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(て、帝国騒乱編始まってるぅううううう!?)

 自身が女神に選ばれた者であると明かした後、今後の行動方針について話し合いを重ねた晶子達。しかし、世界崩壊を起こそうとする精霊の目論見を止める手段は思い浮かばず、どうすべきかと手をこまねいていた。

 そんな中、鑪からある提案を持ちかけられる。

「現状、我々には話に聞く精霊を止める術が無い。晶子の再編の力だけでどうこう出来る話ではないであろう。故に、我はラブライラに助言を求めるべきであると考える」

 ラブライラは、『生きる大図書館』としてプレイヤーに数多くの助言を(もたら)してくれた木の英雄である。WtRs一の知恵者の名前を聞いた晶子は名案だと賛成の意を示したが、肝心のラブライラは封神大戦以降数百年の間、行方知れずになっている。

 その居場所を見つけるため、一行はまず導きの炎を持つ火の英雄・イグニスに協力を仰ごうと彼の暮らしているという火山地帯へと足を進めることに。

(この辺はゲームだと自由に行き先を決めていけるし、ラブライラとも彼の活動領域のクエストを進めてたら自然と会えたんだよね)

 WtRsでは、チュートリアルを終えるとアルベートから英雄達の話が聞ける。そしてその話を元手に、以降は自由に世界各地を旅する事が出来るようになるのだ。

 しかし、『限りなくゲームに近い現実』であるこの世界においては、その自由さが仇となってしまうのも必然。密かに頭を悩ませていた晶子には、鑪からの提案はまさに渡りに船であった。

(どこ行くか悩んでたから、まじで鑪さんが言い出してくれて助かったわ。それに、ラブライラは英雄達の中でも一番温厚且つ主人公に対して好意的な存在だから、この人選に間違いないし)

 物語において、女神に選ばれた者である主人公は英雄達とは敵対する立場にある。その為、場合によっては説得のために彼らと剣を交える事も考えなくてはならなかった。

(まっ、その代表格である鑪さんが初っ端からこっち側にいてくれるのは、本当に頼もしい限りなんだけどね!!)

 何度も何度も挑んでは、あと少しという所で鑪の最終奥義に倒された記憶を思い出して、鑪を見上げる目が遠くなる。

「『導く者』との別名を持つイグニスに協力さえしてもらえれば、あとはとんとん拍子で話が進むだろうよ」

 火山地帯へと続く街道を歩きながら楽観的にそう言うアルベートに、晶子はそう簡単にいけば良いがと小さく溜息を吐く。ただでさえ、ゲームとはかけ離れた展開の連続で犠牲者が出てしまっているのだから、警戒するのも致し方が無い。

 それだけ、アルベートの死は晶子にとってトラウマレベルのものだった。

「お、そろそろ国境渓谷が見えてくるぞ!」

 イグニスが暮らしている火山地帯に行くには、アルベートの言った渓谷を越えなくてはならない。国境も兼ねているためこの名で呼ばれていた。が、〈ヴァ・ヴァナ・ヴィエル・ヴォルカノ―ド・ヴォルニカ大峡谷〉と言う正式名称が有ったりする。

(この世界の古い言葉で『火炎の流れる大いなる川』って意味があったっけ。名前の通り、水の代わりに赤々としたマグマが絶えず流れている不思議な峡谷で、初見時はめっちゃ暑そうって場違いな事考えてたよね)

 まだ完全にWtRsにハマる前の自分を思い出し、堪えきれず笑いが零れた。

(それにしても、イグニスに会えるのは純粋に楽しみだな~。あの人凄く良い人だし、ちょっとお茶目な所もあるんだよね。性格もラブライラと同じで比較的穏やかだからそこまで危険は無いだろうけど……穏便に協力関係を結べると良いんだけど)

 にやける顔を軽く叩いて引き締めながら、新たな英雄との邂逅に心を馳せていた晶子。しかし——。

「な、なにこれ……」

 眼前に現れた光景に、そう漏らすのでやっとだった。

 大地を大きく引き裂いたようにして口を開ける大渓谷は、通常であれば火山地帯へ渡るための特別な橋が存在する。

 ところが、晶子達の目の前に現れたのは橋などでは無く、渓谷の底から吹き上がる巨大な炎の壁だった。

 崖際までは未だ距離があるというのに全身を焼かれてしまいそうだと錯覚する程の熱さに、必然と炎の勢いの強さを理解してしまう。

(こんな現象、ゲームには無かった。これがこの地域に起きてる精霊の影響なの? そうだとするなら、これを解決しないとイグニスには会えないって事か……)

 余りの熱さに顔を覆いながら数歩後退った晶子は、流れ落ちた汗もそのままに、冷静に考えを巡らせる。

「橋が、無い……え、でも、前この辺りに来たときはあったよね、父さん」

「お、おう……数年前に来たっきりだが、間違いねぇ……こりゃあ、何が起きてんだ……?」

 一方で、行く手を阻んでいる炎の壁に困惑を隠せないらしいアルベートとダリルの親子は、お互いに顔を見合わせて頭を抱えていた。

「どう言う事だ……なぜイグニスの焔がこのような事になっている? 彼奴(あやつ)はこの事を知って放置していると言うのか?」

 中でも一番動揺していたのは鑪だった。表情の変化が殆どない彼ではあるが、忙しなく右往左往する触覚からその動揺具合が良くわかる。

 長年の友人に裏切られたような悲哀に満ちたその背に何と声をかけるべきか迷っていると、ふいに人の気配を感じて晶子は振り返った。

「こ、これは一体……そこの皆様、何をされているのですか?」

「スーフェ様、あまり近づいては火傷をしてしまいます」

 編み込みのハーフアップに結われた亜麻色の髪にグラスグリーンの瞳を持つ少女と、その少女をスーフェと呼んで傍らに控える青年がいた。

 言葉だけ見ればただの従者を連れたお嬢様のようだが、青年にはただの人間には無い特徴がある。それは、衣服のデザインによって惜しげも無く晒されている左腕や背中から、アイオライト鉱石が皮膚を突き破るようにして存在している事である。

 この身体の各所に宝石が突出している特徴は、この世界で『宝石族』と呼ばれる世にも美しい種族に見られるものだ。

 少女の名は『スーフェ・アウローラ・ディグスター』、そして青年の名は『アイオラ』。

(お、お姫ちゃんとアイオラくんだあああああああああああああああああああああ!!)

 世界最大の軍事帝国・ディザスターの第一皇女とその従者であり、WtRsでも屈指の人気を誇る主従キャラの登場であった。当然ながら、WtRsでは仲間キャラとして道中行動を共にする事が可能で、晶子も長らく世話になった二人である。

(はわわわわわ……生お姫ちゃんカワヨ……生アイオラくんマジイケメン……ひえぇ……がんめんがつおい……尊い……ひえぇ)

「晶子、晶子。いくら何でもそのデレデレに崩れ切った顔面はまずいから早くしまえしまえ」

 ゲーム内でも鑪に次ぐ勢いで大好きな人物達の登場に相当酷い顔を晒していたようで、下から覗き込んでいたアルベートに足を叩かれる。

 その言葉にハッとして、顔を引き締める晶子。不審者だと警戒されたかと、恐る恐る二人の様子を窺うも……。

「ご、ゴーレムが言葉を……もしや、古代の遺物? いえもしかして、私達が暫く戻らぬうちに新しい技術が……」

「ですがスーフェ様、こちらのゴーレムには我が国の印が見当たりません。やはり古代の物なのでは……」

 話すゴーレムと言うのが相当衝撃だったらしく、スーフェ達はアルベートに視線を落としたままブツブツと会話をしている。

(あっこれ気付かれてない。よっし)

「おっほん。えーっと、あたしは晶子って言うの。こっちのゴーレムがアルベートで、その隣の男の子がダリル。で、知ってると思うけど土の英雄の鑪さん。あたし達はしがない冒険者で、ちょっと色々あってイグニスに会いに来た……ん、だけど……」

「……見ての通り、対岸へ渡るための橋は無く、焔の壁が行く手を阻んでいる。我等がここへ辿り着いた時には、既にこのような状態であった故、我等も頭を抱えていた所である」

 自分達の事をそう説明すれば、晶子の声に漸く思考が戻って来た二人は、未だチラチラとアルベートの事を気にしながらも納得した様子だった。

「そうだったんですね、先程は失礼な態度をとってしまって申し訳ありません」

「あ、いえいえ、お構いなく」

 きっちりと頭を下げるスーフェとそれに倣うアイオラに、晶子は気にするなと笑う。

「あ、自己紹介がまだでしたね。私はスーフェ・アウローラ・ディグスター。ディグスター帝国第一皇女で御座います。こちらは従者兼騎士のアイオラです」

「アイオラと申します。どうぞ、お見知り置きを」

(はい存じております)

 そう言って、スーフェはグリーンのドレスの裾を摘まむと、美しいカテーシーを披露した。

 彼女の身に纏うドレスは、素人の晶子からしても安物だと分かる作りをしている。だがそんな代物にも関わらず、晶子の目には今その瞬間だけ、この少女が豪華絢爛なドレスを着こなす立派なレディに見えた。

(おっふ。その辺で売ってる旅装束を着てるとは思えないオーラ……流石王女様ですわ)

 後光が差し込んでいるのではと錯覚する程に輝いているスーフェ達に、晶子は思わず天を仰ぐ。内心感動の涙を滝の如く流して拝んでいるが、先程警告されたばかりなので何とか表に出さないよう堪えていた。

「それにしても、まさか土の英雄様と出会えるとは思いませんでした」

「それはこちらも同じ事。ディグスター帝国の第一皇女ともあろう者が、供を一人しか連れずにこのような場にいるとは。一体何故にここに来た」

 そんな風に感動に浸っていた晶子だったが、スーフェ達に向けて鑪が放った言葉に、ゲーム内のイベントを思い出す。

(待てよ? そもそもお姫ちゃん達と初めて会った時って……?)

「……鑪様には、隠し通せるものでもありませんね」

 鋭い鑪の視線に、僅かな戸惑いを見せたスーフェ。しかしそれは本当に一瞬の事で、彼女はすぐに真剣な眼差しを返した。

「私達は今、帝国を出て諸国を巡り歩いております。その理由は……我がディグスター家長男、アメジアのためなのです」

「アメジア? ディグスターの長男の事は聞き及んでいるが、彼の者はもう何年と昏睡状態では無かったか?」

 鑪の言葉に、スーフェは沈黙を保ったまま頷く。

「帝国内に在籍する医術や魔導の心得がある者を集めて診察させましたが、未だに兄が目覚める兆しはありません。それどころか、最近では一部の家臣達が時期皇帝の座を巡り、次兄と三兄を使って勝手な争いを始め出したのです」

(て、帝国騒乱編始まってるぅううううう!?)

 スーフェの言葉を聞いて、晶子は既にイベントが動き出している事に気付いてしまった。

 帝国騒乱編と称されるこのシナリオは、その名の通り帝国内で巻き起こる皇帝一族を中心としたシナリオであり、WtRsの物語の中でも上位に入る悲惨な結末を迎える物語である。

(嘘でしょ待ってよ。マジで言ってる!? 家督争いモドキの話が出たって事は、帝国内での連続宝石族殺害事件も起きてる訳だよね!? まずいまずいまずい……!! このままじゃ、ゲームのシナリオ通り姫ちゃん一人ぼっちになっちゃう!!)

 ゲームでは、この話題が出るのは主人公が帝国内に足を踏み入れた後であり、そもそもスーフェ達と出会う場所も帝都に程近い商人街の一角だった。それなのに、全く関係の無い場所で対面をし、既に物語が動き始めているのを察知して晶子は酷く焦りを滲ませる。

「ちょ、っと待ってください! それ、僕達が聞いても良い事なんですか?」

 突然聞かされる事になった機密情報満載の話に、ダリルが慌てて割って入った。

「そうですね、本来であればあまりいい事では無いと思います」

「だ、だったら僕達は席を……」

「けれど、貴方達なら大丈夫だと、私の勘が言っておりますわ」

 どやっと胸を張りながら嫋やかに微笑んで見せるスーフェに、アイオラが頭を抱えたのが見えた。

「いや、勘って……おれ、じゃ無くて、僕達はただの冒険者ですよ? それなのに……」

「ですが、貴方達には鑪様が付いておられます。仁義を重んじ、常に物事を中立に見極めるため誰かに肩入れする事のない鑪様がこうして行動を共にされている方々ですもの、お話ししても良いと思いましたの」

 どこからそんな自信が来ているのか、スーフェは絶対にそうだと断言する。迷いの無い主人の言葉に、アイオラは呆れたように溜息を吐いて頭を抱えた。

次回更新は、4/19(金)予定です。

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