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「貴女が何をしようとしてるのか、当ててあげようか?」

※ 一部ダイアナの台詞をのちの展開に合わせて修正しました。

 感情を削ぎ落した顔でこちらを見つめるダイアナに、晶子は剣の柄に右手を添えながら出方を窺う。

(ここはお姫ちゃんと皇帝しか知らない場所の筈なのに、どうしてダイアナさんが? それに彼女の体、ダイアモンドが真っ白になってる……他の宝石の吸収が、あたしの想定よりも早かったって事?)

 WtRsの帝国編は、スーフェ達もしくはダイアナと協力して連続宝石族殺害事件を調査していくというもの。そして、この物語に巻き込まれた主人公は、いくつかの関連クエストをこなした末に全ての黒幕がダイアナである事を知るのだ。

 ダイアナの目的は、昏睡状態にあるアメジアを目覚めさせる事。しかし、例え癒しの一族であっても、精神や内臓に起因する障害・病気を治す事は出来ない。

 愛する人を救えないと深い絶望に落ちた彼女は、もっと強い癒しの力を求めて禁忌に手を染める。同族を殺し、彼らの宝石を取り込むというものだった。

 宝石族達には、現実世界でよくある天然石のアクセサリー等と同じように相性が存在する。基本的に反発はせずお互いの力を高め合うので、複数人で活動する事が多い。

 ダイアナはこの性質を利用して帝都内の宝石族達を次々と殺害し、その宝石を大量に摂取して自身のマナを高めようとしたのだ。

 だが、過剰なまでに摂取したマナは本人が許容できる量を超過しており、オーバードーズのような症状が宝石の濁りとして表れている。

 公式設定では、ダイアナの生成するダイアモンドは世界一美しく、最も癒しの力が強い宝石族と明記されていた。

 そんなダイアモンドが白く濁っているのだから、彼女の容態が芳しくないのは想像に難くないだろう。

「……ダイアナ? お前、ダイアナなのか……?」

 すると、スーフェを庇って前に出ていたアイオラが、驚いたように問いかけた。眉間に皺を寄せている彼は、目の前にいるのがダイアナだと思いもしていなかったらしい。

(ダイアナさんだって分かって無かったの……? あ、もしかして、色んなマナが混ざり合い過ぎて、ダイアナさん本人のマナが判別出来なかった?)

 体内に魔石に近しい宝石を生成する関係上、宝石族達は五感よりもマナの質や量で物事を判別する

(当然、アイオラ君もそれで色々判断してるんだろうけど、その彼がダイアナさんの事が分からなかったってところが不味いかも……)

「えぇ、そうですよ」

 悪い状況が積み重なっていくような感覚に、冷や汗をかく晶子。

 一方、怪訝な表情を浮かべるアイオラに、ダイアナがほんの少し首を傾げて微笑んで見せた。緩くカールした白銀色のセミディの毛先がふわりと揺れるが、纏う空気は依然として固く冷めきっている。

「その、マナ……前はそんなんじゃ無かっただろ? 顔色もなんだか悪く見えるし、宝石も濁って……一体どうしたんだ?」

「ふふっ、心配してくれるのね。ありがとう、アイオラ。でも、私は大丈夫」

 警戒をしながらも心配した様子を見せるアイオラに、くすくすと嫋やかに笑うダイアナ。

 そんな彼女に、スーフェが恐る恐る声をかけた。

「……ねぇ、ダイアナ。貴女、どうしてここに? 一体誰からこの場所の事を聞いたの?」

「…………」

「ダイアナ?」

「……あぁ、いえ、この場所の事は、ヘリオ陛下から教えていただいたのです。スーフェ様とアイオラを迎えに行くように、と」

 一瞬だけ真顔になったダイアナだが、すぐ取り繕うようにしてそう言葉を口にする。父親の名前が出たものの、どこか様子が可笑しい彼女を素直に信じる事が出来ず、スーフェは黙り込んでしまった。

「さぁ、姫様。アイオラも。早くこちらへ。貴女方の帰りを、首を長くして待っていたのですから」

 そんなスーフェの事など知った事では無いとばかりに、ダイアナは手を差し伸べ、歩み寄り始める。

「……お客様?」

 一歩一歩、ゆっくりと近づいてくるダイアナだったが、間に割り込んだ晶子によって、その足はすぐ止まる事になった。

「申し訳ありませんが、皇帝陛下がお二人をお待ちなのです。そこを退いて頂きたいのですが……」

「次はアイオラ君を殺そうって事でしょ」

 晶子の一言に、誰かが息を呑む。ダイアナの顔も強張り、目も大きく見開かれていた。

「な、なにを言っているのです……? 私がそんな事をする訳は無いじゃないですか! 彼は同じ宝石族ですよ? なのに、殺すだなんて!」

 取り乱して反論するダイアナだが、晶子はその態度がわざとらしく見えて仕方ない。

「貴女が何をしようとしてるのか、当ててあげようか?」

 化けの皮を剥がす為に一言告げれば、途端ぴたりとダイアナの動きが止まる。瞳孔は段々と開き始め、呼吸も荒くなっていく姿は、まるで獣のようだった。

「ダイアナさん。貴女は、昏々と眠り続けるアメジアを目覚めさせようとしてる。同族を殺して、自分のマナを強化する為に宝石を取り込んで……最後の仕上げに、アイオラ君を手にかけようとしてる」

「あめ、じあさ、ま……」

 晶子がアメジアの名を出すと、ダイアナはぴたりと動きを止めて俯く。ブツブツと何か呟いているようだったが、残念ながら声が小さすぎて言葉までは聞き取れない。

「ま、待ってください……晶子さんの話の通りなら、帝都で起きた同族殺しの犯人は……」

「そう。ダイアナさんよ」

 驚愕と絶望が混ざった目で、アイオラはダイアナを見る。スーフェは両手で口を覆って悲鳴を押し殺し、真っ青な顔で震えていた。

「帝国に残っているのは、もうアイオラ君しかいないもんね。彼の宝石を取り込めば、貴女は全ての宝石族のマナを集めた事になる。けど、その代償はあまりにも大きかった」

「複数のマナを無理矢理に体内へと取り込んだ事で、身体が悲鳴を上げておるのだな」

 腕を組んで成り行きを見守っていた鑪の言葉に、晶子は頷きを返す。

「こんだけの量のマナだ、下手に暴発すりゃ、この辺一帯を消し炭にしちまうだろうよ」

 帝国中に存在していた宝石族の宝石を体に収めているダイアナは、自身に設けられている量を遥かに上回るマナを貯蔵している事になる。しかも、保存状態がかなり不安定且つ乱雑に詰め込まれているも同然の。

 今の彼女は正しく『いつ大爆発を起こしてもおかしくない大量のダイナマイト』なのである。

「でもそんな事になったら、今までの苦労が水の泡になる。ダイアナさんは自分の状態を分かっているからこそ、多少強引になっても悲願を叶えようと焦ってる。だから多少のリスクは承知の上でここへ来て、確実にアイオラ君を殺そうとしてる」

(……あれ、待てよ? でもそうなると、この通路の事を教えたのは誰? まさかヘリオ皇帝な訳は無いだろうし)

 不意に、そんな疑問が脳裏に過った。晶子が言ったように、ダイアナが焦っているのはほぼ間違いは無いだろう。では、一体誰がこの場所を教えたのか?

 帝国の問題に消極的な対応を見せているヘリオだが、彼とて馬鹿では無い。長年、息子の側仕えとして一家の中に溶け込んでいるダイアナの異変にも、きっと気付いている筈である。

 そんなヘリオが、娘と御付きのアイオラを危険に晒すとは考え(がた)い。

(かと言って、他にこの通路を知る人は居ない……じゃあ、ダイアナさんに情報を流しているのは誰……?)

「……ふ、ふふ。えぇ、そうです。その通り」

 急に笑い出したダイアナが、右手を持ち上げてスーフェを指さした。

 考え事に集中していた晶子が攻撃的なマナを察知して咄嗟に居合斬りをするのとほぼ同時に、ダイアナの指先に現れた魔法陣から氷の矢が目にもとまらぬ速さで飛び出す。

 矢は剣に叩き切られてキンッと甲高い音を立てて地下通路の壁に突き刺さると、サラサラと砂のように崩れていった。

 視界の端でそれを確認した晶子は、剣を構え直してダイアナを睨んだ。

「そう、私が殺した。みんな、みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな!! みーんな殺した!! あっはは、アハハハハハハ!!」

「ひっ……」

 狂ったように笑い出したダイアナに、スーフェが小さな悲鳴を上げる。そんな嘲笑に呼応してか、彼女のダイアモンドが段々と黒く濁っていく。

(濁りが強く……っ!?)

 黒く染まっていく宝石の内側に何か生き物が蠢いた気がした晶子は、急激な嫌悪感に襲われた。

(うわうわうわうわちょっなに!? めっちゃ見られてる気がするんですけど!? と、いうか、この感じ何だかアルベートの時と似て無い!?)

 ゾワッと怖気が走った腕を擦りながら、既視感のある視線に周囲を見回す。だが、この場にいるのは晶子達しかおらず、視線もいつの間にか消えていた。

「ど、して……どうしてそんな事をしたのです!?」

「力が必要だからだ!!」

 怯えを押し殺しながら叫んだスーフェに、血走った目を向けてダイアナが激高した。

「アメジア様が倒れられてから、お前達家族は一体何をした? 見舞いに来る事も、世話をする事も無く放置し、挙句の果てには次期皇帝の座を狙って争い始める始末。父親はそれを止めるどころか見て見ぬ振りをし、一番懐いていたお前は国を出奔……あれだけ囃し立てておきながら、何故お前達は誰一人として側にいない? 誰も救おうとしない!? 国の未来の為に尽力していたあの方を、お前を庇ったせいで目を覚まさないアメジア様を、どうしてこうも蔑ろに出来るのか!?」

 その苛烈さは、アメジアを心から慕うダイアナの心境をまざまざと現している。

「違います! 私達は、決してお兄様を蔑ろにしている訳ではありません!!」

「血を分けた兄弟で醜く争いあい、アメジア様をいない者のように扱っておいてよくそんな事が言えたものだ!!」

(……やり方は間違ってるけど、ダイアナさんのアメジアを想う気持ちは本物なんだよね)

 スーフェとダイアナ、両者は起こしている行動こそ違えど、互いの根底にあるのはアメジアへの愛だ。スーフェは一番懐いている兄への親愛、ダイアナは恋い慕う者への情愛という違いはあるが、どちらもアメジアを大切に想うからこそ、譲れないものがある。

「あの日、奴隷として売られる所をアメジア様に救われた私は、この命をあの方に捧げると誓いました。今こそ、その恩を返す時!」

 ダイアナがばっと両腕を広げると、彼女の背後に無数の魔法陣が展開された。大きさも色も様々なそれらは、ダイアナのものとは違う性質のマナが感じられる。彼女が吸収した同族達のものであろうと当たりを付けた晶子が構えると、隣に並んだ鑪も太刀を抜いた。

「あの方のいない世界なんていらない! あの方を蔑ろにする者など必要無い!! みんな、みんな……消えてしまえ!!」

 広げていた腕をこちらに突き出すのと同時に、魔法陣から多種多様な攻撃魔法が晶子達に襲い掛かる。

「鑪さん!」

「存分に腕を振るおう!!」

 そうして始まった戦いは、苦しい防戦を強いられる事になった。辛うじて晶子と鑪が並べる狭さの通路では、相手の攻撃を受け流すので精一杯。なんとか反撃をしようにも、ダイアナが放つ魔法の弾幕に切れ間は無い。

(まともに近づけない。ダイアナさんに魔法を使わせ続けるのも不味いし、一旦引くしか)

「晶子!!」

 考え事をして晶子の意識が逸れた隙を狙った攻撃に、鑪が真っ先に反応を示す。ハッと顔を上げた時には眼前に炎の塊が迫っていて、晶子は驚きのあまりその場で立ち尽くしてしまった。

(や、やらかしたっ!!)

「お姉様、危ない!!」

 引き攣った顔で棒立ちする晶子の前に、スーフェが滑り込む。彼女は鞘から剣を引き抜くと勢い任せに振りかぶった。ところが、剣は炎を斬り裂く事は無く、バキンッと大きな音を鳴らして砕け散った。

(お姫ちゃんの剣が……!)

 大切な剣が鉄屑に成り果て、放心状態となったスーフェはもろに魔法の余波を付ける事になり、勢いよく弾き飛ばされる。

 咄嗟に滑り込んだアイオラのおかげで怪我は無さそうだが、代わりに通路の壁に激突した彼は当たり所が悪かったらしく気を失ってしまった。

「っ、アイオラ!!」

「バッカ、頭打ってるかもしんねぇから揺らすんじゃねぇ!!」

 返事の無いアイオラに動揺して体を揺っているのを、荒い口調でアルベートが止めた。半ば怒鳴るような言葉に肩を一瞬跳ねさせたものの、スーフェは今にも泣きだしそうにしながらアイオラの手を握る。

「アメジア様からの贈り物を、こんな姿にするなんて……本当に、お前は無能な姫ね」

 通路に散らばった破片を見下ろしながら、ダイアナが冷めきった声で言葉を紡いだ。投げかけられた侮蔑に対し、スーフェは反論する事が出来ず、地面に転がる剣だった物を見つめて沈黙してしまう。

(ダメッ!! お姫ちゃんの心が壊れちゃう!!)

「鑪さん! 撤退! アイオラ君の事任せます!」

「承知した!!」

 撤退の二文字に了解を返した鑪は、自身に飛んできた氷の礫を斬り刻むと、刀を一本残して鞘へ戻し速やかにアイオラを腕に抱えた。

「逃げるつもり? いいえ、逃がさないわ!!」

 ダイアナが左手を振り上げると一際大きな金色の魔法陣が現れ、そこから複数の巨大な金塊が召喚された。それらは猛烈な勢いでこちらに向かって来たが、晶子は冷静に呼吸を繰り返す。心を落ち着かせながら剣を突きの形に構え、迫りくる金塊の山から目を逸らさない。

(大丈夫。あたしならやれる!!)

「……『刺突・蒼撃(そうげき)』!!」

 秘技の名を唱えながら晶子が刀身をなぞれば、蒼色の濃厚で分厚いマナに覆われる。淡く輝きを放つ剣を真っ直ぐに突き出せば、金塊はまるで常温で柔らかくなったバターのようにあっさりと斬り裂かれた。

「なっ!?」

「さいなら!!」

 驚愕に言葉を無くすダイアナに一言別れを告げると、晶子は剣に宿ったマナを一気に膨張させる。膨らんだマナは金塊の魔法に触れるやいなや、目も眩むような大爆発を引き起こしたのだった。

「おいおい派手にやりやがったな!? てかよ! こんな場所で、馬鹿でかい爆発なんか起こして大丈夫なのか!?」

「咄嗟にやっちゃった!! 全然大丈夫じゃないです!!」

 ガラガラと崩れてくる天井の瓦礫を避けながらアルベートを小脇に抱えた晶子は、爆発に腰を抜かして座り込んだままのスーフェを背負う。

「お、お姉様」

「泣きたい事も弱気になるのも分かるつもりだけど、今は逃げるよ!! 命大事!!」

「っ、はいっ」

 弱弱しいく返事をしたスーフェがしっかりとしがみ付いたのを感じ、土埃が舞い上がる中、走り出してさっき来たばかりの道を戻る晶子。それに鑪が続いて角を曲がった瞬間、背後から金塊や岩などが飛んできて完全に道を塞いでしまった。

 それどころか、力任せに次々と魔法を放っているようで、何かがぶつかっては砕ける音が地下に響き続ける。

「くそっ……殺す、殺してやる! 必ず殺してやる!! あの方の、あの方の為に!! 覚えていろスーフェ!! 次に私と会った時がお前の最期だと!! そして、招かれざる者共よ、私の邪魔をしてただで済むと思うなよ!!」

 晶子達を見失って激高したダイアナの叫びが轟いた。隠しもしない殺意と憎悪を投げつけられて、背中のスーフェが静かな嗚咽を漏らしたのに気付く。

(……お姫ちゃんにとって、ダイアナさんは、本当のお姉さんみたいな人だったもんね)

 ゲームでのスーフェは、会話イベントの中で良くダイアナとアメジアについて語っていた。仲睦まじい様子の二人に、いつか本当にダイアナが姉になってくれるのではと淡い希望を抱いていたが、ゲーム本編でその願いが叶う事は無い。

(だからこそ、さっきのダイアナさんの言葉は、お姫ちゃんを傷つけるのに十分だった。ずっと慕っていた『義姉』に嫌われてしまった、失望させてしまったって)

 スーフェと共に真相に辿り着いたルートにおいてのみ、彼女の口からダイアナと親密だった頃の思い出を聞く事が出来る。

 幼く活発な少女の問題行動を時に叱り、時に仕方が無いなと甘やかしてくれる優しい『義姉』。大好きな兄と一緒に幸せそうにしている姿は、夢見る年頃のスーフェにとって憧れの姿だったのだろう。

(ダイアナさん、良くも悪くも一途過ぎる人なんだよなぁ)

 例え全ての黒幕だったとしても、大切な人を想い続けて暴走する彼女を、晶子は嫌いになれなかった。

次回更新は、6/21(金)予定です。

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