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「貴方、死ぬよ」

 皇帝の私室は王城に幾つかある尖塔の内、最も高い塔の最上階にある。当然ながら、城の正面は門番が監視しているので入る事は出来ず、裏口に当たるような場所も無い。

 ならばどうするかと言うと——。

「かん、がえな、しに、こうどう、するもん、じゃ、ない、わ……」

(「正攻法が駄目なら、奥の手を使うまでよ!!」ってアルベートが言うから何かと思えば壁登りって……)

 若干息切れしながらうんざりと呟いた晶子は現在、アルベートを背中にしがみ付かせたまま、王城の壁を登っていた。

(何とか音を立てないように鉄柵は越えられたし、正直、オープンワールドゲームの壁登りみたいだってワクワクけど、実際は想像以上にしんどい……ゲームのキャラ達ってほんとにタフだったんだなぁ……)

 思い出される数々のゲームキャラ達に、いくら異世界召喚特典で身体能力が上がったとはいえ、ままならないんだなと遠い目をしてしまう。

(て言うか、アルベートおっも!? リトルゴーレムってこんな重いの!? 初めて知った!! いやまあそもそも創作物なんだからそら実物を見たり持ったりは無いけどさ、それにしてもこんなに!? まあでも全身金属で出来てんだからそらそうか~~~!! チックショー!!)

 城壁の近くに来るまでは大して気にしてすらもいなかったのだが、私室へ近づけば近づく程に、その重さが圧し掛かった。

「おいおい、手と足が止まってんぞ~。ほれ、がんばれ、がんばれ!!」

「うっさいな!! そう言うんなら自分で登って行けば良いでしょ!?」

 そんなしんどい思いを晶子がしている後ろで、アルベートが激励する。だが、今の晶子にはただの苛立ちにしかならず、キッと目尻を釣り上げて振り返った。

 が、睨まれている筈のアルベートはどこ吹く風とばかりに適当な相槌をするばかりで、全く反省する様子が無い。

 なお、ここまでの会話は周囲に響かないくらいの小声で行われている。閑話休題。

(こんのオヤジ、いつか絶対泣かせてやるからな……! 感動の涙でおぼれさせてやるからな!!)

「お前、俺と色々と繋がってるの忘れてんのか? 全部筒抜けだぞ??」

「ガッデム」

 小声でやいやい言い合いながら壁を登り続けた晶子達は、凡そ三十分程の時間をかけてようやく目的地に辿り着いた。

「はぁー……はぁー……や、と……つい、た……」

 私室に面した小さなテラスの中でうつ伏せになり、なんとか息を整えようと深呼吸を繰り返す。流石に心配になったのか、背中から降りたアルベートが大丈夫かと声をかけながら頭を撫でた。

「ちょっと、待って……きゅ、けい……」

「はいよ。……ん?」

 晶子が息を整えている間、何かに気付いたアルベートがカチャカチャと音を立ててテラスの隅に歩いていく。

「ふぅ、ふぅー……よしっ。ごめんお待たせ、って何してるの?」

「この(ひび)入ってるとこ、種植えれるんじゃねぇか?」

 アルベートが指差す先に視線を落とせば、確かに罅割れたタイルがあった。そこから覗く土には十分過ぎる程マナが満ちており、ユニクラスフラワーを咲かせる事が出来そうだ。

「でもここ、皇帝の私室の目の前よ? 大丈夫かな……」

「へーきだって! それに、いざという時に役に立つかもしれねぇだろ?」

 そう楽観的に笑うアルベートに呆れつつも、保険は多いに越したことは無いかと思った晶子は、彼に言われるがまま土の上に種を置く。手を翳してマナを流し込めば、アルベートの読み通りに美しい結晶の植物が花開いた。

「これでショートカット開通だな!」

「いや仮に開通してもゲームじゃあるまいし、そうそうこんな所のワープ利用しないって」

 ゲームの中であれば、グレーゾーンとも言える場所にワープを開通しても問題は無いだろうが、事これが現実であるのならば話は変わってくる。

 現に今、晶子達は見張りの目を盗んで皇帝の私室に繋がるテラスに忍び込んでいるのだ。当然ながら、こんな場面を見られてしまえば、皇帝の暗殺を目論んでいるのではと疑われても可笑しくは無い。

「まあでも、何かの役には」

「そこにいるのは何者だ?」

 突如聞こえてきたアルベートのものとも晶子のものとも違う低い声に、ハッと息を呑む。思わずアルベートと顔を見合わせた晶子は、恐る恐る室内へと続く窓に目を向けた。

 開け放たれたままのそこから見える部屋の中は、ホテルから見上げていた頃と比べて薄暗くなっており、中央辺りに置かれたテーブルの上で揺らめく蝋燭の火だけがぼんやりと狭い範囲を照らしている。

 そして、そのすぐ近くの一人掛けソファーに腰掛けて、こちらを見ている人物がいた。

「ふむ……若い娘のようだが、その見た目に反してなかなかの力を持っておるようだな」

 長い金糸をかき上げて、目を楽し気に細めながらそう言った男こそ、このディグスター帝国の現皇帝。ヘリオ・ラ・ディグスターその人であった。

(まっっっじで!? いや確かに窓は開きっぱなしだったし明かりが点いてたから起きてるかもとは思ってたけどね!? けどほんとにばったり遭遇すると吃驚するよね!! てかそんなに大きな声出してないと思うんだけど良く気付きましたね!? あれかあたしから溢れ出るオーラが存在感を引き立たせてるのか!?)

(おおおお驚きすぎて動揺してんのは分かったから落ち着け俺様もおっちつくからよよよ)

(心の声まで震えるとか器用だねアルベート)

 驚愕で動けなくなりながらも、晶子とアルベートは心の中でそんな会話をする。

 一方で声をかけて来た皇帝はというと、のんびりとテーブルの上に手を伸ばし、上品な装丁がされた一本のワインボトルを掴んだ。彼はそれを卓上で輝く金のゴブレットに注ぐと、そのまま一気に飲み干す。どうやら、晩酌の最中だったようだ。

(いやいやいや、こんな時間まで?? ちょっと遅すぎません?)

「そんな所にいつまでもおらず、中に入ると良い」

「え」

 室内からかけられたまさかの言葉に、晶子の困惑は強くなる。

 皇帝ヘリオは、WtRsの世界でも有数の剣の使い手であり、帝国の歴史の中で最も優れた為政者だ。その力は各地の強豪達からも称賛されるものであり、ゲーム内の鑪からも絶賛される程であった。

(……下手な言動は、逆効果かな)

 一度深呼吸をしてから、晶子は意を決して室内へと足を踏み入れた。アルベートも後に続いたようで、カチャカチャとした金属音が付いてくる。

 かなりの量を飲んでいるのだろう、部屋に入った途端、全身に纏わりついてくるようなワインの香りに顔を顰めてしまった。

「やはり若い。それに、随分と面白い御供を連れておる」

「御供じゃねー!! 俺様は此奴の相棒だ!!」

 おまけ扱いされた事に憤慨したアルベートが文句を言うも、酔っ払っているヘリオは適当な相槌を返すばかり。それに益々ヒートアップするアルベートを宥めていると、ヘリオの視線が晶子へと向けられる。

「お前はここが、ディグスター帝国皇帝の私室だと分かっているのか?」

「もちろん、存じております」

「ほぉ? てっきり言い訳でもするのかと思えば、はっきりと答えるのだな」

 即答に近い返事をした晶子に、ヘリオは至極楽しそうだ。

「では何の用でここに忍び込んだのだ」

 新たにワインを注いだゴブレットを煽りながら、ヘリオが真っ直ぐこちらに問いかけてくる。揺らめく灯火の色に染まる瞳は酒が入った関係か少し潤んでいたが、その虹彩の奥に鋭く研ぎ澄まされた刃が見えた気がした。

(……目を合わせただけでも分かる。この人は強い。力だけじゃなく、心も。だからこそ、一回でいいから共闘してみたかったなぁ)

 不意に思い出した帝国編の物語は、帝都に辿り着いた主人公が路地裏からの物音に気付くところからスタートする。この時、音の方へ歩いて行くか、無視するかによって物語をどの視点から見る事になるかが変化する仕様になっていた。

 前者の場合、路地裏で血塗れになって事切れていた宝石族を発見した主人公は、ほぼ同タイミングに駆け込んで来た警備隊により犯人だと疑われて捕まってしまう。

 牢屋に入れられた所を、商店街で顔見知りになっていたスーフェ達に助けられ、彼女達と協力して真犯人を探すルートで進んで行く。

 反面、後者を選択した場合は路地裏から飛び出して来たダイアモンドの宝石族の女性に助けを求められ、彼女を手助けする事になる。

 が、何を隠そうこの女性こそ、アメジアの側仕えを務める存在であり、帝国全土を巻き込む大騒動を巻き起こした真犯人、ダイアモンドの宝石族・ダイアナなのだった。

(犯人分かった瞬間の驚きは凄かった……初見時、この物音純粋に聞き逃してダイアナさんルート行ったから、めっちゃいい人だと思ってただけに地味にショックだったし……)

 そうしてそれぞれの視点で進んだシナリオは、事件の真相をどれくらい調査出来たかや、最終戦前の選択肢によって結末が変化する。

 ゲームの主人公は、本編を通して皇帝自身と深く関わる事は無い。だが、調査進捗や主人公が真実に辿り着けるかどうか等の一定条件を達成していると、たった一度だけ特殊な会話イベントが発生する。

 その際、スーフェと良好な関係が築けていれば、ヘリオは主人公に貴重な武器を授け、娘を頼むと全幅の信頼を預けてくれるのだ。

(けれど……どれだけ好感度が高くても、真実に辿り着いたとしても……ヘリオさんは最終的に、ダイアナによって命を奪われてしまう事になる)

 まるで必死に足掻くプレイヤー達を嘲笑うように、彼は(つい)ぞ息子と言葉を交わす事は無く、愛しい末娘を残してこの世を去ってしまう。

(既にあたしの知っている物語からは乖離(かいり)しているし、不確定な要素も多い。それでも、あたしの勘が、このままじゃ『同じ結末を辿る』って言ってる)

 それはつまり、ヘリオはこの世界でも死亡する事が確定しているという事であった。

(一番は早いのは、原因であるダイアナさんを何とかする事。でも、今ここを飛び出して彼女を探し当てたとして、果たしてそれで解決するのかな? そもそも、この国にとって彼女は重要な人物であるし……下手な事をしようものなら、帝国自体を敵に回す事になる……)

 何が最善か、どうすれば目の前の男を救う事が出来るのか。晶子は頭をフル回転させて必死に考える。

「どうした? なぜ黙っているのだ」

「貴方、死ぬよ」

「おい晶子!!」

 口を突いて出た一言に、アルベートが慌てた声で晶子を制した。大して、ヘリオは目を丸くし驚きはしたようだが、見知らぬ小娘に無礼を働かれたのにも関わらず、その態度は怒るでも怯えるでも無かった。

「余は、死ぬのか」

「ええ」

「それは……誰かに殺されるのか?」

 ヘリオの直球な台詞に言葉を詰まらせていると、その無言を肯定ととったらしい彼は大きく息を吐きだして、ソファの背に体を預けた。

「そうか、俺は死ぬのか……だがまあ、予想は出来ていた事だ。最近は城内だけでなく、帝都にも不穏な影が姿を見せている。この身に何が降りかかろうと、不思議では無いな」

「えっ、と……信じるの?」

 かなりあっさりとした反応に戸惑ってそう問うと、ヘリオは至極穏やかな表情を浮かべて晶子を見る。

「お前達からは、余を害そうとする魂胆は感じられん。伊達に長くは生きておらぬからな、これ位の判別が出来ずして何が皇帝か」

 ヘリオはそう言って、ゴブレットに残っていたワインを飲みほした。言外にこちらを信じると言って貰えたようで、晶子の胸は喜びで満たされる。

「……そう、このままいけば、貴方は数日以内に殺される。あたしは、それを伝えに来た」

「参考までに聞いておきたいのだが、一体誰が余の命を奪おうと言うのか」

 一瞬、言って良いものかと考えるが、ここまで言ってしまえば今更だったし、何よりヘリオの目が逃がさないと語っていた。

「ダイアナ……アメジアの側近である、宝石族の彼女よ」

「なんだと?」

 晶子の口から出て来た名に、ヘリオの手からゴブレットが落ちる。カランと音を立てて転がったそれに見向きもせず、彼は驚愕から目を大きく見開いていた。

「彼女はアメジアを……愛しい人を目覚めさせるために、多くを犠牲にしている。今回、帝都で起きている連続殺人は、全て彼女が引き起こしたものよ」

「待て、お前は何を知っている? なぜアメジアの事まで」

「今、そこはどうでも良いの」

 皇帝からの疑問を、晶子は素気無く遮る。

「あたしがここに来た理由は、貴方へ警告を送る為。このまま何もしなければ、彼女は数日のうちに貴方に手をかける。そしてそれは、この国の今後を左右する事であり……スーフェちゃんの、お姫ちゃんの行く末を変えてしまうものでもある」

 晶子の脳裏に、笑顔で語り掛けてくるスーフェとアイオラの姿が浮かんだ。まだ少しの幼さを残しながらも、王女と側近としての責務を果たそうと努力し、家族の為に行動が出来る心の優しさを持った大好きな子供達。

「スーフェの……?」

「あたしは、そんなお姫ちゃん達の運命を。そして、バラバラになってしまう貴方達家族を救いたい、守りたい。今回こうして貴方の所に来たのも、全ては、あたしの望むハッピーエンドを迎える為!」

 傍から見れば、酷く傲慢でエゴに塗れた願いかもしれない。しかし、例えそれで非難されたとしても、晶子は決して足を止めたりしない。

「貴方達の運命を変える為なら、国賊でも反逆者でもなってやる!」

「なぜ、そこまでして我々を救おうとする。メリットはなんだ?」

 先程までの余裕が嘘のように、動揺を隠せない様子のヘリオが尋ねてくる。

「もちろん、メリットはあるよ。貴方達が幸せに暮らしてくれるんだから!」

「……それの何処がメリットなのだ……?」

 断言する晶子が何を考えているのか分からず、困惑しているようだ。狼狽えるヘリオに苦笑をしつつ、当然の反応だろうなと晶子は考える。

「スーフェちゃんやアイオラ君、それにヘリオさんやお兄さん達もみぃ~んな、推しだからね! 推しとその家族には、幸せになって貰わないといけないから!!」

 この世界に来て何度も口にしている自身の信念を告げるも、ヘリオは訳が分からないと怪訝な表情を浮かべた。

「おし……?」

「あ~、まあ、あれだ」

 黙って事の成り行きを見守っていたアルベートが、呆れたように割って入って来る。

「在り来たり且つ簡単な言葉で言えば、こいつはお前ら家族の事を『愛してる』んだよ。守る、救う理由としては、これ以上のもんはねぇだろ?」

 アルベートの言葉に、ヘリオが息を呑んだ。暫しの沈黙の後、小さく笑みを零した彼は、どこか安心したような、満足したような表情を浮かべる。

「そうか……そうしてくれる程、余を、我が子供達を愛してくれているのか」

「あったり前でしょうが!! 特に末っ子ちゃんズは可愛くて仕方ないでしょ!?」

「……くくっ、くはははははは!!」

 目一杯の肯定で返事をすれば、ヘリオはとうとう堪えきれないとばかりに大きな笑い声を上げた。

(ヴァッ!? びびびびっくりしたんですけど!? 急に笑わんでもろて良いですか!?)

(流石にビビったぜ……にしても声がでけぇ、近所迷惑になんぞ?)

(それな)

 部屋中に響く笑い声に、晶子達は飛び上がる位に驚く。肩を跳ねさせた二人に気付いた皇帝は、目元を軽く拭いながら謝罪した。

「すまんすまん、他者からこれ程真っ直ぐな愛を囁かれた事が無かったのでな」

「やめてその言い方はこっちが恥ずかしくなるんですが!?」

 今更ながら、じわじわと羞恥心が沸き上がってきて、晶子は両手で顔を覆う。それが更に笑いのツボを刺激したらしく、ヘリオはまたクククッと笑った。

 その時、急に廊下からドタドタとした数人の足音と、金属が擦れる音が聞こえてくる。音は部屋の前まで来たかと思うと数回ノックをした後。

「陛下、何やら大声が聞こえてきましたが、如何なされましたか!?」

 と、慌てたような声が投げかけられた。

「……これ、ヘリオさんの声で兵士達が様子見に来てますよね」

「……うむ、そうだな」

「……この状況、俺様達相当まずいんじゃねーか?」

 尚もノックと声掛けを繰り返す兵士達に、三人は互いに顔を見合わせる。と、次の瞬間にはアルベートをひっつかむと、晶子は颯爽とテラスへ飛び出し、欄干(らんかん)へ乗り上がった。

「おわあぶねッ!?」

「じゃっ、あたし達はこの辺で!!」

「ま、待て! せめてお前達の名を!」

 ギリギリ兵士達には聞かれないくらいの声量でそう問いかけるヘリオに、晶子は顔だけで振り返り。

「あたし、晶子! こっちはアルベート!」

 満面の笑みでそう言い残すと、眼下に広がる帝都の闇夜へとその身を投げ出したのであった。

次回更新は、6/7(金)予定です。

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