27話 アイリス様から勝負を挑まれた
マーカス様からの話も終わったので、私は御礼の小袋を普通のポシェットに入れた…ふりをする。見た目はポシェットに入れたように見えるけど、実際は空間魔法[アイテムボックス]の中に入れている。多分、ここにいるメンバーはリアテイル様から私の能力を聞いているから、今の行為に何か違和感を感じた場合は教えてくれるはずだ。何も言われなければ、ごく自然な行動で怪しまれる点はなかったということだ。
私が小袋を入れ終わると、視線を感じた。
その主は、アメリア様だ。
10歳くらいの少女で初見のはずなのに、何故か視線の中に、ちょっとした敵意と疑惑、そして熱意のようなものを感じる。
「アイリス様、私に何か?」
う~ん、少なくとも好意的でないことは、なんとなくわかる。
「盗賊を撃退してくれたことは感謝しているの。ただ…」
ただ…何だろう?
「カイトさんの抱えている悩みを解消させたというのは、本当なの?」
な~んだ、何を言われるかドキドキしたけど、カイト兄の事か。
「はい。身体内には、神経という組織があり、それがどんな機能なのか、どれ程の大きさなのかを大凡理解していましたから、カイト兄の魔力でもいけるかなと思い進言しました。ただ、その後になってリアテイル様から言われたのですが、【一般人がカイトと同じ行為をしてはいけません】と強く厳命されました。試した瞬間、過剰な魔力の流入により、神経が弾け飛び絶命するそうです。一般人の魔力量だと、神経内での制御が不可能なんです。あれらは、魔力欠損症患者専用のスキルですね」
実のところ、これはトーイの意見だ。カイト兄の体内にある微小魔力の流れをじっと観察し続けることで生まれた仮説で、一般人には絶対に試せないので、真実かどうかは不明だ。でも、リアテイル様も同意見なので、2体の精霊が言うのだから説得力のある仮説だと思う。今回は、正体を伏せているトーイの名前を省かせてもらおう。
あれ?
「……」
何故か涙目で、悔しそうな表情をしている。何かを言おうとしているけど、それを必死に口に出さないよう我慢している。
「神経…私も医学の本を読んだから、その名称と軽い機能程度なら知っていたわ。でも…」
この世界の医学レベルがどの程度か知らないけど、その名称はあるんだね。私自身、ネットで知った程度の軽い医学知識しか持ってない。今回、それが役立てて良かった。
「そこに魔力を通す発想はなかった。2しかないから、魔力を使用した考えを完全に捨てていた。答えは目の前にあったのに……気付けなかった。1年かけてカイトさんの病気と向き合ってきたのに…私なりに微小魔力を補えるスキルを必死に模索していたのに……神経内に魔力を通す……それで新規スキルを発見だなんて……既存スキルに拘りすぎた…」
なんだろう、なんだか自分の世界に入って、小声でぶつぶつ言っている。マーカス様を見ると、苦笑いを浮かべている。
「すまないね。2年前、当時8歳のアイリスは薬草学会で革新的な発表をしたことで、[研究者]という職業を得ました。それ以降も、ポーションに関わる内容で数々の功績をあげたことで【タウセントの神童】と呼ばれるようになり、10歳という身で国中から注目を浴びているのです。カイト君の病気にも真剣に向き合い、この1年苦しんできました」
そういうことか。
そんな時にひょっこり現れた私が、カイト兄の悩みを一気に解消させたから、アイリス様も悔しいんだ。私の場合、前世の知識から物事を柔軟に考えられたおかげで、あの案を閃いた。8歳で革新的な発表をして功績を次々と打ち立てて職業を得ているのなら、アイリス様は本物の天才だよ。私がそれを打ち明けると、マーカス様は優しく微笑む。
「あなたであれば、娘と対等に渡り合えるかもしれませんね」
マーカス様、それは流石に言い過ぎです。
私の場合、前世の知識で偶々知っていただけですから。
今の時点で、もう1つの[モバイルバッテリー]のことを伏せておいてよかった。リアテイル様とも話し合った結果、トーイたちと同意見で、世間に公表する際は貴族の力を借りようという結論に至ったけど、現状実用レベルに到達していないから、まだカイト兄も所持していない。今は、トーイ、カイト兄、トマス爺、リアテイル様、ラピスを含む6人だけの秘密となっている。いずれはマーカス様に打ち明けると思うけど、アイリス様との仲も深めたいから、今は時期尚早だね。
「ユミル、私と勝負しましょう!!」
「は?」
マーカス様の言葉を信じたのか、アイリス様が突然変なことを言い出した。
「勝負って…どうして?」
「あなたの力を改めて確認したいの。もし、私の持ちかけた勝負に勝ったら、今度学会発表で王都へ行くから、そこにしか販売されていない有名なケーキやお菓子類を合計10個買ってきてあげるわ!!」
ケーキとお菓子!?
「その勝負、受けましょう!!」
私は、前世の時からケーキやお菓子類に目がないのだ。
しかも、この世界では、まだ食べたことがない。
あったとしても、物心つく前だから記憶にない。
王都の有名店で販売されているものなら、絶対に美味しいはずだ!!
「おい…ユミル」
即断したせいか、カイト兄が呆れた目で私を見ている。
「アイリスにとって、ユミルとの出会いが余程衝撃的だったようですね。では公平を期するために、私の方から議題を発表しましょう。カイト君、今の時点で君の悩みは何かな?」
議題は、カイト兄関連なの?
「え? え~と、攻撃力が低いことですかね。今の時点で少しでも向上させるために、筋力トレーニングを毎日欠かさずしています」
同じFランク冒険者との開きが、どの程度あるのかわからないから、カイト兄は毎日欠かさず、基礎訓練を実施している。そういったトレーニングでも、本当に鍛えられているのか証明するものが何もないから、彼にとっては毎日不安を抱えながら生活している。だからこそ、足りない魔力分を補える戦闘スキルを欲しがっている。
「それならば、こうしましょう。アイリスの学会が1週間後に控えていますから、その準備も考慮し、今日を含めた2日間の猶予を与えます。アイリスとユミルは独自に動き、カイトに見合うスキルを考え習得させなさい。評価に関しては、カイト自身にやってもらいましょう。また、この2日間、公平を期するため、ユミルは今日から私の家で宿泊するといいでしょう」
「了解です!!」
「お父様、ナイスアイデアです!!」
アイリス様は、自分の想定通りに動いたのが嬉しいのか笑顔だ。
でも、スキルってたった2日で習得できるものかな?
「カイト、あなたは屋敷と隣接する騎士団の宿舎に泊まりなさい。そこで2日間、騎士たちと訓練に励むといいでしょう。今のあなたにとって、これは有意義な提案のはずです」
「この街の治安騎士様たちの訓練に参加していいんですか? マーカス様、感謝します!! 今の自分の強さを見極められます!!」
カイト兄は余程嬉しいのか、急にソワソワし出した。でも、騎士様の訓練って、相当激しいものだよね? 12歳のカイト兄の身体が少し心配だけど、訓練状況を見て、どんなスキルが見合うのかを私もアイリス様も考えられる。
なんだか、面白い展開になってきた。
ケーキとお菓子GETのためにも頑張るぞ!!




