第四話 『転移者』
「僕は所謂――『地球』という太陽系の惑星から来た人間……ということだよ」
異世界転移や異世界転生物というものは普通、物語の中盤あたりに同じ境遇の人間がいると発覚するものだが、あの魔法使いのような女性の次、この世界で遭遇した二人目の人間が、すでに異世界人ではなく、まさに同類だったなんて誰に話しても信じられないだろう(というか異世界転移したなんて信じてもらえないけれども)。
「僕はお兄さんで三人目だよ、同類と出会うというのは」
「俺とお前以外にもいるのか?」
「いるみたい――それぞれ啓示は違うけどもね」
「啓示?」
「そんなことよりお前呼びはやめてよ、僕はこう見えてもメンタルが弱いんだ。それに初対面でお前呼びってのはどうかと思うよ、仲良くなってれば別だけどもね」
やっぱりお前呼びはおかしかったか、でも今更やめるのもなんだか気恥ずかしい。
「さっきのお前の様子、メンタルが弱そうには見えなかったけどな、メンタルが弱いというか、こっちのメンタルをブレイクするかの如く迫ってきてたけどな」
とは言っても『恐い恐い』って言ってたような……あれはいったいなんだったのだろうか。
「お前って言うのやめてっていったよね……」
僕は二度目が嫌いなんだよ――少年がそういうと、最初の時と同じようにどす黒いオーラが矮小な身体から滲み出る。
「この世界っていいよね、何やっても許される。僕達がいた世界ではさ、人を殺せば重罪人だ。まあ、この世界でも人を殺せば重罪人だろうけど、それは捕まってしまえばという話。バレなければ犯罪じゃないみたいなことさ。それに監視の目が違う。町から少し離れれば、何をやっても不注意だったそいつのせいだ。お兄さん――この意味分かる?」
忘れていた。俺はこいつに殺されるところだったんだ。
とりあえず弁明を試みよう。
「名前が分からないんじゃ、仕方ないと思う! 俺はもともと人と会話するのが得意じゃないし、それに君だって俺に敬語を使ってないじゃないか!」
「それも、そうだね、僕が悪かったよ」
っぶねえ、回避したぞ、俺って意外と思った以上に話術あるんじゃないか、読心術とか習ってみようかな。
いや誰にだよ。
読心術どころか本当に頭の中を読める人は知っているけれども。
「いいんだいいんだ。それじゃ、名前を教えてくれないかな?」
試しに名前を訊いてみた。ここのところ、名前を訊くという行為そのものが失敗に終わっているが、俺の中にも一つの仮説が出来たところでもある。それは、魔術師とか魔法使いとかそういう類の人間に当てはまるのではないだろうか、ということである。この仮説が当たっているのであれば、この美少年も……いや、どう考えても普通の人じゃなかった!
そうだ、普通の人間が、さっきみたいな黒いオーラを身に纏うわけがないじゃないか、俺としたことが、感覚がマヒしていた。
「須羽良聖瑠だよ。必須の須に、羽で良い。そして聖と瑠璃色の瑠で須羽良聖瑠」
ここまで丁寧に自己紹介をしてもらうのは初めてだったということもあったが、名前を訊いて答えが返ってきたことに驚愕してしまい、開いた口が塞がらなかった。
「お兄さん、まるで初めて自己紹介を目にしたような顔してどうしたんだい? それか名前を訊いて初めて答えが返ってきたみたいな顔だ」
「俺って今、そんな具体的な顔してる!?」
ズバリ当てている。
もしかしたら、あの女性は俺の心を読んでいるのではなく、俺の顔からこちらの考えを見透かしていたのかもしれない。
「じゃあ、須羽良君? 呼び捨てでもいいのか?」
「呼び捨てで問題ないよ、でも姓名では呼んで欲しくないかな、聖瑠――と呼んで欲しい」
俺はうなずく。
「お兄さんは? お兄さんの名前、知りたいな」
「俺は……王原宝道。王様の王に原っぱの原。宝の道で王原宝道」
「いい名前だね、お兄さんらしくないけれど」
はいはい、名前負けですよ。
それにしても、最初の殺気はどこ吹く風で、普通に会話している。会話ができているということは、俺の体質外というわけだが、それ以前になぜ殺気が消えたのか、短気だが、その分で怒りもすぐ静まるということなのだろうか。
恐い、初めにそう言ってた。
何かに怯えている……のか。
「聖瑠、君と会った時になぜ俺を殺そうとした」
「僕がお兄さんを……殺そうとした?」
何の冗談だい、と聖瑠は言った。
初対面のうちから通り魔の如く俺を殺そうとしていたのは確かだが、本人が分からないとなると、質問して余計にややこしくなっただけだ。
「俺を殺そうとした、そして君は何かに怯えていた。なんなのかは分からないけれど」
「ああ、そうか、僕は怯えていたんだね。なら冗談でもなんでもない、冗談抜きというわけだ。あまり、こういう話はしない方がいいのだけど、人畜無害そうなお兄さんになら話してもいいかな」
それはそうなのだろうけれど、俺の評価酷くないか。
「僕の役割は『恐怖』。詳細までは明かせないけど、恐怖している間は、制御が全くと言っていいほど効かないんだ。まるでブレーキが故障した車のように歯止めがきかなくなるんだ。もちろん、僕はその間、僕という意識は明後日の空さ」
ロール……どういうことだろう。そんなもの俺は全くと言っていいほど知らない。
どういうことなのだろうと思案していると、聖瑠が俺の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? ロールの話、僕達は転移者としての責務があるからね」
「ロールも責務も俺にはないぞ……」
「ない――?」
眼前にいる聖瑠の綺麗な顔が強張る。
「お兄さん、それこそ冗談だよね。確かにお兄さんのその恰好とか気の合う会話というのは本来、僕がいた世界の住人として差し支えないけれど、僕が会ってきた転移者というものは少なからず、ロールというものが当て嵌められているはずなんだ」
――これは僕に限った話ではない。
しかし、俺にはない。この違いは一体どういうことなのだろうか。
「お兄さんのこの世界に来る前、つまり前の世界の話を訊いてもいいかな」
「それは別に構わないけど、なぜさっきから臨戦態勢のようなものを取っているんだ? 落ち着かないからやめて欲しいんだけど」
「いや、いいんだ。何かをするというわけではない。状況次第と言ったところだ」
「それだと、何かをしますと言っているようなもんだろ、まあいいよ」
俺はここに来るまでのサクセスストーリーならぬバッドストーリーを事細かに伝えた。
ちなみに秋ノ原との出会いや詳細は念のため避けた。
「お兄さん、どーてーでしょ」
なぜバレた!
というか、あの話からどうやってそうなった。
しかしマセガキのくせしてよくも大人をバカにしよって。
「童貞で悪かったな、お前もだろ」
「お前って言うなよ」
「ごめん!」
すわ、殴りかかろうとしていたので思わず謝ってしまった。確実に悪いのは聖瑠の方だっていうのに。
「すぐに謝れる人は好きだよ、それに僕はどーてーじゃないよ……」
さらっとすごいこと言ったな……見た目は確かに中学生なんだけれども。
あまり深堀はしないでおこう。
「改めて、お兄さんの話を聞いて分かったことがあるんだ」
聖瑠はなんだか申し訳なさそうにしている。
それがなんだか俺の背中に悪寒を走らせていた。
「お兄さんは悪くないだろうし、可哀想な人種だとも思うよ」
俺は日本人ではなく、別の人種なのか。
「でもね、お兄さんと僕とでは決定的な違いがあるんだ」
決定的な違い……ロールがない、ということではないのか。
聖瑠のこれまで何があったのかという話は聞いていないので違いとなると、俺にはそれしか考えられない。
「それもあるけれど……絶望をしていない、ということ」
俺を見るなり聖瑠は同情する目をしていた。
それと同じくらい、羨ましそうに俺を見ていた。羨望のまなざしを向けていた。
「そういう考え方もあったんだね」
森はがらんどう。まるで俺と聖瑠だけがこの森にいるみたいな静けさだ。
お互いがお互いを見つめ合い、その時の静寂は、森の静けさをより助長した。
「ごめん、お兄さん。もしかしたら僕達は――敵同士、なのかもしれない」
そんな静かな森で、ドラゴンの咆哮だけがこだました。