(なんでここに、この人が……)
※ 後半にあるモンモンルーの姿形について変更を行いました。合わせて前後の文章も若干修正しております。物語全体への影響はほぼありません。
「正直衝動的に行動した事をとても反省しているしそれはそれとしてこの状況どうやって打破しましょうかね!?」
「んな事言ってる場合か!!」
見回りの兵士達から逃げる為、テラスから飛び降りた晶子。しかし、着地の事を全く考えていなかった為、現在進行形で危機的状況に陥っていた。
(慌てすぎるとまともな考えも浮かんでこないよね!? えっとえっと着地、着地しなくちゃだから……で、出来るか分かんないけど女神の力を使えるなら!)
段々と近づいてくる地面に焦りながらも、晶子は自身とアルベートの周りにマナを集中させる。二人の体を風が支えるイメージをしながら更にマナを操作すれば、徐々に落下速度が落ち始めた。
(こ、これは、成功したのでは? いけたのでは!? 駄女神って元々、世界の創世神なんだし、森羅万象を操作するくらいは出来ると思ってんだよね~!!)
再編の力は、あらゆる物を思い通りに作り変える事が出来るもの。それはつまり、力を授けられた晶子なら、創世の女神のように新たな物を生み出す事が出来るという事だ。
晶子はその力を応用して透明な風船のような物を創り出し、落下を軽減しようと考えたのだ。
(後は、ここから少し離れた路地裏に移動して……)
もう一度意識を集中させ、帝都の外れに移動する為に風を吹かせようとする。
——ビュォオン
「え」
耳元で大きく鳴った音に驚いている間に、晶子達の体が強風により空中に留まったかと思えば、次の瞬間上空へとその身が舞い上がり始めた。
「え、え、え!?」
「おいおいこりゃどうなってんだ!? 晶子お前、一体何したんだよ!!」
「いや、魔法で風を操って、こう、ふわぁっと飛んで行こうかなって思ったんだって!!」
「どっからどう見てもふわぁっとはしてねぇな!?」
そうこう言い合っている間にも、晶子達の体はどんどん高度を上げていく。が、次の瞬間。ガクンッと体が引っ張られるような感覚の後、先程とは比べ物にならない速度で落下し始めた。
「おぎゃあああああああああああああ!?」
「うおおおおおおあああああああああ!?」
声を押さえる事も忘れて大絶叫を上げる晶子達。
そんな二人を弄ぶように、風は暴走し始める。下から吹き上げる風によって勢い良く急上昇し、右に左にと激しく蛇行を繰り返しては最終的に錐揉み回転までする始末。
(ふ、風圧で顔の形が変わるぅ~!! てかなんでこんな事になってんの!? ちょっと力使っただけなのにぃ~!!)
まるで終わりの無いジェットコースターに乗せられているような状況に、晶子は涙目になっていた。
とにかくどうにかしなければとマナを体の周りに集めた途端、風はそれまで以上の激しさで晶子達を振り回す。
(なんで~!?)
「これ、お前のマナに反発してんじゃねか??」
困惑する晶子に、アルベートがそんな疑問を口にした。言われてみればと、マナを操作する度に抵抗するような風の動きに、電撃が走るような衝撃を受ける。
「あたし、が、使ってるのは、女神の力、でしょ!? 作り手、と創造、物が、反発し合うって、そんな事ある!?」
風圧で話しづらい中、晶子はそんな馬鹿なと顔を引き攣らせた。しかしその反面、彼の言葉に納得した部分もある。
今この世界にとって、女神は悪しき邪神に他ならない。恐らくは、生きとし生ける全てが、女神に関連するありとあらゆるものを拒絶している状態だ。
(それもこれも、淀みの精霊のせいっていうのもあるだろうし……いや待てよ、あの駄女神の感じからして、過保護すぎる親に反発してるってのもワンチャンありうる……)
世界を安定させる為だったとはいえ、女神の管理はやり過ぎだったのだろう。でなければ、多種族連合軍との封印戦争が起きる訳が無い。
(あのポンコツ駄女神、まさかそこら辺の事知らないは訳は無いよね? って事はだ、あいつ、あたし達に肝心な所伝え忘れてるな?? おおん??)
脳裏に『ごめ~んね☆』と舌を出して謝罪をする女神が浮かぶが、全くもって詫びる気が感じられず、無意識に舌打ちが零れた。
(とりあえず、この状況を何とかしないと……こっそりホテル抜け出してるから、バレる前に帰りたいし)
特に、監視の名目で同行してくれている鑪に見つかれば、確実に説教される事は間違いない。理論詰めで淡々と怒られるのを想像してしまい、晶子はゾッとする。
早々に戻る為にどうすれば良いか、考えた末に晶子が辿り着いたのは、マナの反発を利用する事だった。
(ちょっと勢いがあり過ぎて直接ホテルを目指すのは危ないから、ここは帝都外のカルデラ湖を目標地点にして……)
今もずっと疑似ジェットコースターを体験している晶子は、振り回されている最中に見えた湖を目指し、ほんの僅かに体勢が整ったタイミングでマナを足裏に集中させる。
マナに反応した風は思惑通りに反発を起こし、晶子達の体は猛スピードで目標に向かって飛び出した。
「どこ行くつもりなんだ!?」
「外の、湖!! 正直、帝都内だと、どこに落ちても、騒ぎになっちゃう、から!!」
「湖も大概だと俺様は思うけどな!!」
「なにー!? 風が、うるさ、くて、びみょーに、聞こえない!!」
時折アルベートの声が聞こえなかったり、体が勝手に右往左往したものの、何とかコントロールを保てていた晶子は、近づいてくる湖を見て胸を撫でおろす。
「ってうわぁ!?」
「おわちょ、はぁ!?」
城壁まであと少し、という所まで来て、突然高度が落ち始めた。持ち上げようとマナを体の下側に集中させようとするが上手くいかず。
——ドゴンッ
「へぶっ!?」
結果として、城壁に比較的近い場所の地面に顔面から突っ込む事となった。
「お、おい晶子、大丈夫か!?」
「~っ!! なん、ちょか……っ」
衝突する寸前に放り投げた為無事だったアルベートに背中を叩かれて、顔を押さえて蹲りながら呻く晶子。
「心配してやりたいとこだが、空が白み始めてきやがった。思いの外、長い空の旅だったみたいだぜ」
「うぅ……うん、戻ろ……」
しかし、そうもたもたもしていられない。晶子はアルベートに手を引かれて、ホテルへの帰路を急ぐ。
そう時間をかけずホテルまで帰ってこれた晶子達は、物音を立てないよう慎重に外壁を登り、テラスから晶子に宛がわれた部屋の中へと入った。
「くぁ~……んじゃ、ぼちぼち朝になっちまうが、良い夢見ろよ~」
大きな欠伸を零してさっさと自分の部屋に戻って行ったアルベートを見送り、晶子も簡単に身なりを整えてからベッドに潜り込む。
(あ~……、ちょっと皇帝のとこ行っただけなのに、ダンジョン一つ攻略して来た並みに疲れたわ……にしても、女神の力への反発かぁ。今後何処かしらで響いてきそうだな……)
いざという時にあの反発が起きるのは困ると考えながら、晶子は心地よい微睡みに身を任せた。もう間もなく眠りに落ちる、といった所で突然部屋の扉がバンッと音を立てて開かれる。
「うぇえ!? なにご「晶子お姉様!!」」
驚いて一気に覚醒した晶子に跳びつく勢いで駆け寄って来たのは、質素な寝巻を着たスーフェだった。
「おひめちゃん……? こんなじかんにどうしたの?」
「私、ようやく分かったんです! 父が何を言いたかったのか!! きっと、あの場所の事を言っている筈です!! そうに違いありませんわ!!」
「おひめちゃん、ちょっとおちつこうか」
(これはもう寝れないなぁ……)
若干溶けた思考で晶子がとりあえず理解出来たのは、スーフェが酷く興奮している事と、一睡する暇も無いという事である。
♢ ♢ ♢
「城には、緊急時に城から脱出する為の秘密の地下通路があるのです。太古の昔、それこそ、戦争が多かった時代には良く利用されていたらしいのですが、今ではすっかり忘れられた場所になっています」
日が昇り始めてすぐ、スーフェに急かされて準備を整えた晶子一行は、先導する王女に連れられて王城の裏側にある帝都墓地に足を運んでいた。
市民・貴族関係無く混在する墓の間を抜け、最奥に構える一番大きな墓石の前で立ち止ったスーフェ。一度周囲を見回して自分達以外に人が居ない事を確認すると、墓の右手に回り込んで何かを操作し始める。
間もなくして、ガコンという乾いた音がしたかと思えば墓石がゆっくりと動き出し、晶子達の目の前に、地下へと繋がる入口が現れた。
(すっげぇえええええ!! ほんまもんの隠し通路じゃん!!)
「王の墓所を地下通路の入口にするとは、考えたものであるな。この墓はそもそも偽物か」
創作物等のお約束とも言える展開に目を輝かせる晶子の横で、感心したように鑪が言う。
「そうなんです。実はですね、そもそもこの墓所自体がダミーのような物なのです」
歩きながら話しましょうというスーフェに続き、晶子達は地下への階段を下りていく。階段を下りきった頃、後ろから何かを引き摺るような音が聞こえて振り返ると、入口が完全に閉ざされていた。
(おぉ、勝手に閉じてくれるんだ……)
特殊な魔法が使われているのかと考えるも、特別変わったマナを感じる事も無かった晶子。どんな原理で自動開閉を可能にしているのか少し気にはなったものの、今はそんな場合では無いと意識を逸らす。
「これは初代皇帝の言葉なのですが、『我々は民を導く使命を帯びておれど、その命の価値に優劣は無い。皆等しく輝く宝石であり、皆同じく特別な存在である』と仰ったそうです。彼の方は帝国に住まう全ての人々は、皆宝石族と同じく輝く命を持っていて、死後土に還った後、長い時間をかけて宝石となり現世に戻って来ると信じていたようです」
そこから、帝国では死んだ人間を墓所として定められた鉱床に土葬し、国の繁栄を願うようになったのだとスーフェは語った。
(あ~、昔感じてた違和感はこれかぁ。道理で墓所なのになんかハリボテチックだなって思う訳だわ)
画面越しに感じていた気持ち悪さに合点がいき、長年のモヤモヤが一つ解消されて晶子はちょっと嬉しかった。
「よくよく思い出してみれば、ダマスカの村にも墓場なんてもんは無かったな。てことは、あそこもそれ専用の鉱床が近くにあるって事なのか?」
「そうですね。帝都程規模は大きくないでしょうが、恐らくどの村にも必ず一か所はあるかと」
アルベートが口にした純粋な疑問に、先に階段を下りきっていたアイオラが返答する。
地上からやや深い位置にあるらしくひんやりとした空気の漂う通路は、壁に備え付けられた光石松明によって、想像以上に明るく照らされていた。
カルデラ湖の下に続いている所もあるのか、ぴちゃん、ぽたぽたと水の滴り落ちる音がどこからともなく響いてくる。
「こんな場所があったなんて……僕、全く知りませんでした」
「ふふっ、アイオラが知らなくて当然です。そもそも私がこの場所を見つけたのは、あの日の出来事が切欠ですから」
きょろきょろと大して広くも無い通路を見回すアイオラに、スーフェが歩きながら微笑んだ。
(あの日の出来事……? お姫ちゃんのお転婆エピソードかな?)
皇帝との特殊会話イベントや制作裏話などで語られているのだが、幼い頃の彼女は、それはもう手の付けられない程のじゃじゃ馬だったらしい。
家族で遠乗りに出かけた際も大木をよじ登ったり、虫や動物を追いかけ回したりして、子守り役の兄達をヒヤヒヤさせていたという。
また、次期皇帝の地位を約束された優秀な長男にとても懐いていたスーフェは、剣を習うのは好きでも、勉学に励むのは嫌いな少女だった。どれ程嫌いかは、世界中を歩き回っていたゲームのアルベートすらもそれを知っているくらいだと言えば分かるだろうか。
「……当時、上手くもならない剣の稽古に一生懸命になるあまり勉学を疎かにしていた私は、腹を立てた教育係に仕置きとして城外れの物置に閉じ込められてしまいました」
「は!? おいこら誰だその教育係スーフェちゃん閉じ込めるとかふざけてんのかアァン!?」
確かに勉強をしなかったスーフェが悪かったのかもしれないが、だからといって何をしても許される訳では無い。
「抵抗しなかったのお姫ちゃん!?」
「え!? えっと、そのぉ…………」
(……あ、そっか。抵抗したら逆に相手を怪我させちゃうのか)
目を泳がせるスーフェに、晶子はある事を思い出して何とも言えない顔になる。実はスーフェ、生まれつき力が強い子供だった。
それこそ、先に述べた遠乗りでも不用意に物を持たせると大惨事を起こしかねないと、常に兄の誰かが付き添っているくらいなのだから。
(これがまぁ、適正武器に関係してくるところよね……あたし達と出会ってから、一回も剣に触るの見た事無いし……あれ待てよ、そう言えばハウスであたしから手を握った以外にお姫ちゃんから触れられた事無かったな……??)
思い返して気付いた事実に、密かに衝撃を受ける。
「そ、その教育係はすでに城を去っていますから! 大丈夫ですから!!」
「あったり前よまだ城にいたらあたしがそいつのケツ蹴っ飛ばして泣いて土下座させてから二度と帝都に帰ってこれねぇ体にしてるわ」
「口が悪いぞ晶子よ」
真顔でそう言い切ったのを鑪に咎められ、晶子は呻きながら口を慎んだ。
「あ、はは……実は、初めて抜け出したのはその時なんです。なんとか物置から出る方法を探して、偶然にも物置の隅に地下通路への入口を発見したのです」
胸元に手を置いて話すスーフェの表情は、酷く穏やかだった。
「通路を抜けて訪れた初めての城下に、私は夢中になっていました。けれど、夢中になるあまり城下で迷子になってしまい……泣きじゃくって途方に暮れていた私を、助けてくれた御仁がいました。その方は買ったばかりの串焼きを手渡して、私の話を聞いてくれました。外の世界の御話も聞かせてくれて、暗く前にこの地下通路の入口まで送り届けてくれたのです。……あの時に食べた串焼きの味は、生涯忘れられないでしょう」
噛みしめるようなスーフェの姿に、その思い出が彼女にとってとても大切なものだというのが良くわかる。
「以来、城下へと抜け出す度に色んな物を買ったりしては、城の皆に持って帰ってきていましたの」
(いつの間にか姿が見えなくなって上へ下への大騒ぎになってる中、当の本人が土産持って帰って来るんだから、周りの人達も怒るべきか喜ぶべきか困っただろうなぁ)
王女として褒められた行為ではないのだが、抜け出した事を悪びれもせず、むしろ意気揚々と戦利品を手渡してくるのだから、差し出された者達は苦笑するしか無かっただろう。
「教育係や侍女達の目を盗んでは、あちらこちらへと逃走するのもしょっちゅうだったんです。……気が付いたら、僕同伴だったら良いと暗黙の了解が作られていましたね」
「アイオラが付き添ってくれるようになってからは、地下通路を使わなくなりましたわ」
そんな晶子達のやり取りに気付かないまま、遠い目で語ったアイオラに、スーフェは照れた様子で頬を掻いた。
「門番が言っていたモンモンルーの串焼きとは、城下で人気の食べ歩きおやつなんです。モンモンルーは草食モンスターなのですが、気性も穏やかで良質な乳も採れるので、家畜としても有能なんです」
(あ~、そういやペットに出来るモンスターの中にいたなモンモンルー。あたしはしてないけど)
モンモンルーとは、水牛のような角が生えた蜥蜴の頭部に、牛の胴体、ヒクイドリの脚部を併せ持った四足歩行の中型草食モンスターで、この世界で最もメジャーな家畜生物である。
雌の腹部には乳牛に似た乳房が存在し濃厚なミルクが採取可能、更に肉も美味しいので、スーフェの言葉通り各国の農村などでは良く飼育されていた。
「なるほどな。つまりは皇帝の伝言で聞かれたモンモンルー云々が、ここの事を指しているんじゃねーかって事だな?」
「間違いないと思います」
推測として話を続けたアルベートに、スーフェが断言を返した。
「この地下通路を使った事があるのは私しかおりませんし、出入り口を知っているのは私とお父様だけ。だからきっと、門番に言伝をしたのには意味があるはずです」
(お姫ちゃんにとって、モンモンルーの串焼きはただの料理じゃなくて、大切な意味のある物なんだ)
父親を信じて行動を起こすスーフェに、晶子はただの料理が繋ぐ親子の絆に感動する。
「まあなんにせよ、込み入った話は皇帝様に会ってからにしようぜ? 城まではもうちょいかかんのか?」
「この先の角を右手に曲がれば、城内に続く梯子が見えてきますわ!」
スーフェが先に見えるT字路を指さし、アルベートがやる気満々に肩を回した。そうして右の通路に進んだ晶子達の目に、城内へ続くであろう上へと伸びる赤錆びた鉄梯子が映る。
「ッ……お前は!」
「……どうし、て、ここに」
「おかえりなさいませ、スーフェ姫、アイオラ」
が、梯子の前を塞ぐように、一人の女が佇んでいた。身に纏うのは、背中と腹部が大きく開かれた白いシルクとレースで作られたドレス。空気に晒されている肌から生えた白濁したダイヤモンドは、光石松明の光を受けて鈍く輝いていた。
「そして、ようこそ」
スーフェ達に向けられていた銀灰色の瞳が、ゆっくりと晶子に向けられる。その冷酷な視線に、晶子は全身に鋭い刃を当てられているような錯覚に陥った。
「歓迎されぬお客様方」
(なんでここに、この人が……)
ディグスター帝国第一皇子・アメジアの側仕えである宝石族ダイアナが、感情を削ぎ落した表情で晶子達を出迎えたのであった。
次回更新は、6/14(金)予定です。




