「……ヴィヴィ?」
※ ゲームパッケージ内を見ている台詞の中にあった人物名を一部変更しました。
本編内容自体に変更はありません。
(ついに……ついにこの日がやって来た!!)
まだ日も落ち切らない真夏の駅前。間もなく午後の七時になろうとしているその雑踏の中を、まるでスキップをするように藍山晶子は歩いていた。
無理難題を押し付けてくる上司を適度にかわし、何とかもぎ取った定時退社。晶子の腕の中に抱えられた紙袋の中には、閉店前のショップに駆け込んで手に入れた戦利品がある。
(あんの上司まじふざけんなよこっちが下だからって調子に乗りやがって……いつか絶対あのバレバレなカツラ剥ぎ取って笑ってやる! んで仕事もやめてやる!!)
心の中で悪態をつきながらも、その割には上機嫌な足取りで帰路を急いでいた。
(まあ、あたしは寛大だからさ? 無事に定時で上がれたし? 予約商品も問題なくゲット出来たから気分も良いからね! これくらいで別に怒らないから!!)
なんて誰に言うでもなく、晶子は内心独り言ちる。
そのうち駅前で一番大きく無駄に長い交差点で足止めを食らうも、それすら些細な事だった。待ち時間の間、晶子はおもむろに紙袋から戦利品を取り出す。
長方形の形をしたハードケースの表面には、柔らかなタッチで背中合わせに男女のイラストが描かれており、中心にタイトルが表記されていた。
ワールドザリジェネレーターズ:R……ファンの間でWtRsと通称される、隠れた名作ゲームのリマスター作品である。
(愛しのWtRs~!! 会いたかったよぉ~! 長年遊んでたマイディスクが擦り切れて読み込みしなくなってから早十数年……ゲーム機本体を買い替えてもダメで、その後はタイミング悪く仕事も忙しくなって……WtRsが出来なくて禁断症状出るかと思ったくらい……だからほんと待ってた!! 公式さんリマスター発売ありがとう!! 他ゲーム機でも発売してくれて圧倒的感謝!!)
思わず涙ぐみながらハードケースを優しく抱きしめた。
実は晶子、平日はばりばりに仕事をこなすキャリアウーマンだが、休日になれば一歩も家から出ず画面に齧りついている根っからのゲームオタクだった。特にこのWtRsには思い入れも強く、それこそ何十回、何百回とプレイし続ける程にはどっぷりと嵌りこんでいた。
なんなら大人になってようやく理解した各種ストーリーの救いの無さに絶望し、「わだじがみんなじあわぜにずるゔぅううゔうう!!」と同人を自作するくらいに愛していた。
(……ちょっとだけ見ちゃお)
逸る気持ちを抑えられず、新品の封を切る。ゴミを散らかさないよう紙袋にフィルムを押し込むと、晶子はそっとパッケージを開いた。
顔を見せた小さなソフトの表面には、手を組み祈る女とタイトルロゴが描かれている。
(おぉ、ここに女神がいるんだ~、結構重要なキャラだから看板的な感じでソフトに居るのは納得~……あああああああああ内側みんないるじゃん!! お姫ちゃんとアイオラくんがいるぅうううう!! え、あまってここ鑪さんああああ!! ちょちょちょここ未來さんんんんんん!! ちょ、早く信号変われええええええええ!!)
半透明なケースの内から見える表紙裏に集合するキャラクター達の絵姿に、晶子のテンションは最高潮になっていた。
(ふひひ、何回も遊んでストーリーも結末も知ってるゲームだけど、それでも飽きないんだよね~)
にやけそうになる口元を抑えつつ丁寧に紙袋に直した晶子は、やっと青に変わった横断歩道をうきうきと歩きはじめる。
そうして、歩道を半分ほど過ぎた時だった。
「……え」
視界の端に映った存在に、思わず晶子の足が止まる。
柔らかそうな青緑色の体毛、バランスボール大の手足が無い丸い体、大きくつぶらな瞳。一番目立つのは頭部から生えている、引き摺るほどに長い耳だが、その先端は人の手のように五本の指が見える。
きょろきょろと周囲を見回しながら、体を跳ねさせたり耳を足代わりに使っているその生き物は、WtRsのマスコット兼看板モンスターであるラルヴィに違いなかった。
「な、なんで……リマスター発売記念のイベント……?」
そう思ったものの、晶子はすぐに周囲の誰もラルヴィに見向きもしない事に気付く。
(誰も……見えて無い? え、なに、どういう……)
理解が追い付かずに立ち尽くしていると、ラルヴィと目が合った。すると、ラルヴィはとても嬉しそうに跳ね、こちらに駆け寄ってこようとする。
「……ヴィヴィ?」
その姿に、晶子がWtRsでずっと冒険を共にしたペットの姿が重なって——無意識に名前を呟いた瞬間、甲高い音と共に視界が暗転した。
新シリーズ始動開始。
色々と試行錯誤したい事を詰め込んだので、前作よりもとっ散らかってるかもですがよろしくお願いします。