饗宴
我が家の所有する大ホールに集まった貴族達は豪勢な食事や美酒を楽しみながらも、その視線は、主役であるブライアンが座る特別来賓席にチラチラと落ち着きなく向けていた。
かなりの人数と、有力者が入り交じるパーティー。中には自身の正体を隠すために仮面を着けている者いる。公爵家に反感を持つ人間も居るのでそういうのも許可してあるのだ。
さあ、今日だ。ついにこの時が来たのだ。
私とイザベラ、さらにはエキストラの方々による裁きの日だ。
私は主催者として壇上の上に立ち、司会進行を請け負って、しばらくの間はパーティーは平和であった。
「えー、であるからにして、ブライアン公爵の機知に富んだ機転のおかげで本事件は解決した次第でありまして──」
私が用意していた台本を読み上げるとブライアンはムカつくほど満足そうな表情を浮かべていた。隣では無邪気なエイミーがニコニコと笑っている。
ブライアン。今の内にパーティーを楽しみな。
それももうすぐ終演だ。
「では、ここでイザベラ令嬢による謝罪文読み上げの場を設けたいと思います。皆様、どうか彼女の誠実な言葉に耳を傾けて頂けたらと思います」
ざわめきが静まり返り、壇上にイザベラが上がってくる。私は彼女に位置を明け渡し、後方に下がった。
イザベラは緊張気味の表情でホール中を見回していたが、意を決したように大きく深呼吸し、手元の謝罪文を読み上げ始めた。
「皆様、本日はこの席をお借りし、謝罪の言葉を述べる事をどうかお許し下さいますようお願いいたします。周知の事かとは思いますが、私イザベラはブライアン公爵並びにその使用人であるエイミーさんに度重なるご迷惑をおかけし──」
イザベラはこれまでの罪を淡々と述べていった。
話を聞く者の大半はイザベラに対して侮蔑の目を向けていた。そしてブライアンは殴りたくなるようなニヤけた顔をしていた。
「──以上が私の過ちとなります。この件でご迷惑をおかけしたエイミーさんと、関係者の皆様に深くお詫びすると同時に、このような事は二度としないよう反省いたします。ご清聴ありがとうございました」
誠実なイザベラの態度に多くの人間は納得したように頷いていた。
私はイザベラとアイコンタクトを交わし、位置を交代した。
「では引き続きまして、ブライアン公爵にお礼の言葉を述べたいと名乗り出た特別ゲストの方々を何人か及びますしておりますので、その方々からもお話をお聞きしたいと思います」
「?」
ブライアンが首を傾げた。奴にはこの事を言ってなかったからだろう。
そう、ここから始まる饗宴の、その地獄のプログラムをな。
「では、まず一人目。元公爵家使用人サリーさんからどうぞ」
後方に控えていた元メイドの女性が上がり、発言の卓に付く。
それを見たブライアンが怪訝な顔をし、エイミーはあっ、と声を上げた。
「ご来場の皆様初めまして。私は公爵家で使用人をしていた者です。この場をお借りして元旦那様に感謝の言葉を送ります」
元メイドさんの目がキラリと光る。
「ブライアン様へ。いつもいつも励ましの言葉をかけてくださりありがとうございました。私に、『所詮は田舎領主の娘』や、『女の価値は性欲を満たす時か僕の為に汚名を被る時しかない』などと沢山の目が覚めるような言葉を頂き、心が苦しくなり早々と公爵家から去る事ができ、今では温かい貴族の方の下で楽しく働かせて頂いております。本当にありがとうございました」
どよどよと場がざわつく。
ブライアンが目を丸くしている。
私は元メイドさんを促して下がらせ、次の人間を手招いた。
次に上がったのはこれまた元公爵家使用人の衛士の男性。
「公爵へ。感謝しております。貴方のお気に入りのエイミーさんが考え無しに罪人を敷地内に入れてしまったせいで私は大怪我を負いましたが、貴方は私の警備に落ち度があったと言って全ての責任をなすりつけました。おかげで、今ではまともな職場で用心棒を勤めており、とても充実した毎日を過ごしております。ありがとうございました」
焦燥の表情になり始めたブライアンの横でエイミーが
「え?!旦那様、私が旦那様から聞いた話と違う話ですよ?!」
と、援護射撃までしてくれた。
次に上がったのは商人。
「公爵が外国の詐欺商法に引っ掛かった際に、商談に関わった私どもは甚大なる損害を被ったにも関わらずその損害の一切を無視されました。もう一家で首を括るしかないと思っていた私達に経済的支援をしてくれたのは侯爵令嬢のイザベラさんでした。こんな素敵な女性に面倒事を押し付けてくれた貴方には感謝しかありません。どうもありがとう」
「え?!あの事件のフォローをしてくれたのはイザベラさんだったんですか?すごいです!」
エイミーが元気っ娘で良かった。大声で合いの手を打ってくれている。
その次は貴族。子爵家。
「モイル男爵が経済的苦境に立たされた際に、我が家と公爵家で資金援助をするつもりだったのにその約束を反古にしたおかげで我が家だけが損をした。その事を知った侯爵令嬢イザベラ嬢が幾らか補償してくれたおかげで私は、人間には信用できない者と信用できる者が居るのだと学べた。学びの機会を与えてくれた公爵には感謝を」
もはや唖然とし始めたブライアン。横で驚きぱなしのエイミーがその光景を彩る。
「公爵が私の村を見捨てたおかげで侯爵家の手厚い保護を受ける事が出来ました」
「あの日お茶会で恥をかかされたけど、イザベラさんのフォローもあり、なんとか自分を抑制する忍耐力を学びました」
「こーしゃくけのお姉ちゃんイザベラさんありがとー。こうしゃくけのブライアンお兄ちゃんの代わりに助けてくれて、お兄ちゃんのおかげだと言っていたのはカッコ良かったです」
「私はナリート国の外交官だが、公爵代行のイザベラ嬢のおかげで和解への道を築く事が出来た。それは公爵家の名で纏められたことになっているが、それにも関わらず健気なイザベラ嬢には感心した。こんな素晴らしい女性に会わせてくれてありがとう公爵殿」
証人達が感謝の言葉を述べる度にどよめきが起こり、ざわつき、人々の懐疑的な視線がブライアンへと向けられていった。
当のブライアンは怒りに顔面を真っ赤にして肩を震わせていた。隣でエイミーが心配そうにしてる。
一通りの証言が終わった所でいよいよ私の出番となる。
さあて、派手にいこうじゃないか。
「ま、まあっ!?なんて事?!ブライアンさんへの感謝の言葉を述べる席なのにこれではまるで暴露会だわ!」
私はヨロヨロした足取りで壇上の真ん中に歩き、額を手で押さえた。
「し、知らなかったわ!公爵の失態やミスをまさかイザベラさんが全部肩代わりしていたなんて!この事からもイザベラさんがいかに国思いでブライアン公爵を大切に想っていたか分かりますわ!それでも黙って汚名まで被り、今日また過ちへの反省の謝罪をしたイザベラさんが健気で仕方ありませんわ!」
ハンカチを取り出し目元に運べば、同情の貰いハンカチ泣きがチラホラ。そしてブライアンに対する非難めいた視線もチラホラ。
私は大げさな身振りでイザベラを呼び寄せにかかった。
「イザベラさん!ぜひもう一度こちらへ来て!貴女の口から、今までの事や、証言の真実を話してほしいの!」
イザベラが戻り、再びその重い口を開く。
「······今までの証言は全て真実です。公爵のミスや起こした問題に、私は個人的な感情から後始末を請け負って解決してきました。公爵家の名誉が傷つかないよう証人の方々には事実を広言することを控えて頂き、私もまた関与を公にすることはありませんでした」
「っ!で、でたらめだ!」
ブライアンが吠える。
「その女は悪女だ!口からでまかせを言ってるんだ!」
「あら、そうですか?」
ススッとイザベラの前に立ちはだかりブライアンのきったねぇ言葉の盾となる私。
ここで煽りのアルカイック・スマイルを一匙くれてやる。
「でしたらこのまま黙って聞いていてもよろしいのでは?でまかせならいくら吠えられても痛くも痒くもないでしょう?」
「なにっ······!?」
「イザベラさん。続けて」
イザベラは静かに続けた。
「しかし、やはりその行いは間違いでした。私は自分の私情から問題の根本的な解決の機会を奪ってしまい、結果としては多くの方々にご迷惑をおかけする事となったしまいました。公爵には自分の間違いやミスを自分の力で解決してもらい、謝ってもらった方が人として正しい選択だったのだと悟りました」
「こ、このっ!婚約を破棄された惨めな女のくせにっ──」
「はいはーい、お静かに。人の話は最後まで聞きましょ~ね~。イザベラさん、続けて」
イザベラは悲しげな目をブライアンに向け、そのままエイミーに真っ直ぐ向いた。
「でも、どんな背景があろうとも、エイミーさんに酷い事をしたのもまた事実です。ですから私は先日の恥も当然の罰だと思っております。エイミーさん。改めて謝らせて。ごめんなさい」
イザベラが美しい銀髪を深々と下げるとエイミーが思わず立ち上がった。
「そんな!イザベラさんは何も悪くありません!むしろ私に謝らせてください!私は旦那様から全く違う話を聞かされていたからイザベラさんがそんな苦労をしていたなんて知らなく──」
「エイミー!!」
ブライアンが荒々しく立ち上がる。
「なぜ余計な事を言うんだ!お前はどっちの味方なんだ!」
「えっ、で、でも、イザベラさんがそんなに苦労されていたなんて私······」
「黙れ!お前は僕の使用人だろう?!身分も低いお前をここまで目にかけてやった恩を忘れたのか?!所詮はお前も僕の愛を受ける資格のない矮小な庶民だったのか?!」
「そ、そんな······」
「·········いい加減にしなさい、このバカ男」
ギョギョっと会場がざわめく。今しがたの爆弾発言の発信者──そう、私を皆が見ていた。
ブライアンが殺気に満ちた目をギロリと向けてきた。
「今、僕の事をバカと言ったのか?」
「貴方でなければ誰の事を?この場には貴方ほど愚かな人間は存在しないとおもいますが?」
「な、なんだと?!」
このバカ男め。イザベラだけならいざ知らず、味方でもあるエイミーにすらあんな心無い言葉を投げれるなんて男として、いや、人間として最低だ。
「自分の愚かさが理解出来ず、好意を寄せてくれた女性を散々に利用した挙げ句、自分からその恩恵を手放し、終いにはそのしっぺ返しを受けただけで愛する人にまで八つ当たりする。この事実のどこに賢明さがあるのかしら?ハッキリ言うわ!」
タアッンと、私はヒールで床を打ち鳴らした。
「あんたはただの最低クソ無能公爵よ!ブライアン!!」
「っ?!」
しんっと静まり返った会場。固まって立ち尽くすブライアン。
やがてブライアンがワナワナと震えだした。
「くそ。地味女のくせに偉そうに!そもそも今までの証人だって庶民や子供と言ったような信用ならない人間も含まれていたじゃないか!それが証拠となるのか?!」
「あら?我が国の大事な民を貴方は信用ならないと?」
「当たり前だ!そんな下級身分の奴らなんかっ──」
ブライアン。
チェックメイトだ。
『······今の言葉は聞き捨てならないなブライアン公爵』
「?!」
冷たくも優しい──いや、その優しさもない。
ただ冷たい声がホールに響き、一人の仮面をした人物が壇上へと上がる。
その人物は仮面を取り外し、冷めきった目でブライアンを見た。
「リ、リヒト殿下!」
ブライアンも顔を青くする。
そう、私が賭けとも言える用意した最大のトラップ。それがこの人物。リヒト殿下だ。
あの日、侯爵家でリヒトと面会した私はこのパーティーに彼を招待したのだ。
ただし、ブライアンがリヒトの前でシラを切る可能性もあったので仮面着用を頼んで。
これは賭けだった。もし、ブライアンがいくらか賢明で上手く言い逃れでもすれば、私は王子を騙して公爵の謂れのない罪を密告した女として扱われただろう。
だが──杞憂だったな。
「ブライアン。君には失望した。まさか君にまつわる黒い噂が本当だったなんて思わなかった」
「い、いえ、これは······」
「私は君の事を親戚だという理由だけで庇護しすぎていたようだ。以降は客観的に評価せねばならないな」
そう言ってからリヒトは次のような宣言をした。
「ブライアン。君にはしばらくの謹慎を命じる。さらには侯爵家が被った被害、そしてイザベラが受けた屈辱に対する賠償も命じる。さらには今現在議会にある君の議席を凍結する」
「そ、そんな······」
ブライアンはその場に呆然と立ち尽くしていたが、やがてフラフラと夢遊病患者のようにどこへともなく去っていった。
後に残された者達には動揺や興奮が広がり、パーティー会場は騒がしくなっていった。
そんな中、リヒトはイザベラにそっと近寄った。
「イザベラ。すまなかった」
「え?」
「私の目が曇っていた。まさか君がここまで国のために尽くしてくれていたなんて知りもしなかった。この通りだ」
そうして頭を下げるリヒトをイザベラが慌てて止める。
「で、殿下、止してください!」
「いや、これはケジメだ。私と言う未熟な王族の。そして、イザベラ······」
リヒトはイザベラに近づくと、そっと彼女を抱き寄せた。
「で、殿下?」
「ありがとう。君は本当に美しい女性だ。こんなに悲しくなるまで国の事を想いやってくれていたなんて」
「······」
おおーっ。あら~?
これは予想外。まさかのリヒトとイザベラのカプか?
確かに、攻略キャラの中には、主人公と結ばれなかった場合他のキャラとカップル成立する場合がある。
しかしイザベラとリヒトのカップリングは無かったはずだが······これも私が介入した影響だろうか。
うん。
イイっ!!
かくして、私の復讐劇は終わり、この饗宴は幕を閉じたのであった。
そう思っていた。
おしまい──ではありません。
もう少し続きます。