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誰かと、此の異世界で溺れたい。  作者: かたつ無理
第一章 『天使はそれでも人を愛す』
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第一話  『異世界』

本編です!

 人は人と共存する。人以外の生物は、自然と共存する。もちろん、例外はある。地球はどうだろうか、地球は孤独なのだろうか、月は地球と共存しているのか。

 それを知るのは、他でもない私達が入る生命の容器、地球そのもの――つまり世界だけだ。

 私達が理解できるのは、現象だけであり、世界は私達に寄りかかることはなく、常に隣り合わせではない。けれども、私達は世界がすぐそばにあると知っている。それを理解できているのに、対話も試みることはできない。

 ――人間がどう働きかけても、観測することができるのは現象だけだ。それがどうだろう、その原則はいまや一顧だにされず、定説は覆された。

 鳥は空を飛ぶ。分かる。魚は水中を泳ぐ。分かる。人は頭を使う。分かる。これらの当たり前が、生物にとっての当たり前であるのは当然だ。

 しかし、それが――異世界にとって当たり前なのかと問われることがあるとするならば、答えは否である。

 空気の味、水の味、そのほんの僅かな違いに気づける人間がいるだろう。日々の表情や呼吸、容姿、それらの違いに気づける人間がいる。そんな人たちは皆、その天才性を見て、世界と呼応しているように感じるだろう。しかし、そんなものは生命の領域に過ぎないのだ。

 たとえば魔法――。

 人が夢見る形、神秘の在り様と起源。どちらにも結び付く永遠の憧れ。人の願いの具現とも言える魔法は、まさに世界と呼応していると言わざるを得ない。

 それがあるかないかが――この世界と異世界の違いなのだろう。


 人間から世界と対話することはないが、世界は世界と対話をすることがある。私達が、そんな世界という容器に囚われる籠の鳥なのだとしたら、彼は籠から取り出された、今までとは全く異なる世界を見る――籠の雛なのだろう。


※ ※ ※


 ――落下している。

 そう気づいた時にはすでに遅かった。風を裂くように体は下へ下へと落下の一途を辿っている。


「うわあああ!!」


 情けない声を発しているはずだが、自分にはその声は聞こえない。大草原だけが俺を見ている。俺もそれを見ている。緑が近づいてくる。俺が近づいている。

 考えうる解決策を見出そうとするが、何も思いつかない。普通の人間はスーパーマンのように空を自由には飛べないのだ。どうあがいてもそのまま地面に落下して死ぬだろう。

 ああ、終わったなと目を閉じた。しかし、ただでは死なないと、昔に本でみた五点着地の姿勢を取った。なんとも馬鹿々々しい。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、神様仏様――」


 もう訳が分からなくなって適当な言葉を発する。神様はいないとついさっき言われたばっかりだが、やはり死ぬ間際ではなんでもいいから縋るのが人間なのだろう。


「秋ノ原――!」


「誰だい? そのアキノハラってのは」


「え……?」


 女性の声が聞こえ、目を開けると、目の前には薄い緑色のひとまとめに結った長い髪と女性らしい華奢な背中があった。突然のことに驚きを隠せない。俺は箒に跨り、女性と空を飛んでいた。


「いやあ、驚いたよね、こんな上空から落下してる人間がいるなんて、私の人生で一回たりとも経験したことはないよ」


 軽快に喋る、この女性は自在に箒を操っている。


「あのおおおお?」


 途端に箒の速度が上がり、戦闘機パイロット顔負けの飛行技術で飛んだ。俺は思わず女性の上半身にしがみつく。


「うわあああ、ちょ、ああああああ!」


 揺さぶれる体。けれど不思議なことに箒から落ちそうになる気配はしない。


「乗り心地はどうかな?」


 女性は淡々と質問をしてくる。乗り心地というよりも、これは飛行の問題だ。少しも心が休まらない。


「はは、そうかいそうかい、少しスピードを落とそう」


 良かった……ってあれ? 今、俺って喋ってたっけ?


「時に……きみは何をしてたんだい? 私の知る人間は普通、こんな上空から飛び降りないはずだ」


「俺は……」


 あまりいい説明が思いつかない。そもそもここが、俺の知る世界ではないと決まったわけではないのだ。猫遊さんとかそういう類の人も見てきている。そう考えるに箒で空を飛ぶ魔女だって俺の知る世界にいてもおかしくはない。


「気づいたら落下してました……」


「なにそれ」


 女性の声音がさっきよりも重々しく変わった。なにかまずいことを言ったのだろうか。


「つまり、君は転移してきたってことだね……こりゃまいった」


「えっと、それはまだ分からなくて――」


「いや、転移しているね。その証拠にきみは今まさに、私に触れている、厳密には触れることが出来ているということ。きみの服装を私は知らない見たことないということ。落下していたということ。これだけ証拠が揃ったら、証拠不十分ならぬ証拠十分といったところだね」


 ということは、本当に俺は異世界に来たのか……思えばそうだ。こんなに神秘的な世界を――俺は見たことがないじゃないか。

 広大な草原。多種多様な生物。あまりにも巨大な岩。空の色は赤みがかった青にも見えて、まさにそこは空想の世界。詭弁ではない正真正銘の非現実という現実が、俺とこの女性を中心に四方八方に広がっていた。こんな景色は夢にだって見ることはできないだろう。

 ――それに。


「右を見て、ドラゴンだ。すごいね、きみ運がいいよ。ドラゴンはめったにお目にかかれない」


 ドラゴンがいた。竜とも言われる物語上のお約束は、この世界にはうそぶくように実在していた。そのドラゴンの丹青とした全身の鱗が、太陽の光を反射させ、空の色は赤みがかって見えていたようだ。


「きみの世界にはドラゴンはいないみたいだね。けれどこのドラゴンは紛れもなくドラゴンだと知っている……とても妙な世界だね」


 妙な世界。本当にそういうものが実在している世界から見ると、俺のいた世界はそう感じるのだろう。


「あのドラゴンは深手を負っているようだ。羽を休めに来たんだろうね。あの方向は世界樹のある場所だ。ドラゴンっていうのは帰巣本能のように、魔力が集まるところに向かって移動し体力を回復させる。世界樹は地中の魔力が最も集まる場所……それにしてもドラゴンにあそこまでの傷をつけたのは誰だろうね」


 世界樹というと、確かに天を衝くほどの(というか貫いてる)太い木が紛れもなく荘厳に佇んでいた。その方向にドラゴンは向かっているらしい。


「きみはこれからどうするんだい?」


「え……?」


 そんなこと考えていなかった。漫画やゲームだとどうしてるんだ、転移した人って――このままこの人についていくとか……。


「それはごめん、無理だね――」


「いや、俺まだなにも言ってない……です」


「ん、きみはこう考えたはずだ「この人についていく」って、私は生き物がなにを考えているのかが分かるんだよ」


 生命のあるもの限定だけどね、と女性は言った。しかし本当にそんなことが可能なのだろうか……それは魔術というよりも魔法のように感じる。元いた世界では猫遊さんには強く否定されたが、この世界には魔法はあるのかもしれない。


「魔法……」


 そう言うと女性は、その翡翠のような綺麗な髪を靡かせて、振り向いた。髪の一本一本が、光を反射させ煌めき、それが宝石のようにも見えた。


「きみの目は綺麗だな……まるで吸い込まれそうだ」


 吐息が聞こえるほど近づいた顔は、後ろ姿だけでは分からなかったが、想像を絶するぐらいに綺麗で、世界で一番の美女なのではないかと疑ってしまえるほどだった。


「失礼だが、そこまで褒められると私も照れる」


「いや、その、そんなつもりはなくてですねえ!」


「いや、いいんだ……きみには悪意を感じられないしね。時に――きみはこの世界をどう思う?」


 再び女性は前を向き――上空へ飛んだ。次第に箒はスピードを増し、大気圏を超えるのではと思う程、上へ上へと進んでいく。


「そ、その、待ってください! 死ぬ……死ぬ!」


 すると箒はピタっとその場を停止した。慣性の法則を無視した急停止を訝しむ暇もなく、俺は下を見下ろした。


「綺麗……だ」


 そこにはアームストロングもびっくりの美しい多色な星が垣間見えた。地球は青かったと元の世界では言われていたが、この世界は青という一色では表現しきれなかった。


「この世界では『月明かり』と呼ばれるマナが星を覆うことで、光はそのマナと屈折し、肉眼では多彩な色を放つ星に見えるのだよ」


 女性は俺の思っていることを見透かすように(というか見透かされてる)、疑問に対する答えを的確に指摘した。


「きみのことは大体分かった。人という儚い存在は、とても複雑だが……これだけは単純だ――目が美しくなければ、心が美しくなければ、人間はそれが美しいとは感じない。きみがこの世界を美しいと捉えるのならば、きっときみの目も心も美しいのだろう。とかいう私は、この世界を美しいとは到底思えないのだけどね」


 何か、憎悪の視線を星を見ながら女性はした。


「あ、そういえば……」


「なんだい?」


 まてよ、いいのか? 名前を訊こうとしたが、過去に二度も変人扱いをされたのだ。そう簡単にまた訊いていいものなのだろうか……。


「ははは、きみはおかしなことを言うね」


 やっぱり、名前を訊いていいんだ! そもそも名前を訊いたらダメだなんてそんなことありえないんだ。俺が義務教育で学んだことはやはり、当たっていた。初対面の人と話すときはまず名前からなんだよな!


「普通、安易に名前は訊いちゃいけないよ、ははは」


「あ、やっぱりそうなんですね」


 俺は腑に落ちないまま、またあの上空へと戻るのであった。

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