「ようこそ、我が家へ!!」
※ 不自然に途切れている文章がありましたので削除しました。
かくして帝国を目指す事になった晶子達は、善は急げと来た道を引き返す事に。だが、火山地帯から帝国までは少なくとも一週間はかかると言う鑪とアルベートに諭されて、一度ハウスへ帰還する事に。
(やっぱ帝国は遠いか……でも焦って帝国に行って、準備が整ってないので何もできませんでした、なんてシャレにならないもんね……)
すぐにでも帝国へと向かいたかった晶子だが、逸る気持ちを押さえてハウスに向かう道を歩く。
幸い、ハウスはゲームと同じく帝国や火山地帯などの重要なランドマークの中心地にあった。どの場所にも最短で辿り着ける立地になっているため、多少の寄り道をしたとしても、そう大したロスにはならない。
現に一度野宿はしたものの、その後は何事も無く昼過ぎにはハウス近くまで戻ってくる事が出来ている。
(それにしても、一週間はなぁ……どうにかこう、一瞬で目的地近くに辿り着ける何かが無いか……と言うか、何か忘れてるような……?)
腕を組んで唸りながら考えていた晶子は、自身の前方を歩いていた鑪が立ち止まったのに気付かず、彼の前羽に顔面からぶつかった。
「んぶっ」
「む、すまぬ。怪我は無いか?」
「だ、だいじょうぶです……」
こちらを振り返った鑪に平気だと返すも、鼻先はじんじんと痛む。
(お、推しの背中を味わえたと思えば……いややっぱ痛い! さ、流石はダイアモンド製だじぇ……)
「うぅ……で、なんで急に止まったんですか、鑪さん?」
鼻を擦りながらそう聞けば、鑪は無言で前を向いた。その視線の先にはハウスがあるだけで、一体何なのかと思った晶子だが。
「……あれ?」
そこに、身体の丸い生き物がいるのに気付く。青緑色をしたそれは、玄関の周りをぴょこぴょこと跳ね回っては、身体の側面から生えている長い耳のような器官を使い地面に何かしているようだった。
「あれって、ラルヴィですよね?」
「そのはず、ですけど……なんでこんな所に。ハウスが森の中にあるとはいえ、ラルヴィは平原か森林地帯の深い所にしか生息していないモンスターの筈……」
「いずれにせよ、警戒するに越した事は無い」
スーフェとダリルにそう言った鑪の言葉も、晶子には何処か遠くから聞こえる会話のようだった。なぜなら、晶子の目はラルヴィに釘付けだったのだから。
「あ、え!? 晶子様!?」
突然駆け出した晶子に、アイオラから慌てたような声がかけられる。それも無視して、晶子は真っ直ぐに、未だこちらに気付いていないラルヴィへと近づいた。
あと一メートル程で手が届く、という所まで来てようやく、背後の気配を察知したラルヴィが振り返る。体の三分の一を占める大きな瞳と目が合い、晶子は思わず立ち止まった。
ほんの一瞬か、はたまたもっと長い時間そうしていたのか。互いに無言のまま見つめ合い、時が止まったような場を動かしたのは、晶子の一言だった。
「もしかして……ヴィヴィ?」
ラルヴィのヴィヴィ、WtRsで愛用していたペットモンスターの名前。この世界に来る前に交差点で見たあの姿を、晶子が見間違える訳も無かった。
「!! きゅ~、きゅ~んにぃ~!!」
そうして晶子に呼ばれた名前が自身のものだと認識したラルヴィは、目をキラキラと輝かせると、喜びを全身で表すようにその場で数回飛び跳ね。
「おわぁ!?」
そして、そのまま晶子に跳びついた。勢いよく突撃してきたバランスボール大の生き物を受け止める事が出来ず、晶子はなんとかラルヴィは抱き留めたものの、地面に尻もちをつく。
「あたた……って、やっぱりヴィヴィ! なんでここに? というか、今まで何処にいたの!?」
「きゅっ、きゅきゅ~♪」
この世界に来てから初めて姿を見た相棒とも呼べる存在にそう尋ねるも、ヴィヴィは甘えた鳴き声を上げて晶子にすり寄るばかり。
(んん~~~~~~~~~~……可愛いからいっか!!)
「おいこら、可愛いからいいやとか思ってるだろお前」
「なぜバレた」
子猫のように甘えてくるヴィヴィに心を打ちぬかれ、なあなあで終わらせようとしていた晶子に、アルベートからやんわりとした一喝が入る。
なぜ分かったのかと問えば顔に出てたと言われてしまい、思わず両手で顔を包んだ。
「と言うか、いきなり走り出すなよ。びっくりすんだろうが」
「……あ、それはまじでごめん。ヴィヴィの姿見たら思わず走り出しちゃったや」
いつの間にか周りに集まっている鑪達を見回して、流石に申し訳なかったと頬を掻く。すると、晶子の後ろに立つ形になっていた鑪に気付いたヴィヴィが、ビクッと体を震わせた。
「んぎゅっ!? ぎゅ~……」
「む……怖がらせてしまったようであるな」
耳のような器官で晶子にしがみ付き、大きな目を潤ませる姿は見ていて痛ましい。
「あ~よしよし。だぁいじょうぶ、大丈夫よヴィヴィ~。この人はね、最強で最高で最愛の推し様だからね! 怖い事はしないし、むしろあたし達を助けてくれる親切な人なんだよ~」
「きゅ~……?」
不安げな様子で晶子を見上げるヴィヴィをそっと抱きしめ、丸い頭頂部を撫でた。晶子の優しい声に、ヴィヴィは恐る恐る鑪を見上げる。
自身を見上げるモンスターを驚かせないように、鑪が無言でその場に膝をつく。
「……」
「きゅ……きゅう、きゅきゅ、きゅっ!」
しばらくじっと鑪の顔を見ていたヴィヴィは、自身に敵意がない事が分かったようでニコニコと笑いかけた。
向けられた無防備な笑顔に一瞬ポカンとした鑪であったが、すぐにふっと雰囲気を和らげると、ごつごつとした掌でヴィヴィの頭をそっと撫でる。
(あああああああああ~~~~……!! 推しとうちの子の絡みが見れるとか最高かぁ~~~~~?? もぅ……好きぃ!!)
至近距離で行われている一人と一匹のやり取りに、血涙を流しそうな勢いで晶子は悶えていた。
「落ち着け」
「あでっ!?」
ゴンッという音と共に後頭部に衝撃が走り、目の前に一瞬星が散らばった。あまりの痛さに悶絶しつつ、晶子は少し視界の滲んだ目でアルベートを睨んだ。
「堪えようとしてんのは分かった、その努力は認めてやるよ。けどな、血が出そうなくらい唇を噛みしめて、じぃーっと鑪達を見てんのは流石にこえぇよ」
「なにそれこっわ」
ジト目でそう説明するアルベートに、晶子の顔からスンと表情が抜け落ちた。
「えぇと、お姉様? その、このラルヴィは……?」
「おっとそうだった。この子はヴィヴィ。あたしのペット……」
(あれ……そう言えば、この世界ってモンスターをペットにするとかあるの……?)
ヴィヴィを紹介したのは良いものの、ふと思い至った事に冷や汗が流れる。ゲームではモンスターをペットにしている富豪などを度々見かけたのだが、この世界ではまだ無い。
スーフェ達がどんな反応をするのか内心びくびくしていた晶子だが、彼女達の反応は意外な程あっさりとしていた。
「まぁ……! お姉様はモンスターと仲良くなれるんですね!? 素晴らしいですわ!!」
「噂には聞いていましたが、まさか本当にペットにしている方がいるなんて……! ぜひとも秘訣を伝授して頂きたいですね!」
(思った以上に好意的!! というかアイオラ君、ペットにしたいモンスターでもおるんか??)
目をキラキラさせてヴィヴィを見る主従の反応が想像よりも遥かに良く、肩透かしを食らいながらもホッとする。
(二人の口ぶりからして、少数派ではあるみたいだけど、一定数はいるっぽい? ……これは、あんまり連れ歩きはしない方が良いかもな~。うちの子可愛いから、人浚いならぬ魔物浚いにあったら嫌だし)
密かに親馬鹿を発揮しつつ、愛モンスターをお留守番させる事を決めた晶子だったが、ヴィヴィの右耳が何かを握っているのに気が付いた。
「ヴィヴィ、それは何?」
「きゅい? きゅいきゅい!」
指摘されて自分の手を見たヴィヴィは、握りしめたままになっていたそれ——一株の花を晶子に差し出す。
その植物は、葉から茎・萼に至るまで、全てが青い結晶で出来ていた。根にあたる部分には、一際大きな白い結晶が伸びていて、少し傾き始めている頭上の太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「まぁ……なんて美しいの……」
あまりの美しさに感動で言葉が出ない様子のスーフェに、晶子も釣られて頷くが、すぐにこの花の正体を思い出してぎょっとした。
(あぁん!? これワープ花じゃねーか!!)
ワープ花——正式名称・ユニクラスフラワーは、WtRsでワープ装置の役割を担っていた花である。
マナが肥沃な土地にのみ咲く事が出来る特殊な花で、ゲーム内ではチュートリアルの最中に使い方が説明される代物だ。
ハウスに咲く親花を起点として、各地に行き来する事ができるものであるが、一度拠点からワープすると、到着先の花は枯れてしまう。
ワープした際にユニクラスフラワーの種が手に入るので、それを植え直すと再度使用が可能になるというシステムになっていた。
(ハウスはマナの集合地点……所謂、龍脈的なもの中心点になってて、それで親花が枯れずに済んでるって設定資料集の中にあったな。これの事が完全に頭から抜け落ちてたわ……)
「……ぁ~、こんなんあったな……」
消え入りそうな声で呟いたアルベートの声に、額を押さえながら晶子は小さく頷いた。
「このお花は一体?」
「え!? あ、あ~……」
WtRsの世界にもワープ魔法が一様は存在する。しかし、基本的にワープの魔法を扱えるのは高位の魔導士のみ。それも、何か月も何年もかけて描き上げる魔法陣を使って行われる。
それ故に、一般に広まっているという訳でなく、使用できるのも高貴な身分の者だけなどの制約がある。
だから晶子は、この花を馬鹿正直にワープ装置として説明して良いものか、頭を抱える事になった。
(こ、これはどう説明するのが正解!? 女神……関連は言えないし、な、なんて言えば!?)
「……それは、女神の時代に存在していた植物であるな」
説明に困っていた晶子を見兼ねてか、鑪がスーフェにそう言った。
「かつて、女神と人がまだ共にあった頃の話だ。女神は人々の暮らしを豊かにする為に、長距離の移動を可能にする物を生み出した。それは太陽の光で目を覚まし、月明かりの下で眠りにつく、マナの力で咲く青水晶の花。ユニクラスフラワーと名付けられた花である」
「ユニクラスフラワー!? 大昔に生息していたという、女神の遺産である太古のワープ装置ですね!」
本で読んだ事があると興奮気味なアイオラに、鑪が短く相槌を返す。
(あ~、アイオラ君考古学の本とか読むの好きってプロフィールに合ったな……)
「きゅきゅ、きゅっ、きゅい~♪」
現実世界で読んだ設定資料の内容を思い出しながら、何とか説明が出来そうだと安心する晶子を見上げ、ヴィヴィが機嫌良く鳴いた。
すると、近くにいたアルベートがうんうんと何度も頷き、なるほどと感心したような反応を見せる。
「コイツ、ハウスが使われるようになって親花が活性化しだしたから、手入れをしに来てたらしい。んで、今はその親花から株分けしてきた花をハウス周りに植えて、見た目を良くしてたんだとよ」
「ちょっと待て」
突然翻訳されたヴィヴィの言葉に、晶子はアルベートの頭を鷲掴みにした。自分でも思っている以上に力が篭ってしまい、ギチギチと鳴ってはいけない音がしている。
「うぉおおおおおおいやめろやめろやめろ!! 俺様の超絶イケててかっこいいボディが凹んじまうだろうが!!」
「それあたしの事遠回しにゴリラだって言ってる?」
「ゴリラが何かは分からんが、別に貶した訳じゃねーって!! まじで手放せって!!」
バタバタと暴れるアルベートを仕方ないと解放し、汗を拭う真似をする彼へどう言う事だと問いただした。
「何がだよ」
「なんでヴィヴィの言ってる事が分かったのよ」
「……え、ホントだわ。うわ、こわっ」
自分が何をしたのか今理解したらしいアルベートは、心底怖いと言わんばかりの様子で口元を押さえる。
わざとらしい位にあざといその仕草に、晶子はうげぇと声を出してしまった。
(うーん、ゴーレム体になった事で女神との繋がりが強くなったから、モンスターの言葉が分かるとか? ……いや分からん。これは色々と聞き出さないといけないかも……)
ここに来て初めて知るアルベートの特性に、晶子はどうにかして女神と再び邂逅せねばと息巻く。
「ふむ、ユニクラスフラワーはマナが豊かに満ちた土地にのみ咲く。ヴィヴィの話によれば、どうにもこのハウスはマナの集まる土地の上に建っているようであるな」
「あぁ~、マナ龍脈の集合地点って誰かが言ってたような……」
さりげなく晶子が名称を出せば、鑪は納得したと言いたげに唸った。
「ならば、親花が枯れる事無く存在出来ていたのにも合点がいく。花の活性化についても、今まで誰にも使われず停滞していたマナが、晶子を中心とした人の出入りによって元の流れを取り戻し始めたのであろう」
(……とりあえず、これは使えるって事だよね?)
さりげなく横に並んだアルベートに目配せすれば、彼は晶子が何を言いたいのか分かったらしく、右手でグッとサムズアップする。
「よし! 一端ハウスの中で準備を整えて、早速使わせてもらおうぜ!」
「ちょ、父さん!? これ使えるの!?」
さらっと言ったアルベートに驚いたダリルだったが、そんな息子を放置して、さっさとハウスの中に入って行ってしまった。
「ちょ、待ってよ。アルベート!!」
晶子はヴィヴィを抱えたまま立ち上がると、背の低い後姿を慌てて追いかける。
「あ、スーフェちゃん、アイオラ君!」
ほったらかしになっていた二人に振り返って笑いかけた晶子に、スーフェ達は何を言われるのかと表情を強張らせたが。
「ようこそ、我が家へ!!」
「きゅきゅきゅっ、きゅ~んい♪」
満面の笑みでそう告げれば、二人は一度顔を見合わせて、ほんのり頬を染めながら笑顔を浮かべた。
「お姉様、お邪魔いたします!」
「お邪魔します」
扉を開けてスーフェ達を先に室内へ招き入れた晶子は、続いてダリルと鑪に先に入るように促す。
互いに先を譲り合っていた二人だったが、最終的に室内から聞こえて来たアルベートの急かす声に顔を覆ったダリル、それを微笑まし気に見つめていた鑪の順で入り口を潜っていき、全員が屋内に入ったのを確認した晶子がヴィヴィを玄関先に降ろすと、ハウスの扉を閉じるのだった。
次回更新は、5/3(金)予定です。




