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「誰だよ大して時間かからんって言った奴あたしだわコンチキショーめ……」

 逃げ続けるアルベートを追って走り続けた晶子は、あっという間に村の入口まで戻ってきていた。

「待てこらアルベート!! 今度こそドギツイの一発お見舞いしたるわ!!」

「待てと言われて待つ馬鹿はいねーんだよ!! ぜってぇ痛いもん食らわされるの分かってたら猶更だわ!!」

 ぎゃんぎゃん言い合いながらも、あと少しでアルベートを捕まえられる。

「……む、帰って来たか」

 そう思って腕を伸ばした晶子だったが、こちらの姿をみつけて腰掛けていた岩から立ち上がった鑪の姿が視界に入り、思わずその場に崩れ落ちた。

 彼の顔を見て『夫婦』の一言を思い出し、晶子の顔からは今にも火が出そうだった。

(こんなあたしだけめっちゃ意識してる感じになってばっかじゃねーんですかね!? もうホント勘弁して!!)

「どうした、何かあったのか?」

 頭を抱えて(うずくま)った晶子に驚いて、鑪が心配そうに声をかけて来る。本気で心配してくれているのが分かる彼の言葉に、晶子は猶の事申し訳なさが募って顔を上げられない。

「晶子お姉様!? どうされたんですか!」

「どこか体の調子が悪くなったのですか?」

 そうこうしている内に、何とか追い付いてきたスーフェ達が、場の状況に困惑しながらも慌てて駆け寄って来る。

(あ、あああああああぁ~……!! ちがうんや、別に体のどこそこが悪いとかじゃないんや!! 割とどうでも良い事考えて一人で悶々としてしまってるだけやから!! めっちゃ心配してくれてありがたいけど……!!)

 背中を擦ってくれている二人の手に、嬉しさや恥ずかしさなどの色んな感情が鬩ぎ合ってぎりぎりと唇を噛みしめた。

「あ、あー……なんか、悪かったな」

「今更謝るくらいなら初めからしないでもろて……」

 流石に悪いと感じたアルベートがおずおずと謝罪を口にするも、晶子はそれに今更だと呻くように返す。

(ううううぅ、鑪さんをまともに見れない……)

 すぐ近くに感じる気配だけでも意識してしまう自分を殴りたいと思いながら、晶子は出来るだけ顔を見ないようにしながら顔を上げた。

「体調が優れぬのなら、もう暫しこの村で世話になった方が良いのではないか?」

「や、ほんと、平気です……はい。体の調子は頗る良いです、はい」

 こちらを覗き込んでくる鑪に、手で顔を押さえつつ何とかそう答える。鑪は不思議そうにしながらも、本人がそう言うのであればとそれ以上は深く追求してこなかった。

(とにかく、まずは種を回収して……)

 それにほっとして盛大に溜息を吐いた晶子は、最初にワープして来た場所を確認する。

 乾いた土と大小様々な岩が転がる荒原の中で、唯一豊かに緑が茂っているそこには、クルミ程の大きさをした楕円形の青結晶が三粒転がっていた。

「これが、ユニクラスフラワーの種?」

「そうそう」

 開花させるつもりの一粒以外を拾い上げた晶子に、アルベートが相槌を打つ。まじまじと小さな結晶を見ていると、隣に並んだ鑪がこう続けた。

「基本的に、放っておいても土地のマナを受け成長する。だが、転移に使えるようになるまでには、凡そ一年かかる事になる」

「そんなかかるの!?」

 初めて聞く事実に、思わず大きな声を出してしまう。

 実を言えば、WtRs内でワープについて語られている事は酷く少ない。種を植え直すという設定はあったが、ワープを使用した後には既に植えられた状態に。

 マップ上にも常に花開いたグラフィックが置かれているだけで、特別な演出も無かった。

(そう言えば、資料には特性や女神との関係なんかは書いてたけど、生態情報までは載ってなかったな……)

 まさか本来なら開花まで一年もかかるとは露にも思わず、呆然としてしまう。

「……あれ、じゃあこれ、もう暫くの間はこの花の所にワープは出来ないって事??」

「そこでお前の力だろ?」

 若干呆れたような言い草をするアルベートに、少しムッとしながらどういう意味だと問いかけた。

 すると、彼は仕方ないなと肩を竦め、土の上に置かれた種を指さす。

「お前の体に巡るマナはめ……あ~、特別性だろ? そのマナとユニクラスフラワーは相性が良いから、すぐに花が咲くと思うぜ!」

 女神と口にしようとしたアルベートだが、一瞬スーフェ達を横目で見て、そう言葉を濁した。

 敢えて存在を隠した事から察するに、やはりこの世界において女神とは悪しき存在だと認識されているのだろう。

(……女神がやろうとしている事を知っている身からしたら、悲しい事だけどね)

 アルベートの意図に気付いて、晶子は無言で頷いた。

「特別性……? それは、どういう?」

「あーっと、な。こういう、古代の遺物みたいな物なんかと相性が良くてよ。晶子のマナを注げば、ユニクラスフラワーもすぐに花が咲くと思うぜ!」

 機械の腕でサムズアップして見せるアルベートに、スーフェが晶子を見る。好奇心を隠しもしない彼女の視線に、思わず苦笑を零した。

「えっと、これは種に直接マナを注げば良いんよね?」

「おう! あ、注ぎ過ぎんなよ? マナの過剰摂取でどうなるか分かったもんじゃないからな」

「そういう不安になる事、言わないでくれます??」

 恐らくはアルベートを再編した際の事を言っているのだろう、耳に痛い忠告に口元を引き攣らせながら、晶子はしゃがんで地面に転がったままの種に手を翳す。

 体内のマナを集めて種に向かって放出するイメージをすると、掌から淡く青い光が溢れ出した。

 マナの光を余す事無く注がれた種は、間もなくパキッと乾いた音を立てたかと思うと、キラキラと輝く芽が顔を覗かせる。

「ゆ、ユニクラスフラワーの開花の瞬間……! まさかこの目で見る事が出来るなんて!!」

(はわわ……まるで少年みたいなアイオラ君可愛過ぎんか?? スーフェちゃんとは違った可愛さが天元突破しとるがな)

 興奮して頬を赤く染めているアイオラが微笑ましくて、ニコニコしてしまう。晶子の表情に気付いたアイオラが気恥ずかしそうに咳ばらいしたのを見て、無意識にその頭を撫でた。

「ううぅ」

「あ、ごめん。アイオラ君が可愛くってつい」

「可愛くないです!」

 不本意だとアイオラが反論するも、ムキになっている姿も可愛らしいと思う晶子には効果が無い。

「はいはいじゃれてないで、晶子はマナ止めろ?」

「じゃれて無いです!!」

 アルベートの言葉にぎゃんと吠えるアイオラを諫め、晶子はマナの供給を止めた。注がれるマナが止まっても芽は成長を続け、やがて丸々とした蕾が膨らむ。そして、硬い蕾が綻ぶと、ついに美しい白結晶が花開いた。

(うおおおおおおおお!! ワープ花が咲く瞬間て、こんな神秘的で綺麗なんだ……!! 実物を生で見れるなんて、感動するんですけどぉ~!!)

 WtRsが好きな晶子にとって、画面越しに見て来た事柄を実際に体験出来るのは、天に昇るほど嬉しい事である。

 世界の危機であると分かってはいても、心から愛する世界を存分に満喫出来る今を、晶子はとても楽しんでいた。

「今後は、ワープ先でこの一連の流れを忘れんなよ~」

「いや、同じく忘れてたアルベートには言われたくない」

 ジトッとした目を向ければ、アルベートは何の事かと明後日の方向を見て口笛のような音を鳴らす。呆れて溜息を吐きながら、晶子は残りの種を鞄に仕舞ってすっと立ち上がった。

 軽く装束を叩いて皺を伸ばすと、自身と同じようにうっとりと花に見惚れているスーフェとアイオラ、そしてそれを微笑まし気に見守っている鑪に笑いかける。

「さ、改めて帝都へ向かおうか。あたし達なら、そう時間もかからないだろうしね!」



 ♢ ♢ ♢



「誰だよ大して時間かからんって言った奴あたしだわコンチキショーめ……」

 帝国への道がある休火山の山道、日も暮れ始めたそこを歩きながら、晶子はうんざりした声色で呟いた。

 当初の予定では日暮れ前には帝国の城門に辿り着く予定だったのだが、想像以上に険しい道中に、思いの外時間がかかってしまったのだ。

(召喚特典的なので息切れとかはしてないけど、こちとら都会の荒波に揉まれる一般OLっすよ? か弱い乙女に急な山道とかはしんどいって)

「誰がか弱い乙女だって??」

「うるせー心の声に反応すんじゃないよ……」

 ひそひそと話しかけてくるアルベートに言い返す元気すら、今の晶子には無い。

「大丈夫ですか、お姉様?」

「うん、うん……平気。ちょっと山登りに慣れて無いだけだから……」

 心配そうに晶子の背を擦るスーフェに、力なく笑みを返す。

「でも……帝国はまだ見えない感じ……?」

「案ずるな。そこの坂を上りきれば、ディグスター帝国は目の前に見えてくる」

 不安になりながら尋ねた言葉に返ってきた鑪の一言に、晶子はホッとした。それならばと力を振り絞り、何とか辿り着いた頂上で目にした景色は。

「うわぁ……!!」

 藍色に染まりゆく空と、夕焼けを反射して宝石のように輝くカルデラ湖の中心に聳える、巨大な城壁によって囲われた要塞国家。

 夕日に照らされて黄金色に染まった軍事帝国ディグスター、その帝都の姿だった。

(国の周囲にある多数の鉱脈から()れる鉱石や宝石を主な特産品とし、世界で唯一、宝石族という希少種が安心して暮らせる場所。またの名を、『煌石(きせき)の国』)

 数多くの煌めきが詰め込まれた宝石箱のような国と称される帝国を表現するのに、これ以上のものは無いであろうと、晶子は眼前に広がる美しい景観に感嘆の息を零す。

「こりゃあ、壮観な眺めだな……!!」

「美しいでしょう? 私も、大好きな景色なんです」

 まさに絶景だと感心するアルベートに、スーフェは愛する自国を褒められて嬉しそうだ。しかし、その横顔をひっそりと(うかが)えば、何処か寂しそうにも見える。

(もしかしたら、ずっと昔にお兄さん達と見たのかもしれないなぁ……)

 夕日に照らされる帝国を見たと言うスーフェの記憶について、晶子には心当たりが無い。晶子が知っているのは、あくまで現実世界で見聞きしたゲームの情報であり、この世界の人物達の過去や記憶は該当しないのだ。

 スーフェが言っていた記憶は、正しくこの世界で彼女が生きている証だった。

「……っと、そうだ! おい、アイオラ。この辺にマナの濃く滲みだしてる場所はあるか? 村からはそこそこの距離があるし、今後の時間短縮やらを考えてユニクラスフラワーを植えときたいんだがよ」

「それでしたら、この少し下辺りに幾つか良さげな場所があります。案内しますね」

 しんみりとしてしまった空気を変えようとしてか、アルベートがアイオラにそう聞く。心当たりがあるらしい彼について行けば、確かに岩肌ばかりの中に、幾つかの草地が見えた。

 四ケ所程見て回った晶子達が最後に案内されたのは、城門の死角になる位置。そこは他と比べても生い茂る草花の量も濃さもあり、一目見てマナが豊かな場だと分かる程だった。

「それじゃ、咲かせるよ~」

 晶子は土の側にしゃがみ込むと、鞄の中から種を取り出す。土の上にそっと置くと、先程と同じようにマナを注ぎ込んだ。

「何回見ても、この花が咲く瞬間は綺麗だねぇ」

「はい、とても神秘的です……それに、お姉様のマナも」

「え、あたし?」

 突然ふられた話題に、晶子は驚いて振り返る。知らぬ間に横にしゃがみ込んで開花を眺めていたスーフェが、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「お姉様がユニクラスフラワーに注ぐマナは、どこかお母様を思い出させます」

(姫ちゃんのお母さん……皇后陛下は、姫ちゃんが小さい頃に病気で亡くなったんだよね。宝石族達が力を尽くしてくれたけど、結局助からなかったんだよね……)

 ゲーム内でも、スーフェの母親の事が語られる事は無い。設定資料集には既に流行り病によって死亡しているとだけ書かれ、それ以外の情報も補足も無かった。

(本編内でも、特に言及はされてなかった……よね?)

 目を閉じて頭の中の記憶を彫り出そうと唸っていた晶子の耳に、クスクスと笑うスーフェの声が届く。

「お姉様を見ていると、幼い頃にお母様と遊んでもらった日々を思い出します。私はまだ、五歳にも満たない時でしたが……とても、楽しかったのを覚えているんです」

「スーフェちゃん……」

 一つ一つを噛みしめるように思い出を語るスーフェに、晶子は何も言う事が出来なかった。そんな様子を悲しんでいると思ったのか、スーフェが困ったように眉を下げる。

「どうか、悲しい顔をしないでください。最初の頃は、お母様が亡くなった事を受け入れられず塞ぎ込みがちでしたが、お兄様達やお父様、それにアイオラが支えてくれたおかげで、立ち直る事が出来たのです。あの時はありがとう、アイオラ」

「と、とんでもないです!」

 そう言って感謝を告げたスーフェに、アイオラは顔を赤くして恥ずかしがっていたが、口元は緩く弧を描いていた。

「私は、決して一人ではありません。アイオラや家族がいて、共に歩んでくれます。だから、少しの寂しさはあっても、私は平気ですわ」

 凛とした清々しい笑顔を浮かべるその姿が、最悪の結末を迎えた世界線の彼女と重なる。

(お姫ちゃんは強い子だ。だから……WtRsでは、全てを背負って歩き続けてしまった)

 皮肉な事ではあるが、強い心を持っているが故に、どんなに悲しい現実を目の当たりにしてもスーフェは立ち止まらない。

 ゲームでの台詞や行動は作り物なのかもしれないが、あの悲惨な終幕を迎えた時、きっとスーフェは同じ言葉、行動で歩み続けるだろう。

 それが容易く想像出来て、晶子は密かに拳を握り締めた。

「話し込んでしまいましたね。早くしないと、日が落ちてしまいます。お父様に謁見する為にも、急ぎ帝都内に入りましょう」

 長々と自分語りをして恥ずかしさが勝ったのか、スーフェはそう言うと少し早足になりながら城門へと歩き出す。

 慌てて追いかけるアイオラの後に続いて鑪がゆっくりと歩を進める中、晶子は先に行く三人の背中を見つめて立ち止まっていた。

「……」

「どうした、晶子?」

 微動だにしない晶子に、アルベートが声をかけてくる。しかし、そんな彼の声色は、晶子が何を言いたいのか分かっていると言外に告げていた。

「あたし、絶対にお姫ちゃんを不幸にしたくない。ううん、お姫ちゃんだけじゃない。アイオラ君も、皇帝もお兄さん達も、皆に幸せになってもらいたい。そして、それを可能にする力が、今のあたしにはある。……あたし、何が何でも藻掻いて見せるから」

 淀みに飲まれた精霊による危機から世界を救う為、そして何より、己の愛する人々を救う為。必ず成し遂げて見せると、晶子は静かに心を奮わせる。

「……おう、期待してんぜ。『再編者』様」

 茶化すように笑って、アルベートは晶子の足を軽く叩く。彼なりの励ましだと直ぐに分かった晶子は、小さく「ありがとう」と呟くと、他の三人を追うのだった。

次回更新は、5/24(金)予定です。

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