(うそ……今、攻撃された? そんな動作、一ミリもしてなかったのに!?)
※ 誤字を発見したので修正しました。
未來の台詞の一部を修正しました。内容自体に変更はありません。
女神の台詞のかっこが他の話数と違ったので統一しました。
どれ程走り続けたのか、迷路のような地下通路を無我夢中で走り続けた晶子達は、とある一本道でようやく足を止めた。
(……今一瞬、地響きが聞こえたけど、ダイアナさんが追って来てる?)
「ど、どうです? 追っ手の気配は?」
辛うじて耳に入った微かな物音を気にしながら晶子が鑪に尋ねれば、彼は後方に意識を集中させる。ほんの数秒足らずの沈黙の後、鑪は大丈夫だと言うように頷いた。
「……特には感じられぬ。どうやら、上手くまけたようであるな」
「頭に血が上り過ぎて、俺様達を追いかけるって選択肢が出なかっただけじゃねぇか?」
発狂状態だったダイアナの乱れっぷりを思い出し、アルベートの言い分もあながち間違いでは無いのかも知れないと晶子は小さく唸る。
「お姫ちゃん、大丈夫?」
背中のスーフェに声をかけるも、返ってきたのは長い沈黙のみ。
(……姉のように慕ってた人から向けられた悪意は、想像以上にしんどい筈だよね……)
赤の他人である晶子ですらダイアナの凍てついた視線に背筋が凍る思いをしたのだから、身内であるスーフェには相当な負担がかかった事だろう。
今も何がいけなかったのか、なぜこんな事になったのかと自問自答を続けているに違いないと、晶子は気付かれないように溜息を吐いた。
「アイオラ君は……」
「目覚める兆しは無い。幸い、出血等はしておらぬ故、そう大した怪我では無いであろう」
腕の中で気絶したアイオラに対し、優しい眼差しを向けながらそう言った鑪に、晶子は良かったと胸を撫でおろす。
しかし、アイオラが行動不能になった事で、まともな戦闘要員は晶子と鑪のみになる。今のところ追跡されている様子は無いが、ダイアナが敵対している以上いつ戦いになるかも分からない。
(……さっきのダイアナさんの攻撃、かなり激しかったから出口側は丸々潰れてる可能性もあるか……? ってなると、他も崩れる可能性は高いだろうし……)
そんな事をつらつらと考えた晶子は、一度スーフェを下ろそうと再度呼びかけた。
「お姫ちゃん、ねぇ、お姫ちゃん……スーフェ!!」
が、いくら呼んでも返事が無い事に痺れを切らし、晶子は思わず言葉が強くなってしまう。
「っ……ぁ、え、っと……どうかされましたか?」
少々怒鳴るような言い方になってしまったものの、強く名前を呼ばれた事でようやく応答が返って来る。だが、その返事は弱々しく疲れが滲み出ていた。
(今ちょっとビクッてした……緊急事態だから許してお姫ちゃん……)
「疲れてる所ごめんなんだけど、下ろしても大丈夫? 立てそう?」
「あっ、ごめんなさいっ! すぐに下ります!」
内心反省しながら晶子がそう言えば、スーフェが慌てて背中から降りる。そのまま何度も何度も頭を下げる彼女に、謝罪をさせたかった訳じゃ無いと慌てて止めた。
「いやいや別にお姫ちゃんが悪い事したとかじゃないよ!? あ、重いとかでも無いからね!? むしろお姫ちゃん軽すぎ!! ちゃんと食べてる?? 過度な食事制限は体に悪いんだからね!! 後お姫ちゃんすっごくいい匂いしてもっと背負っときたいくらいなんだけどねぐへへ」
「えっ」
「調子に乗んな!」
「ごぼっ!?」
感情に任せてつい余計な事まで言ってしまった晶子だが、小脇に抱えたままだったアルベートがそれを聞き逃すはずも無く、天誅の一撃を鳩尾に食らう事になる。
赤銅で出来たミニゴーレムの拳が急所にクリティカルヒットした晶子は、腹部を押さえながらその場に崩れ落ちるのだった。
「お姉様!?」
「あー、うん。思ったより綺麗に入っちまったわ。ワリィナ!」
「ぞれ……ぜっだいにわるいどおぼっでないでじょ……!?」
全く謝る気の無いアルベートの言葉に、晶子は涙目で彼を見上げる。アルベートは晶子と少しの間見つめ合ったかと思うと、にっこり笑顔で無言のサムズアップをした。
(は……腹立つぅ~~~~~~~!! この、良い、笑み!! 鳩尾に一発貰って無かったら絶対ぶん殴ってた!!)
そのあまりに良い笑みにイラっとしつつも、自分が悪かったと思ってはいるので何も言えず、血が滲みそうな程強く唇を噛みしめる。
「お、お姉様、大丈夫ですか?」
「……晶子よ、己の品格を落とすような発言は控えた方が良いぞ?」
(ああああああああああああ推しからの心配と、最推しからの哀れみが心に沁みるぅ……)
二人の気遣いに、居た堪れなさやら何やらで晶子は胸が痛かった。
「んで、結構デタラメに走ってきちまったみたいだけどよ。どうすんだ?」
羞恥と痛みに悶絶していると、今来た道を振り返っていたアルベートがそう問いかけてくる。
「あたしは、一旦帰るべきかなって。さっき遠くから地響きも聞こえたし、崩落が起きてるのかも知れない。また地下で戦闘になったりしたら、それこそ帝都に影響出そうだし」
「まあ見た感じ、この地下通路は帝都全域にまで広がってるみたいだしな。あっちこっちでさっきみたいな戦闘してたら、それこそ地盤沈下で丸々地下に沈んじまいそうだ」
鈍痛を訴える鳩尾を抑えながら立ち上がる晶子に、納得した様子を見せたのはアルベートだった。
彼も地下通路でダイアナと戦闘になった時の危険性に気付いたようだ。
「うん。あの発狂具合だと、次は出会い頭に問答無用でぶっ放してくるかもしれないし……」
「……ほぼ間違いなく、そうであろうな」
脳裏に過ったダイアナの姿を思い出して遠い目をしていれば、鑪も神妙な顔で頷く。スーフェも何も言わなかったが、概ね同じ事を考えたのだろう。恐れているとも、悲しんでいるとも捉えられる表情で俯いてしまった。
「アイオラ君もまだ目覚めないし、お姫ちゃん達の安全を確保するのが優先かな」
「賛同しよう。悠長な事を言っている場合では無さそうであるが、今の姫君には少々つらかろう。一度体勢を立て直す為、まずは帝都の宿まで戻るのが賢明であろう」
鑪からの提案に、思う所のあるスーフェは黙って首を縦に振る。しかし、親に叱られた子供が泣くのを堪えるように、ぎゅっと衣服の裾を握り閉める両の手が、彼女の複雑な心境を表していた。
「……んじゃ、入口まで戻ろっか。お姫ちゃん、かなり滅茶苦茶に走ってきた後なんだけど、どっちとかは分かる?」
「は、はい! これでも小さい頃は良く探検してたんです! なので、大体の構造は頭の中に入ってますので! ここは一度戻ってですね……」
そう言って、スーフェが今来た道を戻ろうと一歩踏み出した時だった。
“晶子!!”
「うわっ!?」
急に聞こえて来た女神の声に、驚いて声が出てしまう。
「どうかされました?」
「う、ううん! 何でもない!!」
(ちょっと! 急に話しかけてこないでよ! てか、普通に話しかけてこれんのかい!)
不思議そうにするスーフェを何とか誤魔化し、いきなり語り掛けて来た女神に対して苦情を入れる晶子。
“す、……せん、です、が……緊急……の……ようけ、ん……”
(え、何? 何でこんなノイズ交じりなの??)
女神はかなり焦った様子で必死に何かを訴えているようだったが、残念ながら、雑音が酷過ぎて上手く聞き取る事が出来ない。
“気を……けて! ちか、く……よ……み……れ、いの……!!”
(よ……み……れ、い……まさか、淀みの精霊?)
辛うじて聞き取れた単語を聞き返した次の瞬間、ブツッと耳障りな音と共に、女神の声は一切聞こえなくなってしまった。
「こんにちは」
そしてそれとタイミングを同じくして、スーフェの目と鼻の先、後数センチにも満たない距離に一人の女が現れる。
艶やかな黒髪を腰まで無造作に伸ばし、黒檀のような黒い瞳には生気が無い。滑らかそうな素肌は血が通っていないのではと錯覚する程に白く、紅を塗っているらしい唇が嫌に目に付いた。
「こんな所で、何をしているの?」
(みみみみ、未來さんだぁあああああ!!)
異界の聖女・未來。WtRs最強の仲間キャラであり、最も過酷な運命を歩む女性である。
彼女は封神戦争時代に異世界から召喚され、英雄達と共に女神を封印した。だが、戦争後の魔力放流により、『不老不死に近しい命』と『周囲から存在を忘れられる』という呪い染みた制約を受けてしまう。
命の理がねじ曲がったせいで元の世界に帰る事も出来ず、世界中の誰からも感知されなくなった未來だが、それを救うのがWtRsの主人公だった。
(ほんっと、あたし以上に過酷な人生を歩んでるのに、芯は強くて仲間思いで……未來さんと初めましてするシナリオじゃ、女神の力を使って再編するって所に過剰反応されて敵対しちゃったけど、ちゃんと話せば分かってくれたし、理性的でザ・大人の女性って感じでさぁ~!! 当時の憧れだったよね!!)
なんて昔の事を思い出していた晶子。きっとゲームと同じく話せば協力してくれるだろうと、うきうきとした気分で声をかけようとした。
「待て」
が、寸でのところで鑪に口を塞がれてしまう。
(たったたたた、鑪さんの御手!! があたしの口元に!! って今はそれどころじゃ……っ!?)
最推しの唐突な行動にオタク心を刺激された晶子だが、不意にこちらを見る未來と目が合って、全身に怖気が走った。
口元は緩やかな弧を描いているにも関わらず、その瞳には一切の感情が無い。深淵を溶かしたような未来の瞳に、憧れの存在に出会えて浮かれていた晶子の思考が一瞬で冷静さを取り戻した。
頭のどこかで、彼女から目を背けてはいけないと警鐘が鳴り続けている。
「……久しいな、戦友よ」
「えぇ。貴方は元気そうね、安心した」
傍から見れば長年会えずにいた友人同士の再会に見えるが、鑪と未來、双方の声色は酷く冷たい。
「お主、何故ここに居る? ここへは何しに来た?」
「昔馴染みに会えて、とっても嬉しいわ。ねぇ、貴方まだ放浪を続けているの? ま、ストイックな貴方の事だから、五百年が経った今もずっと修行だとか言ってるんでしょうけど」
「む……我は未だ志半ばの身。ならば、剣の道を究めんとするのは、何も可笑しなことではあるまい」
「ツェブラニア高原の山頂近くに開けた場所があるんだけど、大きな花畑が広がってるの! 花の種類も色々あって……ムシェーラ、ブラックリノア、ゴーディア、黒曜花、シストリッタ、シスターカースにユダリース……本当に沢山の花がね」
「……? 未來?」
「そうそう! 実は数年前に神樹の方に行ったの! 黒羽と白雲の子孫達を見に行ったんだけど、何だか面白い事になっててね。まあ、あそこもそう長くは持たないと思うわ。女神の次に神になり上がろうだなんて、愚かな人達よね」
だが、鑪の問いかけに対し、未來から返って来る答えは的外れな物ばかり。ちぐはぐで違和感だらけの会話に、鑪も困惑を隠せないようだ。
(てか、未來さんが今言った花の名前、サブイベで出た奴ばっか……元ネタは確か、ムシェーラ(ムスカリ)、ブラックリノア(黒百合)、ゴーディア(マリーゴールド)、黒曜花(黒真珠)、シストリッタ(アザミ)、シスターカース(オトギリソウ)、ユダリース(ハナズオウ)……黒真珠は黒バラの品種だっけ?)
WtRsには幾つかのサブイベントが存在する。その中に嫉妬によって身を滅ぼした一人の女の物語があるのだが、話題に上がっていた花々は、その中で登場する物ばかりだった。
(この花達、元ネタが元ネタだからなんだろうけど、みんな怖い・不吉な花言葉持ちだった筈だけど……そんな花畑あったっけ? ゲームじゃ描かれなかっただけ? それとも……)
一方的に話し続ける未來だが、その真意は一向に窺えない。
「昔は、いきなりこんな世界に召喚されて、訳も分からないままに武器を握らされて、戦いたくも無いのに戦場に放り出されて……本当に何もかもが辛かった。死んでしまいたいって何度思ったか……。でも、貴方達に出会えて、支えられて、一緒に行動する内にどんどん好きになった。貴方達がいるから、この世界も悪くないって。右も左も分からないワタシを、仲間として受け入れてくれた皆がいた。だからワタシは、ワタシが生まれ育った場所でも無いこの世界を、女神の手から救うって決めたの」
だがその言葉を皮切りに、未來の様子がおかしくなっていく。
張り付けたような笑い顔は徐々に俯いていき、流れに任せて落ちた髪によって隠されてしまう。所在無さげに体がふらつき始め、それに合わせて揺れる黒髪が一層の不気味さを演出していた。
「そう、アイツのせいでワタシはこの世界に召喚された。アイツがいるから世界が可笑しくなった。アイツが自分勝手に世界を管理なんてしなければ、皆が人外の姿になる事も無かった。人のままでいられた。全部、全部ぜんぶゼンブ、アイツが悪い……」
未來が言う『アイツ』とは、恐らく女神の事だろう。呪詛のように女神への恨み言を吐き出す姿は、晶子の知っている穏やかで正義感の強い未來とはかけ離れていた。
それきり、彼女は延々と『アイツが悪い』を呟き続けるだけになってしまい、何を言いたいのかは分からないままだ。
「未來よ、一体何が言いたい「どうしてお前はそちら側にいる!?」
目的の不明な未來に鑪が語りかけた瞬間、彼女は怒りを露わにしてその言葉を遮った。
「世界を自分の望むままにしようと、この世に生きる全てを支配し、人々を苦しめた元凶であるあの邪神が……アイツが何をしたのか忘れたのか!? アイツがあんな事をしなければ、お前達は今も人としての生き、幸せになれた筈なのに!!」
俯いているせいで表情は見えないままだが、髪の間から覗いた瞳には激しい憎悪が宿っている。
(ひぇ……これ、話しかけて良いのかな……えぇい、女は度胸!!)
「未來さん! あたしっ」
晶子が未來の名を呼んだ、その時。
——ビュンッ
「……ぇ?」
耳元で風を切る音が鳴り、頬を何かが滑り落ちていく。そっと触れれば、鮮やかな赤が指先を濡らした。
(うそ……今、攻撃された? そんな動作、一ミリもしてなかったのに!?)
「あぁ、はずしちゃった」
自身の血で汚れた手を呆然と見る晶子に対し、未來は心底がっかりしたような声色でそう言った。
「ワタシ、知ってるよ。アンタがアイツの使いなんでしょ。だってアンタからアイツの臭いがプンプンしてるもの」
深淵を嵌め込んだような光の無い瞳が、じっと晶子を睨みつけている。
「アイツの使いであるアンタは、ワタシにとって、この世界で最も憎い敵。だって、アイツの息がかかってるんだもの。当然だよね?」
真っ直ぐに晶子を見ている未來の表情は、狂気的な笑みを浮かべていた。
「だから、アンタはここで殺す。跡形も無く、塵一つ……そう、骨の一片だって残してやるものか……」
一歩、一歩と未來が近づいてくるにつれ、彼女の足元の影が『生き物のように』蠢く。そこから出現したのは、全身が黒く塗りつぶされた目の無い大蛇。
奇しくもそれは、晶子が再編の力を初めて扱った場で会敵したモンスターだった。
「晶子!」
「お姉様!!」
「下がるのだ晶子! あやつはもう、我の知っている未來では無い!!」
各々が晶子を守ろうと動き出している中、脳裏にノイズ交じりの女神の言葉が蘇る。
“気を……けて! ちか、く……よ……み……れ、いの……!!”
(これって……未來さんが、淀みの精霊の手先になってるって事!?)
「ワタシ達の敵に付き従うお前は、もう仲間でも戦友でも無い。お前も、その女と共にいるお前達も、鏖だ!!」
暗黒色のモンスターを従えて襲い掛かってきた未來の背後に、悍ましい存在の片鱗を見た気がした。
次回更新は、6/28(金)予定です。




