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序章Ⅴ

プロローグはこれで最後です!

 携帯が鳴った。確認しなくても秋ノ原だと分かった。俺は『もう会えない』と言って通話を切った。これでいいこれが正しい。深く関わっていると、秋ノ原も始末の対象となってしまうと考えたからだ。

 俺は家を後にし、小さいころによく行った海岸を訪れた。ここは景色が綺麗だ。ふと、携帯を見ると、最後に見た日付から三日間が経っていた。秋ノ原もデートして三日も音信不通だと、流石に心配するよな。

 暗い海を眺めていると、次第に赤い光が空を覆った。空と海の境界線から朝日が昇る。

 俺はここの朝日が好きだ。温かくて、それがどこか人肌にも似ていた。友達もいないから、一人でここに朝一番に来ては朝日を見てたっけ。


「見つけた……」


 後ろから聞いたことのある声が聞こえた。優しい鈴の音のような声音は紛れもなく……。


「秋ノ原!? どうしてここに!」


 秋ノ原は、一目で部屋着だと分かる服装で立っていた。

 このままだと相当まずい状況なのだが、俺はそんなことよりも、目の前に秋ノ原がいるという事実が嬉しくて堪らなかった。


「私、怒ってるんですけど……何も事情を話さないで、もう会えないってだけで納得すると思った? ていうか、なんでそんなにボロボロなの!?」


「いや、これは……というか、それはそうなんだけど、どうやってここだって分かったんだ?」


「それは……なんとなくだよ」


 秋ノ原は今すぐにでも泣き出しそうに俺を見ていた。よく見ると目がやんわりと赤く腫れていた。今ならこれがどういう感情なのかが俺にも分かった。これは寂しかったということなのだろう。

 秋ノ原は「いいよ、もう」と言って、何も言わずに右足の傷口をハンカチで処置してくれた。薄いピンク色のハンカチが右足の傷を覆う。俺がお礼を言うと、秋ノ原は堤防沿いを歩き始めた。


「危ないよ」


 俺の忠告を無視して秋ノ原は続ける。


「王原君は溺れたことある?」


 秋ノ原は、その綺麗な横顔からでも分かるぐらいに、真剣な表情をしていた。


「あるよ、その時は誰も助けてくれなかったけど、運よく生きてる」


「え、私も溺れたことあるけど、私より酷いのやめてよ」


 そういうとこあるよね、と秋ノ原は笑って見せる。


「まあ、俺のことはいいんだよ、その話、聞かせて」


「溺れてるときにさ、どうにか水面に出ようと必死だった。誰かに助けを求めても、水中からは誰も応えてくれないんだ」


 秋ノ原はそこで立ち止まって海を眺めた。眩しそうに手で朝日を抑える。俺も立ち止まり、秋ノ原の小さな背中を見た。


「私は前も後ろも、上も下も何も分からなくなって、その時に光が見えたの。私にはそれが希望に見えた。その光を掴もうと全力で泳いでいたら、異変に気づいたお父さんが助けてくれたんだ」


 秋ノ原はくるりと朝日を背に俺の方に顔を向けた。


「溺れるって、何かに没頭するってことじゃないかな、希望に向かって必死に藻掻くの」


 風が吹く。風は俺達を中心に通りすぎた。その風で秋ノ原の綺麗な髪がなびく。


「王原君は溺れたことある?」


 だとしたら、俺は溺れたことがない……のかもしれない。


「私はある。今も溺れてる」


 剣呑とした秋ノ原の表情は、あのクリスマスの時に見た、どこか寂しそうな表情に似ていた。


「私、声優の養成所に通ってるんだ。本当は専門学校に通うつもりだったんだけど両親が大反対でさ、大学通いながらバイトして、声優になるために頑張ってたんだけど……私のまわりの人達は次々に結果を出していて、自分には才能がないのかなって思ってたんだ」


「そんなことない!」


 うわっと秋ノ原が驚いて堤防から落ちそうになった。俺はすぐに秋ノ原の手を取り、続けた。


「秋ノ原はすごいんだ、俺なんかちっぽけに思えるほど、君はすごい」


「それだと、すごいってことしか分からないよ……」


 ふふ、と秋ノ原は笑う。


「ああ、えっと……こんな朴念仁で昼行灯のふざけた俺のことを気にかけてくれて、君と出会ったことで、こんな俺でも変われるって思ったんだ、こんな俺でも、必死になれるって、俺でもなにかに……溺れることができるって思えたんだ……」


「うん、ありがとう、けど、まだ続きがあるんだ」


 秋ノ原は堤防から降りて、俺の目をまっすぐと見た。


「王原君と初めて話したときのこと、王原君は覚えてないかもしれないけど、私は委員長だったからね、ずっと一人でいる君を気にかけてた。私が初めて王原君に話しかけたとき、君はびっくりしてたけど「声、綺麗ですね」って褒めてくれたんだ、当時の私はこの声をコンプレックスとしか思っていなかったんだけど、それを気に、自分の声が好きになった、私の夢が見つかった」


 まだつながっていた秋ノ原の手に、ぎゅっと力がこもる。


「そこで声優を目指して、今まで頑張ってきて、挫折一歩手前でまた君と出会った。あのクリスマスの日に君と話したら、あの初めて話した日のことを思い出して、まだ頑張れるって思えた。王原君は私のことをすごいって言ってくれたけど、私から言わせれば、君もすごいんだよ」


 俺がすごい……なんてこと、初めて言われた。途端に俺は、俺が無意識に抑えていた感情がプツンと切れて、溢れ出した。


「昔から、ずっと一人が普通なんだって言い聞かせてきた。俺も誰かと遊びたかったし、誰かと話し合いたかった。けど、俺にはそれができないことが普通なんだって言い含めてきた。自分自身を騙して日々を生きてきた。俺は不幸なのが普通なんだって、俺は何もない空っぽなんだって思ってた。秋ノ原と会えて、それが違うって分かった。秋ノ原と話せて、俺にも必死になれることがあるって分かった。だから……」


 ――また会おう。

 気づかぬうちに、俺の顔は涙でいっぱいになっていた。


「だから……?」


 秋ノ原は、続きを訊いてきた。俺は一瞬、口を噤む。


「秋ノ原……」


 ん、と秋ノ原は返事を待つ。


「もう会えないかもしれないんだ」


 驚いた表情で「なんで?」と秋ノ原は言った。全ては伝えられない。今こうして会っていることも本当は危険だ。


「けど、絶対に……会いに来るから、君に、秋ノ原虎路に会いに行くから、それまで待ってて欲しい……」


「分かった――」


 秋ノ原はあまりにもあっさり承諾した。俺は「え?」と言って後ずさった時に、手をつないでいたことをふと思い出した。うわあ、と秋ノ原から離れる。


「ええ、王原君、それはそれで失礼だよ! うわあはないでしょ!」


「それもそうだね! えっとごめん!」


 そう言って、顔を見合わせる。俺達はお互い、さっきの雰囲気を壊すくらい笑った。


「で、いつなの、どこかに行くんでしょ?」


 ひとしきり笑ったあとに秋ノ原は訊いてきた。


「えっと、もうすぐらしいんだけど……」


「そっか、じゃあ、私は帰ろうかな」


「え?」


「また会えるんだから、いつ別れてもいいでしょ? 私、これから大学あるし、それに……なに? 嘘だったのあの言葉……」


 秋ノ原は茶化すように言った。


「う、嘘じゃない……けど」


「ならいいじゃん」


 そう言うと「じゃあ、またね」と秋ノ原は踵を返した。どんどん先を行く秋ノ原。俺はいつも通り、それを眺める。すると秋ノ原は途中で急に後ろを向いた。


「王原宝道!! 私、待ってるから! 約束破ったら、ぐーぱんだからねええ!」


 綺麗な声が海岸中に響く。

 俺は、秋ノ原のパンチなら受けてみたいと、またもや二律背反する思考を隅に追いやり、空を眺めた。空には朝であるにも関わらず――残月が俺を見ていた。


※ ※ ※


 気が付くと、一本道にいた。俺はとりあえず進むこと以外なにもないので、一本道を歩いた。

 しばらくすると、三叉路に出た。左は暗く、右は明るい。以前の俺なら、迷いなく暗い道を選んでいただろう。暗い道なら誰と出くわしても気づかれないで済む。しかし、今の俺なら、明るい道に進む。誰かと、必死になれる気がしたからだ。今までできなかったものを取り戻せると思ったから。


「本当にその道でいいのかい? そこを選ぶと、辛い出来事が君を待つことになる」


 どこからともなく声が聞こえた。その声音は大地の脈動にも似ていた。


「君だけだよ、その道を選んだのは、まあ、些事ではあるが……」


 誰かが続ける。


「君は今から異世界に行くけれども、くれぐれも頑張るんだよ? そうじゃないと張り合いがないからさ」


 俺の身体が光に包まれる。それでも俺は歩く。俺は、とにかく、誰かと……溺れたい。

 誰かと――この異世界で溺れたいのだ。

ここまでありがとうございました! かたつ無理は嬉しいです!

次話から異世界転移します!乞うご期待です!

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