39話 敵の狙いは何?
私はアイリス様とメイリンさんを連れて、ガルト様のいる聖域へと召喚された。今、私は聖域の森の中にいて、長のガルト様が目の前に、他のカーバンクルたちはアイリス様という貴族がいるせいもあって、遠くから様子を窺っている。本来、[召喚]は使役契約を行なっている者にだけ適応されるけど、契約者に触れてさえいれば、召喚時の魔力が触れている者にも浸透し、一緒に召喚されると踏んだのだけど上手くいったようだ。ここは安全だから、伝統魔法を解いておこう。
「ユミル、ここは何処なの? レパードと出会ってからの記憶が朧げなの」
足元がふらつき、混乱しているせいもあってか、アイリス様はずっと俯いたまま頭を抱えている。そのせいで、周囲の状況が見えていない。目の前には、カーバンクルの長ガルト様もいるのに。
まあ、アイリス様が困惑するのも無理ないよね。レパードは私たちと出会った瞬間に、スキル[チャーム]を仕掛けてきた。あの時、テイマーギルド内で大勢の人々がいたから、スキル[反射]に関しては私の身体内だけで行使していたせいもあって、私だけが無事だった。
私がここカーバンクルの聖域に至ることになった経緯を話していくと、アイリス様の顔色がどんどん悪くなっていく。それは、メイリンさんも同様だ。
「私のせいで…ユミルを巻き込んでしまったのね」
う、アイリス様が自分の失態に気づき、どんどん落ち込んでいってる。
「そこまで自分を責めないで下さい。半分は、自分の責任です」
「アイリス様、護衛の任務を果たせず申し訳ありません」
メイリンさんも責任を感じているのか、深々とアイリス様に頭を下げる。
「しっかりせんか、この馬鹿者共!! 其方は、仮にも[タウセントの神童]と呼ばれた女だろう? この程度のことでしょげるな!! 前を向け!! 次の行動を考えろ!!」
私がどう話しかけて良いのか逡巡していると、ガルト様が喝を入れてきた。俯いていたアイリス様も、自分が今何処にいるのかを再認識したのか、ガルト様の方を向く。
「あ……カーバンクルの長ガルト様、ユミルを守るために私付きのメイド見習いとなったのに、むしろ危険に晒してしまい、申し訳ありません!! 」
……意外だ。
アイリス様は貴族で負けん気も強いから、プライドも相当高いと思っていたのに、ガルト様に対して、服の汚れなどを気にせず、その場で正座して頭を地面に付け、深く謝罪している。
「カーバンクルの皆様、誠に申し訳ございません!!」
メイリン様も主人に習い、アイリス様の横に並び、同じように誠心誠意の謝罪を皆にしている。その真摯な謝罪がカーバンクルたちに伝わったのか、皆がこっちに近づいてきて、2人の顔を舐める。
「「あ」」
急に舐められたものだから、2人も驚き、顔をあげる。気づけば、大勢のカーバンクルたちが2人を囲い、顔を舐めたり、言葉をかけたりして慰めてくれている。
「ふ、どうやら其方たちの謝罪が皆に伝わったようだ。アイリスよ、もう大丈夫だな?」
「はい!!」
さっきまで自分の失態に落ち込んでいたのに、もう立ち直ってる。
う~ん、切り替えの早い女性だ。
「ユミルよ、誘拐犯2人は、【自分たちの役目はほぼ終わったようなものだ】と言ったのだな?」
「はい。あの言い方から察するに、誘拐を隠れ蓑にして、別動隊が動いていると思われます」
「そうなると、別動体が本命、誘拐が予備と考えるべきか……本命が失敗しても、アイリスという予備がいれば目的を達成できるということだろう」
敵は、アイリス様の何を狙っているのだろう? 研究が目当てなのなら、アイリス様の研究そのものを奪いたいはずだ。でも、そういったものは屋敷で厳重に保管されているから、いくら誘拐で慌ただしくても、早々部外者の侵入を許さないはずだ。
「まさか…」
どうしたのかな?
アイリス様の様子がおかしい。
「ガルト様!! 私たちを、すぐにタウセントへ戻すことは可能ですか?」
「可能だが、アイリスは何かに気付いたのか?」
アイリス様は、静かに頷く。この慌てよう、何がわかったのだろう?
「あの屋敷内には、侍従や使用人たちが沢山います。敵の手の者が既に屋敷内に潜入し、私たちの信頼を勝ち得て働いている場合、この誘拐に乗じて、研究資料を楽に盗めます。それを可能にする者が、少なくとも2人いるのです!!」
既に潜入し信頼を得ているって、それって相当前からでないと出来ないことだよ!! 敵にとって、それだけアイリス様の存在が脅威ってこと? バレたら、自分の身が破滅するのに? う~ん、それで成功したら、その人には栄光と輝かしい名誉を手に入れるってことを考慮すれば、ここまでの危険を冒す行為も納得できるかもしれないけど、私だったら、そんな犯罪行為に絶対手を染めない。
「なるほど、敵は相当なやり手のようだ。トーイには、既に連絡をとっているから、いつでもリアテイルのいる教会へ召喚可能だ。トーイとユミルに、感謝しろ。2人がいなければ、できない行為だからな」
「はい!! ユミル、お願い、力を貸して!! 私の予想が正しければ、もう手遅れかもしれないけど、それでもこれまでの研究成果を失いたくないの!!」
私の答えは、既に決まってるよ。
「もちろん、ご協力します!! 今から、トーイと通信しますね」
ここからは、迅速に行動していこう。
『トーイ』
『ユミル、無事で良かった。リアテイル様の部下キシリスが鳥となって偵察してくれたことで、今邸内でもちょっとした騒ぎになってる。君たちの使っていた貴族用馬車だけが街長の邸に戻ってきて、様子のおかしい馭者に気付薬を施し、正常に戻してから話を聞いたことで、君たちの誘拐が発覚した。現在、街内で騒ぎにならないよう、内密に君達の居場所を探ってるところさ。テイマーギルドにも連絡して、レパードを捜索してもらってる』
良かった、馭者さんは馬車と共に邸へ戻れたんだね。あとは、私たちさえ姿を見せれば、邸内での騒ぎも収まる。テイマーギルドの人たちが動いてくれているのは嬉しいけど、ケンイチロウさんもレパードもあの状況を楽しんでいたから、多分もう行方を晦ましているはずだ。
『トーイ、私たちを攫った奴らの目的は……』
私は、誘拐された出来事をトーイに伝える。
『なるほどね、アイリスの研究目当ての誘拐か。そうなると、彼女の懸念事項もわかる。今から、君たち3人をリアテイル様のいる教会へと召喚するよ?』
『うん、お願い』
「アイリス様、メイリンさん、私に触れて下さい。トーイが今から、リアテイル様のいる教会へ私たちを召喚してくれます」
誘拐から3時間経過している以上、事態は一刻の猶予もない。
教会に召喚されたら、急いでマーカスの邸へ向かおう。




