とある剣豪英雄の警戒
※ 後書き部分に次回更新予定日を追記しました。
女神の力を感知して辿り着いた草原で見つけた少女に対し、鑪の抱いた感想は『随分と小さな女だ』だった。
そんな自身よりも遥かにか弱そうな人間の女から感じるかつての宿敵の気配に、鑪が厳しい言葉を投げかけると、少女はその瞳を大きく見開いて口元を抑えてしまった。
(……あぁ、人間の女子は、虫や我のような見た目の者を苦手としているのが大半であったな……気配にばかり気取られて失念していた)
昔、モンスターに襲われている一般人を助けた際に悲鳴を上げられてしまった事を思い出し、怖がらせてしまったかと考える。
いくら宿敵の気配がするとは言え、年端もいかない少女を怖がらせた事は申し訳ないと、素直に謝罪の言葉を口にした。
「は? 何にも怖くありませんが?? むしろ滅茶苦茶かっこいいし最高だと思ってますけど誰です気味悪いとか言った阿呆はぶっ飛ばしますよてか絶対ぶっ飛ばす」
が、鑪がそれを言い切る前に目の前の少女によって言葉が遮られる。
「良いですか鑪さんはすっごくかっこいいんです」
それどころか、鑪の何処が良い、ここが素晴らしい、と事前に用意していたのかと思わず疑ってしまう程に、少女はすらすらと称賛の言葉を述べ続けた。
あまりの勢いにやや引き気味になってしまった鑪だったが、真っ直ぐにこちらを見上げて目を逸らす事なく告げてくる少女の賛辞に心が温かくなる。
鑪はその大きさや見た目の異質さから、心無い言葉を何度もかけられてきた。人間は未知の存在、とりわけ自分達とは異なる見目の者を怖がる。それを理解していた鑪は、仕方のない事だと納得していた。
だが、頭では無理矢理に納得出来たとしても、罵詈雑言や拒絶を受ける度に心が軋む。
「と・に・か・く、鑪さんが気味悪いとか無いです! 断言します!! 無いです!!!」
そんな鑪の心を、目の前の少女は一瞬で救いあげてくれた。若干の下心のようなものも感じたが、一切の偽りも無い事はすぐに分かる。
(女神の力を感知して警戒してきたが……まさか、このような存在に出会うとは)
少女から女神の力を感じるのは間違いない、だがそれを踏まえて見ても、彼女からはこの世界を害する意思は感じられない。
(……否、我はまだ、この娘の事を何も知らぬ)
決め付けるには時期尚早だと、鑪は少女を見極める事にした。
少女——名を晶子と言った彼女は、見れば見る程どこにでもいるような普通の少女に見えた。アルベート達の話に目を輝かせ、時に大袈裟な程に驚いては笑い声をあげる。
何も知らない無垢な幼子のようにコロコロと変わる表情に、自身の感知能力も衰えたのかと考えた程。
しかし、洞窟を進み続けるから途端に口数が減りだし、顔色も悪くなっていく。そうして辿り着いた最奥で……あんな事になるとは、流石の鑪も予想だにしていなかった。
(姿形は変わってしまっているが、あれはアルベート本人で違いない。まさか、女神の気配を持つ者が、見ず知らずの他者の命の為に力を使うとは……)
赤銅製になった小さな体をちまちまと動かして先導するアルベートを見ていた鑪は、腕に抱えている晶子に視線を向ける。
アルベートが復活するのとほぼ同時に気を失ってしまった彼女の表情は酷く穏やかで、先程まで苛烈な戦いをしていた少女と同じには見えない。
(……果たして、この少女は何者なのか)
そんな疑問を抱えて歩いている間に、ダリルからの問いかけに答える形でアルベートから説明を受ける。
彼の言葉をそのまま受け取るならば、晶子は鑪の想像していた通りの存在であった。同時に、この世界が崩壊の危機を迎えており、彼女はそれを止める為に選ばれた存在であるとも聞かされる。
あの憎ましい存在に選ばれた晶子が世界を救う要であるなど、到底信じられないような話だった。
だが、晶子に背を預け共闘をした鑪には、彼女が授けられた力でかつての女神のような事をするなどとは到底思えなかった。
案内された拠点で三日程過ごした頃に晶子が目を覚ましたので対面すれば、途端に鑪を見て笑いを堪えたような素振りを見せる。
彼女の考えがなんとなく分かってしまいむず痒い気持ちになるが、不思議とそこに不快感は無く寧ろ居心地の良さのようなものすら感じていた。
「あたしは、女神から世界を救うために選ばれた『再編者』だ!」
(……晶子は、実に不思議な少女である)
まるで光に照らされた蒼玉のような瞳が、真っ直ぐに鑪を射抜く。その輝きから、鑪はどうにも目を離せなくなっていた。
(あぁ、これほど苛烈でありながら、酷く惹きつけられる輝きを見たのは随分久しい)
もう何年と会えていない戦友達の姿を見た気がして、鑪は人知れず微笑む。
(見届けよう……晶子がこの世界の救世主たる者になるか、はたまた、打倒される悪たる存在になるか)
鑪にとって、晶子と言う名の少女は『警戒すべき不可思議な存在』となった。
これにて序章終了です。
次章の更新ですが、約一か月後の予定をしております。
更新日の目途が付き次第、活動報告に告知させていただきます。
※次回更新予定日は4月5日(金)になります。




