「……は?」
※ 後半の台詞を少し修正しました。
ダイアナ、次いで未來からの襲撃から逃れ、ハウスへと逃げ帰った晶子達。
アイオラをベッドに寝かせた後、食べ損ねていた朝食の分も含めて遅めの昼食を取りながら今後の事を話し合ったのだが……。
「すぐにでも帝都に戻るべきです! ダイアナの事や先程の黒い蛇の事もありますし、きっと何か良くない事が起きているに違いありません!! お父様やお兄様に危険が迫っているのかもしれません……!!」
国の行く末と家族の事を案じるスーフェは、一刻も早く国へ戻るべきだと主張。
「王女よ、お主が国を想い、己の責務を果たさんとしている姿勢は素晴らしいものだと言えよう。しかし、今のお主に何が出来る?」
興奮気味な彼女に厳しい言葉をかけるのは、この中で誰よりも経験豊富な存在である鑪だ。
「そ、れは」
「仮に帝都に戻ったとして、王城の中へ入る事は出来ぬ。お主の家族に危機が迫っているとして、それを一体どのようにして伝えるつもりだ?」
鋭い切り口で疑問を投げかける鑪に、スーフェは唇を噛みしめて黙り込んでしまう。
「スーフェ、お主はここでアイオラの目覚めを待つのだ。ダイアナがお主ら二人の命を狙っているのは分かり切った事であるが、ならば猶更、身の安全を最優先にするべきである。なにより、今のお主は身内に危険が迫っているかもしれぬという焦りから、冷静な判断が出来なくなっておる。暫しこのハウスで、頭を冷やすべきだ」
「でも!!」
それでも尚、食い下がるスーフェ。
「一国の姫であるのならば、今其方がやらなければならぬ事が分かっている筈であろう」
だが、冷たい声色でそう言われてしまい、言葉に詰まる。瞳に溜まっていく涙を零すまいと唇を噛みしめて、スーフェは逃げるように二階へと駆け上がっていった。
「あ、お姫ちゃっ!!」
咄嗟に背中に手を伸ばした晶子だが、その手が届く事は無かった。
「おいおい、鑪。ちょっとキツイんじゃねぇか?」
「……我は事実を述べたまでである」
「まあ正直な話、オメェは何も間違った事は言ってねぇ」
事実、武器を持たない今のスーフェを連れて行ってもリスクはあれど、こちらが有利になるような事は一切無いのだから。
「でもな、俺様やオメェはまあまあな時間を生きてるから、世間の厳しさやらなんやらに慣れてる。その分、多少の理不尽やムカつく事にもある程度の折り合いをつけて関わっていけるけどよ、あの嬢ちゃんは高々十数年程度しか生きてねぇんだ。世界一デカい国の皇帝の娘だとしても、人生経験ではまだまだ未熟なガキんちょだ。そんな娘っ子相手に、大人と同じ道理で叱りつけたって、頭じゃ理解出来ても心では納得出来ねぇんだよ」
それは一人の大人としての考えであり、息子を持つ父親としての意見でもあった。
「スーフェも、ホントは分かってんだよ。ダイアナの前で何も出来なくて、武器も壊されちまって……それでも、アイツはディグスター帝国の姫様だからな。国の為、家族の為に、何かをしてないと気が気じゃねぇんだろうよ」
「……」
アルベートの話を黙って聞いていた鑪が、席から音も無く立ちあがる。彼は無言のまま、湖を見渡せるテラスへと出て行ってしまった。
「はぁ……とりあえず、今日一日じゃ結論は出ねぇって事だな」
「……そう、だね」
やれやれと肩を竦めるアルベートに、晶子は煮え切らない返事をする。
家族を想うスーフェの気持ちも、正論で諭す鑪も間違いではない。けれど、互いの信念や理想を貫こうとすればぶつかり合ってしまう。
(でも、正論を言われて悔しいって顔をしてたお姫ちゃんの気持ち、分かる気がするなぁ。学生の頃とか親や先生の言う事を鬱陶しく思ってたりもしたし、例え自分が間違ってたとしても、それを素直に受け入れるのに時間がかかったりもした。ようは、それと同じだと思うんだよね)
昔の言動を思い出しながらしみじみとする晶子だが、結局は問題が先送りになってしまっただけ。しかし、鑪とスーフェの意見が対立してしまっている以上、今日はどうにもならないだろう。
特に鑪は彼自身が武人気質な所もあって、女子供は守るべき存在だと考えている節がある。先程の言葉はまだ年若いスーフェを心配しての気遣いだったのだと思われるが、突き放すような言い方だったせいもあり、正しく伝わってはいなさそうだ。
「まっ、走りつかれてくったくただし、俺様としては一日くらい休んだってどうって事ねぇと思うけどな」
「あのねぇ……そんな悠長な事言って良いと思ってんの?」
「そう言うってんなら、何か考えでもあんのかよ?」
「それは……まあ、無いけど……」
正直な感想を述べれば、今回の帝国での出来事は想定外の事態が多すぎる。ゲームの世界では無いとは言え、ここまで知っている物語と齟齬があるとなると、次の行動が慎重にならざるをえないだろう。
「お、そうだ。これ、お前に預けるわ」
そう言ってアルベートが胸元のプレートを開いて取り出したのは、銀に輝く幾つかの欠片だった。
「ちょっと待ってそんなとこ収納出来たんかい!? って言うかこれ、お姫ちゃんの?」
「おう。スーフェの持ってた剣の欠片だぜ。実はあのドタバタに乗じて拾っておいたんだ」
「ちゃっかりしてやがる」
やるべき事はしっかりとこなしてくれるカッコいい親父、それがアルベートなのである。
(この欠片は後で鍛冶場に持っていくとして…………今晩は様子見するしかないか……)
差し出された欠片で手を怪我しないようそっと受け取った晶子は、テラスと二階の部屋を交互に見た後、深く深く溜息を吐き出した。
♢ ♢ ♢
「あ~……どーすっかなぁ……」
その夜。気まずい沈黙が流れる中で夕食をとり、各々が使用している部屋へと戻って行ったのを確認した晶子は、ハウスの奥にある鍛冶場にて頭を抱えながら唸っていた。
(まず、剣の欠片。ミスリルかと思ったけど、良く見たらトロベール白金じゃん。こういう片手剣ってミスリルで作られる事が多いのに、何でこれ?)
聖なる魔力を宿した鉱石として名高いミスリルは、魔を払い、災いを遠ざけるその力から、剣やチェーンメイル等の武具に加工されるのが一般的である。
しかし、スーフェが兄・アメジアから賜った片手剣は、比較的マイナーな分類になるトロベール白金という物で作られていた。
トロベール白金とは、ディグスター帝国でしか採取できない貴重な鉱石だ。乳白色の石の中に赤い針のような線状紋が浮かんでいる、少し珍しい特徴を持っている。
(ゲーム内説明でこの鉱石の事は何となく知ってたけど、まじで謎なんだが?? なんで大事な妹に渡す武器をこれで作ったんだ??)
“その鉱石は、彼女達ディグスター家にとって、最も価値のあるものだからですよ”
「うわぁ!?」
うんうんと頭を悩ませていた所、突然割り込んできた声に驚く晶子。つい周囲を見回してしまうが、声の主がすぐに女神だと気付いてうんざりした表情を浮かべてしまう。
「ちょっと、いきなり声かけられたらびっくりするじゃん。もうちょっと空気読んでよ」
“えぇ……そう言われましても……”
「まあいいや。それで、この白金がお姫ちゃん達にとって最も価値あるってどう言う事?」
“鉱石に冠されているトロベールと言う名称、これはディグスター皇妃・エストベーラの名から来ている物なのです”
「そうなの!? てか王妃様そんなお名前なんだ!?」
“わーわー!! 声が大きいですよ!?”
初めて聞く新事実に驚愕して大きな声が出てしまい、女神に窘められてしまう。反射的に口を押えながら耳を澄ませるが、幸いな事に炉の中で燃える炎の爆ぜる音と自身の呼吸音以外に物音は聞こえなかった。
「びっくりした、え、まじで?」
“マジです。……そう言えば、あちらの世界では皇妃の名が広まっていなかったですね”
「広がっていないってか、制作秘話的なものにも出て無いっすねそんな話」
記憶にある限り、そんな情報は何処にも無かった。晶子の言うように、製作陣からの小話にも無かったその小ネタ、ベテラン解析班にすら判明させる事が出来なかった謎の一つである。
“トロベール白金鉱石は、ちょうどスーフェが生まれた頃に発見されたものなのです。その赤と白の美しい色合いが、皇妃の瞳の色と同じ事からその名が付けられました”
女神の説明を聞いて、そんな裏話があったのかと晶子はちょっと感動する。
「あ、じゃあ、このお姫ちゃんの武器って」
“彼女の兄が、彼女の生誕祝いにと極上のトロベール白金を使って作らせた物です。加えて、晶子なら知っていると思いますが、トロベール白金は鍛造素材としては最上級品の一つです。大切な妹の為、在り来たりで扱いやすいミスリルよりも、上質かつ母の名前が入った鉱石で永年の相棒と成り得る武器を与えたかったのでしょう”
「なるほど~……あそこのお兄ちゃんも、家族思いの優しい人だって言われてたからね。特に末娘のお姫ちゃんは、家族みんなから大事にされてたって言うし」
数々の問題に直面する前のディグスター一家は、現実世界でも家族仲が良い事でも有名であった。制作秘話でも語られ、尚且つメインデザインを担当したイラストレーターがSNSに一家団欒イラストを公式タグで上げる程である。
だがそのせいもあって、ゲーム本編を知るほぼ全てのファン達がそういったイラストを見る度に温度差で発狂していた。かく言う晶子も、イラストと本編シナリオのギャップに無事心が死んだオタクの一人である。閑話休題。
「……てか、あんた何で普通にあたしの脳内に話しかけれてんの??」
“だいぶ今更な事聞きますね? まあ、あれです。ハウスにはマナが潤沢に溢れていますから、私と晶子との繋がりがより強く強固になるので”
つまり、ハウスにいれば夢を通さずとも、ある程度の会話が可能となるらしい。
「正直色々聞きたい事が多いんだけど? アルベートがヴィヴィの言葉分かるの何でとか、風を操ろうとしたら反発? されて酷い目に合ったとか」
“あっあっあっ……その件に関しては誠に申し訳なく……”
ジト目で宙を睨めば、聞こえてくる声はしゅんと弱々しくなっていく。声色からして、一様は反省しているらしい。
「……ま、今はまだやる事一杯だから許す。その代わり、帝国でのあれそれが終わったら、ちゃんと説明してよ」
“もちろんです!!”
力強く返事をした女神の声に、晶子は仕方ないなと苦笑してしまう。
「ん、だったらよし。それに今の話を聞いて、やっぱこの欠片は使ってあげたいなって思ったし」
そう言って晶子は、鍛冶場に設置された作業台の上にある『スーフェの剣だった物』に目を向けた。
“それは……スーフェの剣の?”
「うん。実は、ちょっとしたサプライズを計画しててさ。お姫ちゃんに武器を作ってあげようって思って」
身を守る為の武器が無いなら、作ってしまえばいい。鑪とアルベートの会話を聞いていてそんな結論に至った晶子は、皆が寝静まったこの時間に鍛冶場にいたのである。
「何の素材で作るか迷ってたから、今の小ネタ聞けて良かったよ。おかげで、この欠片を中核に使うのは確定したし」
“ならば、トロベール白金と相性の良いヒヒイロカネを合わせてみてはどうでしょう?”
ヒヒイロカネとは、古代日本に存在したという伝説上の金属、もしくは合金の名称だ。
金より軽くダイアモンドよりも硬い、永久不変で絶対に錆びない性質を持っていたと言われるこの金属は、近年のファンタジーゲーム各所でも貴重な素材として多々登場する。
WtRsでも同じく、物語終盤頃になって初めて手に入れる事が出来る超貴重素材であり、初入手以降は高額売買されている物を買うか、ペットに素材を集めて来てもらう派遣システムを使うかの二択しか入手方法が無い。
普通に遊んでいる分にはそこまで重要な資源では無いのだが、晶子のように何度も周回するプレイヤー達にとっては、ヒヒイロカネは最強武器類を製作するのに必要不可欠なアイテムの一つなのである。
当然ながら、WtRsを遊びつくした晶子の資材庫には、血の滲む努力の末に集めたヒヒイロカネ他様々な素材が山のように積み上げられていた。
「なるほど……確かに、太陽みたいな赤い色合いのヒヒイロカネは、見た目的にもピッタリかも。そう言えば、元の世界では驚異的な熱伝導性を持つって言われてたけど、この世界だとどういう扱いになってんの?」
かつて興味本位で調べた際に、『ヒヒイロカネで作られた茶釜で湯を沸かすには、木の葉数枚の燃料で事足りる』とあったのを思い出し、この世界でもその伝導性は同じなのかと思って何気なく尋ねてみる。
“確かに、熱伝導はとても良いですね。加えて、こちらのヒヒイロカネはマナと良く馴染むので、魔法を使う者達が扱う武器の素材にもなっていました。現在は希少価値が高い為、ヒヒイロカネ製の武具を持つ者は殆どおりませんが、高位魔道士なら持っていてもおかしくないと言われる程ですね”
「へぇ~、そんな特質があったんだ。ゲーム内の説明には、伝説の貴金属の一つってしか書かれてなったし、出来上がった武器に特別属性が付くとかのシステムも無かったからねぇ」
WtRsの武具製造システムは、メイン素材とサブ素材、そしてそれらを中和させるオプション素材を掛け合わせるというものだ。それらの組み合わせによって武器や防具の初期攻撃力・防御力が決まるのだが、相性が良い素材同士を選べば当然性能の高い物が出来上がる。
この組み合わせに関しても多くのプレイヤー達が検証し、結果、最強の武具が出来るレシピも攻略サイトで共有されていた。
(でも、トロベール白金とヒヒイロカネの組み合わせって、オプション素材に何使っても大したものが出来ないって言われてたような……?)
そこまで来てふと、攻略サイトにあったコメントが思い浮かぶ。そもそもWtRsというゲーム自体数十年前の物なのだから、全ての組み合わせが試されていて当然だ。
その中には当然、トロベール白金とヒヒイロカネを合わせたレシピもあるのだが、現実世界のレビューでは可もなく不可もない微妙な物が出来上がるという総評だった。
“それなのですが……どうやら、この材料に関しても淀みの精霊が妨害をした関係で最後の一つがゲームに登場していないようなのです”
首を傾げる晶子の心を読んだのか、女神がそう言ってと申し訳なさそうに言う。
「うわぁ……そんなとこにも影響あるんか……それで、その必要な素材って何なの?」
“はい。スフェーン宝石です”
「スフェーン!? ゲーム内で謎に一個だけ手に入るアレ!?」
またもや聞かされる衝撃の真実に、晶子は顔を引き攣らせた。スフェーンとはオレンジやブラウンに近いゴールドやイエロー等の色味をした宝石であり、日本では黄緑や緑が人気の宝石である。
また、見ての通りスーフェの名前もこのスフェーンが由来だ。
「帝国編を終わらせて、お姫ちゃんが王座に就いた時にもらえる奴でしょ? 手持ちに一個あると以降何周しても入手できないあれでしょ?? え、あれ使えるの!?」
“どうも、構想段階ではきちんとレシピが存在していたようなのですが、製品化される際に何故か削除されたようで”
「うわぁ……、うわあ……そんなんあり?? めちゃめちゃ害悪じゃん」
絶対に女神の邪魔をするという意思を感じ、晶子は顔を顰めた。
「でも、あたしの手にかかればそんなお邪魔は関係ないもんね~!!」
しかし、すぐに気を取り直すと、意気揚々と資材庫へと入っていく。しばらくあれでも無いこれでも無いと、素材が乱雑に詰められた木箱や樽を漁った晶子は、必要材料を手に作業台へと向き直った。
会話の中で出てきたヒヒイロカネ合金のインゴット数本と、掌に収まる大きさをしたスフェーン宝石の結晶を剣の欠片の横に並べ、準備万端だと手を叩く。
「よっしゃ作るぞー! ……と言いたいところだけど、問題は何の武器を作るか、なんだよね~……」
“あら、剣を作るのでは無いのですか?”
再び頭を悩ませる晶子に、女神がなぜそんなに悩むのかと問いかける。
「お姫ちゃんの気持ちを考えるならそうなんだけど……適性の問題を考えたら、別の武器になるんだよねぇ」
“なら、その武器にしては?”
「でもなぁ~……」
うだうだと悩み続けて決めきれ無いまま、気が付けば晶子は作業台に突っ伏して眠っていた。
夢の中でもどうしようかと悩んでいた晶子は、どたどたガチャガチャと忙しない足音によって目覚める。
「ん~……もー何なのよ、誰よこんな朝から走りまわ「晶子!! 大変だ!!」」
寝ぼけ眼を擦りながらボヤいていた晶子だったが、扉を吹き飛ばさん勢いで駆け込んで来たアルベートの次の言葉で一気に覚醒する事になった。
「スーフェとアイオラがいねぇ!!」
「……は?」
次回更新は、7/12(金)予定です。




