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「アメジアさん達を取り戻す」

※ 誤字を修正しました。

「はああああああ!!」

 ディグスター兄妹の中で最初に怪物へ斬りかかったのは、次男のアラゴだった。振りかぶった白銀の騎士剣と怪物のダイアの剣がぶつかり合い、火花が爆ぜる。

 その合間を縫って飛び出したのは、トロベール白金の手甲を身に着けたスーフェ。彼女はアラゴの脇をすり抜けて怪物の死角から懐に潜り込むと、容赦のないアッパーを決めた。

「グラスランサー!!」

 怪物がよろめいたのを見たトパシオンは、アラゴ達の少し後方で立ち止まると、短い詠唱を唱えマナで出来た木の葉を生み出す。

(なんや、やれば出来るやん……と、言いたいとこやけど、こりゃ駄目だ)

 無数に生み出された木の葉は怪物へ向かって飛んでいくものの、途中で地に落ちたり明後日の方向へいったりと安定しない。

 普段から土属性の魔法以外を使わない弊害か、良く見れば木の葉の形も微妙に崩れていたりして、怪物に当たっても大したダメージを与えられていないようだった。

「うぅ、もうちょっと真面目に他の属性魔法も勉強しとくんだった……」

「今更泣き言を言っても致し方あるまい。だがまあ」

 悠然とした態度でトパシオンの隣に並んだヘリオが、大剣を床に差して怪物に右手を翳す。

「ローズドレイン!」

 ヘリオが魔法を発動させた瞬間、床から勢い良く伸びた低木によって貫かれ、怪物が声とも音とも表現出来ない叫びを上げる。低木は怪物の体内に根を張ると体力を吸い取り始め、それはそれは美しい真紅の薔薇を咲かせた。

「余も、あまり人の事は言えぬ。我々は輝石と鉱石と共に歩んできた者故、地属性魔法以外は大した威力をだせんからな」

(きゃあ~!! ダンディーなイケオジの戦闘シーン、しかも上級魔法を使ってる場面を拝めるなんて……感激やで~!!)

 画面越しですら見る事の叶わなかったヘリオの戦う姿に、感動に咽び泣く晶子。だが不意に、ある疑問が浮かんだ。

(ん? あれ待てよ? ローズドレインって、木属性の下級魔法だったよね……?)

 WtRsの主人公はチュートリアル終了後、最初のクエストを開始する直前に魔法を使えるようになる。各属性の最下級魔法が一つずつ用意されており、以降はレベルアップとクエストクリアによって使用可能な魔法が増えていくのだ。

 ローズドレインは最初に覚えている魔法の中で唯一回復効果を持ち、消費MPも少なく、かつ回復手段の限られている序盤ではかなり重宝された魔法だった。

(でもアレ、蔓薔薇が生えて来て相手に絡みつくって感じのエフェクトじゃなかったっけ?)

「……大した威力を出せないと言いつつ、下級魔法を上級魔法並みにしてしまえる段階で謙遜できていませんよ、父上」

 呆れたようなドン引きしたようなトパシオンの言葉にギョッとして、晶子は思わずアルベートを振り返る。

(まっじかよまさかの下級魔法を超強化して使ってるの!? てかそんなん出来んの!?)

(んへ!? いやいや知らん知らん!! 少なくとも俺様はそんな話、聞いた事ねぇよ!!)

 アルベートも初めて聞く話にとても驚いているらしく、目が合った晶子に対して必死に首を横に振っていた。

「大した事では無い。これも、妻の教えの賜物よ」

「ほう……皇妃殿は魔法の扱いに長けていたのか」

 場に縫い付けられて動けなくなっている怪物から距離をとった鑪が、ヘリオの隣に並んで尋ねる。

「普段は穏やかだが、こうと決めたら頑固な女でな。いざという時の手段はいくらあっても良いと言って、それはそれは厳しく扱かれたものだ……」

(と、遠い目をしてらっしゃる……相当スパルタだったんだ……)

 一体どんな扱きを受けたのか全く想像出来なかったが、ヘリオの様子からするに、かなりのものだったのだろう。

「だが……余には勿体無い程に、素晴らしき女性であった」

 そうして思い出を語るヘリオの表情は、とても穏やかなものだった。

(場違いなのは分かってるけど、敢えて言わせて欲しい。奥さんの事思い出してちょっとしんみりしちゃってるヘリオさん、良きです!! とっても良き!! ゲームの中では見られない生の反応!! 良き良きの良き!!)

(うわうるさっ!? 心の声なのにうるせぇよ!! てかホントに場違いだな!?)

 憂いあるヘリオを見て、晶子は内心親指を立てる。力を込めて良いを連呼する晶子があまりに五月蠅く、色々と繋がりの深いアルベートは抗議した。


——バキンッ


「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 そんな風に余所見をしていた晶子は、硬い物が割れる音に続いたアラゴとスーフェの悲鳴に驚き、吹き飛ばされて転がって来た二人に慌てて駆け寄る。

「ど、どうしたの!?」

「怪物の様子が……」

 同様に後方から駆けつけたアイオラの困惑する声につられて怪物がいた所を見れば、そこに怪物の姿は無かった。あるのは、根元からへし折られた無残な姿の低木と、ダイアモンドの塊、そして階下が見える程に深く開けられた床の穴だけ。

(怪物がいない!? 一体どこに……あの塊、怪物の形をして?)

 姿を消した怪物のマナを探知しようとしながら、目の前にある違和感の正体をひたすら考える。

「……あ”!? 脱皮かコレ!?」

 束の間の思考の末、不意に思い浮かんだ言葉を思わず口にした瞬間、微弱な振動が足元を揺らし、瓦礫の欠片が踊るように跳ねた。

(下から何か来る!?)

「ヘリオさん、下!!」

「!!」

 あたりを見回していた晶子は、下から急速に近づいてくるマナを察知して咄嗟にそう叫ぶ。晶子の言葉の意味を瞬時に理解したヘリオが、トパシオンを抱えて飛びのいた。

 彼らが立っていた床からダイアの剣先が突きだされたのは、ヘリオの足が浮いたのとほぼ同時だった。

「なるほど、脱皮とは言い得て妙だな」

 床を崩して這い出て来た怪物は、どう見ても先程より一回り以上大きくなっている。

(これ下手するともっとデカくなるな……)

「お姫ちゃん」

 怪物の出方を警戒しつつ、晶子はスーフェを呼ぶ。

「あたしが思いっきり戦えば、力の相性的にサクッと終わると思うんだけど……そうするとあの怪物は塵も残さず消えちゃうの」

 消えるという単語を聞いて顔を歪めるが、荒れた王の間や、ダイアナがこれまで行ってきた非道な行いを考えると致し方ない事なのだと、半ばあきらめたような表情を浮かべるスーフェ。

「だから、お姫ちゃんにトドメを刺して欲しい」

 だからこそ、晶子からの言葉に彼女は瞠目した。

「あたしが持ってる女神の力とアメジアさん達の力は相反するものだから、あたしが直接トドメを刺すと消滅しちゃう。でも、その手甲に宿ってるぐらいの女神の力だったら、体は残る筈なの」

「でも、仮に骸が残ったとして、一体どうするんですか?」

「アメジアさん達を取り戻す」

 晶子はアルベートの時と同じ再編を、アメジア達にも行うつもりだった。

「二人の骸があれば、女神の力で再編出来る。だから、消滅させてしまうあたしじゃダメなの。アメジアさん達を侵食する淀みを確実に祓って、且つ消滅させないようにするには、お姫ちゃんの……スーフェちゃんの力が必要不可欠なの」

 視線を合わせて真っ直ぐにそう言い切れば、彼女は少し戸惑ったように瞳を揺らす。突然の提案に、即答出来ないのは無理も無いと晶子は黙り込んだ。

 王の間に晶子達が到着してから今まで、怒涛の勢いで進んで行く状況に困惑するなと言う方が無理な話である。

(それに、お姫ちゃんは賢い。さっきのダイアナさんの話を聞いて、色々と誤魔化してた事全部、女神の力と関係あるって気付いてる筈)

 きっと色々と聞きたいのを我慢してくれているのだろうと、多くを語らずにここまで来てしまった事を晶子は申し訳なく思う。

「……女神の事とか力の事とか、隠してたことは謝る。スーフェちゃん達を利用したみたいだって、嫌われてても仕方ないって思う。でも、これだけは言わせて欲しい」

 晶子はそう言って、尻もちをついているスーフェの顔についた汚れを指で拭った。

「スーフェちゃん達の幸せを願ってるのは本当。あたしは、君達家族に笑顔で幸せに暮らしていて欲しい。その為なら、例えどんな強敵が相手でも、絶対譲らない自信がある!」

「……あの、ずっと疑問だったんです。どうしてそこまでしてくださるのですか?」

 当惑しながら、スーフェが晶子に問いかける。一方的に知っている晶子とは違い、ほんの数日間程度を共有したに過ぎないスーフェからすれば、なぜそこまで晶子がディグスター家に肩入れするのか分からないのだろう。

 元々は、好きなゲームの登場人物という存在でしかなかったスーフェ達。だが、共に過ごした短い時間は、彼女らの為人(ひととなり)を知り、晶子の愛を深めるのには十分であった。

「あたしが、君達家族を愛しているから!」

 満面の笑みで即答した晶子は、いつの間にか背後に迫って来ていた怪物の剣を、薙刀で受け止める。

 しかし、体が大きくなっている分、攻撃の威力も増しているようで、踏ん張っている足がザッと後ろに押し返された。

(弱点がどっかにあるはず! ……っ、あった!!)

 至近距離に来たのを好機だと思い、目に感覚を集中させた晶子は、心臓にほど近い箇所に淀みのマナが固まっているのを発見する。

 大きさや形からして宝石のように固形化しているそれは、怪物の心臓であるらしく、一定の速度で脈打っていた。

「鑪さん、あたしとコイツの動き封じて! アラゴとトパシオン、それとヘリオさん、コイツの心臓らへんの所に集中攻撃! 急所が隠れてるから装甲薄くして!!」

(たまわ)った!」

「俺に指図するんじゃない!!」

「仕方ないですね!」

「承知した」

 各々が声を上げ、怪物へと立ち向かう。素早い動きを鑪との連携で晶子が妨害し、騎士剣が、細剣が、大剣が、それぞれの力で分厚い装甲を削いでいく。

「くらえぇっ! 鎧崩し(メイルダウン)!!」

 今日一番声を張り上げたアラゴが勢いよく振るった秘技が、綺麗に怪物の胸元へ直撃した。

 集中砲火を受けていた胸部の装甲は、それまでビクともしなかったのが嘘のように崩れ、ダイアモンドが剥がれ落ちた下から不気味な輝きを放つ結晶が姿を見せる。

「見えた! スーフェちゃん!」

 晶子がスーフェの名を呼べば、彼女は不安げな表情を浮かべて立ち上がった。胸の前で祈るように握られた拳が震えているのは、恐れからか緊張からか。

「大丈夫! スーフェちゃんは一人じゃない! ここにはみんないる!! だから、スーフェちゃんが感じたり思ったりした事、全部拳に乗っけてぶつけちゃえ!!」

 彼女の不安が少しでも薄れるようにと、晶子は俊敏に動き回る怪物を抑制しながら笑いかけた。

「!! ……っはい!!」

 力強い晶子の言葉に、スーフェの顔に笑顔が浮かぶ。彼女は一度深呼吸をして呼吸を整えると、怪物にむかってファイティングポーズをとった。

「行きます!!」

 高らかに宣言したスーフェは床を蹴ると、目標へ一直線に駆け出す。己に向かって来るスーフェに気付いた怪物が逃げ出そうとするも。

「逃がさない!!」

「逃がさぬ!!」

 素早く晶子と鑪が進退を防ぎ、ならば攻撃に転じようと腕を振り払えば。

「スーフェの邪魔はさせん!!」

「もう一回っ、グラスランサー!!」

 アラゴの騎士剣とトパシオンの魔法が迎え撃つ。

 皆の支えの中、怪物へ急接近するスーフェだが、これだけ邪魔されているのにも関わらず軽快に動き回るせいで、中々弱点を突く事が出来ずにいるようだ。

(スーフェちゃんも隙見て攻撃をしてくれてるけど、やっぱり弱点を狙わないとダメか……でもこれだけ動かれちゃ、敵のど真ん中に拳を叩きこむのは……)

「トパシオン」

 思いのほか苦戦している事に晶子が歯噛みしていると、ヘリオの低い声がトパシオンの名を呼ぶのが聞こえた。

「今のお前のマナからして、奴を足止めできるのはどのくらいだ?」

「……もって十秒、かと」

「ふっ、十分だ」

 苦々しく答えたトパシオンに、ヘリオはにひるに笑う。そして、一言二言耳打ちすると、ヘリオはアラゴ達の間を駆け抜けて、怪物と真正面からぶつかり合った。

「ぐ、ぬぉおおおおおおお!!」

 ほとんど同格の力で膠着していたが、気迫のこもったヘリオの雄叫びに怪物が怯み、一瞬の隙が生まれた。

「今だ!!」

「アースバイト!!」

(え!? 何でアースバイト!?)

 父親からの合図にトパシオンが魔法を放ったが、それはあまり効果が無いと証明された土属性魔法だった。

 なぜわざわざそれを選択したのかと晶子は困惑したが、理由はすぐに解明される。

 床から出現した数匹の土蛇達は怪物の腕や体に噛みつき、身動きが取れないよう拘束したのだ。

(攻撃魔法として使うんじゃなく、妨害魔法に転用したんだ! すごーい!!)

「スーフェ!!」

 自分では思いつかなかった発想の転換に興奮する晶子の横で、怪物から少々後退したヘリオがスーフェに呼びかける。

 何をすれば良いのかすぐに察したスーフェは全速力でヘリオに駆けていくと、彼が構えた大剣の上に飛び乗った。

「お願いします!」

「うむ!! 行け!!」

 娘の声に奮起すると、ヘリオは全力で大剣を振り上げた。父親の剣を足掛かりにして、天井まで飛び上がったスーフェは、怪物の胸にある結晶を見る。

 不穏なオーラを漂わせて脈打つそれにしっかりと狙いを定めると、天井が砕ける程に猛烈な勢いで飛び掛かった。

 吸い込まれるようにしてぶつかり合った拳と結晶は、禍々しい黒の稲光と神々しい蒼い光を迸らせながら拮抗し、王の間を歪に照らし出す。

「くっ、うぅぅ!!」

(力は互角……ううん、ちょっとスーフェちゃんの方が圧されてる!)

 苦しそうに歯を食いしばるスーフェの体が、徐々に押し返されていく。引きちぎられ始めた土蛇達にもうもたないと、晶子が手助けに入ろうとした時、脇を通り抜ける影があった。

「スーフェ様!!」

「アイオラ!?」

 居ても立ってもいられなくなったらしいアイオラが、スーフェの側に駆けつけた。

「僕の力をスーフェ様に注ぎます! だから、負けないでください!」

 そう言ってアイオラが手を挙げると、彼の全身にあるアイオライトが淡く輝き始める。光は徐々に手元に集まっていき、まるで癒しの力を使っている時のように、スーフェの体を包み込んだ。

「僕も、晶子さんと同じです。スーフェ様と、御家族様が幸せでいて欲しいのです」

「アイオラ……ありがとう」

 アイオラと同じく淡い光に包まれたスーフェが穏やかに笑い、感謝を述べて怪物に目を向けた。

 痛みなのか苦しさなのか、声とも叫びとも違うものを上げながら、土蛇の拘束から抜け出そうとしている怪物。

 バチバチと跳ねる黒い電撃が、スーフェの顔を掠め、傷口から血が流れ落ちる。

「すぅ……はああああああああ!!」

 体を巡るアイオラのマナと自身のマナを混ぜ合わせ、手甲へとそれを集めたスーフェは、押し返される力に逆らって拳を突きだした。

「ジェムストライク!!」

 きらきらと七色に輝く光線が、怪物の体を打ち抜く。光に貫かれた結晶は粉々なって消え去り、怪物は人間の女性のような甲高い悲鳴を上げると、崩れるようにして地面に伏した。

 しばらく誰も動けずにいたが、怪物の一番近くにいた鑪が状態を確認し、安堵したように刀を鞘に納める。

「此度の戦……皆、大儀であった」

 鑪の言葉にいつの間にか詰めていた息を吐き出した晶子は、再編の為、怪物の亡骸へと近づいていった。

次回更新は、8/16(金)予定です。

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