「あたしにとって一番大事なのは——貴方達が、笑顔で幸せになってくれる事よ」
「スーフェ様……確かにこの方達からは僕に対する嫌な視線も感じませんけど……もう少し警戒心を持ってください」
アイオラが言葉を濁しながら晶子を見る。その瞳に込められている意味を、晶子は正確に理解した。
(宝石族は大抵の場合、宝石的な価値でしか見られない。ゲームの中の彼も、お姫ちゃんと出会うまでは体の宝石目当ての人間ばかりに所有されてた過去があったんだっけ)
アイオラ含む宝石族から生み出される宝石は、多少の違いこそあれ強いマナを帯びている。体の奥底にある物であればあるほど魔石的価値は高くなり、高値で取引される事もあってかつては大量虐殺が起きる程だった。
(今でこそ、帝国が宝石族を全面的に保護してるおかげでそう言った事件は少なくなったけど……零になった訳じゃない)
だからこそ、宝石族達は必要以上に他種族と関わる事を恐れる傾向がある。アイオラも、本心は不安で一杯なのだろう。
「大丈夫よアイオラ。私の勘が今まで外れた事は無いでしょう?」
「それは、まぁ……」
少なくとも、ゲーム内におけるスーフェの勘が冒険の助けになっていたのは確かである。
「話を戻そうか。そのような状態で、皇帝は何をしておる。家臣達の勝手を許しておるのか?」
二人の会話が一段落したと踏んだ鑪がそんな疑問を口にした。
「……父は、家臣達を抑えるのに必死なのです」
鑪からの問いかけに、スーフェは唇を噛みしめ泣きそうな表情を隠すように俯く。
「それに、不用意に兄のどちらかに接触して、それによって片方の家臣達が勢い付いてはいけないと、最近では会話もままなりません」
スーフェは、家族を誰よりも愛している少女だった。だからこそ、バラバラになっていく一族の現状に心を痛め、それでも必死に抗おうとしている。
「だから、私達は兄妹で秘密裏に話し合い、この危機を打破する術を探す事になったのです。
兄達は家臣達に使われた振りをして互いを牽制し合い、人々の目がそちらに向いている間に、一番身軽な私とアイオラが国外で方法を探す役目を負いました」
顔を上げたスーフェの目には、強い決意と意思が宿っていた。まだ成人前の少女にはあまりにも重い役目だが、彼女は最後まで藻掻くのを晶子は知っている。
(……帝国編の物語は、スーフェとアイオラ以外の家族全員が死に絶えて終幕を迎える。後半にあるルート分岐によっては、アメジアだけは生き残ったりするけど……結局は廃人化してしまう)
アイオラと言う心の支えは残れども、廃人となった兄では国を治める事は出来ず、スーフェは歴史上初の女帝として君臨し帝国を治めていく事になるのだ。
「ここには、イグニス様の力を借りたくて伺ったのです。火の英雄であり、迷える者に道を指し示すイグニス様なら、兄を……家族を助けるための術を何か授けていただけるのでは無いか、と……ですが」
そう言って、スーフェが炎の壁に視線を向ける。炎の揺らめきを見つめる瞳には、僅かながらの絶望と焦燥が滲んでいて、晶子は胸を締め付けられる思いだった。
(このままじゃ、お姫ちゃんはゲームの通りに一人ぼっちになっちゃう……だったら)
「……鑪さん、帝国に行こう」
晶子の発した一言に、皆の視線が集まる。
「使命とか、やらないといけない事は分かってる。寄り道してる場合じゃ無いってのも。でもね、あたしにとって一番大事なのは、そう言うのじゃないの」
「では、晶子にとって最も重要な事とはなんだ」
少し咎めるような声色で、鑪が晶子に問うた。晶子はそれにあえて答えず、黙って周囲の人々を見回す。
晶子の視線に、アルベートとダリルは肩を竦めて苦笑した。アイオラは目が合うと少し身を固くし、スーフェも不安気になりながらも静かに言葉の続きを待っている。
「あたしにとって一番大事なのは——貴方達が、笑顔で幸せになってくれる事よ」
真っ直ぐに晶子が言い切ると、鑪の瞳が揺れた気がした。
「この世界はあたしにとって、第二の故郷のような場所。そこで出会う人達は、それこそ憧れだったり、推しだったりする。そんな人達が、理不尽な理由で不幸や悲劇に巻き込まれるなんて、あたしには耐えられないの」
目を閉じれば鮮明に思い出せる数々の物語。そのほとんどは、悲劇的で、悲惨で、空虚で……繰り返す度、自分がこの運命を変える事が出来たのならと何度も考えた。
「話を聞いて、帝国を救おうって思った部分もある。でもそれ以上に……あたしは、スーフェちゃんとアイオラくんに、幸せでいて欲しい。大事な家族や友人と一緒に、ずっと笑っていて欲しいって思った」
家族を想って涙を流すスーフェの、その涙を拭ってあげられたら。同じシーンに辿り着く度に、思わず画面に手を伸ばしては、届かない指先を握り締めた。
「あたしがこの世界を救う理由は、大好きな推し(ひと)達にハッピーエンドを見せるため。そのためなら、何を敵に回しても構わない! でも、あたしはまだ、この世界について知らない事も多い。だからね、鑪さん。あたしと一緒に帝国に来て。あたしに、鑪さんの力を貸して」
自身より幾分も背の高い鑪を見上げ、目は決して逸らさない。痛い程の沈黙が空間を支配し、どれほどの時が流れたか。
「……良かろう」
先に声を発したのは、鑪だった。
「晶子。金剛石のように固いお主の意志、確と受け取った。その想いに答えよう」
「!! じゃ、じゃあ……!」
「ああ。帝国へ向かおう」
鑪から返って来た答えに、晶子は思わずガッツポーズをとる。
「お、お待ちください!」
早速歩き出そうと踵を返した晶子の腕を引いたのは、戸惑いを隠せないスーフェだった。
「あの、一体どう言う事なのですか? 私達の幸せやはっぴーえんど? とは……それに世界を救うとも言っておられましたが……」
(あ、あぁ~……突然見ず知らずの他人からこんな事言われたら、そら戸惑うよね)
晶子からすれば、スーフェとアイオラは長年画面越しに見続けて来たゲームのキャラだが、二人からすれば当然そうでは無い。
(かと言って、二人に女神の事とかを説明するには物証とか諸々足りないし……)
鑪を説得するのに必死になり過ぎて重要な事が頭から抜けていた晶子は、どう誤魔化そうかと冷や汗をかきながら考える。
「この人は……晶子さんは、未来が分かるんです」
そんな晶子に助け舟を出したのは、意外な事にダリルだった。
「だ、ダリルくん?」
「未来が……? そうなのですか?」
「えぁ、え、えーっと……」
しかし、どうしてそんな設定で話を振ったのかが分からず、スーフェからの問いかけにも曖昧に笑うしかない。
「ただの未来じゃないんです。晶子さんには、僕達が迎えるかもしれない『最悪の未来』が見えてるんです」
ダリルはそう言うと、徐に足元のアルベートを見下ろした。
「晶子さんと出会った日。僕は、大切な父を失いかけました。冒険に死の危険は付き物だと頭では分かっているつもりでしたが……その時が来ると、人って動けなくなるんですね」
自身の不甲斐なさを思い返しているのだろう、嘲笑を浮かべるダリルの足に、アルベートが優しく触れる。それに今度は柔らかな微笑みを返すと、ダリルはスーフェを見た。
「でも、晶子さんはそれを分かってた。死の淵にいる父を、晶子さんは救ってくれたんです」
「そんな事が……。お父様は今?」
「別の場所で安静にしてます。戦えないし、口ばっかりの人だけど……僕にとっては唯一の肉親だから」
困ったように笑ったダリルだが、彼がアルベートをとても大切に想っている事は十二分に伝わって来る。
「そう、ですか……。晶子様、貴女は私達の未来が見えたのですか?」
「……うん、そうだね。見たよ」
正確には違うが、現段階では本当の事を伝える事は出来ない。だから晶子は、ダリルの話に乗る事にした。
「このままだと、君達は確実に不幸になる。そんな未来、あたしは認めたくないし、絶対に阻止したいって思ったの」
「しかし、どうして見ず知らずの僕達を助けてくれるのですか? 報酬が目当てですか? それとも皇帝一族に貸しを作っておくつもりですか」
「アイオラ!」
スーフェに諫められ口を噤んだアイオラだが、晶子を見る視線にはさっきとは打って変わって疑いの色が浮かんでいる。晶子はそんなアイオラに躊躇なく近づくと、自分よりも少し高いその頭を無遠慮に掻きまわした。
「おわっ!? ちょっと何を!」
「報酬とか要らんいらん。あたしは、君と、君の大切なお姫様がこれからの未来で笑って暮らしてくれればそれでいいんだから」
ぐちゃぐちゃに崩れた灰色交じりの青い髪を整えながら、晶子はニヤッと笑いかける。その表情が予想外だったのか、アイオラは一瞬固まった後、気まずそうに視線を逸らした。
「……失礼な事を言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「ん、気にしないで」
幼子を宥めるようにポンポンと頭を軽く叩けば、アイオラは居心地悪そうに身動ぎをする。それに小さく吹き出しながら、晶子は手を離した。
「アイオラが失礼な事を……」
「良いの良いの。それもこれも、お姫ちゃんが大事だからこその言動なんだしね」
晶子がそう笑い飛ばせば、スーフェはなぜだか頬をほんのりと染めて微笑む。
(はい今日一番の笑顔頂きましたあああああふぅうううううううう!! ああああああやっぱりお姫ちゃんは笑った顔が一番なんだようあと何よりアイオラくんのちょっと照れた感じの顔も良きだよ良きこの顔を守りたい!!)
出会って初めて見れた自然な笑顔に、晶子は心の中で大はしゃぎしていた。
「私、晶子お姉様の事を信じます!」
(ちょっと待てお姉様!?)
が、流石にそんな風に呼ばれるとは思わず、ぎょっとしてスーフェを見る。しかし、本人はいたって真面目な様子であり、傍らのアイオラも特に可笑しく感じてはいないようだ。
「?? どうかされましたか?」
(あ、うん。お姫ちゃんの発言に深い意味は無いのは知ってるけど、ゲームで主人公を呼ぶみたいにされると、かなり照れ臭いな……)
不思議そうに首を傾げるスーフェに、晶子はなんでもないと苦笑を返す。
(ていうか、アルベート笑い過ぎじゃない? おぉん? 後で拳骨お見舞いするからな)
声も無く大爆笑をしているアルベートにイラつきながらも、スーフェ達の前、笑顔だけは絶対に崩さない。
そんな事はさておいてと、晶子は気を取り直して宣言する。
「目指すは、ディグスター帝国! 出発進行!!」
天に向かって突き上げた拳に、賛同の声が続くのだった。
次回更新は、4/26(金)予定です。




