第三話 『世界樹の森』
俺には友達ができたことがない。
これを理解できる人がこの世にどれだけいるのか計り知れない。
昔の話だ。恐竜図鑑を学校の図書館で手に取った。適当に開いたページには狂気的なほど恐い、正に恐竜というあまりにも独特なフォルムの生き物が見開き二ページでどんと構えていた。男心をくすぐるその恐竜は、現代の生き物の面影を少しだけ残しながらも、その孤高と言って差し支えない姿はとてもかっこよく思えた。それと同時に、群れを作らないその恐竜は、俺とは同じなようで同じではないと思ったのだ。
何が言いたいのかと言えば、つまり『この体質』は絶対になにかおかしいということである。
自分から関わらないとしているわけではない。他人から意図的に無視されているというわけでもない。なら何が原因なのか、それは宇宙に存在するダークマターのように、何らかの力が俺に影響を及ぼしているとしか思えない。
あの時も、あの時も、あの時も……あの時もだし、あの時もだ。
だから、その正体を知った今、「あぁ、そんなことか」と納得するよりも先に、くそったれとよくやったをこれまでの人生に叱咤と激励をお見舞いしたいところである。
まあ、それをしたところで、今いる場所は異世界なのだけれども。
※ ※ ※
「きみに触れた時に、ふと疑問に思ったことがあるのだけど……」
出会ってから今まで、名前も知らない謎めいたその女性は、顎に手を当てて俺を舐めまわすように見ていた。
「もういち――」
「断る」
「まだ最後まで言ってないじゃないか、まあ、きみが想像している通りではあるけどもね」
女性は「不思議だ」と言ってやはり俺を矯めつ眇めつ見ていた。
「人間は少なくとも他人を認識するときに、その気配を察知するようにできている。もちろん、それをしなくとも実物を目にすればそれが『人』であることなど視覚からで充分だ。けれどきみに至ってはどうだろう……きみは心を通じ合わせることができにくくなっている。体の構造がそうなっている……としか言いようがない」
それに続いて、少し女性は思案した後に言った。
「ずばり、きみは魔術師ひいてはその素質のある人間としかろくに会話をしたことがない、そうじゃないかい?」
「それはどういう、いや、言われてみると確かに……記憶を見れるってさっき言ってたよな、それで見たというわけではない?」
「はは、記憶を見れると言っても隅々まで見れるというわけではないよ、でどうなんだい?」
「魔術師のような人とは話したけれども、秋ノ原がその『素質のある』人間なら当たっているのかも……?」
「ほらね、それにきみは自分が思っているほど口下手ではないし、過小評価もいいところだよホドウ、きみに落ち度があったわけではない、その体質のせいだ、もっと自信を持った方がいい」
俺はなんだか泣きそうになったので、女性に背中を向けた。
まさかここで本当に体質だったと気づくとは、まさにこれぞ青天の霹靂。
「で、この体を治すことはできるのか?」
震える声を我慢して女性に問う。
「無理だろうね、けれど安心はできる。なにせこの世界には魔術師としての素質をもつ人間しか存在しない、きみを存外に扱う人はほとんどいないだろうね」
「そっか……ありがとう」
「お礼を言いたいのはこっちだよホドウ、きみと会えて本当に良かった……そろそろお別れかな」
「え?」
俺が振り返ると、女性は箒に乗って頭上を飛んでいた。
出会いも一瞬だが、別れも一瞬ということなのだろう。あいつらしいなと思い、俺は大きく手を振る。
「ホドウ、きみとはもう一度会う気がするよ! その時はまた私がきみの力になろう、私の名前もその時までお預けだ!」
飛行機雲のようにキラキラと光る尾を引いて、名前の知らない女性は去って行った。
「でも流石にどこからいけばいいのかは教えて欲しかったんだけど……」
俺は女性を見送った後、とりあえず適当に始まりの丘を後にした。
※ ※ ※
――そして今に至る。
無事に遭難した俺は、お腹がペコペコのなか、何を食べていいのか分からないこの森の中で(そもそも元の世界でも森の中でなにを食べていいのか分からない)食糧難に陥り、餓死寸前とは言わないまでも、このままでは死ぬのではという危機感に苛まれていた。
しかし、ある人影を見たのでこれはチャンスだと藁にも縋る思いで追いかけてみるとどうだろう。
「お前を殺す――」
この有様である。つまり、俺は殺意を向けられているということ、それ以外の何物でもない。
話しかけるタイミングをミスったとかそういうんじゃ到底ない。大便中に話しかけたらこうなるのかもしれないけれども、そうじゃない。つまりは純粋に頭のいかれたデンジャラスボーイという事になる。
「ああ、こわい、怖い、恐い コワい」
後ろ姿は至って普通の少年のように思える。中学生ぐらいだろう。けれどいざ正面からその全体像を見ると、綺麗な黒髪で中性的な顔立ちの美少年だ。学校の制服のようなものを着ていて、学生帽も身に着けていた。一つ、おかしな点をあげるとするならば、それは体中にまとわりつくどす黒くて不穏なオーラだ。実際に目に映っているこの黒色のオーラは何とも禍々しくまるで――恐怖してしまいそうだ。
「あのー、刺激するつもりはなかったんです、はい。ワズウェル・ワズウェイって知ってますか? なんて……」
少年は俺の問いを無視するように、自分の身体を抱いて、何かに怯えるように俺を睨んだ。
「えーと……逃げます!」
ここは異世界であるにも関わらず、学生服を着ているという事実に驚くよりも、血気迫る少年から逃げることの方がまずは最優先だ。
とは言ったものの、全速力のつもりが、すでに少年は俺の目の前にいた。
今の一瞬で――回り込まれたのだ。
「お兄さん、逃げないでよ。逃げるということがどんなに愚かなことか分かるのかな、僕にはそれがどれだけ残酷で、どれだけ卑怯で、どれだけ恐いことなのか――身に染みて分かってるんだよ」
まずい、あの時と一緒だ。どこぞのヒステリックシスターに殺されそうになった時と一緒。俺は今、窮地に立たされている。
「………………あれ、僕は何を」
途端に少年はそう言うと、全身から出ていた黒いオーラが消え失せ、表情は穏やかになり、殺気が消えた。
「誰――?」
「え、俺?」
「お兄さん以外に誰がいるのさこの森に」
何が起きているのか、怒涛な展開に急な展開を挟んでくるとは緩急も糞もない。
「待って、お兄さんその恰好、ひょっとしてこの世界の住人ではない?」
という事は……。
「君もこの世界の生まれじゃないのか?」
「まさしくそうだね、世界樹の森に来たのはお兄さんに出会うためだったのかな」
「世界樹の森?」
「この森の名前だよ、迷いの森とも呼ばれているらしいけれど」
世界樹の森、迷いの森。
まさしく王道ファンタジーって感じがする。
「それじゃ、少し話をしようじゃないか」
そう言うと、少年は乱れた襟を正した。
最初の舞台をまずはどこにするか悩んだ結果、世界樹の森になったんですよね。
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