35話 目覚めたら暗闇
魔物ブラックパンサーのレパードが、アイリス様とメイリン様に続いて私を見つめてくる。うーん、何かを探られているかのような眼差しのせいで、全然触りたいと思わない。それを見透かされたのか、彼は少しだけ驚くような表情を私たちに見せる。
「お前は、私を見て何も感じないのか?」
彼は私を見て言ってるけど、どういう意味?
「強いていうなら、モフ度が足りない」
「モフ度?」
今思っていることをそのまま伝えたけど、わかってもらえなかった。
「気にしないで。私はユミル、あなたは14日間のレンタルを許可してくれますか?」
レパードは、私たちを交互に見ていく。
「少し予定と違うがいいだろう。14日間、私が責任を持って君たちを護衛しよう」
ふええ~、まるで人間の大人と会話を交わしているみたいだ。予定と違うと言っていたけど、何か別の用事でもあったのかな? 魔物との交渉だから、もっともたつくと思ったよ。
「レパード、宜しく。ユミル、メイリン、手続きが済み次第、帰るわよ」
あれ? なんか、アイリス様の口調が急にそっけなくなったような?
気のせいかな?
「そうですね」
メイリンさんも、さっきまでと違い、声に抑揚がない。
何かあったの?
私たちはすぐに先程の場所へと戻り、アイリス様がレンタル契約の手続きを進めていく。彼女の後方にいるメイリンさんも契約書に目を通しているので、私はレパードを見ると、何故か私の方に視線を向けていた。
「どうしたの?」
「いや…ユミルも、アイリスと共に王都へ行くのか?」
「街長様の許可さえ頂ければ、行くつもりだよ」
状況から考えて、行く可能性の方が高い。奴等の視線は、聖域とこの街に向けられているから、ここに留まる方がリスクも高くなる。ガルド様とリアテイル様の部下たちが接触できたことで、互いの連絡も容易になったから、トーイも私の護衛に復帰して一緒に王都へ来てくれると思う。
「そうか……」
「今、何か言った?」
「いいや、何も」
小声で何か言ったような気がしたけど?
「レパード、あなたは私の影に入って」
「了解した」
アイリス様がレパードに命令すると、彼はすんなりと命令を聞き、影へと入る。何だろう、この違和感は? アイリス様だって、こういった手続きはまだ不慣れなはずなのに、緊張感を感じ取れない。行きと帰りで、何か違う。この違和感が何かをわからないまま、私たちはカルバイン家専用の馬車に乗り、家路へと動き出す。
馬車の中では、何故かアイリス様もメイリン様も黙ったままだ。
「え? もしかして寝てるの?」
じ~っと見つめると、2人は寝息を立てている。
馬車に入って、まだ5分も経過していないのに、早過ぎない?
アイリス様は良いとして、メイドのメイリンさんが主人と一緒に寝たら駄目でしょう? 私が呼び掛けようとすると、不意に甘い匂いが部屋中に満たされていく。
「何、この匂い?」
なんか…眠くなって…きた…zzzzz。
○○○
「どういうこと? 余計な子供が付いているけど?」
何だろう…抑揚のない男性の声が聞こえる。
「昨日か今日になって、メイド見習いの幼女がアイリスに付いたんだ。あの幼女には、私のスキルが効かない。何かしらの耐性スキルを持っているから、お前から貰った眠り香を使わせてもらったぞ」
これは、レパードの声だ。
「まあ、いいか。依頼人の計画と少し違うけど、幼女だし問題ないよ」
なんだか、やる気のない声だ。
そもそも、何を話し合っているのだろう?
あれ? 身体を動かせない!!
あ、両手両足が縛られてる!!
両手は、背中側に縛られているんだ。
あれ? 目を開けているのに真っ暗だ!!
「はあ~あのな~今は任務遂行中なんだから、もう少しやる気を出せ」
「わかっているよ、五月蝿いな。引き渡しは……何時だっけ?」
ゆるい会話のおかげで、私の心も冷静になってきた。
誘拐…私たちは誘拐されたんだ。
「お前な……はあ~、今から1時間後だ。アイリスとメイドは俺の管理下にあるが、ユミルとかいう幼女は、そろそろ目覚める頃だ。どうする?」
「勿論、アイリスと一緒に渡すさ。彼女の処遇は、依頼人に任せよう……面倒臭いから」
「一言余計だ」
緊迫した状況のはずなのに…私の命が関わっているのに、何故かゆるい感じがするのは何故かな? 声も少し遠い感じがするし、もしかして私は別の部屋にいるの? アイリス様とメイリンさんも、周囲にいるのかな? 全然、気配を感じないよ。
レパードが、私たちを誘拐した。これは間違いない。
でも、どうやって?
テイマーギルド付近は街の端っこに位置しているけど、人通りもそこそこある。しかも、私たちは馬車に乗っているし、馭者だっている。その状況下で、どうやって誘拐したの? 寝ちゃったせいで、全然わからない。騒ぎがあったら、寝ていても気づくはずなのに。
レパード達の目的は、アイリス様とメイリン様を誰かに引き渡すこと。このまま何もしなければ、私だけ殺されるの?
「扉の方を見てどうした?」
「どうやら気付いたようだ。こっちを見てる」
ふえ!? 何でわかるの!?
「心音が速くなった。間違いなく起きている……面倒いからレパード、宜しく」
「人…魔物任せかよ!!」
かなりまずい状況のはずなのに、あの男性のせいで調子が狂う。きいいっという音がなると、その方向から緩い風が吹く。どうやら、扉が開けられ、レパードが入ってきたようだ。
「ユミル、話を聞いていたな?」
「途中からだけど、聞いていたよ。ねえ、どうして私たちを誘拐したの?」
目隠しされているせいで、レパードの表情がわからない。
「お前も、災難だな。アイリスのメイド見習いに任命されなければ、今も自由に暮らせていただろうに」
ということは、私は巻き込まれただけ?
私の事情を知らないってこと?
色んな疑問が思い浮かぶけど、今は考えないでおこう
「悪いな、依頼主と主人からの命令で、私からは何も言えない。そうだな…アイリスとそのメイドの命に関しては保証されているが、お前の命に関しては依頼主次第とだけ言っておく。だから、もう少し危機感を持った方がいい。あの男のせいで、持てない理由もわかるがな」
……私だけ死ぬ可能性があるの?
怖い…前世でも誘拐されたことなんてないから…すごく怖い。
心臓がドキドキする。
「ようやく、自分の置かれている状況を理解できたか」
「あ…アイリス様とメイリンさんは、周囲にいるの?」
トーイから気配察知とかも教わっているけど、さっきから殆ど気配を感じない。
何か、変だ。
「私の管理に置かれているから、あの2人は無事とだけ言っておこう。この家の中にもいる。あと、1時間ほどの辛抱だ。そこで、じっとしていろ」
それって、私の命はあと1時間と言われているのと同然じゃない!!
急に静かになり、扉が閉められた。私の置かれている状況も危険だけど、2人の状況の方がもっと危険かもしれない。アイリス様が、レパードを管理下に置いているはずなのに、何故逆になっているの?
早く…早く、トーイ達に連絡を取ろう!!
手遅れになる前に動かないと、本当に殺されちゃうよ!!




