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バカ公爵

 

 イザベラとの密談から三日後。


 私は一人で巨大な屋敷の前に立っていた。


「でっか······」


 相変わらずでかい屋敷だ。エイミーが奉公初日に迷子になるのも頷ける。


 そう、今私が居るのはブライアンが住む居城、公爵家の大邸宅だ。


 横に長い佇まい、五階もある高さ、植物園をも越える広大な面積と多種多様な花の咲き乱れる庭。ゲームプレイ時の時は背景画の一枚絵だった光景が目の前に実在するのだ。なんか感動。



「と、いけない。早く行かなくちゃ」


 遊びや観光に来たんじゃない。

 今日はブライアンとの面会に来たのだ。



 計画を実行する前の最終確認。

 ブライアンは本当に罰を受けるべき人間であるかどうか、直々に確かめに来たのだ。



 出迎えの執事が現れ


「お待ちしておりました。ジミーナ様。我が主がお待ちです。どうぞ中へ」

「失礼しますわ」


 私はついに悪の居城に足を踏み入れた。



 応接間の前に着くと執事のお爺さんがノックをした。



「旦那様。モブキヤーラ伯爵令嬢ジミーナ様がお見えです」


『入れ』


 短い返事と共に執事がドアを開け、私は中に入った。


 そこには見たくもない見飽きた顔が、こちらを見もせずに待っていた。

 ブライアン公爵は見目麗しゅう容姿そのままに、印象最悪の態度で椅子に座ったままであった。

 先に茶菓子に手をつけ、足を組んで、片手で本を開いてそのまま。たった今来訪した私の方に見向きもしない。


 ふむ。途中審査ポイントマイナス30点。


「お初にお目にかかりますわ。私、モブキヤーラ家の長女ジミーナと申し──」

「さっさと座りたまえ」


 ほう、マイナス40点。


「失礼しますわ」


 対面の席に着く。


「本日は急な面会をお頼みしてごめんなさい。ブライアン公爵の高名はかねがね伺っており、ぜひにも一度──」

「少し黙っていてくれたまえ。今良い所なんだ」


 どうせ本なんか読んだってバカなんだから止めたら~?マイナス50点。


 待つ事数分。ブライアンはパタンと本を閉じてやっと顔を上げた。


「お待たせした。あー、君は誰だ?」


 認知症か己は!と、ツッコミそうになるのをぐっと堪える。


「オハツニオメニカカリマスワ、ワタシ、モブキヤーラケノチョウジョジミーナトモウシマスワ」


 あまりに萎えてしまい魂の抜けた挨拶をするとブライアンは面白くもなさそうに


「そうか」


 とだけ頷いた。


 この野郎。素っ気ないキャラや冷たい恐い系のキャラは、実は凄く優しくて綺麗な心の持ち主パターンがキュンとするのに、こいつには一ミリもない。つまり最悪。


「ブライアン様。私、実はブライアン様の数々の功績に大変感銘を受けまして、ぜひにもお祝いの場を設けたいと思うのです」

「なに?」

「いかがでしょうか?大勢の有力貴族の方々にも来て頂けるように手配しておりますが」

「······」

「先月のガルゴン団の捕縛、それにムノー男爵の外国商癒着事件のお手柄も、世間にあまり浸透しておりません。これを期に多くの人に知ってもらい、公爵家が国家の中枢において重要だという事を改めて周知してはいかがでしょうか?」


 エイミーの暴走によって引き起こされる事件イベントの数々は、ブライアンの職権乱用により解決されているが、それを反公爵派の貴族達が情報統制しており、世間にはお手柄は知られてない。

 まあ、手柄と言うべきか隠蔽紛いの独自裁定であるが。



 ゲームの中のブライアンは野心的だった。これまでの境遇からか、とにかく自身が優れている事やこの国の重要人物であることを周知させようと貪欲だった。


 要は承認欲求の権化。クールぶっておきながらダサい思考回路だ。

 まあ、トゥルーエンドルートではその思考をエイミーが無理矢理に治すのだが。

 しかし、今はまだ未熟な状態のはず。いや、トゥルーエンドの最後の三行以外は全て未熟なはずなのだ。この餌に食いつくはずだ。



「悪くないな」


 かかったな、アホう!


「貴族の中には我が公爵家に反発している者も多い。この辺りで当家の力や有用性を知らしめておくべきだな」

「ええ、その通りですわ」

「しかし、本当に出来るのか?お前みたいな地味な女に」


 よし。

 マイナス100点満点だ。ギルティ。


「もちろんですわ。あ、ただ、一つ申しあげておかねばならない事があります」

「なんだ?」

「この催しは侯爵家の力がないと出来ません。ご存知のように侯爵家は反公爵派と公爵家の架け橋の役割を持っていましたから。侯爵家が呼び掛けることによって反対派の貴族を一堂に集める事が出来ると考えます」

「成る程」

「上手くいけば反対派貴族らとも和解出来るかもしれませんよ?」

「和解なんて望んでない。あいつらが僕に頭を下げにくる事を望む」


 すごいな。ゲームのエイミー補正がないとここまでクズ思想を露にするのか。


「かしこまりました。では、こちらの方で上手く手を回して謝罪文を読み上げる場も作りましょう」

「ああ。しかし、侯爵家の力が必要となるとイザベラも居るのか」

「ええ」

「あの我が儘女には近づいて欲しくないんだがな。僕に協力するのは婚約者なら当たり前なのに、それをさも尽くしてやってるみたいな態度で接してきたのは煩わしかった。エイミーのような可愛げが無いから仕事だけは任せようと思っていたのにな」


 ああー、やべぇ。

 マジでこの場でビンタしたい。

 私よ怒りを鎮めろ。ここは我慢だ。

 こいつを料理するのは後でじっくりとだ。


「心配いりませんわ。イザベラ嬢もかなり反省しているようですし」

「ふーん。ま、当然は当然だがな」

「むしろ当日は謝罪の言葉を述べるつもりになっております」

「それも良いが、その場で頭から水でも被って床に這いつくばってくれたりしないかな」


 堪えろ!私の拳!今反射的に飛びそうになっが堪えるんだ!


 ブライアン恐るべし。まさかこれだけヘイトを高める事の出来る奴だったとは。

 つくづくこいつがメイン攻略対象なのが理解出来ん。それ故ゲテモノと呼ばれるんだな饗ネメは。



 その後、数分間の対談を経て私は帰る事にした。


「では長々と失礼いたしました。予定の詳細はまた後日に手紙でお送りします」

「そうか。あ、イザベラにはくれぐれも慎むように言っておいてくれたまえ」

「ええ、もちろん」


 ブライアンはイザベラへの侮辱の言葉の数々は述べたものの、同情の言葉は一言も言いはしなかった。

 自分の身勝手さが一人の女の子を悪女に仕立てあげ、周りに多大な迷惑をかけているとも理解出来ず、爵位にこだわってふんぞり返る。顔がイケメンになっただけの無能クソカスオヤジ上司となんら変わらない。


 私は屋敷の扉から出て一人になり、振り返ってその居城を見上げて決意の呟きをした。


「ブライアンよ、キサマには感謝するぞ。キサマが少しでも良い奴なら私も罪悪感を覚えたろう。だが、これで心おきなくキサマを(なぶ)れる」

「旦那様に何を感謝してるんですかー?」

「のひょおおおっ!?」


 だ、誰だ!いきなり真後ろから元気な声を上げるのは!私の強キャラセルフセリフを聞いたのは!?


「って······え、エイミー?」

「あれ?私の名前ご存知なんですか?」


 なんと私の目の前にあのおバカ主人公エイミーが居るではないか。メイド服を着ている。まだブライアンとの正式な婚約イベントが終わってない時期ということが、その格好から分かった。


「お見かけしないお客様。ごめんなさい。私は貴方の事知らなくて」


 そう言ってペコリと頭を下げるエイミー。ふわふわな栗色ポニーテールが甘い香りと共に揺れた。


 エイミーがニコリと笑う。


「いらっしゃいませ、公爵邸へ。何かご用ですか?」

「あ、いえ。今用が済んで帰るところですわ」

「そうだったんですね?ごめんなさい、知らなくて」

「いえ。あ、私ジミーナ・モブキヤーラと申します。以後お見知りおきを」

「ジミーナさんですねっ。私エイミーです」


 そうして、また人懐っこい笑顔を一杯にするエイミー。


 やはりというか、この子は非常に愛嬌があって可愛い顔をしている。それに性格は真っ直ぐだ。


 真っ直ぐすぎて直情すぎるので、それが問題なのだが······。


「エイミーさん。貴方は最近ひどい目に合わされていたと聞いたけど大丈夫だったのかしら?」

「はいっ。なんやかんやあって今は大丈夫です」

「そう。聞くところによると性悪な令嬢に嫌がらせを受けたらしいじゃない」

「はい。でも、イザベラさんは本当は悪い人じゃないんです!少しがんばり屋なだけで、悪い人じゃないんです!私がドジばっかりしてたから少し怒っちゃっただけなんです!」

「そうなの?」

「はい!色々あったけどイザベラさんの事は全然恨んでいません!」


 なんとも言えない複雑な気持ち。

 正直言うとエイミーのせいで起こった事件も多いので、もう少し自覚は持ってほしいが、やはりというか性格は聖人君子タイプだ。


 エイミーは裁きから外してやろう。まあ、代わりに少々辛い目にはあってもらうかもしれんが。


「そうなのね。なら今の言葉を私からイザベラさんにも伝えてあげるわね。もう恨んでもないし、悪くも思ってないって」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「いいのよ。じゃ、また」

「はいっ」



 礼儀正しく頭を下げるエイミーに見送られながら私は馬車に入り、公爵邸を後にした。



 さて、これからイザベラの所に行かなくては。



お疲れ様です。次話に続きます。

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