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「またってなんやねん!! 既に一回やらかしとんのかぁーい!! ……あ??」

 ぷかぷかと水中に漂うかのような感覚に、晶子の意識は覚醒した。

(……ここ、どこ? あたし、仕事帰りで……)

 金縛りにあったように全く動けない中、朧げな記憶を呼び起こそうとする晶子の耳に、柔らかな女性の声が聞こえた。


“……晶子……”


「……誰?」

 名前を呼んでくるそれに反射的に反応してしまうも、声はそれに応えない。己以外の存在は感じられない空間で、謎の声がこう続ける。


“晶子……晶子……世界を再生する担い手、命運を握る者……”


(あっ、このセリフはWtRsのオープニングムービー……女神さまって、こんな声なんだ)

 ぼんやりとしていた思考が、一気に鮮明になる。たった一言であったが、晶子にとっては何年も繰り返し遊んできたゲームの、その物語の始まりの言葉を間違える筈は無い。だからこそ、これは夢の中だとも確信した。

(この後は、〝世界に残された時間は少なく、人々はこの危機を知りません。この未曾有の危機を救えるのは、世界の理を超えた貴方だけ〟って言われるんだよね~)

 一言一句違えず覚えてしまった台詞を思い出しながら、晶子は次の言葉を待つ。


“……こんな形で、貴女を、貴女の愛する世界に放り出す事になって本当にごめんなさい……”


(……え?)

 しかし、告げられた言葉は、記憶の中のものとは全く違っていた。心の底からの謝罪と、強い懇願のそれに、晶子はひどく戸惑った。

(え、なに……こんな台詞、一回も聞いた事無いんだけど)


“今の私では……貴女に力を授け、世界のどこかに送り出すので精一杯。貴女の傍にいる事も、言葉も交わす事も叶いません”


(夢だから? あたしの夢だから、こんな訳わからん感じになってるの??)


“でも、貴女ならきっと大丈夫。世界を愛してくれた貴女なら、例えどんな障害が道を阻もうとも、きっと乗り越えてくれると信じています。……時間、が……お願い、ど、うか…………世界を、救って”


 混乱する晶子へ、女神の懇願が届けられた……のだが。


“あ”


「え」

 間の抜けた声が聞こえた途端、がくんっと勢いよく体が引っ張られ、『重力に従って落下』し始めた。

「って、ええええええ!? 落ちてるぅうううううううううううううう!?」

 急に自由の効くようになった体をじたばたさせながら、晶子は真っ逆さまに落ちていく。開いた視界の先は一面の暗闇で、自分がこの後どうなってしまうのかなんて、全く見当もつかなかった。

(待って待って待ってナニコレどう言!? え、これ夢!? 夢だよね?? じゃなきゃあんな聞いた事ない台詞とか無いだろうし絶対そうだよね!? 誰かそうだと言ってぇええええええ!!)

 必死に頭で夢であれと繰り返しながら、空中で器用に頭を抱える晶子。


“ままままた間違えちゃった!? ああああああああえっとえっと……て、転送!!”


 かなり焦ったような女神の言葉を最後に、落下地点から迫って来る真っ白な光に包まれて……——



 ♢ ♢ ♢



「またってなんやねん!! 既に一回やらかしとんのかぁーい!! ……あ??」

 思わず関西弁でつっこみながら飛び起きた晶子は、目の前に広がっている光景に、口をあんぐりと開けて固まってしまった。

 そこにあったのは、燦燦と輝く太陽の下で風に吹かれて美しく波打つ、一面の草原だった。所々に可愛らしい花が色とりどりに咲き誇り、淡い黄緑の地面を飾っている。人影も、動物の姿も無いだだっ広い草原のど真ん中に、晶子は寝ころんでいたようだった。

「……はえ? ここどこ??」

(なぁ~んか見覚えがある感じはすれど、全く思い出せん。え、まじでここどこ?)

 晶子は戸惑いを隠せないでいたが、きっとこれも夢なのだろうと、深く考えるのはやめた。

(……とりあえず、行動出来るのか試してみようか……)

其処(そこ)の者、ここで何をしている」

 立ち上がろうとした晶子の頭上から、低い男の声がかけられる。自分をすっぽり覆ってしまえるくらいに大きな影に驚いて顔を上げれば、そこにいたのはまさに見上げるように巨大な人物。そこまでであれば体の大きさに少し驚く程度だろうが、問題は彼の容姿だった。

 まるで、黄金(こがね)(むし)甲虫(かぶとむし)を合わせたような見た目に節くれだった二対の腕、その外骨格は日光に照らされて白く輝くダイヤモンドで覆われ、腰元にはこれまた二対の太刀が左右に佩かれており、背筋の伸びた立ち姿からは歴戦の勇士たる威厳が溢れていた。

 剣豪の(たたら)——WtRsの世界において、晶子の最推しキャラである。

(鑪さん~~~~~~~~~~~~!! よもやこんな夢の中で会えるだなんて感激なんですけどぉ!? え、うっそ声カッコよ見た目カッコよあたしは虫系全然いける派の女なので一生推しますぅ~~~~~~~~!!)

 自身の夢に突然推しが現れ、感激し過ぎて声も出ない晶子。口元がにやけるのを手で隠していると、鑪はそれを自身の見た目のせいで怯えていると判断したようだ。

「……不躾(ぶしつけ)に声をかけた事は謝罪しよう。突然、気味の悪い異形が現れては恐れるのも」

「は? 何にも怖くありませんが?? むしろ滅茶苦茶かっこいいし最高だと思ってますけど誰です気味悪いとか言った阿呆はぶっ飛ばしますよてか絶対ぶっ飛ばす」

 鑪の言葉を遮って、ノンブレスで言い切る。晶子は『推しを悪く言う相手は絶対に殺すウーマン』系の厄介なオタクだった。

(まっじで誰だよ鑪さん悪く言ったの本気でぶちのめすぞおぉん!? というか、あたしの夢なのに何で本人にこんな事言わせてんだバカなの? 常日頃から最高の武人って言ってるだろ良い加減にしろよほんとマジでごめんなさいあたしの夢が!!)

 鑪の悪口を言った相手は許せないが、それよりも最愛と言っても過言ではない推し自身にこんな事を言わせてしまった己の夢に激しく憤慨する。

「良いですか鑪さんはすっごくかっこいいんです。まず見た目、もう絶対強者って感じが良い。で、仁義を重んじる性格も素敵だし、あと声も素晴らしい。もうパーフェクト、心の中の全人類が拍手喝采してる訳ですよ。分かります? おまけに剣の達人で、庇護すべき人達の事も真剣に考えてもうねかっこいいんですよドストライクですよ、分かります??」

 夢であるのを良い事に、これでもかと思いの丈をぶちまける。

 同じWtRs好き同士のオフ会でも、見た目のせいで鑪を嫌いだと言う人は少なくない。「虫じゃん、どこが良いの?」と聞かれる度、晶子は前述の台詞で異論は認めないと繰り返し説明していた。

 なお、あまりのガチっぷりにオフ会メンバーからはドン引きされ、『鑪の悪口を言うと闇討ちされる』と一時期噂されるほどになっている。閑話休題。

(と言うか、鑪さん英雄やぞ? 過去の大戦で圧倒的な力を持つ女神に勇敢に立ち向かって、神に管理されるんでなく、人の手で世界を作って行こうとしたんやぞ?? 他の仲間達と共に必死に戦って……まあ結果的に女神は封印されたけど、大戦のせいで傷ついた世界が自己修復しようとして、その時に起きた魔力放流のせいで鑪さん達は人間じゃなくなったんだけどね、それでも英雄やから!?)

 WtRsと言うゲームは、全てを管理する女神から世界を奪還する大戦、通称封神大戦が起きた後の世界を舞台に、主人公が崩壊しかけた世界を再生するという名目で物語が進む。

 鑪は旅の道中で出会う人物であり、かつて女神と一戦交えた一人だ。元はただの人であったのだが、前述した理由で現在の姿になってしまったのである。

「と・に・か・く、鑪さんが気味悪いとか無いです! 断言します!! 無いです!!!」

「う、うむ……そう、か……」

 ぐいっと距離を詰めれば、鑪がややたじろいだように後ろ半歩へ下がった。だが、金色の瞳は真っ直ぐに晶子の事を見ている。

 何かを見極めようとしているようなその視線に、晶子は真面目な人だからなぁと深く考えはしなかった。

「……まあ良いだろう。それで、お主はここで何をしていたのだ」

「何、って訳でも……気が付いたらここに寝てたってだけですし……」

(お、推しと会話してる~~~~~!! はあん、好き!! 夢よありがとう!! 鑪さんの悪口云々の所は許さんけどな!!)

 どこの誰とも知れない人物に心で中指を立てながら、絶対に表情にはそれを出さない晶子であった。

「おぉ~い、そこのお二人さ~ん!!」

「ん?」

「む」

 遠くの方から呼びかけられる声に、晶子は鑪と揃って振り向く。視線の先にいた人影は大きく手を振って存在をアピールすると、大股で意気揚々とこちらに歩み寄って来た。

「こんな所で人に会えるとは! ダリル、俺様達の運もまだまだ捨てたもんじゃないみたいだぞ!」

 まるで時計の針みたいに整えられた口髭と、後ろに流された白が交じったくすんだ金の髪に澄んだ青い瞳。背中に大きなリュックを背負って動きやすそうな服を着た男は、あまり使われていなさそうな剣を腰に差している。

晶子達に近づいてがっはっはと大笑いする彼は、後方から追いかけてくる青年に向かってそう言った。

「全く、父さんってば……急に声をかけたら……ってうわ、英雄!? 嘘でしょ??」

 バンダナで覆われた金の髪をかきながら、まだ少しの幼さを残した顔立ちの青年——ダリルと呼ばれた彼は、翡翠色の目を大きく見開いて、顔を引き攣らせていた。

 こちらも動きやすさを重視した軽装をしているが、惜しげも無く晒されている腕や腹にはいくつかの傷跡が見える。彼の腰にも両手剣が装備されており、かなり使い込まれている事が窺えた。

「お主らは……」

「俺様はアルベート! こいつは息子のダリルだ!」

(チュートリアル親子だあああああああああ!! って事は、ここはマルセア平原だったのか!! 道理で見た事あった気がした訳よ!)

 男がアルベートと名乗った瞬間、晶子は内心大歓声を上げた。彼らはWtRsにおいて、序盤の操作方法等を教えてくれるチュートリアルクエストの重要キャラだからである。

 WtRsを初めて遊ぶ際には必ずお世話になるこの親子は、キャラ設定や性格の良さもあってファンの間でも人気が高い。

 なお、二周目以降はクエスト自体をスキップも可能だが、そうすると以降は二度と出現しないと言うトラップになっている為、通な人は毎回必ずチュートリアルをプレイする程のガチっぷりで有名だ。

「俺様達はトレジャーハンターをしててな、今日はこの辺にある古代遺跡のお宝を探しに来たんだ! あんたらもその口か?」

「む、いや我等は」

「そうです!!」

 否定しようとした鑪より早く、晶子は全力で是を返した。

(ごめん鑪さん、でもこのクエスト……逃す訳にはいかない!!)

推しから向けられる訝し気な視線に心を指されながらも、晶子はあえて無視をする。内心唇を噛みしめて涙を流しながら謝罪を繰り返していたが、それだけは意地でも顔に出さなかった。

「おっ、やっぱりな! こんな何にもないマルセア平原のど真ん中に、腰に武器ぶら下げているなんて、そうとしか考えられないもんな!」

「ちょ、父さん、英雄様に向かってそれは失礼だって」

 あくまでもフラットな態度を崩さない父親に、ダリルは鑪に怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしているようだ。

(あ~……おやっさん、英雄とか王様とか関係なく、誰にでもこの調子なんだよねぇ)

 ゲームでのアルベートはクエスト中の事故の怪我が原因でトレジャーハンターを引退し、代わりにダリルが一定の時期に各マップに現れるといった仕様なっていた。

そしてチュートリアル以降、ある町の酒場で息子の帰りを待っているようになるのだが、彼の前に他の仲間キャラを連れて行くと、それぞれと些細な会話劇を見せてくれる。

その際に分かるのが、アルベートはどんな身分の存在であろうとも、飄々とした態度は絶対に崩さない人物であるという点だった。

(作中で唯一、英雄達にタメで話しかけるおっさんって有名だったわ)

「せっかくだし、一緒に遺跡を探索しに行こうぜ! えっと、お二人さんの名前は?」

 そう晶子がしみじみと思い返していると、アルベートがこちらに名前を尋ねてくる。

「あたしは晶子。えっと、まあしがない冒険者……で良いのかな」

「……我は鑪、未だ修行に身を置くただの剣士だ」

「晶子と鑪だな。短い時間かもしれないが、よろしくな!」

 そう言うや、アルベートは晶子達に手を差し出した。握手だろうと思い躊躇無く握り返した晶子に対し、鑪は上下の腕を組んだまま微動だにしない。

 アルベートはそれに一瞬きょとんとした表情を浮かべたものの、特別気を悪くした様子も無く、にかっと笑顔を浮かべたかと思うと、やや強引に鑪の下右手をとった。

「ちょ、親父!」

「さっ、遺跡はこっちだ! 日が暮れちまう前に行こうぜ!」

 咎める息子の声も無視して、アルベートは豪快に笑いながら歩きはじめる。無理矢理に握手をされた鑪と言えば、どうやら驚きのあまりに固まってしまっている様子。

(鑪さん、普段はこんな風に扱われる事も無いもんね……)

 全く微動だにしない彼を見て、晶子は思わず苦笑した。そんな鑪の背中に回り、その背に手を添えると優しく前に押し出す。

「ほら、行きますよ~」

「……う、うむ」

「ぇ、えぇ……恐ろしい事しますね……」

 晶子の行動にドン引きしているダリルの呟きに乾いた笑いを返しながら、三人はどんどんと先を歩いていくアルベートを追いかけた。











(それにしても、長い夢だなぁ~。感触もしっかりあるから不思議……あれ、そう言えばここ、ゲームだと鑪さんはいなかったような……ま、いっか。きっと夢だからって自分の都合の良いようにしてるんでしょ)

次回更新は、1/19(金)予定です。

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