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「ひとまずは……一件落着、かな?」

※ 一部気になった部分を加筆修正、誤字を訂正しました。

 物言わぬ怪物の骸からは、淀みの名残が煙のように立ち昇る。

(うっ……腐ったみたいな臭いやばっ。てか、さっきまでこんな臭いしてるモンと戦ってたとか、良く吐かなかったなあたし。事態の対処に必死過ぎて嗅覚バグってたんか、いや、それとも怪物を倒したから死臭として臭ってきたのか……前者に関したら、正直こんなの気にしてたら、戦闘どころの話じゃなかっただろうけども)

 鼻を摘まみながら怪物の傍らに膝を着いた晶子は、胃液がせり上がって来るのを何とか堪え、まじまじと亡骸を見た。

 核になっていた結晶は跡形も無く消え去り、胸にはぽっかりと穴が開いている。淀みの影響が失われたせいか、体中を覆っていたダイアモンドも剥がれ落ち、くすんで灰色に濁った石屑に成り果てている。

「っか~! すんげぇ臭い、鼻が捥げちまいそうだ」

「ミニゴーレムに鼻は無いでしょうが。てか嗅覚あんの?」

「俺様は特別製なの!!」

 無い鼻を摘まむ真似をしているアルベートにそうツッコめば、彼は目のランプを赤く釣り上げて反論した。

「晶子、アルベート、遊んでいる場合では無い。再編は出来そうなのか?」

「遊んでねぇよ!!」

「軽く見た感じ、淀みの影響も殆ど抜けてるから、問題無いと思う。ただ……」

 いつものノリで軽口を叩き合うのを鑪から諫められ、アルベートが文句を言う。対して晶子はと言えば、アメジアとダイアナ、二人分の再編に必要な要素が怪物に残っているのを確認して頷くも、残る不安要素に眉を下げた。

「ただ?」

「あたしが再編したのは、アルベートの一回だけ。おまけに、成人男性以上の大きさをしたものも、二人同時の再編も初めてだから、ちょっと……」

「アルベートの時のようになってしまうのを案じているのか?」

 はっきりと言い切った鑪に、晶子は黙り込む。たった一度しか行っていない再編を実行する事に対する懸念も、望まぬ形で復活させてしまうのではという危惧も、どちらも間違いでは無かったからだ。

(スーフェちゃんに、声高らかに再編する! って宣言しておいて、何をいまさら怖気づいてんだか……しっかりしろ、あたし! あんたは女神に選ばれた再編者(リジェネーター)でしょ!!)

 気合を入れる為に両頬を叩いた晶子は膝立ちになると、横たわる怪物に両手を翳す。アルベートを再編した時の感覚を思い出しながらマナを注げば、蒼い輝きが亡骸を包み込んだ。

「おい、再編だなんだのと言っていたが、女神の力を使って一体何をするつもりだ!?」

「五月蠅い、今集中してるから黙って」

 怪物と言えど、元は兄であったもの。それに女神の使者が何をしようとしているのかが気掛かりなようで、アラゴが大きな声で尋ねてくる。それに邪魔だと素気無く返せば、彼はまだ何か言いたげにしつつも大人しく口を噤んだ。

(落ち着いて、何も分からないあの時とは違うんだから、慎重に……)

 心配そうな周囲の視線に晒されながら、強くイメージしながら手元のマナを懸命に操作する。柔らかな黄金色の輝きが零れだすが、光の明滅は激しく、安定していない事を示していた。

(ぅっ、気を抜いたら思いっきりつっこんじゃいそう……。アルベートの時は無我夢中でマナを流し込んでたから、細かい所の加減が分からないよぉ……女神、これどうすれば良いの? ねぇ、聞いてるー?? ……なんでこういう時に限って話しかけてこないかなぁ!?)

 何度か呼びかけてみるも、全く応答せず、肝心な時に頼りにならない女神に憤る晶子。

 繊細な操作を必要とする作業に苦戦している中、額を伝い流れる汗が手の甲に落ちた瞬間、怪物の亡骸に注がれていたマナが激しく乱れ、カッと光が強くなった。

(!? あ、あかん!!)

 咄嗟に手を離した事で難を逃れたが、あのままマナを注入し続けていれば、まず間違いなくアルベートの二の舞になっていただろう。

「おい、大丈夫か!?」

 急に再編を止めた晶子に、アルベートが何かあったのかと慌てて問いかける。

「う、うん……けど、マナの操作が安定しないから、想像以上に難しい……今も、こう、ぐわっとマナを入れかけたから、怖くて手を離しちゃった」

「うーん、俺様の時は女神から助言があったんだろ? 聞けねぇのか?」

「それが……何回も呼びかけてるんだけど、音沙汰が無くて」

「っかぁー!! あんの駄目神、全然役に立たねぇなぁ!!」

 シャカシャカと頭部を掻き毟るような動作で苛立ちを表現するアルベートに、困惑した様子のスーフェが声をかけた。

「あの、アルベート様。貴方様の時とは、一体どう言う事でしょうか……?」

「ん? ……あー、そう言えばちゃんと言って無かったな。俺様は一回、さっきお前らも見た黒い蛇に殺されてんだ」

 なんでもないように告げたアルベートの言葉に、スーフェ達が息を呑んだ。

「……ダリル様が言っていた父とは、アルベート様の事だったのですか?」

「そう言うこった。俺様とダリルは旅の途中で出会ったこいつらと未開の洞窟に入り、その最奥で黒い蛇に襲われた。その時に晶子を庇って死んだんだ。それに責任を感じて、こいつは女神の力で俺様を再編、まぁ、蘇らせてくれたって感じだ。ちぃっと手違いがあって、こんなちんちくりんになっちまったがよ」

 それが、晶子がこの世界を正しく現実だと認識し、全てを救う決意をした原点である。

「なるほど、だから初めて晶子様のハウスにお邪魔した時、ダリル様がアルベート様を『父さん』と呼んでいたのですね」

「ああ、まあ……てか、聞こえてたのかよ。何も言ってこないから、てっきり聞こえて無いもんだと思ってたわ」

 驚きつつも納得したような面持ちをするアイオラに、アルベートが困ったように頬を掻いた。

「僕もスーフェ様も、お二人が互いを大切にしているのは気付いていましたから、そう呼ぶのも一種のコミュニケーションなのかと思っておりました。まさか、実の親子で晶子様に助けていただいた御本人だったとは」

「あーあー、そんな堅苦しいのは良いんだよ。そんな事より、今姫さんが聞きたいのは、俺様が『再編された存在』ってとこだろ?」

 ダリルとの関係性を冷静に分析されてむず痒くなったのか、アルベートは強引に話題を戻す。

「晶子は俺様を諦めたくなかったのさ。この世界じゃ、女神の力は諸悪の根源だって言われてるのにだぜ? それを迷い無く使ってよ……下手したら、鑪に敵対されてたかもしれねぇってのに」

「それは……そこまで頭に無かったって言うか……」

 よくよく考えれば、アルベートの言う通りである。かつての大戦で対峙していた創世の女神。その力を扱う見ず知らずの女など、普通であれば危険分子として即処分対象になっていても不思議ではない。

(きっと、最初に出会ったのが鑪さんだから、あたしはこうしてここにいる。きっと、他の英雄達じゃダメだった)

 英雄一頑固かつ誠実な武人である鑪だからこそ、晶子の事をただ否定すのではなく、監視の名目はあれど助けてくれるのだろう。

 最初に出会えたのが彼で本当に良かったと、晶子はひっそりと吐息を零した。

「それだけ、お主等親子が晶子にとって大事な存在であったという事であろう」

 そんな事を考えていると、アルベートの話を黙って聞いていた鑪が言った。

「我が晶子と出会ったのは、女神の力を感知して駆けつけた草原だった。我よりも遥かに小さな娘から感じる宿敵の気配に、警戒しつつ様子を窺っておったのが……」

 じっと自分を見下ろしてくる鑪に、晶子は首を傾げて見つめ返す。

「だが……ふっ、あまりに純粋に我を(しと)うてくれる娘に、刀を向ける事は出来なかった」

 浮かべる笑みは自らに向けた嘲笑か、それとも苦笑だったのか。晶子には人ならざる者の表情を正確に把握は出来なかった。

「我が行動を共にするのは、女神の力を持つ晶子を見極める為である。世界を救う救世主か、はたまた混沌を齎す邪悪であるか」

「貴殿の御眼鏡には適ったのかね?」

 ヘリオの問いかけに返事を返さない代わりに、晶子の隣に片膝を着いた鑪。

「晶子よ。その再編、我も共に行おう」

「へ?」

 そう尋ねて来た彼に、そんな事を言われると思わず少々間抜けな声を出してしまう。

「お主は目の前の命を救わんとするあまり、力み過ぎているのであろう。専門外ではあるが、我はお主よりもこの(たぐい)の力の扱いには長けておる故、補佐程度の事は出来ようぞ」

(鑪さんにとっては忌々しい力、きっと触れたくも無い筈……でもぶっちゃけ、有難い提案だわ。鑪さんなら、安心して任せれるし)

「……良いんですか?」

 言いたい事が分かったのだろう、鑪が無言で頷いた。それに不思議な程の安心感を抱きながら、晶子は真剣な面持ちで補助を頼む。

「何をすれば良い?」

「向かい側に移動して、あたしの手に鑪さんの手を重ねて一緒にマナを注いでください。もしあたしがマナを注入し過ぎたり、不安定になったりしたら支えて欲しいです」

「相分かった」

 そう言って、怪物を挟んで晶子と向き合う形になった鑪が一対の手を重ねた。自分の手が一回り以上大きな掌に包まれたのを確認した晶子は、再編された彼等を思い浮かべながらゆっくりとマナの注入を開始する。

 より繊細に、より緻密に、より慎重に……時折ブレてしまうマナの流れを、対面に座している鑪が都度修正する。

(流し込んでるマナ越しに、鑪さんを感じる……安心感半端ないし、不安でいっぱいだったのが嘘みたい)

 混ざり合う二人のマナに、先程まで晶子の胸に渦巻いていた憂いが薄れていく。それに共鳴するように掌から注がれる黄金の光は優しく煌めき、王の間を柔らかな色に染めた。

「この、温かな光が……女神の力なのか?」

「神話に語られる女神のものとは思えないくらい、優しい光だね、アラゴ兄さん」

 邪悪さの欠片も感じ取れない輝きに、呆然と見惚れるアラゴとトパシオン。

「陛下、スーフェ様、美しい光ですね」

「あぁ」

「えぇ、とても……とても綺麗で、素敵な輝き」

 アイオラに同意を示しながら、真摯な眼差しで晶子達の手元を見つめるヘリオとスーフェ。

「ほぉーん、俺様ん時もこんな感じだったんだな?」

 かつて自身が体験したであろう現象を目の当たりにして、その幻想的な光景に感心するアルベート。

 言葉少なに事の成り行きを見守る人々を尻目に、晶子はイメージを固めていく。

(アメジアさんは……人間として再編するには淀みに汚染され過ぎてる。だったら、ダイアナさんの性質で補えば)

 頭の中で二人の新たな姿を想像した晶子は、アルベートの時と同じように怪物の亡骸を大きな金の繭で包んだ。

(あの時は力任せに再編したけど、今回は鑪さんもいる。大丈夫、だいじょうぶ。落ち着いて……)

 晶子と鑪、二人分のマナを注がれた繭は強い光を放ち始め、瞼を閉じていてもその眩しさを感じる程になっていた。

 まもなく再編が完了すると察した晶子は、余計な力を込めないように気を付けながら、繭の中で編み直されていく二人に願いをかける。

(アメジアさんとダイアナさんの行く先が、明るい未来に繋がっていますように)

 次の瞬間、繭は一度だけ大きく明滅すると、蝋燭程度の明るさに落ち着いた。晶子が恐る恐る目を開けるのとほぼ同時に、淡く光り輝く繭は糸が解れるように形を崩し始める。

(ぇ、えぇ!? これ大丈夫なやつか!? ちょえ、え!?)

 予想外の出来事に、晶子は動揺した。そもそも、前回は気絶してしまっていたので、どのようにして再編が終わるのか詳細を一切知らないのだ。崩壊していく繭に、焦せるのも仕方ない。

「案ずる事は無い。再編は無事に行われた、その証拠に」

 頭を抱えて慌てふためく晶子を宥め、鑪が指差した先。仄かな明度を保ったまま半分程消失してしまった繭の残骸の中から、すらりと『二人』の影が起き上がり、閉じられていた目を開く。

「あ!」

 晶子が驚きの声を上げるのも、無理は無かった。彼らの瞳はそれぞれの深い紫と銀灰色を分け合ったオッドアイに、二人の体は宝石族としての特色を色濃く受け継ぎつつ、ダイアモンドとアメジストの複合型に。

 人と宝石族、二つの種族が混ざり合った再編という形になったようだが、彼等がアメジアとダイアナである事に違いなかった。

「兄様!! 義姉(ねえ)様!!」

 と、見守りに徹していたスーフェが、アメジア達に抱き着いた。ぼうっと心ここに在らず状態だった二人も、自分達を呼ぶ家族想いな末妹(まつまい)の声によって、ようやく意識が覚醒したようだ。

「スー、フェ?」

「スーフェ、さま?」

「にぃさま、ねぇさま……!! よかった……よかった……!!」

 震える声でそう繰り返すスーフェは、もう二度と離さないと言わんばかりにアメジア達を抱きしめる。

 幼子のようにしがみ付いて泣く妹の姿に、アメジア達は顔を見合わせて、困ったように眉尻を下げた。

「……すまなかったね、スーフェ」

「……ごめんなさい、スーフェ様」

 揃ってそう小さく謝罪を口にすると、彼らはおずとずとスーフェを抱きしめ返す。

「っ……!! ぅ、うわぁあああああああぁ!!」

 とうとう嗚咽を堪えきれ無くなったスーフェが、大粒の涙を流して泣き喚く。それでも、彼女の両腕は、決して二人を離そうとはしなかった。

「アラゴ、トパシオン。お前達にも、心配をかけたな」

「兄上の御帰還、心待ちにしておりました!!」

「おかえりなさい、アメジア兄さん」

 敬礼するアラゴも、穏やかに微笑むトパシオンも、アメジアに答える声は少し震えている。気丈な態度を崩さない弟達に苦笑しながら、アメジアはアラゴ達に「流石、私の弟達だ」と言った。

「ダイアナ」

「アイオラ、迷惑をかけてしまってごめんなさいね」

「全くだよ。命は狙って来るし、城はボロボロにしちゃうし、陛下達も危険に晒してさ」

 ダイアナからの謝罪に、アイオラが皮肉っぽく言った。それでもその面持ちは複雑そのもので、彼がダイアナを憎み切れていない事を物語っている。

「……おかえり」

「! ……えぇ、ただいま」

 二人はそれだけを躱すと、それきり口を噤むのだった。

(スーフェちゃん、ダイアナさんに向かってぽろっとお姉ちゃん呼びが出ちゃってる……アラゴとトパシオンは頬っぺた赤くなってるし……一歩後ろで見守り体勢のヘリオさんもすっごく安心した顔しちゃって……あ~最高かよ??)

 スーフェがアメジア達に抱き着いたあたりで家族の再会に水を差さないように、ひっそりと玉座の近くへ移動した晶子は、転がっている残骸に腰掛けてその光景を眺めていた。

「お疲れさん。ほらよ」

 ぼうっとしている晶子に歩み寄って来たアルベートが、労いの言葉と共に預けていた鞄を差し出した。

「ん、あんがと。ポーション使い切ったかんじ?」

「ほぼな。あと一本二本はあるんじゃねぇか?」

「んな適当な……」

 はっきりしない物言いのアルベートに呆れながら、晶子は鞄の口を開く。中を覗き込めば、最後の一本らしきポーションがころんと転がった。

 晶子はそれを手に取ると、いつの間にか傍で待機していた鑪を手招きし、近づいてきた彼に思いっきりぶっかける。

「!?」

「晶子!? お前何してんだ!?」

「え、鑪さんも結構傷ついてたし、回復しないとって」

 至極当然の事をしたまでなのだが、「いやいやいやいや!?」とアルベートから全力でツッコまれてしまう。

「いきなりぶっかける奴があるか!! 見ろよ! ポーション顔面からぶっかけられると思って無くて、鑪の野郎固まっちまってんじゃねぇーか!!」

「おぉ、水ならぬ、ポーションも滴る良い男がいる~」

「お前さては疲れて頭のネジ緩んでんな??」

 ぽやぽやと笑う晶子の様子に、アルベートが呆れたように言った。

「冗談よ。でも回復しないとって思ったのは本当だから」

「……このポーション、良く出来ておるな」

「反応それで良いのか!? 流石に怒って良いんだぜ鑪!?」

 一方でポーション塗れになってしまった鑪は、驚きのあまり見当違いな事を呟いて呆然と立ち尽くす。

「しかし、ポーションは我よりも晶子に使うべきだと思うのだが……お主の体、傷だらけであろう?」

「それ最後の一本だったし、鑪さん優先。あたしはハウスに帰れば在庫あるし、適当に手当てしとくから。……ま、でも」

 そう言って、晶子は鑪に向けていた視線を、再びスーフェ達へと戻した。涙を流し合いながら抱擁し合う家族達の姿に、晶子は知らず知らず笑みが零れ落ちる。

「一先ず、一件落着……かな?」

 帝国の未来が事を確信しつつ、大きく伸びをして安堵の息を吐いたのだった。

次回更新は、8/23(金)予定です。

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