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16話 スラム地区に侵入します

スラム地区に向かってから30分ほど経過したところで、かなり前方から強い力を感じた。その方向を見ると、大きくて不透明な壁を発見、高さ30メートルほどかな。壁の向こう側の光景が、私のいる場所と一変している。新築の建物が数多くあるのに対して、あっちは真っ黒に焼け爛れた建物が至る所にあり、今でも崩れそうな程で、その周囲には人っ子一人いない。あの壁自体が、スラム地区との境界線のようになっている。


あ、大きな看板が設置されていて、防壁に入らないよう柵が置かれている。


【危険!! この先、スラム地区のため、住民は侵入禁止。無断侵入した者は、怪我を負ったとしても自己責任とする       街長:マーカス・カルバイン】


あの壁だけでわかるけど、一応立て札で周囲に危険を知らせているんだね。


「なるほど、これが防壁魔法による封印か。この規模と強度から察すると、聖女が重ね掛けで構築したというのも頷けるね」


ほえ~~~聖女様と神官様だけで、広いスラム地区を覆うこの不透明で巨大な壁を作り上げたんだ。ここからだと、どのくらいの厚みがあるのかわからないけど、人は素通りできるんだよね?


試しに、指で突いてみよう。


「あれ? トーイ、感触がないよ?」

「そりゃあそうさ。この魔法は光属性で、幽霊やゴースト、アンデッドのような不死系魔物用に築かれたもの。普通の人は、壁自体に触れないんだ」


ゴースト系・不死系魔物用の特化魔法なんだね。宿の人も言ってたけど、人の出入りが自由だからこそ、入らないよう看板と柵が設置されているんだ。


「現街長も、中々やるね」

「へ? 突然、どうしたの?」


ここに来るまで、噂話などを話し合っている若奥様たちを見つけたので、色々と情報を仕入れることができた。ここベルーガ伯爵様の治める領地は、王国の中でも、トップ5に入るくらいの広さを持つ。領内や領外を行き来するための魔導蒸気列車も整備されており、タウセントにも駅があるため、交易も盛んに行われている。こういったタウセントのような人口密度の高い街には、その統制を担うため、貴族の男爵または子爵が[街長]という役職に就いている。


大火災後、新しく街長として任命されたマーカス・カルバイン子爵様はベルーガ伯爵様を通して、国王陛下に街の復興費を申請した。多額のお金が国から援助されたこともあり、スラム地区に結界が敷かれ、安全が確保されたことを確信してから、復興費を瓦礫の撤去と土地の整備などにあて、その後すぐに新たな住宅の建築に取り掛かり、9ヶ月ほどで新たな街並みを完成させた。民の不満を真摯に受け止め、必死に解決に尽力していったことで、皆からの人望が非常に厚い。


その人を、何故ここで褒めたのか不思議だ。


「現街長は、スラム地区の開拓を諦めていないってことさ。スラム地区というのは、開発されたけど衰退して荒廃した場所が当てはまるのだけど、普通そういった場所は観光客に見られないよう巧妙に隠すんだ。今の街長は、そういったスラム地区を本気で無くそうと画策しているようだね。【壁】という明確な境界線を敷くことで、大火災の爪痕をこうして観光客にもわかるようにしている」


ああ、そういうことか。

隠すどころか、防壁を境界線のように見立て、消失したスラム地区を利用することで、大火災からの復興のアピールにも繋がっているんだ。


もし、スラム地区を魔物たちから奪還できたら、そこを全部取り壊して、今の建物に合わせて新しく建築すれば、全然違和感を抱かない街並みに生まれ変わる。地区内にいる孤児だって、孤児院を新規に建築すれば、それで問題も解決するもの。


「なるほど、意味がわかったよ」

「早速、足をスラム地区へ踏み入れよう」

「うん!!」


ここから見た限り、幽霊や魔物とかはいなさそうだし、仮に出現しても反射で対応できる。基本は[力のベクトル]、応用は[心のベクトル]と長から教わっている。私が『こいつには触れられたくない』と強く念じれば、その心の強さが力に加算され、より強固なシールドとなる。それは、幽霊であっても例外じゃない。


いざ、スラム地区へ!!



○○○



スラム地区に入った瞬間、空気が一変する。


多くの建物が全焼し骨組みとだけとなっているけど、辛うじて半焼で住んでいるものもある。もしかしたら、孤児たちはそういった場所に住んでいるのかもしれない。


「なんだか冷んやりするね」


外気温が、防壁の外よりも明らかに低い。

ここに入ってから、嫌な視線を感じる。

もしかして、幽霊?


「おかしい」

「おかしいって何が?」


身体を震わせながら、トーイを見ると、何故か怪訝な顔をしている。


「あちこちから幽霊の気配を感じるけど、魔物の気配を感じない」


ふおお~~、やっぱり幽霊がいるんだ~~。

長のところで見たものは、禍々しいウネウネしたものや人形さんだったけど、ここだと火災で亡くなった人達だから、まさか死んだ直後の状態で出てこないよね?


「妙だな。魔物とは正反対の精霊の気配を微かに感じる」


精霊? 私には、そんな気配を全然感じ取れない。それにしても、外気温が寒い。季節は春、気温も20℃前後だから長袖の服を着ているけど、体感温度が5℃くらい低い気がする。


あれ?

遠くの狭い路地から何かが現れて、こっちにやって来る。

なんだか、歩き方がおかしい。

え、あれってまさか!?


こちらへよろよろと歩いてきたのは、焼け爛れた大人の人間ゾンビとゾンビ犬、長剣を持つ骸骨騎士だ。ゲームでは見たことあるけど、現実だと迫力が段違いだよ。ゾンビから腐敗臭もするし、姿自体が揺らいでいるせいもあって、それが余計に怖く見えてしまい、現実だと思い知らされる。この分だと、奥に進めば、もっと多くの魔物が潜んでいるのかもしれない。


嫌だ、嫌だ、奴らに絶対に触られたくな!!

心のベクトルで、反射を形成だ!!


「トーイ、引き上げようよ」


トーイを見ると、彼女は何故か怪訝な顔を浮かべており、ゾンビたちの方を見ると、3体とも何故か歩みを止め、私と彼女を交互に見つめている。あれって、互いに驚いているように見えるけど?


何、このおかしな状況?


「ギンガ、キシリス、ドーズ、何やってんの? なんで、自分を中心に魔物の幻影を作っているのかな? ご丁寧に、自分たちの気配を魔物に似せて振り撒いているよね? どうして? ねえ、どうして?」


ギンガ、キシリス、ドーズ? え、知り合い?

トーイがジリジリと3体に寄っていくと、ゾンビたちは少しずつ後ずさっていく。

あ、あの反応から察するに、本当に知り合いなんだ。

ということは、この3体は精霊?


「130年ぶりくらいだけど、僕は君たちのことを覚えてるよ。あ、こら~~逃げるな~~~」


トーイに責められたせいなのか、3体が逃げ出した。


「トーイ、知り合い?」


「古い友人たちさ。でも、彼らの棲家はもっと東に位置する国だから、本来ここにはいないはずなんだ。しかも、僕から逃げたということは、何かを隠しているね」


防壁に覆われたスラム地区、てっきりアンデッド系やゴースト系の魔物に支配されているとばかり思っていたけど、裏に何かが隠されているようだ。でも相手が精霊なら、ここで何が起きたのかを話し合えるかも知れない。


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― 新着の感想 ―
[一言] あれか?この3体の精霊がここのスラムの子供達を守ってるって事かなそれともその聖女が何かやったかだな
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