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不穏な物語

 


 あの一幕から早数日。


 私は公爵家の有する馬車に揺られていた。



 ──まさかブライアンがねえ──



 というのが私の感想。


 そう、今私はブライアンによる『謝罪パーティー』に招待され向かっている所なのだ。






 あの復讐劇によってブライアンは孤立。屋敷に引き籠って外部との接触をほとんど絶っていた。もちろん、イザベラとは会ってないし、私も会っていない。



 エイミーはと言うと、ブライアンに心無い言葉を言われたのがショックだったのだろう。公爵家の使用人を辞めてしまった。


 ただ、エイミーはやはりかつての私の分身というか主人公だし、不憫であったので私が裏から手を回してフォロー済みだ。


 実は攻略キャラの一人に王家親衛隊のナイトの青年が居るのだが、そのキャラは最初からエイミーにかなり惚れているので、その青年とエイミーを引き合わせるように色々手配した。


 私の思惑通り、エイミーはナイトの青年とすっかり打ち解け、青年もエイミーにグイグイ行ったので、あっという間にナイトルートに突入するイベントが発生済みだ。これによりエイミーはきっとナイト君と上手くやれるだろう。


 ちなみに余談だが、このエイミーとナイト君のルートは私のイチオシルートだ。おバカ元気エイミーと、天然脳筋ナイト君の相性は抜群で、ドタバタしながらも微笑ましいイベントが続く。なんならカプ観点から述べればベストルートだ。



 そして、イザベラはどうなかったかと言うと、あの後から王子リヒトとの距離が急速に縮み始めている。


 リヒトはかなり真面目な性格であるから常に民の事を考えるような王子だった。よって、国家円満のために自らを犠牲にしてきたイザベラは絶大な信頼を獲得したのだろう。

 イザベラも、自分の事を必要としてくれるリヒトに惹かれ始めているようで、リヒトもイザベラの事を一人の女性として意識し始めている。


 つまりどういうことか。


 私の熱いパトス(執筆活動)が捗って仕方ない。昨日は机の前で寝落ちしたくらいだ。






 さて、そんな平和な日々なのだが、ここでちょっとした変化があった。


 それまで沈黙を貫いていたブライアンが突如としてリヒトに謝罪の手紙を出したのだ。詳しくは私も知らないが、『各関係者の皆様にお詫びしたいので謹慎を解いて欲しい』といった旨の文面だと聞く。


 そしてリヒトの許しを得たブライアンは各貴族に『改めてお詫びの場を設けたい』といった手紙を出して社交パーティーを開催することになったのだ。



 それが今日。今私が向かっているのがそうだ。




 ──しかし、あのバカがねえ。まあ、よっぽど堪えたのかな──


 そもそもブライアンがあのような裁きを受ける展開が本来は存在しない話なので、予想外な話だった。


 もしこれでブライアンが心を入れ替えてイザベラや他の人達と和解して仲良くなるなら、まあそれはそれでも構わない。



 確かに私はブライアンに復讐する為に暗躍、奔走した。




 だが、私の本当の目的は奴への復讐ではない。

 もちろん復讐は前提ではあった。

 でも、私の本当の望みは──




「ん?」


 考えていたところで違和感に気がついた。馬車が止まっているのだ。


 もうかなりの時間走っている。公爵家に着いていてもいい頃だろう。

 しかし、誰も声をかけてくれないしドアを開けてもくれない。

 不審に思った私は窓にかかったカーテンを開けてみた。


「え?」


 という声が思わず漏れた。


 馬車が止まっている。

 それも見知らぬ光景の中に。

 森だ。森の中だ。鬱蒼と生える木々のその真ん中に馬車が停車している。


 はて。

 公爵家はこんな大自然の中には無かったはずだ。


「?!」


 そして私はもう一つ奇妙な光景を目にした。


 なんと馬車を引っ張っていたであろう馬が御者を乗せてパカパカと走り去っていってるのだ。


 思わず外に出てみる。うん。森だ。緑一杯の香りが全身を包む。


「いや!そうじゃない!」


 なんなんだこの状況?ここはどこ?私は地味なモブキャラ?


 馬車からはやはりというか馬が居なくなっていた。席の部分だけが取り残された状態だ。


「············おや?」


 待てよ······。この感じどこかで見た事あるような?

 デジャブというよりは、もっと明確な記憶として頭の中に引っ掛かっているような──


「!!」


 あっ。


「ああぁー!?ま、まさかこれはっ······」


 いや、しかし、それはまた違うルートの話だから、この状況はおかしいし、大体あれはエイミーで、私はモブキャラで······。


「いや!いかんいかん!私よしっかりしろい!」


 ペチペチ酔い醒ましを我が愛しき頬に叩き込んで混乱を制御する。そして緑の濃い深呼吸を一つ。


「すぅー······はぁー······よし」


 少しクールになった。

 だが、おかげで驚愕の事態であることが予想された。



 そう、今私が置かれているこの状況。

 これは饗宴のネメシスの全ルート中、一番最後に解放される隠しルート『ブライアン闇堕ちルート』の中の一幕にそっくりなのだ。








 ブライアン闇堕ちルート。


 それは饗宴のネメシスにおいて唯一の評価点とも、世界観をぶち壊した汚点とも言われる賛否両論のルート。


 大まかな粗筋はこうだ。


 エイミーの選択手を一定の組み合わせにすることでブライアンと仲違いするイベントが発生する。

 そしてエイミーはまた別の攻略キャラ三人との関係を深める事になるのだが、残されたブライアンはエイミーという太陽を失った事により闇堕ちする。


 闇堕ちしたブライアンはエイミーの大切な人達を亡き者にしようと画策し、あの手この手の策略を張る。

 そして、フラグクラッシャーたるエイミーを口車と馬車に乗せて森の奥に一人捨てていくのだ。


 その後、ブライアンの暴走により国家は内戦へと突入。

 血で血を洗う物語が始まるのだ。



 これが饗ネメ界で未だ議論が交わされているルート、ブライアン闇堕ちルートだ。通称『狂炎のネメシス』だ。


 このルートは他のルートと雰囲気がガラリと変わり、ダークで凄惨な物語が繰り広げられるのだ。しかし、シナリオの完成度自体は高く、面白いと言う人も多い。故に賛否が分かれているのだ。




 しかし、あのルートに突入するイベントは発生してないし、イザベラだって磔にならず存命中だ。おまけに置いてかれるのはモブキャラじゃない。エイミーだ。


「む、むぐぐ······」


 私はゲームの知識や、この現状の観点からあらゆる仮定を考え上げ、一つの仮説を生んだ。



 これは闇堕ちルートをなぞった新しいルートだ。私が介入したことによりイザベラリヒトカプが誕生したように、ブライアンの運命も大きく狂ったのだろう。

 そして、運命は狂いながらも本来の世界の在り方へと修正しようとしている。

 つまり、エイミーが去ったという結果。ブライアンが孤立したという結果。

 この二つを軸にして本来の饗宴のネメシスの世界へと戻ろうとしている。


 突拍子もない話かもしれないが、私がこの世界に居る時点で突拍子もないのだ。この仮説は恐らく当たっているだろう。


 と、なればだ。


 今の私はエイミーの代替えという事になると考えられる。


 ならばブライアンの狙いは何だ?私を遠ざける事で何を果たそうと──


「!!」


 そうか。

 エイミーが遠ざけられた後の展開が私に待ち受けているのだ。

 すなわち、大切な人、ブライアンにとって憎い者が殺されるという展開が。


 だとするならば──


「!?イザベラ!」


















 公爵家の大ホールには、かつての反公爵派の貴族達が集まり、今日の謝罪によって公爵家との和解が叶うかもしれないという希望で明るく賑わっていた。



 そんな何も知らない彼らを、ドアの薄い隙間からブライアンが妖しい光を宿した目で見つめていた。


「······まるで僕が許しを乞い、歩みよるのを期待してるような顔ばかりだ」

「·········」


 ブライアンはドアを閉めると、二人きりになったその部屋で相手を冷たく見下ろして言った。


「なあ?イザベラ」

「······」


 イザベラは何も言わずに目を伏せた。彼女は椅子に座らされ、その両手は肘掛けにそれぞれ縛られていた。


「さて、イザベラ」


 ブライアンはゆっくりとイザベラに歩み寄ると、その頬をゆっくり撫でた。

 イザベラは身をよじって避けた。


「つれないじゃないか。かつての婚約者に対して」

「······ブライアン公爵。私達の関係は終わったのです。私は貴方の事をもう何とも思っておりません。愛してもなければ憎くもないのです。ですからもう放っておいてください」

「そう言うわけにはいかない。君が僕を憎んでいなくても僕はそうじゃない」


 ブライアンの目が凄みを帯びる。


「お前やあの地味女によって耐え難い屈辱を受けたんだ。腸が煮え繰り返って仕方ない」


 そう言ってからブライアンは懐からナイフを取り出した。冷たい刃の光が静寂の中で鋭くいなないた。


「イザベラ。お前に最期の役目をくれてやろう。その紙にこの間の証言や他の証人達は全てでっち上げだったと書くんだ」

「······私が書いたところで、ジミーナさんが居ればその文書も意味をなしませんよ」

「ご心配ありがとう。だが、もうあいつはこの世に居ない」

「?!なんですって?」

「あいつは今頃誰も知らない森の奥で死んでいる。僕の策略にまんまと乗った馬鹿だからね」


 ブライアンは歪んだ笑みを浮かべて言った。


 彼は部下に命じてジミーナを森の奥に連れていき、そこで亡き者にしようとしたのだ。


 もっとも、部下が丸腰の女性を手にかける事に我慢ならず、そのまま逃走した事実までは流石に知りようもなかったが。


「これは天罰さ。あの思い上がりの馬鹿女への」


 そう言ってブライアンは冷たいナイフの切っ先をイザベラに見せた。


「さ、良い子だから書きたまえ。それとも少しずつ肌を傷つけるかね?」















「確か、こっちの······いや、あっちだったか?」


 こんな森の奥でまごついてる暇など無い。こうしてる間にも魔の手がイザベラに迫っているのかもしれないのだ。


 私がとれる行動は一つ。


 一度だけクリアした事のあるこのルートを詳細に思い出す事。


 私の記憶ではこの近くにあるはずなんだ。

 エイミーが辺りをさ迷った時にたまたま見つけた──



「!あ、あった!」


 目当てのものは思ったより簡単に見つかった。


 ひっそりと立つ小さな小屋。これこそこの森から脱出する鍵だ。


お疲れ様です。次話に続きます。

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