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「そっ! 晶子さん印のスペシャルアイテムよん!」

 WtRsで主人公の拠点となるハウスには、あらゆる施設が一通り揃っている。

 玄関を入ってすぐ左手にキッチン、その奥には階段下の空間を利用した食在庫が続き、比較的近い位置に六人分の椅子とダイニングテーブルがあった。

 その反対側である右手には赤レンガで作られた暖炉が設置されており、煌々と輝く炎が今も揺らめき続けている。暖炉横の空間にバスルームとトイレが並び、最奥にはゲームで言う装備を自作する為の鍛冶場が増設されていた。

 鍛冶場の隣にはハウス裏の湖を眺める事が出来るテラスと、その間に挟まれるように一枚の扉が存在し、銀で作られたそれは室内でも一際異彩を放っている。

 二階には客室が四つと晶子の自室、自室横に衣装系を作成する部屋があり、フロアの中央は吹き抜けになっていた。吹き抜け上の天井はガラス張りになっていて、太陽の光がふんだんに注ぎ込まれている。

「えっと……とりあえず、回復用のポーションにエーテルでしょ。で、武器の手入れ用品に……あ、ソーイングセットも入れとこうか」

 ダイニングテーブルの上に広げられた品物を吟味しながら、晶子は旅に必要そうな物を次々に鞄の中へ詰めていた。

 全て、晶子が先程自室から持って来た物であり、大半がゲーム内で自作したアイテムである。

「これらのポーションは、お姉様がお作りになられたのですか?」

「そっ! 晶子さん印のスペシャルアイテムよん!」

 淡い青色に輝くポーション入り瓶を光に(かざ)して眺めるスーフェに、晶子は自慢げに胸を張った。そんな晶子に、スーフェがくすくすと笑い声を上げる。

「お姉様は器用ですのね。私は錬金術や魔法薬の製作は全く出来なくて」

「まぁ、あたしも最初は失敗ばっかしてたよ。でもこういうの、そういう失敗も込みで楽しいって言うか……やりがいがあるしね」

(攻略情報がまだ出揃って無い頃が懐かしい。あの頃は材料の組み合わせが分かんなくて、訳分かんないポーション沢山作りまくって、自分で使ってはピンチに陥ってたっけ)

 ポーションの効果は、製作の際に使われた材料の組み合わせによって変化する。しかし、最初期だと初めて作成したポーションの内容は不明となっており、判別するには自分で使ってみるしか無い。

成功していればHPや異常状態が回復するが、失敗していればダメージを受けたりする。

 当時の晶子も、何度もトライアンドエラーを繰り返しては、その結果や効果を情報掲示板に書き込んで同士達と共有していた。

「おーい、晶子~。お前今回はそのままその剣持ってくのか?」

 遠い目であの膨大な情報収集作業を思い出していると、奥の鍛冶場からアルベートが顔を出す。その後ろには鑪が立っており、彼の一対の手にはそれぞれ槍と大剣が握られていた。

「あ~……そうね、なんだかんだこの片手剣使いやすいし……いや、やっぱハンマーに……けど、万が一室内とかの狭い場所で戦闘があった時に困るよね……」

「ん、じゃあ片手剣で良いんじゃねえか? 鑪もアイオラも、そこの姫さんもいるから戦力的には十分だろうし、だったら戦闘する場所考えて機敏さを取るのもありだと思うぜ」

 アルベートの話に確かにと納得した晶子は、それならばとテーブルに立てかけていた片手剣を手に取る。

 ミスリル鋼製の剣は複数ある武器種の中でもトップクラスの扱いやすさを誇る逸品であり、これも晶子が作りだした物であった。

「その剣、一般に売られている物とは違うみたいですね。もしや、こちらも晶子様の手作りですか?」

「おっ、分かる~? 今アルベートと鑪さんが出て来たとこが鍛冶場なんだけどね、そこで装備作成が出来るのよ」

(これ作ったのはゲーム時代だけどね!)

 黒橡の鞘から引き抜いた刀身を見せながらそう答えれば、アイオラは興味深そうに剣を眺める。

「……お姉様は何でも出来るのですね……それに比べて、私は……」

 そんな晶子達を見ていたスーフェが、小さく呟いた。本人でも口にするつもりが無かったであろう程に小さな言葉は、しかして晶子の耳にはしっかりと届いてしまう。

(アッアッアッ……こんな所でお姫ちゃんの卑屈スイッチ押しちゃった……)

 俯いてしまったスーフェの悲しみを堪えた表情に、晶子は顔を押さえる。

 帝国編の物語を進めていく中で、スーフェは皇帝一家の中で、唯一主人公(プレイヤー)の仲間になる存在だ。明るく少しお転婆な人気キャラである彼女だが、実はたった一つだけ欠点があった。

 それは、作中最弱のキャラであるという事だ。

(お姫ちゃん……将来は長男のお兄ちゃんの右腕になりたいって剣の腕を磨くけど……全く、全然、これっぽっちも、剣の才能が無かったんだよね……)

 のちにデータを解析した人によって判明した事だが、WtRsのキャラ達にはそれぞれ武器の適正値が設定されていたのだとか。

 基本的にキャラ達はその数値に準じた武器を装備しているのだが、どういう訳かスーフェが使っているのは全く適正の無い剣。しかも、仲間キャラは装備の変更が出来ないので、プレイヤーが武器を交換してあげる事も不可。

 長年どれだけレベルを上げてもスーフェの火力が伸びないと嘆いていたファンはこの情報に納得したが、同時に彼女が作中最弱を脱する事が出来ないと証明されてしまい血涙を流す者も多かった。

(今ここで別の武器を渡しても良いんだけど……けど、今お姫ちゃんが持ってる剣は、確か12歳の誕生日にお兄ちゃんからプレゼントされた大事な物なんだよね……いや、でも……お姫ちゃんを想うなら、はっきり言った方が良い、けど……)

 晶子が思い悩む通り、今スーフェが腰に下げている騎士剣は彼女の敬愛する長男アメジアから贈られた物。才能が無い事を知っていたとしても、そんな大事な武器を取り上げてしまうのは晶子の望むところでは無い。

(それに、いくらこっちを信じてくれるったって、見ず知らずの赤の他人に、『君に剣の才能は無いから諦めた方が良い』みたいな事言われたくないだろうし……)

 例え剣を捨てる訳では無いと言えど、兄の隣に立ちたいと願い、努力を重ねて来たスーフェには同義も同然だろう。

(……うん、とりあえず様子見しよう。これまでもゲームと違う所とか一杯あったしもしかしたらこの世界のお姫ちゃんは剣を使えるようになっててこの悲しい表情の原因は別の要因かもしれないしね!!)

 まだ少し悩みながらも、最終的にそう判断を下した晶子が沈黙を誤魔化すように咳ばらいをした。

「ぅ、えっほん。え~……スーフェちゃん。何かあったら、お姉さんいつでも相談に乗るから!! もうすっごく頼りにしてくれたらいいよ!!」

「はぇ、は、はひっ!」

 手をとってそう保険をかければ、突然そんな事を言い始めた晶子に驚き、若干噛みながらもスーフェは返事をする。

 勢いが良すぎたかと内心反省しつつも、晶子はスーフェから拒否の反応が返ってこなかっただけ満足していた。

「うっし! ついでの腹ごしらえもしたし、ダリルには置手紙も残した。出発する準備は整ったな!」

 いつの間にか銀の扉の前に移動していたアルベートが、腰に手を当てて宣言する。

 なぜダリルに手紙を残すかと言えば、彼が一足先にハウスを出ていたからだ。その理由は、世界各所で起きている異変を調べる為である。

 最初は共に帝国へ行く予定だったのだが、晶子の再編を手伝いたいと、ダリル本人が偵察係へ名乗りを上げたのだ。

(そんな事しなくても良いって言ったんだけどね……)

 アルベートとの事があってか、ダリルは晶子に対して何とも言えない感情を抱いているらしい。本人にすら筒抜けのそれを、決して馬鹿では無いダリルが気付いていない訳が無いが、それで気が済むならと、晶子は彼に情報収集を頼む事にしたのだった。

「……手紙なんて、何時用意したのさ」

 スーフェの事に気をとられていたせいで移動に全く気が付かなかった晶子が呆れながらそう言えば、アルベートは簡単さと答える。

「俺様にかかれば手紙の一つ二つは簡単に作れるんだよ」

「アルベートよ、答えになっておらぬし、手紙は一通、二通と数えるのだぞ」

「今気にするとこはそこか鑪!? ていうかそんなの知ってるわ!!」

 横に並んでズレたツッコミを入れてきた鑪に、アルベートが飛び跳ねながら文句を言う。小さい体でぴょこぴょこ跳ねる(さま)は割と可愛らしいのだが、如何せん体が鋼鉄で出来ている関係上、ガシャガシャと鳴ってとても五月蠅い。

「はいはいちょっと落ち着きましょうね~」

「子ども扱いすんじゃねー!!」

 鞄を肩にかけてアルベートの元まで近づいた晶子が宥めるように頭を撫でれば、更に暴れ出して思わず苦笑が零れた。

「はいはいごめん。んじゃ、行こうか」

 キィーと猿のような奇声を上げたアルベートに謝り、晶子は銀の扉を開ける。

 中は三畳程の広さしか無く、光石ランプが左右に一つずつ取り付けられただけの質素なものだった。その床には下へ下へと螺旋階段が伸びており、晶子を先頭にして皆で階下へと下りていく。

「この階段は何処へ続いているのですか?」

「ユニクラスフラワーの親花がある秘密の部屋。そこはね、すっごく綺麗なんだ」

 時間にしてほんの数分程度、螺旋の終わりに見えた扉を潜れば、そこには幻想的な景色が広がっていた。

 透き通るような青と白の水晶で出来た鑪よりも巨大な花が、天から差し込む光に照らされてキラキラと輝いている。

 花の煌めきによって照らされた部屋は、紺碧色の結晶でドーム型に形成されており、見上げればここがハウス裏の湖の下にあるのだと察する事が出来た。現に、時折風に吹かれて揺れる湖の水が影となって部屋の中で揺れる。

「きれい……」

「えぇ、とても……それに、潤沢なマナが空間一杯に満ちています」

 ユニクラスフラワーの親花を見上げてうっとりしているスーフェの横で、アイオラが心地良さそうに目を閉じた。ちらりと鑪を窺い見れば、彼もどことなく調子が良さそうにしている。

(アイオラ君や宝石族は、マナとの繋がりが深いん種族だもんね。そう言えば、鑪さんも土の属性の関係上、ユニクラスフラワーと相性がいいんだよね。設定資料集の製作者インタビューにも、『溢れる程マナが充満してる花部屋は、アイオラ君達宝石族や鑪にとって、最上級エステ受けてるくらい気持ち良くなれる場所』って書いてあったし)

 なんてインタビュー記事の事を思い出しながら、晶子はおもむろに親花に近づいた。

(にしても、でっけぇ)

 ゲーム時代のグラフィックでは、精々主人公キャラ二人分にしか見えなかったユニクラスフラワーの親株は、実際に見ると鑪以上の大きさをしている。

(日は浅いなりに色々とこの世界の物を見たりしたけど、今の所こいつ程実際の大きさに戸惑ったのはなかったなぁ……あれか、マナを沢山吸ってでっかくなってる?)

「えっと、それで、これからどうされるんですか?」

 遠い目をしながら花を見上げていれば、戸惑ったスーフェの声がした。

「あぁ、ごめん。それじゃ……」

(……え、これどうすんの? あたし何も分かんないんだけど!?)

 ここまで来て何をすれば良いか分からない事に気が付いた晶子が、さり気なくアルベートに視線を送る。

(アルベートぉ……!! これ何すれば良いの!?)

(しっかたね~な~、俺様が教えてやるよ!!)

(こ、こいつ、脳内に直接……!? ちょっと待て何でアルベートの声が聞こえるの!?)

 助けを求めた身とは言え、唐突に脳内に響いたアルベートの声にばっと傍のゴーレムを見下ろした。

(何かな、この体になった関係か女神と精神的に繋がったみたいでよ~。偶に夢の世界と言うか、精神世界的な? とこで世間話してるんだよ。で、女神と繋がる=晶子とも接続可能みたいな感じらくってよ、今こうして試してみたんだよ)

 なんて事の無いようにさらっと告げたアルベートに、晶子はそういう事じゃないと頭を抱える。

(……後で詳しく聞くからね……で、あたしは花に何すれば良いの?)

(花に手を翳してマナを集中してみな。そしたら後は簡単だからな)

 女神との事は必ず聞き出そうと決意して何をするのか問いかけた晶子に、アルベートが簡潔に答えた。

 どう言う意味かと訴えてもやってみろとしか返ってこず、仕方なく言われた通りにマナを集中させる。

(!! これ、世界マップだ!)

 すると、晶子の脳内にゲームで見た事のある世界地図が浮かび上がった。ややデフォルメチックなそれに少し感動しながらも、晶子はマップの各所に光る花のマークを見つける。

 それがワープ可能な場所を示しているマークである事を知っている晶子は、飛びたい場所を選択すればそのまま移動が可能なのだと瞬時に理解した。

「……なるほど」

「お姉様? どうか、なさいましたか?」

 急に黙り込んで一言も話さなくなった晶子を心配して、スーフェが顔を覗き込んでくる。それに大丈夫だと笑いかけた晶子は、その場にいた全員を自身の側に集合させる。

「皆、あんまり離れないでね」

 おずおずと頷くスーフェとアイオラの頭を撫でて安心させると、晶子はもう一度意識を親花に集中させる。

 そして、帝国へ向かう道中でたった一つだけ活性化している花を選んだ、次の瞬間。

 晶子達の体がキラキラと輝いたかと思えば、強い光が視界を焼き潰す。目を閉じていても感じた光の強さにくらくらする頭を押さえていると、スーフェから驚きの声が上がった。

「ここは……ダマスカの村!?」

 晶子が目を開けると、そこには小さいながらも賑わう村があった。それが帝国に一番近い村、ダマスカである。

「おぉ!! 本当にワープ出来てる……!」

(やっばぁ……!! やっぱこういう瞬間移動ってテンション上がるよね~~~~!!)

 内心興奮冷めやらぬ晶子だったが、ふと村の様子が可笑しい事に気が付く。本来のダマスカは活気に満ち溢れ、付近の鉱山で働く鉱夫達とその家族を中心に商人で賑わう場所だ。

 しかし、目の前に見える村からは、何処か悲痛な空気すら漂っているように見える。

「なんか、村の様子が変じゃない?」

「……ふむ、何やら起きているようだ。事の詳細を聞きに行ってはどうだ」

(あ……鑪さん、村の外で待つ気なんだ)

 鑪の行動が読めて、少し迷った晶子。表情にそれが出ていたのか、鑪はふっと笑うと、気にしなくて良いと言った。

「お主は隠すのが下手であるな。そう心配せずとも良い。我は気にしておらぬ故、村に行ってくると良い」

 顔の作りが虫のそれである為にちゃんと読み取れた訳では無いが、どことなく優し気な雰囲気に晶子は胸がきゅんとする。

「……分かりました。じゃあ、行ってきます」

「うむ。何も無いとは思うが、気を付けるのだぞ」

 彼の言葉に頷くと、晶子は顔を押さえて何故か悶えているスーフェ達とニヤニヤを隠そうとしないアルベートを連れ、ダマスカの村へと足を踏み入れた。

「てかアルベート、あんたは何でニヤニヤしてんのよ」

「いやぁ~。お前と鑪の会話が夫婦っぽくてよ~」

「ふぅ……ば、っか言うってんじゃねーですよ!?」

「いっでぇええええええ!? おまっ、本気で殴るんじゃねーよ!!」

次回更新は、5/10(金)予定です。

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