イザベラの思い
公爵家を後にした私はそのままの足でイザベラの侯爵家へと向かった。
ブライアンが餌に釣られた事を報告するのと、当日の打ち合わせをしに行くのだ。
これまた大きく立派な屋敷に到着し、私はそのまま案内されイザベラの待つ応接間に向かった。
「イザベラお嬢様。ジミーナ様がお見えです」
『どうぞ』
メイドがドアを開けてくれ、私もそのまま中へ入る。テーブルについていたイザベラが立って静かに会釈する。
「ようこそジミーナさん。貴女の好みが分からなかったから色々なお菓子を取り寄せてみたの。どうぞこちらへ来て」
「ええ、ありがとうイザベラさん」
テーブルの上にはカラフルフワフワゴテゴテのお菓子が賑わって待ち構えていた。こんなオシャレで女子力高めなお菓子軍団は友人の結婚式の時のビュッフェでしか見た事ないぞ。
「じゅるり······」
「あら。目だけでも気に入ってくれた?」
「そりゃもう。こんなスイーツの山は前世の経済力じゃ拝めなかったし、わがままボディからの危険信号で食べる事なんて禁忌だったから」
「え、えっと。とにかく気に入ってくれて良かったわ」
おっと、イザベラが困ってる。私も発言に気をつけなくてはな。
「ジミーナさんは紅茶とハーブティーどちらが良いかしら?」
「じゃあ、紅茶にしようかしら」
「分かったわ。すぐ持ってきてもらうわ」
かくして給仕のメイドさんの淹れたてホヤホヤの紅茶の香りと共に私のスイーツヘブンが始まった。
メイドの方々に席を外してもらい、私達は早速ブライアンやっつけ作戦の打ち合わせに入った。
「という事で、ブライアンは簡単に乗ってきたわ。後は当日にイザベラさんがバシッと決めれば良いだけだわ」
「·········」
「イザベラさん?」
「ねえ、ジミーナさん。彼······ブライアンは私の事なんて言ってた?」
「え、それは、えっと······」
イザベラに寂しげな目で見られてしまい、私も言葉を濁してしまった。
「いえ、いいの。分かってるから。彼は私の事を最初から愛してなんかいなかったって」
「······」
「初めて会ったのはね、子供の頃。私が社交界にデビューしたての頃だった」
イザベラは手元のカップにそっと目を落として話した。
「初めて見た時はとても寂しそうな人に見えた。当時はご両親が亡くなられて間もなかったから。彼も傷ついてたんだと思う。それで私の方から話かけたの。それが始まり」
「そうだったの······」
「彼は常に何かに餓えていた。愛情なのか、自尊心なのか、それは分からなかったけど、周りの人間に自分という存在を認めさせようと足掻いていた。大人になるにつれてそれは強くなっていったわ」
「······ブライアンとは何時、婚約したの?」
「三年前くらいよ」
自嘲じみた笑みを弱々しく浮かべるイザベラ。
「私の方から申し出たの。家の考えもあったけど、私が自分から婚約の話を持ちかけたの。なんでかしらね。何か惹かれるものがあったのでしょうね。それとも、敵だらけの彼の、闇雲に足掻く姿を見ていたら放っておけなくなったのかしら。そんな自己陶酔的な考えが私にもあったのかもしれない。私がブライアンを支えてあげなくちゃって」
「それで汚れ役を引き受けたり、面倒事を引き受けたりしたのね」
「ええ。そうしていけばきっと心を開いてくれる。きっと私を愛してくれる。そう思っていたわ。ふふ、私バカでしょ?」
「そんなことないわ。そこまでやってもらって何も思わない方がバカだもの」
「ありがとうジミーナさん。でも、やっぱり私がどうかしてたんだわ」
そう言うとイザベラはゆっくりカップを傾けて、薄く目を閉じた。
「今はもう愛してほしいとかは思ってない。でも、自分の中で渦巻くこのドロドロした感情だけは簡単に消えそうにもないわ。復讐をしたいかどうかはともかくとして、ジミーナさんの今回の計画で私の中のこの感情に区切りをつけられたらもう十分だわ。ブライアンの事も、エイミーの事も気にしないでまた一から人生をやり直したい」
「······」
すまん。しんみりとした所でこんな感想抱くのは甚だ空気読めてない女なんだが──
マジでシナリオ作った奴頭どうなってんだ?!
こうやって話してみてすごく分かるが、ブライアンの幼稚さとイザベラの大人さが対照的すぎて最早どっちが主人公側でどっちが悪役かサッパリなんですけど!?
ていうか、なんでブライアンが攻略キャラなんだよ!(何百回目の感想)
やはり饗宴のネメシスはゲテモノだ。言葉悪く言うならクソゲーとかいうやつだ。なんで悪役令嬢がマトモなんだよっ!さっきの公爵邸でのブライアンの話と差がありすぎて私の中の『悪役』概念がゲシュタルトなんちゃらしてる。
「イザベラさん。私、この計画で貴女の人生変えてみせるわ」
「え?」
「貴女の受けた汚名を晴らし、その心に巣くってしまった濁った物も取り除いてみせる。だから、頑張りましょう。応援してるわ」
「あ、ありがとう」
「あ、それとね。エイミーの事なんだけど、彼女は彼女なりに反省もしてるし、イザベラさんの事を悪くは全然思ってないそうよ。伝えて欲しいって言われたから、一応」
「······そう、エイミーが······」
複雑だろうな。エイミーのせいでブライアンとの婚約話が有耶無耶にされてしまい、その腹いせにキツく当たったりしてたから。
エイミーは加害者であり、被害者でもあり、イザベラも被害者であり、加害者なのだ。複雑。
イザベラは俯いてボソリと言った。
「やっぱり私どうかしてたんだわ」
「·········」
そんな風に落ち込んでいた時だった。
──コンコンコンッ──
慌ただしいノックの音が響き、イザベラの「どうぞ」という返事と共に、慌てた様子のメイドが駆け込んできた。
「お、お嬢様!大変です。思いもよらない方がお見えでっ······」
「?一体誰が来たというの?」
「そ、それが······」
『失礼するよ、イザベラ』
「!?」
この冷たくもクールな──重複していた。この冷たくも冷静な──また同義な意味だ。
この冷たく、クールで冷静でありながら、優しさを含んだような声はまさか──
「失礼するよ」
メイドが開いたドアから中へと入ってきたその人物に私もイザベラも思わず立ち上がった。
イザベラが驚きの声を上げた。
「リヒト殿下!?」
訪問した人物は、我が国の第一皇太子リヒト・グランライト王子なのであった。
お疲れ様です。次話に続きます。




