「速攻終わらせるんで、ついて来てくださいね」
暫く歩き続けた晶子達が辿り着いたのは、チュートリアルのメイン舞台となる洞窟だった。目的地である古代遺跡は、この地下深くにある。
アルベートがリュックから取り出したカンテラの光を頼りに洞窟に足を踏み入れた晶子達は、順調に深い場所へと進んでいった。
「それにしても、この時世に光石カンテラを目にする事が出来るとは。随分と古い魔道具を持っておるな」
「お、これの事知ってんのか? 俺様の爺さんの、そのまた爺さんの爺さんの物だったんだがよ、俺様が冒険家になるって時に親父から貰ったんだ」
アルベートが自慢げに掲げて見せたカンテラの中には、明るく輝く結晶が収められている。少しの陰りも見せない光に、鑪の金色の目が感心したように細められた。
「光石カンテラは、かつては世界中の鉱山で使用されていた燃料要らずの魔道具だ。一度マナを注ぎ込めば半永久的に動き続ける事からも重宝され、今でも廃棄された坑道などで見かけられる」
「そんなに古い道具だったんですね……あれ、でもこのカンテラは点灯式みたいですけど」
「アルベート殿の手にあるカンテラは、日常生活における利用を目的として改良された代物だ。当時の人々が知恵を絞り、生活を豊かにしようとした努力の結晶とも言えるだろう」
自身の疑問へ真摯に答えてくれた鑪に、ダリルの緊張も幾分かマシになってきた様子。カンテラの事から古代の歴史についてなど、様々な事を質問している。鑪はそれに嫌な顔一つせず、丁寧な解説と返答をしていた。
何時にもまして楽しそうな息子の姿が嬉しいのか、アルベートは二人の会話に割って入る訳でも無く、満足そうな笑顔を浮かべて先頭を歩いていく。
(……? こんなやり取り、無かったよね? そもそも、鑪さんの存在がイレギュラーだし、その影響で夢も勝手に話を作り上げてる?)
一方、晶子はこの現状に、段々と違和感を感じていた。ありえない存在の出現、見た事も無いイベントシーン、まるで本当に生きているかのようなキャラクター達……どれもが、夢と言うにはあまりにも現実味があり過ぎる。
(これも全部、こうだったら良いなって思ってる、あたしの願いを反映しているから?)
「……い……おい、晶子!」
驚いて顔を上げれば、三人の男達がこちらを見つめていた。
「どうしたんだ、ぼうっとしちまって。腹でも痛いのか?」
「父さん……女性にそういう事を聞くのは失礼だよ。でも、本当にどうしたんですか?」
父親の無神経な言葉に、ダリルが呆れたようにフォローを入れる。鑪も言葉には出さないが、視線は真っ直ぐに晶子に向けられていた。
「え、あ、あぁ、何でもないんです。洞窟とか入った事無いんで、ちょっとドキドキしてて」
「冒険者なのに洞窟に入った事無いのか? ははぁ……さてはお前、最近冒険者になったばっかの新米なんだな! まあ、安心しろ。このベテラントレジャーハンターの俺様がいれば、この程度の洞窟なんて、あっという間に攻略して見せるからな!」
晶子の言葉を勝手に解釈したアルベートがドヤ顔で胸を張った。
「父さんは戦うの苦手でしょうに……でも、安心してください。戦闘になった際は俺もいるし、いざとなったら鑪様もいらっしゃるんで」
「戦事には長けている、存分に腕を振るおうぞ」
「あはは、頼りにさせてもらいます」
いつの間にか鑪を名前で呼んでいるダリルが安心したように笑う。二人のやり取り見ていて、やはり何かが可笑しい気がすると晶子は感じた。
(そう言えば、ここまで結構歩いてきたけど、一回もモンスターに出会ってないのは偶然? 鑪さんが居るから? ……それにしたって、生き物の気配も無い……あれ、あたし何でそんな事分かるの? これも夢だから……?)
考えても答えは出ず、悶々とする心はだんだんと不安を募らせていく。
「さあさあ、どんどん進んでくぞ! お宝が俺様達を待ってるからな!!」
「あ、ちょっと! 俺達を置いてくなよ、親父ってば!!」
意気揚々と足早に進んで行くアルベートを、ダリルが慌てて追いかけて行く。自由な父親に振り回される息子の姿に、晶子は思わず苦笑が零れた。
(……まあ、夢なんだから考えても仕方ない、かな。)
全て夢だから……違和感も不安も全てそう思い込むことにした晶子は、顔を見合わせた鑪と親子を追いかける。
時折見つかる古い階段を何度か下り続けていれば、最奥らしき開けた空間に辿り着いた。
(あ、ここボス戦するとこじゃん)
所々に崩れた建物の残骸が埋まる土壁を見上げながら、この後の展開を思い出す。
(えっと、たしかこの部屋の中央に宝箱があって……)
「おっ! 見ろよ、こんな所にお宝があるぜ!!」
そう思った瞬間に、アルベートが一目散に駆け出していった。そこには、あからさまに置かれた豪華な装飾付きの宝箱。
ゲームの中であればありきたりな光景だが、そのあまりにもわざとらしく設置されたそれに、晶子はなぜか嫌な予感を覚えた。
「親父ってば……ここまでモンスターがいなかったから良かったけど、いつ何が起きるか分からないんだから……」
「まーまー、そう固くなるなって! せっかくここにお宝が——」
——ガキンッ
アルベートが言い終えるよりも早く、晶子の傍で周囲を警戒していた鑪が、一瞬で駆け寄り、宝箱の影から伸びて来ていたナニかを一対の太刀で受け止める。
少しの鍔迫り合いの後に太刀を振り上げてそれを振り払うと、腰を抜かしているらしいアルベートを抱えて後方に飛びのいた。
それとほぼ同時にアルベートがいた場所の地面が大きく抉られる。カランと転がったカンテラの光によって浮かび上がったのは、全身が黒く塗りつぶされた蛇のような存在だった。
目に当たる器官は無い筈なのに、二つ……もしくは、それ以上の数の視線がこちらを睨みつけている。
(な、何アレ……ゲームで出て来たボスは雑魚的の群れだったのに……あんな、得体の知れないモンスターじゃ無かった! てかホントにモンスター!? 見た事も聞いた事も無いんだけど!?)
記憶を掘り返しても存在しない生物らしきものに、晶子は混乱する。
「晶子殿、アルベート殿を頼む」
「ぅえ!? あ、わ、分かりましたっ!」
晶子の傍にアルベートを下ろした鑪の言葉に反射的に返事をすれば、彼は一つ頷き返して、鞘に納めたままだったもう一対の太刀を抜いてモンスターに対峙するダリルの隣に並び立つ。
「鑪様、よろしくおねがいします!」
「承知した、任されよ!」
それ合図に、今まで一切動く気配が無かったモンスターが一気に距離を詰めて来た。頭から突っ込んでくる攻撃を左右に分かれて交わした二人は、それぞれが手にした武器を使い、襲い来るモンスターの攻撃を時に受け流し、時に受け止めながら戦う。
愚直ながらも的確に相手へ両手剣を振り下ろすダリルと、舞うように繰り出される鑪の剣技は、決して互いの邪魔をせずに敵にダメージを与えていく。
(す、すごい……! 二人共、昔から一緒に戦って来たみたいに息ぴったり!! なんて役得な夢——)
「晶子!!」
二人の戦士の戦いに見惚れていた晶子は、叫ぶように自分の名前を呼ぶアルベートの声にハッとする。
同時に、カンテラの光が届かない死角から強い害意を感じてそちらを見た。闇に紛れて姿は見えなかったが、鑪達が対峙しているのと全く同じ存在がいると、確信に近いものがあった。
「晶子さん!!」
「ぐっ、邪魔立てをするな!!」
離れた場所で未だ応戦している鑪とダリルの周囲には、いつの間にか最初の個体と同じような真っ黒なモンスターが複数現れており、こちらに駆けつけて来ようにも動けそうに無かった。
(あ、れ……これ、ゆめ……?)
現状に理解が追い付かない晶子を余所に、それはようやく姿を見せたかと思うと、鎌首を擡げる。突然頭部に当たる部分が捩じれた針のように変形し、晶子へ向かって、真っ直ぐに振り下ろされた。
(あ、これ死)
スローモーションみたいに流れていく目の前の光景に、嫌に冷静な頭が理解する。鋭い刃先が体に突き刺さる瞬間、ぐいんと体を強く引かれた晶子は、勢いのまま後ろに尻もちを着いた。
一体何がと腰を擦る晶子の顔面に、何かがピシャッとかかる。やけに生暖かい温度のそれに、恐る恐る付着した液体を手で拭った。
「……血?」
そう認識した途端、正常に機能していなかったらしい鼻が鉄臭さを感じ取る。急激に動き始める心臓に息が荒くなる中、晶子は血液が飛んできた先を見た。
「っう……怪我、ねーか、晶子」
黒いモンスターに体を貫かれて、血を流すアルベートがそこにいた。
「……は」
(え、は、まって、なんで……なんでこんな、こんなこと……え?)
なぜ彼が体を貫かれているのか、こんな場面はゲームには無い、これは夢の筈……困惑に埋め尽くされる思考に、晶子は眩暈がしそうだった。
「父さん!!」
「へへっ……心配すんな、ダリル……これくらい、大した、事じゃ……」
ダリルの悲痛な叫びにハッと顔を上げた晶子は、アルベートが自身を貫くモンスターを逃がさないよう、両手で抑え込んでいるのに気が付く。
「安心しろ、よ、晶子。お、れ様、が……ちゃんと守ってやるからな」
「アル、ベート……」
無理矢理に口元に笑みを浮かべてこちらを振り返る姿に、晶子は彼の名を呼ぶ事しか出来ない。
(こんな、事……ありえない、夢でも、こんな、こんな大好きなキャラがあたしを庇って、大怪我して……これが、ホントに、夢? だって、この血の温かさも感触も、鉄臭さも、全部……全部)
認めたくないと言う気持ちと、認めなければと強要する脳がぶつかり合う。
(こ、こは………………現実……?)
受け入れたくない現実に、真実に気付いた晶子は呆然と座り込むしかなかった。
「どけ、どけよ!!」
「ダリル殿! 無暗に敵前へ出るでない!! 父上の元へ行く前にお主まで倒れては意味が無かろう!!」
アルベートの所まで戻ろうと我武者羅に剣を振るダリルと、それを諫めながらも同じくどうにかして道を切り開こうとしている鑪の声。
「ぐぅ……おと、なしく、しやがれってんだ……この、ごぼっ……まっくろ、モンスターめ……!!」
頭部を抜こうと藻掻くモンスターを、爪を立てて逃がすまいとするアルベートの口から吐き出される血。
これが夢などではないと、その全てが晶子に現実を突き付けてくる。
酷く混乱するものの、どういう訳か不思議とこの不可解な現象をすんなりと受け入れている部分もあって、それが余計に晶子を戸惑わせた。
だがそんな気持ちは、アルベートに襲い掛かろうとする二体目のモンスターを捉えた時に一瞬で霧散する。
代わりに晶子に沸き上がったのは、胃の中から燃え上がり、己の体を焼き尽くしてしまいそうな程の激しい怒り。
晶子は一瞬で立ち上がると、アルベートの腰に下げられたままの剣を器用に抜き取る。そのまま流れるような手捌きで、彼を貫いているモンスターの首を切り落とした。
(なんでだろ、体が……すごく軽く感じる。それに、武器なんて触った事も無い筈なのに、迷いなく扱えて……)
憤怒の熱に浮かされる体躯とは裏腹に、冷水に沈められているように冷めた脳裏で暢気に考える。
のたうちながら残された真っ黒な体にトドメの一刺しをお見舞いすると、二体目の攻撃を上手く受け流して再び首を落とした。
「しょ、こ……おまえ……」
「喋っちゃ駄目。すぐに、全部かたずけてくるから」
何か喋りだそうとするアルベートの口を指先で優しく塞ぎ、晶子は剣を握り直すと地面を蹴って鑪達の方へと一気に距離を詰める。
それに気付いたモンスター達が晶子を見るも、攻撃行動を起こすよりも早く、数匹の体と首が分断された。
「晶子さ、」
「ダリル君、お父さんの所に行ってあげて。ここはあたしが引き継ぐから」
「……っ、はい!」
顔も見ずに晶子がそう告げれば、ダリルはほんの少し躊躇したものの、すぐにアルベートの元へ駆け寄って行った。
「鑪さん」
(今は、現実とか夢とかどうでも良い)
スッキリとしている視界で漆黒の魔物を睨みつけながら、晶子は剣を構え直す。
「速攻終わらせるんで、ついて来てくださいね」
(今やるべきは——目の前に居るこのクソどもを、一体残らずぶっ潰すってだけ!!)
「……くははっ、相分かった」
心底愉快そうな鑪の声を聞いて、晶子は向かって来たモンスターに飛び掛かった。
次回更新は、1/26(金)予定です。