息詰まる弁護
「イザベラ突然すまないね。おや、先客があったのか」
「殿下······言ってくだされば私の方からお伺いいたしましたのに」
「いや、狩りの帰り道に唐突に立ち寄ろうと思い立ったんだ。私の身勝手な訪問だ。気にしないでくれ」
そう言って、漆黒の髪を爽やかにかき揚げるのは、饗ネメ作中の登場人物において最も身分の高い人物リヒト王子だ。
「さて」
リヒトが私の方を見る。
「見かけない顔だね。すまない、話中なのに邪魔したね」
「いえ、とんでもございません。お初にお目にかかります。私ジミーナ・モブキヤーラと申します」
「ご丁寧にありがとう、ジミーナ嬢。私はリヒト・グランライトだ。知ってるとは思うが」
「もちろん。知らぬはずはありませんわ」
「すまなかったね。イザベラとの時間を邪魔してしまった」
「いえ。私は大丈夫です」
リヒト。やはりまともだ。
リヒト皇太子は饗宴のネメシスにおいて数少ない良心とも言われている人物である。
この人物は少し甘ちゃんな理想家であるものの、人民を大切にし、感情的な制裁も少なく、行動も理性ある大人な対応が多い。
つまりプレイヤーからするとすごくまともでストレスもヘイトも無いキャラだ。
ちなみに、私の第二の推しでもあり、人気も高いキャラの一人だ。
さらに蛇足を付け足すなら、そのルートは全攻略キャラ中最難易度を誇る。好きな食べ物をリンゴと選ぶだけで死亡エンディングを迎えた時は何が起こったのか理解が追いつかなかったものだ。
「イザベラ。今日来たのは他でもない。ここ最近の君の噂や出来事についてなんだが──」
そう言ってリヒトがチラリと私の方を見たので、空気を読んで私はイザベラに振り向いて言った。
「じゃあイザベラさん。私はもう行くわね」
「あ。待って」
退出しかけた私をイザベラが引き止める。
「ジミーナさん。貴女にも同席していて欲しいの」
「え?でも······」
どうしようかと戸惑ってリヒトを仰ぎ見たが、彼も彼で
「イザベラが構わないなら私も問題ない」
と言った。
こうしてリヒトを加えた私達三人の会談が始まった。
「イザベラ。この間の誕生会で何があったのかは私も報告を受けた。正直驚いたが、ブライアンとの婚約を解消したのは確かなんだね?」
「はい······」
「ふむ。そうか」
リヒトは静かにカップを手にとった。
「公然の場で婚約破棄など前代未聞だし、君に対する侮辱は筆舌に尽くしがたいものがある。しかしながら、事の経緯を聞くに君にも問題があったようだが?」
「はい。まさに仰せの通りですわ······」
悲しげに俯くイザベラ。
「そうか。君は非常に理知的で、侯爵令嬢という肩書きを持ちながら誰にも分け隔てなく接する人だと思っていたから少々ショックだよ」
イザベラは何も言わず、じっと黙っていた。
分かる。リヒト、お前の言いたい事は分かる。
分かるが、これには訳があるんだ。お前の親戚でもあるブライアンに大きな問題があるんだ。
「しばらくは悪評が広まり、貴族間でも話題となるだろうが堪えてくれ。今、侯爵家と公爵家が揉め事を起こす事は望ましくないんだ。ブライアンはまだ君の事を許してないし、君もしばらくは慎んで生活を──」
「······それは変です」
「え?」
「ん?」
しまった。つい黙っていられなくなり、思った事を口走ってしまった。
ただのモブキャラ伯爵令嬢が一国の王子にいきなり意見してしまうなんてヤバ過ぎる。
「······何が変なんだい?」
穏やかだが、それでも目の光が鋭くなったリヒト。
こうなりゃ真っ向勝負。女は度胸、即興だ。
「イザベラさんだけが責めを負い、謹慎を申し付けられる事がです。確かに間違いや過ちがあったのは確かでしょう。しかし、何もかも一人だけが悪かったかのように言われるのは些か疑問に思います。その裏にある背景を誰も口にしないのです」
リヒトはこめかみにピトっと指を当てた。
「つまり君はイザベラの悪行や、ブライアンによって婚約を破棄されたその経緯は彼女だけのせいではなく、何か事情や他の人間の行いも関わっていると言いたいのか?」
「その通りでございます。もちろん、如何なる理由があるにしろ他人を傷つける行為は肯定出来ません。しかし、その点に関してはイザベラさん本人も深く反省しており、エイミーさんも許しております。この時点で両人の問題はほぼ解決したと言えるのではないでしょうか?」
「······成る程。しかし、ブライアン公爵はどうかな?彼は今でもイザベラに対して嫌悪感を抱いていると──すまないねイザベラ。ブライアンはまだ彼女を許してないようだが?」
イザベラ、そう落ち込まないで。私が弁護士になるから。
「その点に関しても少々偏った裁定があるように思われます。たしかに、エイミーさんの主人たる公爵が嫌悪感を抱くのは無理ありません。しかし、公爵が両家の間の約束をいくつも反古にしたことにより、イザベラさん達侯爵家が大きな損害を被っているという事実が知られておらず、一方的に悪者にされているのです」
「······」
リヒトは静かな目でじっと私を見た。
「その話は初めて聞く。本当か?」
「本当です。第一、本当に公爵自身に一方的な実害があったなら誕生パーティーの真ん中で恥をかかせるという感情的なマネなどせず、然るべき法的機関か殿下に最初に話を持っていくのでは?現に、殿下は今回の事件に関する正式な報せを受けておられますか?」
「······いや、無いな。ブライアン本人からではなく、私と親しい者達の口から事の顛末を聞いたくらいだ」
「それではやはり事実の全てが正しく伝わっていない可能性は十分に考えられます。なにより、伝聞とは人の好奇が入り雑じり、当人達にとって都合の良いような話に変遷しがちです。今回の話はブライアン公爵からの一方的な被害者宣言により、加害者側にある言い分や情状酌量の余地が削ぎ落とされているように感じられます」
「······」
しばらくリヒトは何か考えるように腕を組んで目を閉じていた。
そして少しして私を真っ直ぐに見た。
「その話しぶりから察するに、君はイザベラとブライアンの間にあった問題も知っているようだが?」
「はい。故に黙ってはいられなかったのです」
「それは君がイザベラと個人的に親しいからと言った理由ではないんだね?」
「もちろんでございます。あくまで正当、あくまで真実の追及、決して推しの仇討ちの為──ゴホンゴホン!個人的な恨みはこれっぽっちもありませんわ。第三者としての公平な裁きを望んでいるだけです」
「······公爵家の汚点を話すとなると、その話が虚偽であった場合は君が重い罪に問われる事もある。覚悟の上か?」
「覚悟も何も私はありのままを話すだけですわ」
「分かった。ならジミーナ、聞かせてくれないか?ブライアンとイザベラの間に何があったのか」
「分かりました。イザベラさん。よろしくて?」
「······え、ええ」
長く、辟易するような話(ゲームの知識)を延々と語り尽くし、気付けば一時間近く経っていた。
「······良く分かったジミーナ。だが、君だけの言葉ではまだ鵜呑みにするわけにはいかない」
「ええ。ですのでくれぐれも宜しくお願いいたします」
「分かった。では失礼する。また会おう」
リヒトが帰り、馬車が去っていくのを窓越しに見送ったところで私の緊張の糸が切れた。
「ぷふうぅーー!!っはあぁー!!い、息が詰まるかと!」
くっそ重い空気だった。リヒトこえぇ。やっぱりまともなキャラは怖い。私の感覚もマヒし始めているのかもしれない。
「ふう、ふう。一歩間違えれば死亡ルートだったのかもしれない。リンゴの質問が無くて良かった」
「あの、ジミーナさん」
精神的疲弊から令嬢にあるまじきがに股格好で椅子に沈んでいた所をイザベラが気遣わしげに声をかけてきた。
「大丈夫?」
「え、ええ。殿下の前だから緊張しちゃって」
「······ありがとう、ジミーナさん。あんなに私の事を弁護してくれたのは家の者以外では貴女だけよ」
「気にしないで。私は本当の事を話しただけだから。それよりも──」
私達はもう後戻りの出来ない所まで来てしまった。
「イザベラさん。覚悟はよくて?」
「······ええ。ここまで来たらもうやるしかないわ」
私達は決意の瞳を交わしあった。
そして一週間経った今日。
ブライアン公爵報奨パーティーという名の復讐劇が幕を上げた。
お疲れ様です。次話に続きます。