、アルベートは残っていた串焼きを纏めて鷲掴みすると、一気に口に含んで食べつくしてしまった。

 ぽかんと間抜け面を晒してしまった晶子だが、おずおずと鑪と顔を見合わせて。

「あー!! ちょっとあたしまだ六本しか食べて無かったのに!!」

「我も十二本程度しか食べておらぬ!!」

「ふっくぁふぉんふぁひ~!!」

 アルベートは近くに置かれていたゴミ箱に串を投げ入れ、口一杯に肉を頬張ったまま逃げ出した。

「ごぉら待てや!!」

「食べ物の恨み、晴らさでおくべきか!!」

 二人も持っていた最後の串焼きをさっと食べきると、ごみを捨てて逃げ足の速いアルベートを追いかける。当然のことながら、ミニゴーレムの短い手足で逃げ切れる訳も無く……。

「おらぁ!! 覚悟せぇ!!」

「天誅!!」

「もぎゃー!?」

 市場のど真ん中で、男の悲鳴が上がったのだった。



 ♢ ♢ ♢



「ってて……殴らなくても良いだろぉ……」

「鑪さんも言ってたでしょ、食べ物の恨みは怖いんよ」

 目のライトをバツマークにして頭部を擦るアルベートに、晶子は冷たく言い放つ。文句を言う彼を無視して、とある工房の前で立ち止っている鑪にここが目的地かと問いかけた。

「うむ。市場の最奥に居を構えている故に目立ちにくいが、腕の立つ職人が多数所属している為、昔から多くの者が訪れる名店だ」

 『輝く月桂樹(ミコー・ラウルス)』と看板が掲げられたそこは、かなりの広さをした工房だった。道路に面して開放されている売り場には店員らしき男女が数名立っており、奥にある鍛冶場では煌々と炎の明かりが漏れる炉の前で金属を打つ二十人以上の鍛冶師達が見える。

 売り場と鍛冶場の間は加工場のようになっているらしく、鍛冶場で打たれた鉄や鋼、それと組み合わせるのだろう宝石等を手に十名ほどの人々が作業をしていた。

(おぉ~! 帝国の市場に、まさかこんな穴場スポットが隠れてるなんて! ゲームじゃこんな奥まったとこまで入れなかったから、ちょっと感動~!!)

 WtRsでは触れなかった部分を見つけ、よりこの世界を知る事が出来たと興奮する晶子。だが、鑪の語り口に疑問が浮かび、なんとなしに指摘をする。

「ん? 鑪さん、ここ来たことあるんですか? 工房の事詳しいみたいでしたし」

 彼は一瞬触覚を震わせると、歯切れ悪くそうだと返す。

「……随分昔に、ここで刀を鍛刀したのだ。それきり、もう何十年と顔を出しておらん」

「へぇ! じゃあここは、鑪さんの刀の生まれ故郷ですね!!」

 思いついた感想を述べただけなのだが、晶子の言葉に鑪が目を丸くした。

「ガッハッハッ!! 生まれ故郷たぁ、お嬢ちゃん、センスがあるじゃねーか!!」

 工房の奥から聞こえてきた大笑いする声に、晶子の肩が大きく跳ねる。

「よぉ鑪! かれこれ五十年ぶりか? あいっかわらずの仏頂面だな!」

 誰だと思って声のする方に目を向ければ、工房の奥の方から、豊かな赤毛の口髭を蓄えた恰幅の良い壮年の男が大きな鉄槌を担いで店先に出て来た。

(は、はへぇ……鑪さんには劣るけど、おっきい人だな……縦も横も……)

「……フォル、お主はもう少し声を抑えよとあれ程……」

 自身よりも大きな男を見上げて固まる晶子を庇うように肩を引き寄せながら、鑪が呆れたように男に言った。

(もぎゃああああ!? たったたたた、たっ、鑪さんに肩抱かれてるぅううううう!?)

「そんなつもりはねぇんだけどなぁ……わりぃな、嬢ちゃん。おいちゃん昔から声がデケェって口酸っぱく注意されてんだが、どうも直せなくてな! ガッハッハッ!」

「あ、いえ、大丈夫です」

 最推しに抱き寄せられて内心プチ発狂していた晶子だったが、頭を掻きながら謝罪する男にすぐ正気に戻り、気にするなと首を振った。

「紹介しよう。此奴(こやつ)はフォルナックス。ここの工房主でもあり、我の刀を作った男でもある」

「堅苦しいのは苦手でよ、気楽にフォルって呼んでくんな!」

「初めまして、晶子です。お会いできて光栄です!」

「アルベートだ! 名冒険者とは、俺様の事よ!!」

 歯を見せて笑うフォルナックスに、晶子とアルベートも簡単な自己紹介を返す。

「おぉ? ミニゴーレムが自律的に喋ってやがる! 一体どんな原理なんだ?」

「ちょ、やめろ! 今にも解体したいですって顔でこっちくんな!!」

 興味津々で捕まえようとしてくるフォルナックスをなんとか躱し、文句を言うアルベート。しかし体の大きさのせいで迫力が無いせいか、あまり効果は無いようだ。

「ぇ、えっと、鑪さん。手、離してもらえないかなぁって……」

 助け船を出そうとした晶子だったが、動かない体に鑪に抱かれているままだと思い出した。途端、歓喜と羞恥によって、顔が熱くなる。

 上目遣いで鑪を見上げながらおずおずと願い出れば、彼は一瞬固まった後、か細い声で「すまない」と呟き離れていった。

「……女子(おなご)の体に不用意に触れるべきでは無かった。考えが足りず、ほんに申し訳ない」

「ききき、気にしないでください!! えっと、えっと……とっ、とりあえず商品見せてもらいましょ!! すいまっせーん!!」

 変な空気になってしまったのを変えようと、晶子は展示された商品を見せてもう為にフォルナックスへ声をかけた。

「こっちの店先にある商品はアクセサリーばっかりですけど、何か理由があるんですか?」

「他の工房は知らねぇが、うちは店頭に並べる商品はそれ系統って決めてんだ。逆に、武器やら防具やらは注文が入ってからしか作らねぇ」

 フォルナックスの言う通り、店頭に並んでいるのは全てネックレスやブレスレット、その他装飾類ばかりだ。その大半が一つの宝石から作られたベアらしく、色・種類ごとに分けられて展示されている。

「先代の工房主に聞いた話だが、武器や防具以外の特産品を広めるって名目で、一番目立つとこに戦いと関係無い装備品を並べたのが始まりらしい」

「ふぅーん。にしても、宝石の種類が半端ねぇな。煌石の国っつー名前は伊達じゃねぇな」

「おうともよ! それもこれも、英雄様方が女神を封じてくれたおかげだぜ」

 アルベートの言葉に、力強く鑪の背を叩くフォルナックス。暗に女神を下げる発言に、晶子は何と返事するか迷い、曖昧に笑い返すにとどめた。

「んで? 今回はなんでまたうちに来たんだ? 刃毀れか罅が入ったか……それとも折っちまったのか? お前さんがこの国に来るのも久しいし、昨日、城が騒がしかった事もなんか関係あんのかい?」

(めっちゃ聞いてくるし、最後にすっごい核心を突く事ぶっこんでくるじゃん)

 あまりにピンポイントな話に、晶子は引き攣る口元を見られないようそっと顔をそらす。

「噂にでもなっておるのか?」

「昨日から色々と騒々しかったからな。そもそも城からぶっとい光の柱が伸びてんの見た次の日に、兵士達が市場を行ったり来たりしとるの見れば大体想像つくだろ」

(それもそう……)

 そうフォルナックスが呆れたように言った直後、山盛りの資材を手に走り去っていく数人の兵士達の姿が見えて、思わず頭を抱えてしまった。

「まぁ、仮に敵襲やらがあったとして、ヘリオ様方はお強いからな。オレ達が心配する必要もねぇか!」

「……いずれ、皇帝から御触れが下るだろう。我からは何も言う事は無い」

「そいつぁ残念だ」

 とは言いつつも全く残念そうに見えないフォルナックスに苦笑をしつつ、アクセサリーに視線を戻す。

(ダイアモンド、アメジスト、エメラルド……いや、あえてのオニキスも捨てがたい)

「……それと、先代の件。誠に残念であったな」

「おう、ありがとな。あんた程の人にそう言ってもらえるなんて、あの人も喜んでるだろうよ」

 色とりどり、形も様々なアクセサリーに見惚れつつ、あれもこれもと目移りしてしまう晶子。その傍らで、鑪とフォルナックスがそんな会話を続けていた。

(先代、前の工房主かな? 鑪さんの反応からして、亡くなったのは最近なのかな?)

「んで、結局何しに来たんだ? 刀のメンテナンスでもしに来たのか?」

「我はそこの二人の付き添いだ。こちらは気にせず、彼女等についてやると良い」

 そう言うと、鑪は一人店の隅へと歩いて行ってしまう。

「ってことらしいが、嬢ちゃんと……旦那? は、何を探してんだ?」

「息子に土産でも買ってってやろうと思ってよ! 年頃の息子に良さげなのはどれだ?」

「そういうことなら、オレ達んとこの工房選んで正解だぜ! なんせうちは、この帝都一の工房だからな!! ガーッハッハッハッ!!」

 余程自分達の作る物に自信があるらしく、フォルナックスはどんっと拳で自らの胸を叩くと豪快に笑った。

「……その、ゴーレムが息子とか、変だと思ったりしないんですか?」

 これはどうか、あれはどうだとごく自然に商品を勧めるフォルナックスに、思わず尋ねてしまう。

 誤解の無いように言えば、晶子がアルベートをそう思う事は決してない無い。

 だが世間一般的に見て、息子がいると豪語するゴーレムなど、異端に他ならないだろう。

 それなのに、フォルナックスは否定も拒絶もせず、アルベートの息子にはどんな物が合うか、性格やら何やらと聞き出している。

 この世界の一般人である彼が、なぜそんな風に接する事が出来るのか。

「そうだな……オレぁ元々孤児でよ。その辺の路地裏でごみ漁りしてたのを先代工房主……スピネルの宝石族に拾われたんだ」

「!!」

 晶子からの問いかけにフォルナックスは逡巡して、(おもむろ)に昔語りを始めた。

「生意気なガキだったオレを厳しく躾て、お前には才能があるって根気強く鍛冶の事を叩きこんでくれて。宝石族は長寿だから余裕で百は越えてる筈なのに、まだまだ工房はやれん! ってクソ元気でよ」

 武骨で不器用で口の悪い頑固者、それが先代工房主兼自分の父親であったと言う。

「……そのくせ、一人でいた所をやられてあっさり逝っちまった」 

(っ、そ、っか宝石族……だからさっき、鑪さんが御悔みの言葉を言ってたんだ……)

「先代が居なくなっちまった流れで、オレは工房を継ぐことになった訳だ。……ないない尽くしのオレに色んなもんをくれた人に、結局何も返せねぇまんまになっちまった」

 静かに笑う横顔は、深い悲しみと寂しさを含んでいた。こんな所で被害者家族に会うとは思ってもおらず、晶子は黙ってその背中を擦る事しか出来ない。

「血の繋がりや、同じ種族ってだけが家族じゃねぇだろ? 姿形が違おうと全くの他人だろうと、時間や思い出を共有して、互いを慈しみ合えるのなら、それは家族だとオレは思うがね。オレにとって、正しくあの人が実の父親だったようにな。そんな訳で、オレは別に誰が親子であっても良いと思うぞ。……こんなんで答えんなってるか?」

「はい……ありがとう、ございます」

「気にしなさんな! さあさあ、この辺の商品はオレが手掛けた物なんだ! じっくり見てくれよ!」

 にかっと歯を見せて笑ったフォルナックスは、幾つかの宝飾品を手繰り寄せて無理矢理話題を変えた。恐らく気を遣ってくれたのだろうと彼に感謝し、どうせならフォルナックスの作品から購入しようと考えた晶子は、並んだそれらを順番に吟味していく。

(シャッタカイト、クリソプレーズ、アデンシン……フォルさん、マイナー寄りの宝石類を扱うのが好きなのかな……ん?)

 現実世界でも聞き馴染みの少ない部類の宝石を見てそんな事を考えていると、視界の端に気になる色を見つけた。

 横方向に幾層もの繊維が伸び、石の中心から外に行くにつれて薄くなる(あん)(せい)色のグラデーション。まるで宇宙から地球を見下ろした時の色を思わせる美しいカイアナイトが埋め込まれた対のペンダントに、晶子の目は釘付けになる。 

「お、カイヤナイトに目を付けるたぁ、見る目があるな! そいつは依存心や甘えをなくし、独立心や研究心を育ててくれるって伝わる石だ。お嬢ちゃんは見たとこ冒険者みたいだし、旅のお供にぴったりなんじゃねぇか?」

(確かに。それにこの青、なんか女神のマナの色っぽくって好きだなぁ)

 再編の力を使う時のみ何故か金色に染まるが、女神のマナは基本的に蒼い輝きを放つ。ユニクラスフラワーしかり、マナの色しかり、晶子は青と言う色に何かと縁があった。

 そう言う意味では、女神の使者たる晶子がこのカイアナイトに()かれたのは、ある意味必然だったのかもしれない。

(でも何で、同じ青系統のシャッタカイトには惹かれなかったんだろ? 意味的な問題なのかな……シャッタカイトは霊的な守護の強い石だし)

 とはいえ、何時までも悩んでいては仕方ない。縁石と不思議な『縁』で繋がったのだと思う事にして、晶子はそれを購入すると決めた。

「良き物があったのか?」

 フォルナックスに声をかけようとしていた晶子だったが、後ろから覗きこんで来た鑪によって悪気なく阻まれてしまう。

「……ふむ、良き色の石だ。お主に良く似合う」

 ふっと笑いながら呟いた鑪に、ボンッと顔が一気に熱くなる。突然推しから齎された供給に耐え切れず、真っ赤な顔を手で覆ってしゃがみ込んだ。

(たったらさぁあああん!? 急なファンサは心臓に悪いんですけど!?)

 落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、晶子の耳にチャリンと小気味良い音が届いた。

「まいどあり!」

「なーなー、晶子のやつ支払うついでに俺様の分も買ってくれよ~」

「息子への土産だろうに、我が購入しては意味が無かろうが」

「ちぇっ」

「……ん!? は、え!? 鑪さん何してんの!?」

 理解するのに少し時間がかかってしまったが、鑪の手から零れ落ちているペンダントチェーンを見つけて飛び上がる。

「支払いを我がしただけの事、そんなに驚く事でも無かろう?」

「なんで!? あたし自分で支払い出来ましたよ!?」

「我がお主に贈りたいと思ったからだ」

 さらりと言って首を傾げる鑪に、晶子は痛い程高鳴る心臓を抑えて崩れ落ちた。

「なんでそんなにかっこいぃのぉ……」

「くくっ、御褒めに与り恐悦至極でござるな。さぁ、手を」

 実に愉快だと笑う鑪に手を差し伸べられて、晶子は顔を皺くちゃにしながらその手を取る。鑪は立ち上がった晶子の後ろに回り込むと、壊れ物に触れるようにして、首元にペンダントを付けた。

「うむ、晶子は元より顔立ちが整っておる故、良く似合っておる」

「おぉ! 良いじゃねぇか! 蒼も目の色とお揃いだし、金の髪色とも合ってて益々美人に磨きがかかってるな!!」

「え、っと……ありがと」

 絶賛する鑪とアルベートに、嬉しい反面ほんの少し恥ずかしくもなる。この世界に来て相手を称賛する事は多々あったが、ここに来てまさか自分がそう言われる立場になるとは。

「あ、そう言えば、このカイアナイトの片割れは?」

「それならば今、フォルに調整させている」

 どういう意味かと考えていると、いつの間にか姿を消していたフォルナックスが、奥の加工場から戻って来た。

「ほらよ、腕輪にしといたぜ。これなら刀を振り回しても邪魔になんねぇだろ?」

 差し出されたのは、中心にカイアナイトが埋め込まれた銀の腕輪。花の沈み彫りが施されたそれを受け取ると、鑪は自身の左上腕手首にそれをはめる。

「うむ、我の腕にもしっかりと馴染む。流石は、先代工房主の息子だな」

「だろぉ~!? オレの手にかかれば、これ位朝飯前よ! ガッハッハッハッ!!」

 あの短時間でペンダントを腕輪に加工しなおしてしまうとは、かなりの実力者なのだなと改めて思った。

「対のカイアナイトは我が持つ。次にお主が何処へ行こうとも、この石が我を導いてくれるだろう」

(あ、これあれだわ、こっそりヘリオさんとこ行った話について言われてる……)

 宿に戻ってすぐに洗いざらい吐かされ、アルベート共々散々叱られたのを思い出し、苦虫を噛み潰したような気持になった。

(まあでも! 推しから貰った物には変わりないよね!?)

「うぅ、ありがとうございます……このお返しは必ずしますんで!!」

「返礼を期待した訳では無い、気にするな……フォルよ」

 鑪は身を翻して店を出ようとしたが、ぴたりと立ち止まるとフォルナックスの名を呼ぶ。

「ん?」

「スピナルドの事、御悔み申し上げる。我に出来る事は何もないが……せめて、彼の者の冥福を祈ろう」

 そう言うなり返事も聞かず、足早に歩き去ってしまった。

「あ、ちょっと鑪さん!? アルベート、早く会計しちゃいなよ! フォルさん、あの、ありがとうございました!! それと、御悔み申し上げます」

「ちょ、待てよ! おいフォル! これくれ!! あと俺も、御悔み申し上げるぜ」

「……! おう、ありがとな。また来てくれよ!!」

 晶子はアルベートに会計を済ませるよう急かすとフォルナックスに一礼し、慌てて鑪の背中を追いかけるのだった。

次回更新は、8/30(金)予定です。

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