18話 スラム地区の抱える秘密
あの後、男の子・カイトさんはお爺さんにガミガミと説教された。
『生活苦で悩む理由もわかるが、もっと常識的に物事を考えろ。どこの世界に、幼女を背負った貴族のお嬢様がおる!! しかも、通りのど真ん中を堂々と歩くわけないだろうが。相手が許してくれたからいいものの、最悪刑務所に連行だぞ!!』
カイトさんは終始俯き、私たちに謝罪の言葉を述べていた。
そして現在…
「あはははは、外の連中にとってはそう受け取られても仕方ないのう」
説教を終えた後、私とトーイはお爺さんとカイトさんに自己紹介すると、彼らは自分たちの住む家へと案内してくれた。外観は半焼状態でも、中はリフォームしたのか比較的綺麗で、なんとか住める環境になっているから、私もトーイも驚いたよ。大火災の後も何故か水道も通っており、台所にてドリンクを出されたので、私たちはそれを飲み、一息ついたところで、外側から聞いた情報を言うと、盛大に笑われた。
「トマス爺ちゃん、教会連中以外はこっちの状況を知らないから仕方ないって」
「ははは、そりゃあそうだ。あの方々と神官様や聖女様との話し合いで決められたこととはいえ、外の連中はあの戦いの顛末を今も信じているんだな。情報統制がしっかりとれていて、こっちとしても安心だ」
このお爺さんは去年の大火災で逃げ遅れて焼死した幽霊と聞いているけど、半透明以外は生者と同じ雰囲気のせいか、全然幽霊らしくない。この分だと、宿のおじさんから聞いた話が偽りのようだね。
「トマスさん、どういうことか説明してほしい。この地区に入ってから、幽霊が相当数いるのはわかったけど、精霊も数体いるよね? そのうちの3体は、僕の知り合いだった」
そういえば、まだ精霊の種族をトーイに聞いてなかった。
「あの子たちの偽装を見破るということは、嬢ちゃんも精霊なのかい?」
トーイの正体もバレちゃうけど、知り合いがいるのならいいのかな。
「まあね、僕は精霊だけど、今の時点では種族を言わないでおくよ」
「ふむ、訳ありか。トーイの言う通り、この地区には精霊様がおられる。あの防壁は人の悪意に反応し、精霊狩りといった我々幽霊や精霊様に害を与える者たちを排除する機能が備わっている。外で聞いた話の中でも、冒険者関連の話があったろ?」
ああ、あったね。
スラム地区に踏み込み、半死半生の怪我を負った冒険者がいるって聞いたけど、あれは事実なのかな?
「宿の主人から聞いたね」
「あれは、嘘だ。こちらの事情を把握している冒険者ギルドのギルドマスター、街長のカルバイン伯爵様、3名の高位神官と聖女様で話し合い、そういったデマ情報を流すことで、この地区への侵入を防いでいる。無論、それでも侵入してくる輩はいる」
「なるほど、ギンガ、キシリス、ドーズの3人がそいつらを追っ払ってるわけか」
そんな裏事情が隠されていたんだね。でも、なんで精霊様は火災の起きたこの地区に住んでいるのかな?
「そういうことだ。一つ気になるんだが、トーイが精霊というのなら、もしかしてユミルが君を使役しているということか?」
「そうだよ。僕たちの一族は、ユミルに救われたからね」
「なんと精霊術師か!? 100年ぶりの快挙じゃないか!!」
100年ぶり? どういうこと?
○○○
精霊術師自体は、レア職業というわけではなく、魔法の素質を持ち、幽霊や精霊を見えなくとも、存在を敏感に察知できる才能があれば、ステータスの職業欄に出現する。あとは、個人がそれを選択するだけで、精霊術師の道が開かれ、見習いからのスタートとなる。私の場合、選択していないのに、既に職業欄が[精霊術師-見習い]になっていたけど。
ただ、私のいるランブラン王国だけは特殊なようで、100年ほど前から、精霊術師だけが何故か現れないこともあり、不可視の精霊を視認できる人の数が、極端に少なくなっている。現在、この国で精霊を視認できるのは、聖女様だけと言われている。そういった話をトマスさんから聞いた時、精霊カーバンクル族の先代長の件を思い出した。だって、100年という期間がピッタリと符合するもの。これが偶然なのかは不明だけど、今はまだ黙っておこう。
「トマス爺、さっきの話の続きだけど、ここにいる精霊って、フェニックス族だね?」
フェニックス族?
その言葉なら、聖域で教えてもらった。ここから遥か東に位置する東方の国に聖域を持っており、この地域には滅多に姿を見せない精霊だ。かなり稀有なエレメンタルスキルを持っており、人はこの一族を見かけると、こぞって使役契約を望むという。
「やはり気になるか」
「当然じゃないか。そもそも、そっちの事情をペラペラ話している時点で、もう話し合っているってことでしょ? 僕の正体も気づいているんじゃないの?」
それは、私も気になってる。
精霊様がいるのに、事情を詳しく話しているから妙だなと思った。
「あはははは、すまんすまん。既に、あの方から念話で聞いておるよ。さて、ここからが本題、カーバンクル族にも事情があるように、フェニックス族にもここに滞在する悲しい理由がある」
悲しい理由?
「それを話す前に、今この場で君らを試させてもらう。この課題を解けないのであれば、あの方とは出会えないと思いなさい」
試すって…ここで!? その方と会うことになれば、当然フェニックス族の抱える事情に巻き込まれることになるから、それだけの力があるのかを試すってこと?
「あの人間族の私はともかく、トーイにもやるのですか?」
「当然だ。君たちは信頼に値する人物だと思うが、こちらにもそれだけの深い事情があるのだ。そこだけはわかってほしい」
同じ精霊なのに試すってことは、相当な何かに巻き込まれているのかな?
「わかりました。私とトーイに与える課題を教えてください」
どんな難問を言われるのだろう?
「僕にまでそんな事を言ってくる相手って……まさか……了解だよ。あの方に嫌われたくないし、受けて立つよ」
トーイも納得してくれた以上、2人で真剣に試練に向き合おう。
「お前さんたちへの課題……それは、カイトの病気を完治させるか、何らかの改善を示すこと!! これが達成できれば、2人に会い、こちらの事情を明かそうと言っておられる」
病気?
どこからどう見ても、健康そうに見えるけど?
「なるほど。カイトの内部から魔力を極微量しか感じないからおかしいと思っていたけど、魔力欠損症か」
魔力って外に漏れ出さないよう皆訓練しているから、感知できなくても不思議じゃないと思っていたけど、カイトさんの内面まで探ってなかった。通常、人は外に漏れ出る魔力を感知して、相手の力量を測ると聞いているけど、私はカーバンクル族の長から内面に循環している魔力の探り方も教わっている。でも、その行為は失礼になるかなと思って、全然使ってなかった。
私も、やってみよう。
………本当だ、魔力を感知できない。
カイトさんはトーイに病名を告げられると、少し嫌な表情を浮かべる。私はその病気を知らないから、トーイが魔力欠損症について教えてくれた。
生まれてくる母胎内の中で、魔力を形成させる器官だけが稀に何らかの異常で成長しない時がある。健康には影響ないけど、その者は人に認識される程の魔力を持たないまま、母体内から生まれてしまう。命に問題なく健康であるからこそ、エリクサーや回復魔法でも治せない。それが先天的に発生する病気【魔力欠損症】、スキルの多くが魔力を使用するので、この病気を患う人は、魔力を必要としない職業を目指して生きていくしかない。日本の伝統でも無病息災といった健康に関わるものは存在するけど、この病気が回復魔法で回復されない以上、伝統魔法でも治らないかもしれない。それに、ここで伝統魔法を明かしてもいいのかと疑問に思う。今は、改善できるかを考えよう。
「いきなり無理難題を押し付けていることは重々承知しているが、2人ともカイトを生きやすくするための方法を考えてくれないか?」
「う~ん、突然そう言われてもね。その病気って、どの国でもお手上げ状態で絶対に治せないとされているからね」
物知りのトーイも、流石に困っている。[完治]か[改善]、完治に関しては無理だとしても、改善できるか話を聞いてみよう。
「カイトさん、魔力量はどの程度あるの?」
「……2」
渋々、小さい声で言ったけど、2って微量過ぎる。
「魔力器官を欠損して2しかないのなら、改善しようがないでしょ? 魔力を使用しない職業を目指したら?」
トーイ、身も蓋もないことを言わない方がいいよ。
「トーイよ、魔力を使用しない職業も多々あるが、どの職業においても魔道具を使用する。動力源となる魔石に魔力をごく微量流すことで、オンオフが切り替わる。カイトは、それすらも数回扱うだけで魔力切れを起こす。今のままでは、冒険者としての成長も望めんし、それ以外の職業においても、先行きが不安なのだ」
「俺は、皆の役に立ちたい。トーイ、ユミル、力を貸してくれ」
①魔力が2と一生固定されている
②魔道具を起動させるにも、少量の魔力がいる
この世界は科学も発展しているけど、動力源は魔石だから、結局のところ魔法ありきなんだよね。せめて、魔力のない人でも、魔道具を使用できるよう改善すれば、生きやすくなるはずだ。
日本にあるトレーニングを重ねれば、物理的な能力は上昇するけど、魔力を必要とするスキル類が成長しない。その弱点を補える何かがあれば、彼も自信を持てるはずだ。
これまで多くの人々が治療や改善方法を考えても、全て効いていないとなると、生半可な方法を言ってもだめだ。それなら、前世の世界を参考にして、物事を考えてみよう。
………ある。
本当に改善できるかはわからないけど、試すべき方法が2つある。
「私なりに考えた方法が2つあるんだけど言っていいですか?」
「ユミルが何か思いついたか。どんな案かな?」
トマス爺だけでなく、カイトさんとトーイも興味を持ってくれた。
だから、私は1つ目の案を口にする。




