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「あった!! 帝都に爆速で戻れる場所!!」

 アルベートの言葉を聞いて、慌ててスーフェの部屋に飛び込んだ晶子。綺麗に整頓されていた室内は、まるで初めから誰も使っていなかったようで、呆然と立ち尽くすしかなかった。

「隣のアイオラの部屋も同じようなもんだ。俺様も外探してくっからな!」

 そう言って、アルベートは駆け足で去って行く。一人残された晶子は、心を落ち着かせる為に深呼吸をし、(もぬけ)の空になった室内に足を踏み入れるとぐるりと見回した。

(ベッドは使った形跡が無い。もしかして、お姫ちゃん寝て無いのかな? だとしたら、ここを出て行ったのは昨日の夜中? でもそうなると、あたしと女神が気付かなかったのはおかしい……いや、熱中し過ぎて荒ぶってたから気付かなかったのかも……)

 昨晩の奇行を思い出し、思わず両手で顔を覆ってしまう。ふと、ベッドサイドテーブルが目に付いた晶子は、その上に数枚の紙が置かれているのを発見した。

(……! これは、お姫ちゃんからの置手紙!)


——拝啓、晶子お姉様。有明(ありあけ)の月が輝く時分に、御挨拶の一つも無く去る私達をお許しください。

 鑪様が仰られていた事は、理解しています。きっと、今帝国には何か恐ろしい事が起きていて、沢山の命が危険に晒されている。そんな中に武器も無く、戦う術も持たない私が戻った所で、何の役にも立てないかもしれません。

 しかし、私はディグスター帝国の第一皇女、スーフェ・アウローラ・ディグスター。例え足手纏いだと言われようと、国の為、民の為に動かねばならぬのです。

 本当は、とても恐ろしいです。ダイアナやあの黒い蛇の魔物の事を考えると、今この手紙を書いている手も震えてしまいます。それでも、未知の脅威に立ち向かう決心が出来たのは、支えてくれたアイオラと、晶子お姉様達のおかげに他なりません。

 たったの数日間でしたが、お姉様達と旅が出来て良かったと心から思っております。貴女の言葉の数々は、否定され、蔑まれる事の多かった私の心に、導きの星を灯してくださいました。晶子お姉様の言葉があったからこそ、私は大切な人々の為に戦う覚悟が出来たのです。

 だから行きます、アイオラと共に。お父様もお兄様達の事も、国の事も、必ず守り切って見せます。

 お姉様はどうか安心して、旅を続けてください。御身体にはお気をつけて。

 皆様の旅路に煌めく宝石の加護が有らん事を。スーフェ——


 何処にでもありそうな安っぽい便箋の中には、少し丸みを帯びた可愛らしい字で感謝と謝罪、そして決意の言葉が綴られていた。

(やっぱり、帝国に戻っちゃったんだ! しかもアイオラ君も……ん?)

 まだ本調子では無いであろうアイオラと武器を持たないスーフェ。二人が起こした無謀な行動に頭を抱えてた晶子は、テーブルの上にまだ文字が書かれた紙が残っているのに気付く。

 光に当たると星が瞬くようなラメが散りばめられた、薄黄色の美しい封筒と便箋が二組。明らかな上等品でこのハウスに備え付けてあるものでは無い。一体どこからのものかと差出人を確認した。

(と、ぱ……トパシオン……って、誰だ? でもこの感じ、お城の関係者か……?)

 聞いた事の無い名前に首を傾げつつ、手紙の内容に目を通す。初めにスーフェの身を案じる言葉から始まり、次いで城の近況や家督争いをする家臣達の様子が語られていた。

 ダイアナの様子が可笑しいと言う事まで書かれているのを読んで、この手紙は恐らく、本来であれば数日前に届く予定だった物だろうと推測する。何かしらの障害か、もしくは想定外の事態が起きた故に、今頃届いてしまったのだろう。

(で、こっちにもう一組。内容は………………!!)


——前略、大切な妹へ。悪いけど挨拶は抜きにさせてもらうね。

 前の手紙で言っていたダイアナの件だけど、動きがあった。ダイアナが、アメジア兄さんをどこかに連れて行ってしまったんだ。

 僕達が気付いた時には彼女の姿も消えていて、今は家臣達の隙を見てアラゴ兄さんが探してくれてる。……痕跡の一つも見つからなくて、かなり難航してるみたいだけど。

 そんな時、ダイアナがアイオラの命を狙っているって話を信頼のおける部下から聞いた。信じられない事だけど、アメジア兄さんがあんな状態になってからダイアナは変になっていったし、時折、僕達を見る目に憎しみが混ざっているのには薄々気が付いていた。

 もしかしたら、アイオラと一緒に行動しているスーフェにも危害を加えようとしているかも知れない。

 実はついさっき、城の地下から大きな爆発音が聞こえたんだ。もしかしたら、ダイアナが何かしたのかもしれない。今こうして手紙を書いている間にも、スーフェ達に危険が迫っているのかもしれないと思うと、気が気でないよ。

 だからスーフェ、アイオラと一緒に遠くへ逃げて欲しい。国や城、父様の事は心配しなくて良い。僕と、アラゴ兄さんとで何とかして見せるから。

 僕達の愛おしい妹、どうかこの手紙が一日、一時でも早く君に届いている事を願う。

 君を愛する家族 トパシオン——


(爆発……それって、多分昨日ダイアナさんと戦った時のだよね。って事は、これって昨日の内に書かれて、夜中の内に届いたって事?)

 この世界には、現実世界の電話のような連絡アイテムは存在しない。その為、遠方の人物との主なやり取りは手紙を使った物になる。その手紙を運ぶのは、鴉と鷲を交配させたようなレイブグルンというモンスターだ。

 レイブグルンは高い知能を持ち、個人の認識が可能な他、一度覚えさせたマナの元へならどこにいても辿り着けるという能力を持つ。人々はこれを利用し、現代でいう郵便局のような機関を作り上げているのだ。

(てかこのトパシオンって、もしかしてもしかしなくても、いや書いてるから確実にそうだろうけども!! 第三皇子か!?)

 ゲーム本編の中で、次男と三男はモブのような扱いであった。主人公と出会う事は無く、何ならいつの間にかダイアナに殺害され、名前が出てくる前に退場するのだ。

 公式の情報でも二人の名前は一切触れられず、母親の名前と共に長年WtRs未解決の謎としても有名だった。

(こんっな時に知りたくなかったなぁ~!! ってそんな事考えてる場合じゃない。お姫ちゃん、これ読んで国に戻っちゃったよね!?)

 そこまで考えて、嫌な予感を覚えた晶子は、急ぎユニクラスフラワーの元に走る。半ば体当たりするように転がり込んだ部屋で親花の前に立ち、意識を集中してマップを思い浮かべるが……。

(や、やっぱり……帝国正門前の花、消えてる!!)

 予感が的中していた事に、晶子は膝から崩れ落ちた。

(たしかに? 花を速攻で咲かせるのは、あたしだけにしか出来ないだろうけども?? ユニクラスフラワー使ってワープするのに、別にあたしがいなきゃいけないって事は無いもんねぇ~!!)

 そう、あくまで晶子の力はマナを注いで花の成長速度を上げるだけ。ワープをする為に花を使用するのに、特別な権限は必要ないのだ。

 恐らくスーフェは、晶子がやっていたのを真似して帝都へ戻ったのだろう。

(ちょっと見ただけですぐに使えるようになるとか、お姫ちゃんったら賢いんだから! っじゃねー!! どーすんのよこれ!? どうやって追いかける!?)

「ここにいたのか晶子」

 どんどん悪い方向に傾きつつある状況に呻いていた晶子の元に、アルベートとならんで鑪が歩み寄ってきた。

「俺様と鑪でハウス周辺を色々探したんだがよ、足跡の一つも見つからなかったぜ。そっちは……なんかあったみてぇだな」

 親花の前で呻き声を上げる晶子を、アルベートが無遠慮に突く。段々と鬱陶しくなるそれを軽く払いのけると、晶子は部屋で見つけた三組の手紙とワープ済みの花の事を話した。

「……手紙に関してだが、実は昨夜、一つのマナが近づいてくるのを感じていた。しかし、害意を感じず、何より小型の飛行動物のようであった為に特に気にしなかったのであるが……まさか、このような事態を招くとは」

 昨日の一悶着あった件でスーフェ達が危険を冒してしまったのではないかと、鑪は酷く落ち込んでいるようだ。

「反省も後悔も今言ってる場合じゃねぇだろ? 問題は……二人を追いかけるにしたって、どうやっても時間がかかっちまうって事だ」

 スーフェ達が使ってしまった関係で、帝都付近の花はダマスカ村にしかない。かと言ってそこから向かうとなれば、また半日程の時間を無駄にしてしまう事になる。

(昨日の様子から見て、ダイアナさんがいつ次の行動に出ても可笑しくない。なんなら、お姫ちゃん達が戻ってきたのに気付いてもう動いてるかも……だとしたら、もう一刻の猶予も無い!!)

 この危機的状況を回避するにしても、まずは帝都へ行かなければ話にならない中、どう考えても手詰まりだと頭を掻き毟る。

「王城の地下道の花は使えねぇんだよな?」

「う、うん。あの時、《潜む者》の攻撃で散らされちゃったみたいで…………」

「っかぁ~!! せめてあれが使えてれば、もうちょい何とかなったかもしれねぇのに!!」

(……待てよ?)

 カンカンと赤銅製の頭を叩きながら悔しがるアルベートの言葉を聞いて、ハッとある事を思い出した。晶子はもう一度、親花へ意識を集中させると、とある一点に焦点を当てる。

「……った」

「む? 晶子、今なんと」

「あった!! 帝都に爆速で戻れる場所!!」

 目当ての物を見つけた喜びで、思わず大声を上げてしまった。

「ぬ、ぅぉおおお……」

「おっまえ、場所考えて声出せよ……」

「ご、ごめん……反省はした」

 空間内に反響する声のあまりの五月蠅さに、晶子だけでなく鑪とアルベートも耳にあたる部位を抑えて蹲った。

「って、そんな事よりアルベート、あそこだよあそこ! 皇帝の私室!!」

「……んん!? そうかそうだよな!? あそこに一個だけ種植えたわ!!」

「ちょ、今度はあんたの声がデカいって!!」

 合点がいったアルベートが興奮したように言ったので、意味が無いと分かっていたが反射的に彼の口元を手で覆う。

「わりぃわりぃ。でも、良くまあ思い出したな?」

「王城の『地下道は駄目』ってなった時、じゃあ『上なら?』って思ったのよ」

 そう、晶子がアルベートの話を聞いて思い当たったのは、二日前の夜に二人で忍び込んだ皇帝の私室だった。

「見回りの兵士なんかに見つかるとちょーっと面倒だが、あそこなら今からワープしても絶対間に合うな!!」

「なんなら、ちょっと準備するくらいなら余裕で行けるっしょ!!」

「……晶子よ」

 女子高生の会話のようにキャッキャと喜び合う晶子達だったが、聞こえてきた地を這う低い声に大袈裟なくらい肩が跳ねる。

 揃って恐る恐る横を見れば、胡坐をかいて二対の腕を組んだ鑪がジッとこちらを見ていた。

「た、ったたたた、鑪さん……?」

「念のために聞いておくが、よもやお主、我の監視下にある事を忘れている訳ではあるまいな?」

「え、あっ! ももも、もちろんですともオホホホホ……」

(そうだわ、そんな事言ってたわ……完っ全に忘れてた……!!)

 そもそも鑪が共に行動する理由の根本を思い出した晶子は、動揺から普段なら絶対口にしない笑い方で誤魔化そうとする。

 そっと視線まで外してしまえば言外に黙っていた事を白状したようなものなのだが、痛いとこを突かれた晶子にそこまで気を遣う余裕は無かった。

「……はぁ……本来であれば、しっかりと問い質したい所ではあるが……状況が状況な故、今回は見逃そう。しかし、後日、話は必ず聞かせて貰う。良いな?」

「ひゃいっ!!」

 有無を言わせぬ鑪に、晶子は上擦った声で返事をする。それに多少溜飲が下がったようで、もう一度溜息を吐くと、彼はあっさりと身を引いた。

「それで、帝都には向かえるのか?」

「!! はい! 行けます!!」

 ビシッと音がしそうな勢いで敬礼して見せる晶子に、鑪はフッと苦笑した。

「あ、でもちょっとだけ待っててもらえます? やりたい事があって……ほんと! すぐ!! 戻りますから!!」

「あっ! オイ晶子!?」

「二人もいつでも出れるように準備しといて~!!」

 引き留めるアルベートの言葉を無視して、晶子は急ぎ階段を駆け上がる。

(こうなりゃ、あたしも好き勝手しちゃうもんね~!! 悪いのはぜ~んぶ、先走って帝都に戻って行っちゃったお姫ちゃんとアイオラ君の方だもん!! 文句言われてもし~らな~い!!)

 実は内心ちょっぴり怒っていた晶子は、そんな事を考えながら鍛冶場に続く扉を開いた。



 ♢ ♢ ♢



 十分ほど鍛冶場に籠った後、出来上がった品を布で大事に梱包して鞄に仕舞うと、晶子は次に自室へと戻る。武具をしまっている倉庫代わりのクローゼットを開け、そこから一本の長柄(ながえ)武器を取りだした。

 東の果てにのみ咲くとされる特別な樹木を柄にした、オリハルコン製の薙刀だ。

(この東の果ての樹木(オリエントツリー)って、十中八九、桜の木がイメージ元だと思うんだよね。ゲームの素材説明もそれっぽく書かれてたし、何より今、柄から桜っぽい香りがめっちゃする)

 ふわりと香るそれに、一瞬だけ懐かしさが込み上げる。

(って現実世界を懐かしむ暇なんて無いでしょ。とにかく、早くお姫ちゃん達に追いつかないと)

「おせーぞ晶子! 何してたんだよ!!」

 郷愁の念を払いつつユニクラスフラワーの元に戻ってきた晶子に、先に待機していたアルベートが悪態をついた。

「ごめんて。ちょっとこれを作りにね」

「もしかして、スーフェにか?」

 少し膨らんだ鞄を指さすアルベートに、笑う事で肯定を返す。

「そっ。素材やらは決めてたんだけど、何作るか迷っててさ。……でも、お姫ちゃん達ったら勝手に行っちゃったし、なんかちょっとムカつくから好きな物作る事にしたんだ!」

「お、おう……そうか」

 満面の笑みを浮かべて答えた晶子に、アルベートはドン引きしたようだ。

「あとついでに、あたしも新しい武器にね」

「これはまた、随分と希少な素材を使った逸品であるな」

 自慢するように薙刀を見せると、鑪が感嘆の声を漏らしながらまじまじと観察し始める。オリハルコンは当然の事ながら、桜がモチーフとなっている東の果ての樹木(オリエントツリー)もこの世界ではあまり手に入らない素材なので、彼が興味を惹かれるのも納得だろう。

「剣でも良かったんだけど、お姫ちゃんに渡す武器とのリーチを考えると、長物の方が良いかなって思ってさ」

「リーチぃ? それって、スーフェの武器は短剣とかって事か?」

「まあ、似たようなもんかな。正解は見てのお楽しみ。それより二人共、準備は良い?」

 何を作ったのか気になっているアルベートを軽くあしらうと、晶子は二人に最終確認をする。

「うむ」

「おうとも! いつでも良いぜ!!」

 やる気満々な様子の鑪とアルベートを見て満足げに頷いた晶子は、親花に手を伸ばして皇帝の私室にある子花へワープを開始。瞬きの間に景色が変わったかと思えば、晶子達三人は私室のテラスに立っていた。

(よし、後はお姫ちゃん達を見つけて……っ!?)

 無事に戻って来れた事に安堵しながらスーフェ達との合流を目指し、部屋へ続く窓を開けた晶子。その瞬間、室内から流れ出てくる淀みの気配に、即座に武器を構える。

「何この淀み……なんか、腐敗臭みたいのも臭ってくるんだけど……」

「淀みは負の感情の煮凝りみたいなもんだからな。悪いもんが溜まりに溜まった状態なら、そりゃ臭ってくるよな」

 吐き気すら催してくる濃さの淀みに晶子が顔を顰めていると、足にしがみ付いたアルベートがそう言った。

「……お姫ちゃん達との合流、急いだ方が良いみたい」

「そのようであるな」

 鑪と顔を見合わせて頷き合うと、慎重に室内へと入っていく。幸いと言うべきなのか、部屋には誰もいなかった。

(……? なんか、静かすぎない?)

 もう少しで廊下に続くであろう扉に辿り着くといった所で、晶子は城内が嫌に静かな事に気が付いた。

(ねぇ、アルベート。人の声どころか、物音の一つも無いって……可笑しいよね?)

(そういやぁ……そうだな)

(何だか、物凄く嫌な予感が……)

 背中を流れ落ちる冷や汗に身震いをした、その瞬間。

「ヒッ……!?」

 地の底から怪物が這い出てくるような、得体の知れない気味の悪さが全身を包み込み、先程以上の淀みが扉の隙間から溢れ出てくる。

「……!!」

 あまりの悍ましさに小さく悲鳴を上げて一瞬動けなくなった晶子だったが、遠くから聞こえてくる少女の叫びや男の怒号、そして激しい戦闘音に考えるよりも速く体が動いた。

「晶子!?」

「ちょ、おまどこ行くつもりだ!?」

「お姫ちゃん達の声が聞こえた! こっち!!」

 驚くアルベートと鑪にそう告げると、壊す勢いで扉を開け放った晶子は全速力で音のする方へと駆け出した。

次回更新は、7/19(金)予定です。

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